第114話 帝国への備え
バーン帝国は今回の海戦で撤退をしているものの、沈没した軍艦の兵士の多くがボートで離脱し、撤退艦に救助されている。
体制を整えるのには時間がかかるだろうが、いつまた攻めて来るか分からないのだ。
もしそうなれば、万全の対策を講じてくるに違いない。
屋敷の食堂で、俺はバーン帝国の今後の対応についてジムと意見を交わしている。
「こちらとしても、何らかの手を打っておかないとマズいだろうね」
「大砲の飛距離をもっと上げて来るかもな、今のうちに魔道ミサイルを増産して敵地に攻め込む事ができねーのか?」
「軍港を束ねる辺境伯があの様になったから、こちらも体制を立て直す必要があるよ」
「暫くは、どちらからも手を出せないって事か」
「ああ、それに魔道ミサイルの爆発を近くで見ているから、敵も同じような武器を開発してくる可能性もあるよね」
ブリストル辺境伯が亡くなったのも、敵艦の大砲の射程を侮っていたからに他ならない。
次にはそのような事が無いようにしなければならないのだ。
「いっそのこと、戦艦を作るかな?」
「戦艦? 何だそれ」
「戦うために特化した、全て鉄板で出来た軍艦さ!」
3週間後、俺は何枚もの図面を持って王宮を訪問していた。応接の間に消音の魔道具を設置したうえで今日は国王陛下と俺の二人だけの密談だ。
「バーン帝国について教えて欲しいのかい?」
「はい、バーン帝国という国がどのような国で、どのような統治がなされているのかあまり知らないので」
「分かった。君にはあの国のそのままの姿を教えるよ。あの国はかれこれ100年ほど前から世襲による独裁政治が続いている国だ。現皇帝はヴァリオン・ディ・メディッチ皇帝といって4代目にあたる。それで……」
陛下は、バーン帝国の政権運営や経済レベルについて詳しく教えてくれた。
国民から集めた税金は公共工事など国民の暮らしを良くするためには殆ど使っておらず、そのほとんどを軍事費と権力者の贅沢の為に費やしていること。
国民は貧困しており毎年餓死者が少なからず出る事など、あの国の悪政の数々を顔を曇らせながら話してくれた。
この国の国民を拉致して自国に連れ帰ることもあるらしく、特殊な技術を持っている人や知識人などが毎年といっていいほど被害に遭っている。
「君みたいな人間が一番狙われやすいんだ。だから、国家としては極力秘匿にしてきたんだけど、今の君のSランクの強さからすると心配はしていないのだがね」
「いえいえ、いくら私がSランク冒険者だからって、不意をつかれたら対応できない事もありますよ」
(しかし、この国とんでもない国だな)
独裁者による悪政や抗争は、地球でも過去から繰り返されてきたことだ。しかし、どうにかしたい。
「それにね……、我が国の諜報員からの報告によると、早くも軍艦の改装に着手しているようだ」
魔道ミサイルに対抗する為の策を、何かしら考えている可能性が高いのだそうだ。
確かにそうだろう。しかし、装甲を厚くすることは容易に思いつく事だが、この世界の船は帆船だ。機動力を損ねてでも装甲を厚くするとは考えづらい。
そうすると、火力を強化する事、攻撃範囲を広げることが考えられる。
俺はおもむろに魔道トートバッグから図面の束を取り出した。
「対抗措置として、このような戦艦を作りませんか?」
「戦艦?」
「はい、海上戦に特化した戦艦です。その図面を作ってきました」
俺はこの3週間でMR装置内に設計用のCADをインストールして設計をし、図面出力用の為だけに開発した魔道プリンタにて出力した図面を持って来た。
太平洋戦争前に作られた各種戦艦の図面はネット上にマニアックな人たちが流していたし、MR装置の中にも特別な図面が残っていた。
動力機関の燃料が無い事と、主砲に使う火薬も無い。しかし、それぞれの動力と火力を魔力に置き変えることで機関と武器の設計を変更している。
「これが、戦艦というものか。大きさがピンとこないのだが……」
