第123話 首都バーンの陥落
海戦の戦場となったブリストル港の東沖から帝都バーンの沿岸までは、この国の北側の海域を通ることになる。目的地までは400海里ほどの距離がある。
全速力の30ノットで航行しても、目的地までは約14時間かかるのである。
少しの間だけだと自分に言い聞かせて、俺は指揮を副艦長に任せて艦長室に閉じこもった。
沈みゆく敵艦の甲板上で両手を胸の前で組み、こちらを見て命乞いをする少女の顔が脳裏から離れないのだ。
もし、捕虜収容所の区画に足を運んでも、その少女を見つけられなかったらと思うと、胸が張り裂けそうになってしまう。
一人で、頭を抱えながら机に突っ伏していると、艦長室の扉がかん高い音でノックされた。
「アル……大丈夫?」
鉄板の扉のせいで、ぐぐもった声になっているけれどエミーの声だとわかる。
「エミー、ひとり?」
「うん」
「どうぞ」
俺が艦長室にいる事を誰かに聞いたのだろう。俺は椅子に座り直し、エミーにももう一つの椅子に座るよう勧めた。
「ジムがね、『あいつが思いつめた顔をしてるから』って。お前が見て来いって」
「ジムが……」
「唇の色が悪いよ? 体調良くないんじゃないの? 大丈夫?」
「体調が悪いんじゃないよ……」
「戦争でたくさんの人が亡くなってしまったこと……気に病んでるんでしょ?」
「……」
「一人で背負ってないで……どうか、苦しみを私にも分けて」
「エミー……」
彼女はゆっくりと立ち上がり、俺の頭部を自分の胸に抱き寄せた。その瞬間、身体の奥のほうから激しい感情が沸き上がってくる。
「ドローンの映像に魔術師の少女が映っていた……」
「あの時のことね」
「あの光景が目に焼き付いてしまって、頭から離れないんだ……ううっ!」
「……」
エミーは俺の頭を優しくなでてくれた。
「捕虜収容所に行くのが怖いんだ……あの少女を探すのが怖い……助けられなかったんじゃないかって!」
「どんな少女だったの?」
「ローブを脱いでいた」
「髪の色とか、長さとか覚えてる?」
「な、長かった。……色は、多分。いや、間違いなく赤だ」
赤くて長い髪が、蒸気と汗で濡れて顔に纏わりついていた。はっきりと目に焼き付いている。
「その子、多分いるよ! 私がエリアヒールをかけた時、『すごい』って言った子だと思うの」
「い、いるのか……よかった。本当に……よかった」
まだ人違いの可能性もあるが、ひと筋の希望が沈んでいた心を動かしだした。
「エミー、ありがとう」
「ううん」
俺は思わず立ち上がり、支えてくれた人を思いっきり抱きしめた。
「アル、苦しいよ」
「ごめん」
力の加減を忘れていた。
「エミーのおかげで、力が湧いて来た」
「力になれたのかな。でもアルが元気になってくれると私も嬉しいよ」
「もう大丈夫だよ、捕虜を見に行こうと思う」
「私も一緒に行くね」
「うん、ありがとう」
エミーには小さい頃から沢山の力をもらってきた。
体調が悪い時にも、治癒魔法の素質があるエミーの手は暖かさを与えてくれたし、ケガをしたときは痛みを抑えてくれた。
そして立派な魔術師になった今では、俺の心をも癒してくれている。大切な人だ。
エミーに連れられて捕虜収容所の区画に入った俺は、1部屋ずつ捕虜の状態を見て回った。
艦内には収容人数が50人の部屋を30部屋用意している。これは先の海戦で捕虜が沢山出たことを教訓にして、予め捕虜収容スペースを設計に入れておいたものだ。
「彼女じゃないかな?」
彼女の指さす方向を見ると、いた! まさしく彼女だ。
「あの子だよ。……良かった!」
今では髪の毛も乾いていて、あの時の様な悲愴感は無い。どこか安心した表情ともとれる様な面持ちが、ドローンからの映像を塗り替えていく気がした。
「今は、だいぶ落ち着いてるみたいだね」
「ケガ人は治療したし、食事も配給したわ。向こうの軍艦に乗っている時よりも安心感があるのかもしれないわね」
子供の数は121人。2部屋に分けて子供だけを部屋に収容しているので、指図をする怖い上官がいないからだろうか。
◇◆◇
「そろそろ帝都バーンの1キタール西の海上に到着します」
