第117話 善人と悪人
何か新しい事を始めると、必ずと言っていいほど問題はついて回る。
しかし、全てが思い通りにいく事は無いないという、世の中の真理を知り尽くした地球の知識によって、起こる障害を事前に抑えられたのではないだろうか。
細かな問題は多々あったが大きな問題は無く、予定した計画とほぼ同じスピードで造船が進んでいる。その一方で、俺たち月盟の絆は気になった別の問題を解決せんと冒険者ギルドを訪れていた。
「ギルド長、月盟の絆の皆さんをお連れしました」
「おう、入ってよいぞ」
「どうぞお入りください」
先日、何かいいたげな表情を見せたリリアンさんだったが、その後にこちらから『何かありましたか?』と切り出したら、俺たちに事情を話してくれた。
「お久しぶりです、ヴァルターさん」
「迷宮攻略以来かな? あの時はだいぶ世話になった。帝国が攻めて来た時も活躍したそうじゃないか」
「ええーっと、ヴァルターさんはどこまでご存じか分かりませんが」
バーン帝国の侵攻時に魔道ミサイルを俺が作った事、現地に俺が赴いて指揮を執ったことなどは機密事項であったはずだ。
「俺にだって複数の情報源がある。しかし、国家機密を軽々しくよそにバラすようなことはしないから安心してくれ。では早速だが本題に入ろうか」
ヴァルターさんから聞いた内容を要約したらこういう事だ。
ルナ迷宮が攻略されたことは冒険者ギルド経由で各所へ伝わり、迷宮へ集まる冒険者も増えた。
それによって、よその国からも多くの冒険者が訪れるようになったこと。
冒険者の中には心無い冒険者もいて、自分たちよりレベルが低いと思った若い冒険者をターゲットにして狩り場を荒らしたり、魔石を奪う輩も発生するようになってきたこと。
それらの悪い行いをする者たちは、迷宮内ではフードを被っており顔や正体がばれないようにしていること。
冒険者ギルドでは全力を尽くしているが未だに四苦八苦しており、犯人を捕らえられない状態であることなどがギルド長であるヴァルターさんの口から俺たちに明かされたことだった。
「悪い奴らを捕らえる方法ですか……」
「冒険者ギルドの受付で、昨日はどこにいましたか? と聞いて、嘘を言ってないかどうか試したらどうかしら?」
「ミラか?」
「ミラな」
「え、私? 受付嬢になる?」
冒険者ギルドの受付嬢になるのはまんざらでもなさそうだが、ミラの話す言葉が相手に正しく伝わるかどうかが疑問だ。
それ以前に、俺たちがミラを受付嬢にする気はない。
「ミラは相手の嘘を見抜くときに、どうやって見抜いているか判るか?」
「何となく」
「何となくって言っても、何か方法があるだろう?」
「善人か悪人かを判断する方法に似ている」
「え? そんなことが出来んの?」
「うん」
ミラはジムに聞かれて嬉しそうに胸を張っている。
「善人と悪人の見分け方って? どうやんだ?」
「人の心には、悪しき心が誰にだってある。でもそれを良心でカバーしているから悪いことが出来ない」
「うん、それで?」
誰だって良くない想いを巡らす事があるものだ。しかし、良心が咎めるから悪い事が出来ない。
「悪しき心が良心を上回っている人を悪人とみなす」
「うん。分かりやすいけど、どうやってやるの?」
「わからない」
「「「わからんのかい!」」」
全員でつっ込んだ。
俺はてっきり仏教でいう歎異抄のような考え方があるのかとも思っていたが、話を聞いていて1つの仮説にたどり着いていた。
ミラが悪人を判別したり、嘘をついているのを見抜いたりするのは魔法の一種ではないかという事。
そして目には見えない形で、どこかに魔法陣が発生しているのではないかという事に。
「ねえミラ、ここにいる何人かに善人か悪人かを判断してほしい」
「ここにいるのはみんな善人。分かっている人にはできない」
「じゃ、じゃあ下に降りて知らない人を判断するのは?」
「できる。やってみる」
ギルド長室を出て、俺たち月盟の絆はロビーに降りる。
