第131話 地下牢の男
エスカの祠は、内側からでも扉が開くのを確認した。エミーのロッドと治癒魔法でなければ開かないことに興味をそそられる。
ひとまず俺たちは、祠の中に転移ドアを設置して屋敷に戻ることにした。
「しっかしよ、エミーが王女様だったっつーのは……何かピンとこねーよな」
「ペンダントが開いてからというもの、私も何が何だかよく分かんないよ……」
「でも、エミーはエミー」
「そうだよ。ミラが言うように、エミーの隠された秘密が判ったからと言っても、エミーはエミーのままだよ」
「そうだよね。みんなありがとう」
この4人は竹馬の友、物心つく前から孤児院で一緒に育ってきた。これまで生きてきた過去が変わる訳ではないのである。
「俺たちはルノザールの街でアパート借りたから引っ越しするぞ」
「同棲生活」
ジムたちが、いきなりそう言ってきた。
ミラはすました顔でそう言ってるが、そこは“新婚生活”でいいんじゃないか?
「アパートは直ぐ近くなのか? 手伝わなくていい? 何だったらドア設置しようか?」
「いや、いい。それやったら、引っ越した感じがしねえ」
「そうか」
引っ越しの最中だけ設置したらどうかと言ったつもりだが、もしかしたら設置したままにすると思ったのかもしれない。
トートバッグがあるんだから、まあいいか。
「俺とエミーは、一連の報告で領主様に会ってくる」
そして、その後は国王様にも動いてもらう必要があると考えているのだ。
エミーの両親が隣国の国王だったというのは本当だったこと。
公国は今でもアルセリア王国を狙っているであろうことが、エミーへの刺客と手紙の内容で推測できることなど。
俺たちは、領主館を訪ねてエスカの祠で見てきたことを報告した。
「そういう事になっていたとはね。私も驚きだよ」
「公国は、今もこの国を耽々《たんたん》と狙っている可能性があります」
「証拠が掴めればいいんだけどね。先ずはこれまでの事を陛下に報告して、君の考えを進言してみてはどうかな」
「わかりました」
国王陛下に前振りの宅配便を出すと、すぐに来るようにとの返事が来た。
ジムたちの結婚式で起こった一連の騒ぎは領主様から報告が上がっており、ずっと気がかりだったようだ。
俺とエミーは王宮を訪ね、これまでにあった出来事をほぼ全て報告した。
「……話は理解できたよ。こちらとしても合点がいく話だ。カルトール公国とはね、昔は国交があったのだけれど20年前の内乱以降に国交が途絶えているからね」
但し、それは国と国との話。
商人と冒険者は今でもエイヴォンの港からの交流は可能で、テルミナという港へ定期船が出ているという。
「カルトール公国は、今でもこの国を狙っていると思います。こちらから先手を打って出た方が良いのではないでしょうか」
「アル……」
エミーが、俺の腕のすそを掴んできた。
「君の気持は良く分かるよ。しかし、戦争を仕掛けるには大義名分が必要なんだ」
エミーが俺の腕を掴んだ意味もそういう事だったようだ。
俺はエミーの両親が、今のカルトール公国に殺められたことに対して嫌悪感を抱いていた。
俺の中では既に敵認識していた訳だが、少々勇み足だったようだ。
「そうですね、少し頭に血が上っていました。公国の動きや証拠をもっと入念に調べる必要がありますね」
「そうだね、こちらとしても商人に扮した諜報員を送り込んではいるが、今のところ表立った動きはない。暫くは警戒を続けていくしかないだろうね」
今のところ表立った動きはない訳だから、様子を見るしかないと……。
これまでとは違った方法で情報収集をすれば、新たに判ることがないだろうか……。
「ところでアル君、君が保留にしている罪人の扱いだが、もうそろそろ結論を出さなきゃいけないぞ?」
「そうですね、長らくお待たせして申し訳ありません。今日、彼と話をしてもいいですか?」
「ああ、構わないよ。手配をしよう」
メグを攫った罪人の処置について、ずっと先送りにしてきたのには理由がある。
その男を無力化した時、彼女を暴行しようとしていた二人と違ってそんな意思など毛頭なかった事。そして、一緒に捕らえた知らぬ存ぜぬの二人に対して、本当の事を白状して自ら罪を償おうと考えている事。
そして、もう一つ……
「エミリー君はメグのところに行くかい? 地下牢には行きたくないだろ?」
「そうですね、メグとも少し話したいことがあるし」
「じゃあ、メグを呼ぶから、少しだけ待ってもらえるかな?」
「はい! ありがとうございます」
地下牢は、騎士団の訓練場の下にひっそりと作られている。いつも見張りがいて立ち入ることはできないが、今日は陛下と共に地下牢に向かう。
「今日はノーマウント子爵が護衛だ」
「はっ!」
「二人の見張りは敬礼をしてカギを開けてくれた」
(護衛って、俺でいいのか?)
