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第130話 両親の願い

 中に入った俺たち4人は、皆が壁面に取り付けてある男女二人の肖像画に目を奪われた。いや、正確に言えばその肖像画の女性の容姿に驚いた。


 その女性は、エミーに瓜二つなのだ。

 ペンダントの姿絵は小さくて分らなかったが、この大きな肖像画を見るとこの人は間違いなくエミーの母親だと確信できる。


「エミーじゃねえか?」

「エミーのお母さんだね……」

「間違いない」


 今のエミーと、歳のころがほぼ同じなのだろう。

 ルノザールの領主館で見た歴史書によると、アルセリア王国が滅ぼされたのはエミーのお母さん、マリア・アルセリアが21歳の時だ。

 この肖像画は、その前に書かれたものだから、エミーを身ごもる前の20歳かその前の姿なのだろう。

 今のエミーも20歳だからなるほど、歳もほぼ同じだし似ている筈だ。


(髪の色も質感も同じじゃないか。でも、長さはエミーの方が少し短いかな)


 暫くの間、エミーは肖像画の前に立って、両親であろう二人の姿を目に焼き付けようとしていた。

 しかし、その時!


「また振動して……」

「閉まってっぞ!」

「閉まってるね」

「逃げなくていいのか?!」

「大丈夫」


 ここの扉は、しばらく経つと自動的に元通りに閉まる仕組みらしい。


「大丈夫って、閉じ込められるぞ!」

「ジム、落ち着く」

「ミラは何でそんなに落ち着いてるんだよ、ってみんなも?」


 ジム以外は、俺がいつも魔道ドアを持ち歩いていることに安心感を持っている。単に、ジムがその事に気付いていないだけなのだが。


「慌てんな、ジム。俺、魔道バッグの中にいつも魔道ドア入れてっから」

「あ!……みんな早く言ってくれよ。ここで飢え死にする未来を想像したじゃねえか」

「まあ、ジムだけだったらそう考えても仕方ないね」

「俺は、一人だけじゃ入んねーよ」

「暗い。ライト」


 入り口の扉が閉まったら、中は真っ暗になった。ミラがライトの魔法を唱えると、赤と水色の交じり合った小さな魔法陣の上に、光の玉が浮かび上がる。


「この魔道具は、もう魔力が切れているみたいだ」


 この空洞の壁には魔道具らしきものが設置されているが、その魔石は魔力が尽きているらしく作動していない。

 この部屋を照らす、照明の魔道具のようなのだ。


「代わりに、これを置いておこう」


 代わりになる照明の魔道具を魔道トートバッグから取り出して設置すると、かなり明るくなって部屋全体が見やすくなった。


「ミラ、有難うな」

「うん」


 ミラにライトの魔法の光を消してもらって、再度肖像画の方に目を向ける。

 よく見ると肖像画の下には小さな入れ物があって、中には何かが入っていそうだ。


「エミー、ここ……開けていい?」

「うん、お願い」


 エミーに許可をもらって中を見ると、封筒が入っていた。

 20年前にかかれたものだからか、湿気によってかなり変色しているが文字は読める。


「エミリーへって書いてあるね」

「アルが読んでくれる? 私は涙が出て良く読めないから」

「わかった。代わりに読むよ」


 涙を拭いてもまた目に涙が溜まってしまって、文字がにじんでしまうようだ。エミーは俺の腕を掴んで、自分あてに綴られた手紙を読んでくれと言う。

 俺は封筒を開けて、エミーの代わりに読んであげる事にした。


『私たちの可愛い一人娘、エミリーへ。この手紙をいつの日かエミリー自身が読んでくれるという可能性を考えて、今、私たちはこの手紙をしたためている』


『もし、この手紙をエミリーが読んでいるのだとしたら、君は治癒魔法の使い手となり、ロッドと共に記した手順の通りに紋章に向かって治癒魔法を唱えたに違いないだろう』


(やはり手順書があったのか)