その間俺はMR装置の赤外線フィルタの波長制御プログラムを書き替えて、赤外光も認識し記録ができるようにした。
「じゃあミラ、やってみて」
「うん」
ミラが『うん』と言った瞬間、ミラの背後には比較的大きな魔法陣が浮かび上がっていた。
「わかったよミラ」
「私もわかった、この中に一人悪人がいる」
同じ「わかった」でも意味が違った。
「どの人?」
「あの人」
俺はリリアンさんに、ミラが悪人だと指摘したおじさん冒険者のことを教えて、彼を見張った方がいいですよと伝えておいた。
屋敷に戻った俺は、早速ミラが発した赤外光の魔法陣の解析に取り掛かった。
プログラムにすると、魔道レーダーによく似た部分がたくさんあるが、魔力を発射する部分に自分の魔力波長を重ねて発射していることが判った。
これによって、相手の魔力反射から悪しき心の要素がどれくらいあるか判断しているようだ。
以前に作った携帯用の魔道レーダーの魔法陣を描き替えて、善人の魔力反射を緑色、悪人の魔力反射を赤色、どちらにも判断しにくい魔力反射を黄色で表示するようにしてみた。
これだと、ミラから見たところの善人か悪人かを判断している事になるが、ミラを基準にした判別機ってことで取り敢えずはいいだろう。
「どれどれ、試しにやってみるか」
改良型魔道レーダーが完成した時点で、屋敷の執務室に作った工房で試しにやってみた。
さすがに屋敷の中は皆緑色だったが、周囲の建物には緑色の中に黄色が少数混じっている。
「確かに、一瞬のサーチだけで判断するのは難しいよな」
人の心なんてものは刻々と変化しているんだし、その時々で善悪が変わったりするのだ。出来心なんてものはその類だろう。
「いやまてよ、遠くの方には赤い点があるじゃないか。明日またギルドでミラの判断と相違がないか検証してみよう」
赤い点も確認されたことが、俺の中では小さな手ごたえとなっていた。
次の日に、俺たち月盟の絆は改良型魔道レーダーを持って冒険者ギルドを訪れた。そしてギルド長の反応は頗る良い。
「これは凄いな。ギルド内にも赤い点があるではないか」
赤い点と言えば、昨日ミラが悪人判定した人の良さそうなおっさんだった。“人は見かけによらぬもの”という言葉があるが、こんな人物の事をそう言うのだろう。
「この点は、昨日ミラが悪人と判定した人物です」
「どおりで分からないはずだ! あんな善人そうな顔をして陰で悪いことをしていようとはなぁ。ありがとう、ギルド職員に後をつけさせて証拠をつかむよう動いてもらうよ」
こんな時のために、専門の職員がいるのだそうだ。
もしかして俺たちも後をつけられていたのだろうか?
(いやいや、深く考えるのはよそう)
「しかしなあ、アルフレッド君。この魔道具はどう考えても王宮魔道具院の管理下におかれるべきものだろうな。王宮の宰相殿に相談した方がよいぞ」
「俺もそう思っていたところです。このあと連絡をして、相談に行きたいと思っています」
「ああ、それがいい。ギルドで本格的に使うのはそれからだな」
◇◆◇
「ミラ、相手が嘘をついていないか確認してみて欲しいんだが」
「うん、わかった。で誰でやる?」
「「ジム」」
「って、俺かよ」
昨日、ジムは夜遅くまで帰ってこなかったのをみんな知っている。
「じゃあ、いくよ。準備は良いかミラ」
「大丈夫」
「ジム、昨日の夜は一人で飲みに行ってたのか?」
「お、おうよ! 一人で飲みに行って来たさ」
「……ウソ発見器が無くても、その反応を見ただけで誰だって嘘だと分かるぞジム」
「だ、だったらどうなんだよ」
「まあ、これ以上は追及しないけどね。魔法陣は取れた訳だし」
ミラの目が細くなっているから、これ以上の追及はマズい。
酒飲んで帰ってきたわけではない様なので多分、夜の繁華街の方に行ってたんだと思う。
嘘発見の魔法陣は、善人悪人の判別をする魔法陣よりもはるかに複雑だった。
これだけの魔法陣を無意識のうちに構築していたミラは、本当に凄い才能の持ち主なのだと確信した朝だった。