そう思いながら二人を見ると、『ささ、どうぞ』と当たり前のように促してくれている。
きっと彼らには、俺が戦時には先陣を切って武勲をあげる百戦錬磨の武将の様に見えているのかも知れない。
「ここに入るときには護衛が3人付くんだけどね。君は特別に見られているんだよ」
……だそうだ。
俺は地下に続く階段を下りながら、魔道レーダーを取り出した。
(やっぱり黄色だね)
悪人の判定機能を追加したレーダーでは、例の罪人の色は黄色になった。やはり、根っからの悪人ではないという確証が得られた。
「ルビオン、今日はノーマウント子爵に足を運んでもらった。いくつかの質問に答えるがいい」
「俺のような罪人はとっとと処刑すればいい。罪状は既に上がっているだろう?」
「そう死に急ぐでない」
陛下が牢の中にいる罪人の男に話しかけている間、俺はステータス魔法をかけた。
―――― ステータスオープン ――――
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名前:ルビオン(ベンノ)
年齢:42歳
性別:男
経験値:1756224
レベル:45
冒険者ランク S
体力:1255/2539
魔力:98/98
適性:風魔法
――――――――――――――――――――
もう一度よく見ると、髪の毛の色もアリアナにそっくりだ。
(やっぱりな)
「単刀直入に聞くが、ベンノ」
「なっ!」
ベンノという名前は、アリアナからも聞いていた。
「お前には娘がいるのではないか?」
「……」
驚いた目から、疑りの目に変わっていく。
「お前の娘は、アリアナというのではないか?」
「なっ! 何で知って……っ!」
「アリアナは俺が助けた。彼女はバーン帝国の軍艦の甲板で、風魔法の術者として、まるで奴隷のように過酷な状況で働かされていたよ。帝国の軍艦が沈むときに、甲板の魔術師たちはみんな俺たちの船に救助したんだ」
「……」
再度目を丸くしたベンノはそのまま俺の話を聞いていたが、やがて下を向いて何かを考えていた。
「救助した船の捕虜室で、俺の友人がエリアヒールをかけたのを見て、自分もヒールの魔法が出来たら母さんを助けてあげられたのにって、そう思ったそうだ。今はね、俺たちの家に来て一生懸命にヒールの魔法が出来るようにと頑張っているよ……」
男は暫く黙っていたが、俺の言葉が終わるころには嗚咽を始めた。
「アリアナ……うぅっ……」
再び、魔道レーダーを取り出すと、色が緑色に変わっている。悪い心が無くなった証拠だ。
母親の話も出したことで、俺の言っていることが本当の事だと理解したようだ。
「ベンノ、俺の元で働かないか?」
そう言った途端、男は歪んだままの顔を上げた。
「……俺は死刑になるんじゃないのか?」
「お前が根っからの悪人じゃない事は分かっている。俺の家で働けば、お前は娘と一緒に暮らせるぞ?」
「お……俺は……アリアナの前には……」
「陛下、この男の身柄を俺に引き取らせてください」
「君がそう言うのだったらその様にしよう。宰相に伝えておくので後は好きにするといい」
「陛下のご恩情に感謝申し上げます」




