第126話 南からの刺客
「お前は何を言ってるんだ? エミーは俺と同じ孤児院で育てられたんだぞ」
「その様だな。……まあいい、冥土の土産に教えてやろう」
俺たちは森の中で対峙したまま、言葉のやり取りをする。
エミーが気がかりなので早くなんとかしたいが、その男が衝撃的なことを口にしたので聞かずにはいられなくなったのだ。
「俺はカルトール公国からやって来た。かつてはアルセリア王国だったところだ」
「南のカルトール公国から?」
「そうだ。……俺たちの国は20年前のクーデターによって今のカルトール公国となった。その時、アルセリア王家は滅んだのだ。しかし、後になって当時乳飲み子だった娘が消息を絶っていることが分ってな。俺はずっとその娘を消すために探していたのだ」
その娘が、エミーだと言うのか?
「やっと気づいたようだな。そうだ、その娘がお前の言っているエミーという娘だ」
「なぜ、なぜそれが今頃になって?」
「エスカという村で見つけたさ。娘の消息をな」
エスカという村は、ルナの町から南西の方向にある小さな漁村だ。
(一体そこで何を見つけたって言うんだ?)
「フフ、喋りすぎたな。そろそろ死んでもらおうか」
「待て、矢に付けた毒は何の毒だ?」
「そんなもの教えて何になる、お前たちはこの後死ぬだけじゃないか」
「……冥土の土産に教えてくれないか」
「あっちの世界で治療するってか。ハハ、いいだろう。娘に放った矢に塗ったのは毒ガエルから抽出したバトラクという強えー毒よ。もう今頃はあっちの世界に行ってるだろうよ」
(よし!)
俺が諦めたと思ったのだろうか、絶対の自信があるのだろうか。毒の種類を簡単に喋りやがった。
そこで俺は、刺客のステータスを盗み見た。
―――― ステータスオープン ――――
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名前:ブリオン(ディドル)
年齢:38歳
性別:男
経験値:1582945
レベル:44
冒険者ランク S
体力:2345/2556
魔力:28/28
適性:なし
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結構レベルの高い手練れだった。しかし、魔術師ではないのが幸いか。
「おめぇも早く冥土へ行ってやりな。行くぜっ!」
男は、手に持っていた数本の弓矢を投げつけると同時に、俺を目掛けてダッシュして来た。
速い! 体が一瞬は畏怖により硬直したが、次の瞬間には地を蹴って距離を保った。
相手はタガーを右手に持って、体を回しながら何度も切りつけてくる。その動きに何とか剣を合わせ受け止めるが、守り一辺倒にならざるを得ない。
ヴァルターさんが言うように、レベルは上がっても戦いのセンスが俺には欠けているのかもしれない。
「どうした。反撃しないのか?」
「くっ……スタン!」
俺は相手の動きを止めるために、懐に手を入れて魔道ガンを取り出し、スタンの魔術を発動した。しかし……。
(なにっ! スタンが効かないだと?!)
「お前、魔術師だったのか? しかし、残念だな。とうにスタン魔法は対策済みよ」
そう言って、ローブを片方開けて見せた。
(鎖帷子か! どおりでスタンが効かない筈だ。どうする……)
相手は短剣の利を生かして、小刻みな攻撃を仕掛けてくる。対して俺は両手剣だ。どうしても振りが大きくなってしまう。
特に身体を回転させながら、逆手のタガーを顔に目掛けて切り込んでくる技は対処が厄介だ。
俺は肩で息をしながら、対処の方法を模索した。
「動きには付いてきてるが単純だな。遊びは終わりだ、死んでもらうぞ!」
男はそう言うと、これまでにない殺気を放ってきた。これまでは肩慣らしだったとでも言うかのように、もう一つのタガーを懐から取り出し左手に持った。
(マズい! このままでは殺られる! 何か手はないか、考えろ!)
