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第119話 テスト航海

「でもよう、この船にはお前が作った魔道レーダーって言うの? 携帯型のあれより広範囲の探索装置が付いてるんだろ? 敵がいたとしても事前に察知できるんだろうから大丈夫なんじゃね?」


 ジムはこちらが先に気付いて対応すれば問題ないと主張する。


「そうなんだけどさ、この船の船首には国王陛下のエンブレムが付いてるんだよね」

「それがどうかしたのか?」

「この船は、国王陛下の船って事だよ」

「ん?」


 ジムはまだ分かってないようだ。


「船首に付いているエンブレムは、この船の持ち主が誰かってのを示してる。だからこの船は陛下の把握していない行動をすることは出来ない決まりなんだよ」


 それも領海侵犯だなんて、もってのほかだ。


「あー、それだったら陛下に許可をもらえばいいんじゃないかな?」


 傍で聞いていたエドワード君が、そう発言した。


「バーン帝国の動きは、王国でもよく把握できていないと思うんだ。特に湾岸都市ダカンテへはブリストルからは山で阻まれて直接行けないし、高い外壁があって中の状況を見る事も出来ないからね」


 陸路ではブリストルから北に進もうとしても、ヘーゲル山脈の尾根が海岸まで続いているので高い山を越えるしかない。

 国境付近ではバーン帝国の監視の目が厳しく、諜報員でも侵入することすら出来ないのだという。


 エルミンスターからの陸路ではダカンテの周囲を取り巻く高い外壁があって、行き来がかなり厳重に管理されている。


「王国は今、帝国の情報を欲しいだろうし、搭載した魔道レーダーで海から調査をすることが出来れば、かなり貴重な情報が得られると思うんだ」


 ブリストル港から魔道レーダーを作動させても、手前にある山々で阻んでしまいダカンテからの反射は得られない。しかし、海からであれば容易に出来る筈だ。


「いったんブリストル港まで行って、僕が魔道ドアを使って陛下に会いに行ってみるよ」

「あー、それだったら……この船にも魔道ドアがあるぞ」

「この船にも?」


(エド君には話してなかったかな?)


「船の中から、直接王宮に行けるなんて……今までの常識では考えられないよ」

「エド君は真面目ねー、アルの手にかかったら何でも出来ちゃうのよ」


 エミー、何でも出来る訳じゃないから。



 王宮にはエドワード君に行ってもらって、俺は上空から陸上の様子を見ることが出来るドローンの開発に取り掛かった。

 ドローンと言えば魔道モーターを4つ使っての制御を考えたが、この世界には風魔法というものが存在する。

 風魔法を利用すれば、飛行音もなくドローンを飛ばすことが可能だとわかったのだ。


◇◆◇


 戦艦ハルナは現在、ブリストル港の東の沖合100kmほどに停泊中だ。エドワード君が王宮に飛んでから1日経つが、まだ戻ってくる気配がない。

 話が難航しているのだろうか? それともまさか貴族の礼儀を重んじて前触れを出してから陛下と面会……なんて事、やってないだろうな?


 ドローンのテスト飛行もうまく行ったし、後はエド君が帰ってくるのを待つだけになっている。


「ねえねえ。それさあ、私たちが鳥になって飛んでいるみたいな気分になるわよね」

「俺は高い所が苦手だから、ちょっと気持ちが悪くなったぞ」

「ジムにも苦手があるんだ」

「飛ぶのは勘弁な」


 このドローンを大きくして飛行体も作ろうと考えていたが、ジムには無理そうだ。



 やっと船内の転移部屋から通信音が届いた。


「エドワードだ。開けてくれないかな?」

「ちょっと待ってて、今行くから」


 艦長になったら渡そうと思っているが、副艦長のエド君には転移ドア室のカギはまだ渡していない。


「やあ、アル君」

「って、陛下も来られたんですか?」

「こんな面白い事をやってるんだ、王宮で黙っていられる訳ないじゃないか!」


(ああ、陛下ってこんな人だったわ)