「分かった。そこで錨を下ろしてくれ」
我々は敵国の首都の僅か1kmの位置に堂々と停泊し、エルミンスターからの部隊の到着を待つことになっている。
周囲には漁船と思われる船が行き交っていたが、我々の戦艦が姿を現すと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
この国の住民にしてみれば、さながら黒船が突然姿を現した江戸時代のような気持ちであっただろう。
「ドローンによる偵察を開始してくれ」
「何機出しましょう」
「そうだな、先ずは2機。宮殿の偵察を見つからないように行ってくれ」
宮殿は、中央に大きなドームが聳え立つ豪華な作りだった。1km離れたこちらからもその大きさが良く分かる。
両側には4~5階建ての建物が付随している、ひと目見てもたいそう立派だが、これとは対照的に一般市民が暮らす建物は古ぼけた泥壁の建物だ。
これだけを見ても、如何にこの国の指導者は自分達のためだけの政をしているかが分かるというものだ。
通信の魔道具を持ったエルミンスター辺境伯は、俺たちが北回りで帝都バーンに向け航行する間、陸路を北に向けて移動していた。
俺たちがバーンの港に到着した頃には、帝国第2の都市ランポートに突入する手前であった。
それ故に、港に巨大な戦艦が現れて宮殿に砲口を向けていると聞けば、驚きと共に士気は一気に下がり、わずか3日でランポートの領主は白旗を揚げてきたのである。
「一気に宮殿を攻めようぞ」
それから僅か1日で帝都まで進軍してきたエルミンスター辺境伯は、俺に通信の魔道具で話しかけてきた。
「では、主砲で真ん中のドームを打ち抜きましょうか」
「ハハ、それは良いな! それを機に俺たちが宮殿に攻め込もう。やってくれ!」
既に宮殿に向けていた主砲塔は前後に2基ずつ、合計8門の砲口をドームに向けている。
ドームが奇麗に吹っ飛ぶようにと、それぞれ微妙に位置をずらしているのだ。
「主砲、発射準備」
「発射準備、完了しました」
「撃て―!」
35cmもの直径がある8門の砲口から、真っ白なビームが一直線に伸びていったかと思えば、その瞬間に宮殿のドームが真っ赤に染まり後方に砕け飛んだ。
後に残ったのは、スッポリと首が無くなってしまったかのような惨めな宮殿の姿と、奥に隠れていた赤色反応者たちだ。
「敵意のある者は赤色に反応するのでこちらで識別可能です。それ以外は出来るだけドローンで無力化させます。気を失って倒れている敵は、束縛をしてください」
「そうか、分かった!」
8機すべてのドローンを出して、善悪判定をしながら宮殿へと向かわせる。
途中で赤色反応を示した悪人以外を雷魔法で失神させていく事によって、戦う意思が無い者までも辺境伯軍が無暗に殺してしまうことの無いようにとプログラムを組み替えたものだ。
最後には、エルミンスター辺境伯がヴァリオン・ディ・メディッチ皇帝とその重臣たちを宮殿の地下で捕らえて、帝都バーンの陥落が決定した。
◇◆◇
捕らえた捕虜は、全て裁判にかけられた。
俺たちが戦艦内に救助した1800人余りの捕虜はルノザール領内にて。
エルミンスターから北のブルムなどで捕らえた捕虜300人余りはエルミンスター領内にて。
それぞれに善悪判定とウソ発見器の結果をもとに裁判が行われ、戦犯が確定した。
そして、メディッチ皇帝とその取り巻きの重臣たちは、ウソ発見器にかけられて悪事の数々を明らかにされたのち死刑が言い渡された。
帝国領は全てグランデール王国の統治下となり、王宮で官僚をしていたグランデール国王の息子、ヴァレリアン第1王子が騎士隊と文官を引き連れて赴任し、当分の間領主を務める事になった。
そして俺は、この度の一連の働きにより子爵位に陞爵された。
今回で北のバーン帝国との争いを綴った第六章が終わりました。
これまでに少しずつ愛を育んできた夫々の幼馴染たちは、次章で1組がゴールインを果たします。さて、どちらが先になるでしょうか?
それに伴って、新たな騒動が巻き起こる予感が。
また、その時々で主人公は必要に駆られると更に魔道具の開発に挑むことでしょう。どうかご期待ください。




