第122話 帝国との海戦
「王宮に書簡を送ってくれ。文面は、敵艦隊より4機のミサイルが本艦に向けて発射され、全て迎撃に成功。本艦はこれより反撃を開始する。時刻7時25分、ハルナ艦長アルフレッド・ノーマウント」
「了解しました、艦長殿」
艦橋指令室にも魔道宅配便が配置されており、王宮にて待機している陛下にすぐさま文書として情報が届けられるようになった。
「ドローン8基、敵艦8隻の右舷上空に到達しました」
「そのまま側面に展開して魔道ビーム照射を開始」
「魔道ビームの照射を開始しました」
「副砲8門、発射!」
「副砲8門発射します!」
自分たちが発した4基のミサイルが、全て撃ち落とされてしまったのが想定外だったのだろう。敵艦隊からの追撃はなく息を潜めている。
その間に、ミサイルランチャーへと改造したこちらの副砲からは、魔道ミサイル8つを同時に発射した。
10時と2時の方向に4機ずつ発射されたミサイルは、大きな弧を描いて敵艦の側面に回り込むように飛んでゆく。そして、水面すれすれの船端で火炎をあげた。
「全機命中しました!」
ドローンから送られてくる映像を確認していた通信班からは、ミサイル全機が命中したことが告げられる。
良かった。迎撃装置までは搭載していないようだ。
「命中した部分に穴はどうだ?」
「ドローンの映像を拡大します」
「舷側に破壊孔の確認はできません」
「穴が開いていないのか……」
「1隻のみ、かろうじて穴が開いているように見えます」
「やはり敵艦も、何も対策していない訳ではなかったか」
「おそらく、喫水面近くの装甲を厚くしていると思われます」
そう助言してくれるのは副艦長のエドワード君だ。今は軍隊での上官と下僚という立場なので敬語を使っているのだろう。
「ならば、主砲を使うしかないな」
今回は、敵軍艦もミサイル対策を施していた。その分は重くなるから何処かの装甲を減らしたか、内部構造を見直したのだろう。
しかし、ミサイルで装甲が突破できない以上、主砲を使って分厚くなった装甲を溶かすしか無いだろう。
「プランBに変更する。全員配置に付け」
予め計画していたプランBというのは、右舷側に舵を切り、そのままスピードを上げて高速で移動しながら敵艦の左舷側を主砲で狙い撃つ。通り過ぎた後には左舷側に舵を切り、敵艦の右舷側に回り込んで主砲を撃ち、状況によってこれらを何度か繰り返す。
その間の敵からのミサイル攻撃はすべて高角砲で狙い撃ち、敵艦を全て沈めるという滅茶苦茶な戦法だ。
「全速前進!」
「主砲を9時方向に回転」
敵艦の左舷を移動しながら主砲を撃つため、こちらも主砲は全て左舷側に向けておけばいい。
「主砲8門全ての発射を準備せよ」
「準備完了しました」
こちらの全速力は約30ノット。それに近い速度で敵艦隊側面を通り過ぎるのだから敵艦隊も対応が難しい。
本艦を狙ったつもりの敵艦のミサイルは、大きく後方に逸れてゆくが、それでも本艦の迎撃システムは撃ち落としている。
しかし、こちらとしてもそれだけ速い動きで主砲を撃つのだから同様に条件は悪い。しかし、主砲の砲塔台は全ての動きに合わせて全自動で制御してくれているのだ。
「撃てー!」
俺の合図とともに口径35cmの主砲から次々に高エネルギーの光の束が発せられる。
攻撃を受けた敵艦隊の船端は一瞬のうちに真っ赤になって溶け出し、海水を一気に蒸発させてもくもくと白煙を上げていった。
「敵艦11隻に命中しました」
「そのままUターンせよ」
次に、敵艦隊の反対側に回り込む。
「主砲の魔力量を確認してくれ」
「主砲の魔力量、4基とも80%以上を保持していています」
「大丈夫だな。全速前進」
「撃て―!」
今度は、逆方向からの攻撃で、無傷だった敵艦右舷に高エネルギービームを当てて行く。
「敵艦12隻に命中」