体勢を低くした男は、口角を上げて飛び込んできた。そして、あっという間に距離を詰めると、両手に握られたタガーで俺を切りつけてくる。
苦し紛れだが、俺はそれを口にした。
「判っているぞ、ディドル!」
「なっ!」
その刹那、男の動きが一瞬止まる。
ステータスで表示されるカッコ書きの中の名前は、おそらく誰にも秘密にしている本名だ。
効果は覿面。なぜ自分の本名が知れているのか? その答えを脳が全力で探した結果、一瞬体の動きが止まったのだ。
その短い間に、俺はタガーの刃を避けながら懐から取り出していた魔道ガンの銃口を男の胸元に向けてトリガーを2度引いた(2度引けた)。
至近距離から発せられたファイアボール弾は、1弾目でくさび帷子を砕き、2弾目で男の心臓を貫いた。
「うぐはっ!」
本来は人間に向けても作動しない魔道ガンであるが、至近距離で顔以外を狙えば人と認識できない可能性があった。
一瞬の判断で一か八かの賭けをしたのである。
男はそのまま前のめりに倒れ、背中には歪な穴が開いて血が吹きだしていた。
「ハァハァハァハァ……」
トリガーが引けない場合どうするかなど考える余裕も無かった。
おそらく頭部に向けたらトリガーが引けなかっただろう。
「そうだ、エミー!」
俺は、刺客の亡骸はそのままに、エミーの元へと急いだ。
「ミラ、エミーの状態は!」
「何とか持ち堪えてる」
ミラはアクアも召喚して、エミーを介護していた。
「毒の種類は?」
「毒ガエルから抽出したバトラクという毒らしい」
「わかった」
魔法の中には毒を解毒させる魔法がある。しかし、何の毒かが分からなければ解毒の魔法を発することが出来ないのだ。
解毒魔法は水魔法の一つで、毒の分子構造を化学変化によって無毒の分子に変性させる魔法だ。
だからこそ、その毒の成分が分からなければ解毒が困難なのである。
「浄化の精霊よ、バトラクの害毒を浄化し、この身を清めよ。デポイズン!」
ミラの手のひらの前に、澄みきった水色の魔法陣が発現する。
それと同時に召喚獣アクアが羽を広げると、まるでミラの魔法と同調するかのように無数の細かい粒子がエミーの体に降り注いだ。
腕に刺さっていた弓は、既に引き抜かれている。
「ジムが抜いてくれたのか?」
「ああ、騎士団でやり方は教わっているからな。でも解毒は応急処置までしか出来ん」
「アルが毒の情報を持ってくるの信じてた」
俺も正直危なかったが、そんな事をこの場で言う道理はない。
「間に合って良かった」
少し経つと、エミーのこめかみの皺は徐々に薄れてゆき、やがてうっすらと目を開けた。
「エミー、大丈夫か?」
「アル……、ありがとう。犯人を追ってくれたんだね。ミラもジムもありがとう」
少しずつだが、エミーの血色が良くなってきた。もう大丈夫そうだ。
「もう、大丈夫そうだね」
「えん、大丈夫みたい。私がもっと早くに気付けば良かったんだけどね」
エミーは雷と風魔法の応用形である防御力向上魔法が使える。しかし、この魔法は時間と共に効果が薄れるので通常はかかっていない。
矢が飛んでくる間にこの魔法をかけるというのは不可能だから、単に避けるという意味で言っているのだろう。
「せっかくのジムとミラの結婚式だったのに、こんなことになってごめんね」
「エミーが無事だったからそれでいい」
「俺もそう思うぞ」
集まってくれた人たちも、目の前で起こった突発的な事態を驚きと共に見守ってくれていた。
俺は周りに集まった皆さんに、『もう大丈夫です、見守ってくれて有難うございました』と声を掛け、エミーを抱えてその場を後にした。
「エミー、このまま領主様の元へ行くけど、大丈夫かな? 無理だったら屋敷で休んでいてもいいけど……」
「ん~ん、私は犯人の目的が知りたい。痺れも無くなって歩けると思うから、私も一緒に行かせて」
先ほど起こった事件の詳細は、ルノザール領主様に先ずは報告する必要がある。
既にお披露目会場を後にした領主様への報告は、このまま領主館を訪ねて行った方がいいだろう。
俺たち4人を乗せた馬車は、まっすぐに領主館へ向かった。