「全長は222マタール、最大幅は31マタールの大きさです。推進力は風ではなく魔力によって進みますので、風が全く無くても航行することが可能です」
「なんと、今の旗艦の4倍の大きさか。それに、推進に魔力を使うという事は風魔法を使うのかい?」
「いえ、船の後ろ側の水中に、この様な羽を付けて回転させます。すると、海水が後ろの方に押し出されるので、前方に推進力が発生することになります」
「う~ん、良く理解できないのだが」
この国の船はまだ全て帆船だ。スクリューというものは存在していない事をエドワード君に聞いている。
このあたりは実際に船を作っているブリストルの造船所で小型模型を動作させて説明しなければ理解してもらえないだろう。
1/200サイズのモデルを作ってスクリューは魔道モーターで回す事を考える。
ある程度は精密なモデルにしないと皆さんに理解してもらえないだろうから、NC加工機も用意しなければならないだろう。
「私が200分の1の大きさで、戦艦の模型を作ります。それには先ほど話した水中の羽を取り付けて実演し、理解していただけるように致しましょう」
「ふむ、それはどのくらいの期間が必要だろうか?」
「そうですね、1カ月ほど期間をいただければ出来ると思います」
「分かった、1カ月だね、期待して待っているよ。それから言い遅れたけれど、君の爵位は今回の海戦の功績によって男爵位への陞爵が決まったよ」
(何ちゅー事を、すれっと言ってんの!)
魔道ミサイルの開発と、それによって敵軍艦を14隻も撃沈させるという多大な功績で、陞爵は絶対に必要だとの事で受け入れざるを得なかった。
◇◆◇
木材の切削加工をする道具と、それを制御するための駆動部を作るのが実は今回のメインの作業である。
模型も道具さえ正確に出来れば、おのずとしっかり出来上がるってもんだ。
次の日から俺は加工機の製作に取り掛かった。
先端にドリルが付いて回転し、それがプログラム制御されてXYZ軸を縦横無尽に動き回るようにする。
地球時代の知識と経験によって、これらは得意分野なのだ。
ガレットさんにアームや歯車などの金属加工をお願いし、他の部分は自分で何とか製作、組み立てを行いながら2週間で何とか形になった。
後は、九州の海軍工廠で引かれた設計図の原本と出回っていた3Dデータをもとに、1/200モデルのNC加工データに変換してゆく。
1m強の軽い木材を土台にセットしておけば、戦艦の精密な艦橋も姿を現してくれる筈だ。
甲板から上の部分と下の部分とを別々に切削加工し、貼り合わせるようにすれば内部に魔道モーターを組み込むことが可能になる。
そして20日ほど経つと模型はほぼ出来上がった。実は、この模型でスクリュー推進の実演をやるにあたって、制御をどうするかだいぶ悩んでしまったのだ。
実を言うと、そこまで考えていなかった……。
折角だから、舵も動くように設計変更して完全なリモコン化を狙う事にした。
そして、魔道ロッドとMR装置間の通信を見直し、100mまでの通信が可能なように改良した。
全長約1m程度の”戦艦榛名リモコン操作モデル”が製作完了すると、執務室を半分に区切って確保した工作室で仲間の3人に模型を披露することにした。
「すごく複雑な形をした船なんだね」
「これ、大砲だろう? けっこう大きくないか?」
「内径が直径35テールあるよ」
「すっげ!」
主砲の大きさは戦艦榛名に合わせて35センチだ。
「船のスピードはどのくらいなの?」
「最大速度は時速56キタールが目標なんだけどね」
「何それ、早馬の全速力より速いじゃねーか!」
ノットという単位がこの国にはないので、目標の30.5ノットを時速に換算すると時速約56kmとなる。
それよりも速く走る馬はいないだろう。この国にはサラブレッドのような競走馬はいないのだから。
「さて、さっそく実演会といきますか。みんなも一緒に来るよね?」
俺は3人を連れて、ブリストルの造船所へ向かった。