「いろいろ説明していたら、陛下が是非行きたいって仰って……」


 すぐにでも行きそうな陛下を、『溜まっている仕事を全て終えたら行ってもいいですが』と引き留めたのが宰相閣下だそうだ。

 それでエド君まで陛下の仕事を手伝わされて、やっと戻って来られたのらしい。


「レオノール団長もお疲れ様です」

「コールリッジ宰相から陛下の護衛を頼まれてね。私もこの船に乗りたいと思っていたから、願ったり叶ったりだよ」


 レオノールさんとは対照的に、宰相閣下の気苦労は、絶える事がなさそうだ。


 陛下がこの船に乗り込んできたことで、海上からの諜報活動も気兼ねなく出来ることになった。

 そこで俺はブリストル港の上空で待機していた魔道ドローンの説明をして、これをバーン帝国のダカンテの上空で飛ばす許可を得ようと考えた。



「うーーーん、これは凄いな! 街の様子が手に取るように判るじゃないか!」

「これに、善悪判定機能を重ねると、こうなります」

「おお! 一部が黄色になったな」

「さすがに、赤は居ませんね。良かった」


 ブリストル港に悪人と判定された“赤色”の人物がいるのならば、エド君としても看過できなかっただろう。

 魔道ドローンは、地面から約100mほどの上空を音もなく飛行している。その距離から、カメラに写っている人の善悪判定を行っているところだ。


「黄色い人たちは、どういう意味なんだい?」

「黄色は、感情が変化している人と思ってください。人の感情は刻々と変化しますよね。変化を捉える事で、本当に悪い人と一時的に悪い感情を抱いてしまっている人とを見分けるようにしてるんです」

「なるほど。それで緑に変わる人もいる訳か」


 人の心は六道輪廻。人間の感情は日々・刻々と変化するのが常である。



 陛下の理解も得られた後、俺たちはバーン帝国の造船設備があるダカンテの南東50kmの海上まで一気に移動し、そこに錨を下ろした。

 近くに帝国の軍艦は勿論の事、漁船さえもいない事を既に確認済みだ。


 そして都市から50kmも離れていれば、どんなに高性能な望遠鏡が有ってもこの戦艦を発見するのは不可能だろう。


 「では、飛ばします」


 魔道ドローンは一直線に湾岸都市ダカンテを目指して飛んで行った。そして、その軌跡は魔道レーダーでも確認できる。


「ダカンテ上空までは1時間ほどかかりそうです。それまでは、魔道レーダーでダカンテ周辺を観察してみます」


 艦の魔道レーダーの表示では、ダカンテにかなりの人が集まっているように見える。

 赤い点と緑色の点、そして一番多いのが黄色の点だ。


「これ以上のことはレーダーでは分かりませんね。とにかく、ダカンテ港にかなりの人員が動員されている事だけは判ります。


 これ以上の情報は、ドローンがダカンテ港上空まで飛んでいくのを待つしかないだろう。


 その間の小一時間程で、俺は陛下を連れて艦内を見せて回った。

 陛下直々に労いの言葉を掛けてもらえたとあって、この1時間で水兵さんたちの忠誠心がかなり上がったと思う。



「私は、ノーマウント艦長の元で働くことが出来て幸せであります!」


 そう言って敬礼をするのは、先の海戦で俺を補佐してくれたオリバー伍長だ。

 補佐として結構よく動いてくれたので、エド君に昇進を進言した。現在の彼の階級は曹長だ。


「オリバー曹長、君の働きには感謝しています。これからも、この国のために力を尽くしてください」

「もったいないお言葉、痛み入ります」



 艦橋の作戦指令室に戻ると、魔道ドローンがちょうどダカンテ港の上空に到達するところだった。


 指令室の中央に有る平面スクリーンには、ドローンの映像が映し出されている。

 その特別な映像に、俺たちは自分の目を疑わざるを得なかった。

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