『気になっているかも知れないから書きおくが、他の誰かが紋章に向かって治癒魔法を唱えても何も起こらない。そのロッドから発するエミーの魔力にだけ反応するのだ』


『もしこの国が奴らの手に落ちたならば、彼らに君をグランデール王国に逃がしてくれるように頼んでいる。あの国は10歳になると魔力テストをする。エミリーの様な魔術師の才能を持った者を優遇してくれるはずだ』


『この手紙を読んでいるエミリー、君は今何歳になっているだろうか? 君を預けるレイサムとキリマンの二人は、10歳を過ぎた頃にペンダントの開け方を私たちの代わりに教えてくれたはずだ』


(この二人はもうこの世にいない?)


『この国アルセリア王国は、父が治めていたが、1年前に急な病で亡くなった。そのため、私はその後の統治を任されることになったのだ』


『しかし、この国には我々の考え方に反する貴族も多く、私たちは命を狙われているようだ。彼らはこの国を乗っ取り、更にはグランデール王国にまでも手中に収める夢を見ているのだ』


『エミリーよ。君は私たちの娘だが、この国が無くなった場合には君を迎えに行くことが叶わないだろう。その時には、一人の普通の女性として平穏に暮らす事を私たちは望んでいる』


『君が生き延びてくれれば、私たちは他に何もいらない。ただ一つ心残りがあるとするならば、君の伴侶に会って、君を幸せにして欲しいと言えない事だろう』


『もし君が、いい人を見つけて共に歩んでいく事になるのであれば、この手紙を彼に見せてくれてもいい。私の意を汲んでエミリーを幸せにすると誓ってくれればそれでいいのだ』


 俺は、ここまでじっと下を向いて聞いていたエミーを見る。


「ここからは、字体が変わっているよ」


『エミリー、あなたと離れるのがこんなに辛いとは思ってもみませんでした。今後私たちは更に命の危険に晒されることになるでしょう。こんなところにエミリーを置いておくよりも、貴女が助かる見込みの高い提案に私は同意しました』


『どうか私たちが迎えに行けなかった時には、レイサムとキリマンの言う事をよく聞いてください。エミリーと離れ離れになるのは、心が張り裂けるほどに辛い事ですが、あなたが生きて健やかに暮らせるのであれば、私はなんとか我慢します』


『私たちの大切な、エミリー。 君の命が永久とわに守られんことを祈る』


『アレクサンド・アルセリア、マリア・アルセリア』


「本文はこれで終わりだけど、追伸がある……けど、読んだ方がいいかな?」

「うん、読んで」


 俺が自分に問いかけた言葉を、自分に問うたと勘違いしたエミーが追伸を読んでくれと頼んできた。


「わかった。読むね」


『追伸。この手紙を書いた後に、敵勢が城下まで迫っていると知らされた。もう一刻の猶予も無いのでこれで本当にお別れだ。どうか元気で、私たちのエミリーよ。私たちの無念を君にも伝えておこう。敵勢の指導者はゾルディアス・カルト―ル公爵、父の従兄弟いとこにあたる人物だ』



◇◆◇



 俺は工作活動中に失態を犯し、この国の地下牢に入れられた。

 もはや我の身は俎上そじょうの肉、自ら命を絶つことすら許されていない。


 王族をさらった目的や経緯は全て自白した。だからすぐに死刑になると思ったのだが……この国は分からないことが多い。

 あれから1カ月近くも経とうとしているのに、一向に俺の死刑が決まらないのはいったいどういう訳なのだ。


 あ奴ら二人は、すぐにこの地下牢からいなくなったというのに……


 見張りの話に傾聴すると、帝国は戦争に負けたらしいな。フン、あいつらが話す都合のいい情報ばかりに頼るからそうなるのよ。

 あいつらは公国とも繋がっているというのに。


 1つだけ心残りがあるとすれば、この世で家族に会えなかった事だ。

 しかし、戦争に負けたのならば、前線に送られた娘はもう生きてはいまい。


 だから、誰か早く俺の首を切ってくれ!

 早くあの世で娘に会って、こんな親父で悪かったなって謝りたいのによ。

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