「敵艦、傾きだしました」
敵艦の推進は鉄板製の帆に変わり、甲板上で魔術師が風魔法を当てて推進するタイプに変わっている。しかし、甲板上はひどく混乱しているようで中々思うように進んでいなかった。
そうしているうちに、最初にビームを当てた反対側の艦が少しずつ沈みだした。
「再度ターンを行ったら一旦待機する。敵艦上にドローンを接近させてくれ」
敵艦の動きが思ったより悪い。彼らの艦内で何が起こっているのか知りたくて、ドローンを近くに寄せてもらう事にした。
「なんだと?!」
風魔法で帆に風を当てている魔術師は、水蒸気の熱で暑いのかローブを脱いでいる。その中には、年端も行かない少年や少女たちが混じっていたのである。
少女たちは、恐怖に慄きながら手を組んで上を向いて祈っている。
汗まみれの少女の顔には長い髪が纏わりついて悲壮感に沈み、誰かが助けてくれることを必死で祈っているような眼はこちらを見ているように感じる。
傍でこれを見ているジムも苦虫を潰した様な表情をしている。エミーやミラも口に手を当てて驚いた表情だ。
「敵艦のミサイルと大砲の発射は可能だと思うか?」
「可能かもしれませんが、完全に戦意消失している模様ですね」
「敵艦の救命ボートは確認できるか?」
「救命ボートの類は確認できません。積んでいないものと思われます」
そんな大切なものを取り去ってでも軽くしようとしたのか! 敵の指導者は!
そうしているうちにも敵艦は浸水を増してきている。早い決断が必要だ!
「救命ボートを全て使って全力で人命救助に当たれ! 特に甲板にいる魔術師は優先してくれ!」
思わずそんな言葉が出てしまったが、本来は人の命に優劣は無い。しかし、この少女たちの表情が頭から離れないのだ。
戦場に出て行くという心構えなど、大凡無かったであろう事が彼女たちの表情からは伺えた。
この艦に積んでいるボートもそんなに多くはない。乗組員が500名弱なので全員が乗れる定員20名のボートが26艇あるだけだ。
敵艦の隊員全員を乗せるのは到底無理だ。
「敵艦隊の中央まで行ってアンカーを下ろせ」
「それは危険ではないでしょうか!」
「仕方がない、この期に及んで敵意が有る奴はドローンで確認して対処してくれ。赤く表示されるはずだ」
出来るだけ多くの人命を救助するためには、ボートによるピストン輸送を繰り返すしかない。
その為には、出来るだけ艦との距離を短くして時間を短縮するしかないのだ。
◇◆◇
「報告します。敵艦隊より救助した捕虜は、全部で1856人。その内赤色捕虜が87人であり特別捕虜収容室に入れてあります。
赤色捕虜と名付けたのは、未だにこちらに敵意を持っている善悪判定器で赤色に染まる者たちだ。こ奴らは危険人物なので一般捕虜とは別室にして干渉できないようにしている。
一般捕虜は、緑色または黄色の者たちだ。
「一般捕虜の中には、成人前の子供たちが121人も含まれていました。可哀そうに……皆、憔悴しきってますよ」
無理やり連れてこられたのだろうか、体はやせ細って食べ物もあまり与えられていなかったように見える。病気の子供もいるようだ。
「エミーとミラで、捕虜収容所のケガ人や病人を診てもらえないだろうか」
「勿論よ、特別収容室の方は?」
「そっちは後回しでいい」
「分かった」
今回、沈みゆく敵艦から身を投げて浮かんでいる人たちを何とか助けたが、救助が間に合わず沈んでしまった人、軍艦が沈む際の渦に巻き込まれた人、甲冑が脱げず沈んでしまった人たちは救えなかった。
何とも後味の悪い勝利であったが、それもこれもバーン帝国の悪しき指導者が暴利を貪るために起こしたことだ。
一刻も早く、これを止めないと苦しむ人たちが増えてゆく。
我々は帝国を攻め落とすべく、次の目的地である帝都バーン沿岸に向けて艦を進めた。




