第106話 北の諜報活動
「アルさんたちが帰られたら、何だか寂しくなりましたわね」
「殿下も一緒に、ノーマウント邸に行かれたら良かったのではないですか?」
「そうはいきませんわ。今回はお母さまと一緒に来ているのですから」
アルさんたちがお帰りになった後、私と護衛のラズはそのまま別荘に残り1日を過ごすことになった。
お母さまは都合により、あと1日だけエイヴォンに留まるから、もう1日だけ羽を伸ばしていいと言われているのだ。
シャロットさんはアルさん達を馬車で送って行ったので、今この別荘にいるのは私とラシダ、それにメイドであるソフィエさんの3人だけになってしまった。
「昨日の夜の“花火”でしたか? 奇麗でしたわね」
「火魔法の応用でしょうね」
「ええ、私もそう思いましたのよ。でも、あんなに奇麗な色を出すのってどうやるんでしょう?」
「いつか、アルフレッドさんに聞いてみたらいいですよ」
「そうですわね」
昼間は、ラズと海岸沿いを歩いたり、蒸し風呂に足を入れて寛いだりしていたが、夜になって周囲が暗くなったら昨日の花火が思い出された。
(またアルさん達と一緒にできれば嬉しいですわね)
貰ったバッグの中には、昨晩のお料理が、まだ熱いまま沢山入っている。
「ソフィエさんも、一緒にいただきましょう?」
「で、でも……」
「こういう風に女の子だけでお食事やお茶をするのは“女子会”って言いまして、上下関係はなく平等でなければならないという決まりがありますのよ。だから今日はソフィエさんも一緒に女子会を致しましょう」
(給仕をするために控えていたソフィエさんですが、アルさんのお料理は一緒に食べた方が絶対に美味しいのです)
ソフィエさんがおどおどと椅子に座った瞬間、別荘の外で大きな音がした。
「何ですの?!」
「……少し離れたところで火の手が上がっています」
ラズは速やかに反応し、外を確認すると窓のカーテンを閉めて明かりの魔道具を暗くした。
「外を確認してきます。殿下は危険ですのでここでソフィエさんと待機してください。私が外に出たら鍵を閉めて、私が戻るまでは絶対に開けないでくださいね」
「わかりましたわ。ラズも気を付けるのですよ」
火の手が上がったのは、この別荘から100マタールほど先の雑木地だ。近くに家はないので明らかに何か怪しい。
ラズが剣とロッドの両方を持って出て行ったあと、ソフィエさんが玄関のドアのカギを閉めに行った。
しかし、何かおかしい。暫くしても彼女が戻って来ないのだ。
「ソフィアさん? どうされましたの?」
「……」
「ソフィアさん?」
恐る恐る、玄関の方に移動をすると、薄暗い中で複数の人影が動いた!
「騒ぐんじゃねえ。騒いだらこいつの命はないぞ! 魔法も発動させるなよ!」
「なっ!」
ソフィアさんは喉元にナイフを当てられて、今にも泣きそうな顔だ。
(何なのです、この人たちは!)
しかし、ソフィアさんが大声を出さないように先ずは落ち着かせないと。
「ソフィアさん、落ち着いてください。騒がなければ大丈夫ですわよ」
「そうだ、良く分かったお姫様だ」
(この人は、私をお姫様だと言いましたわね)
「お姫様に猿轡と魔道具を付けろ」
賊は3人。その内の1人が私の手を後ろに回して、手首に何かを取り付けた。
そしてもう一人が私の口に布を当て、きつく後ろで結んでいる。
(魔力の操作ができませんわ! これはマズいかもしれません)
「運び出すんだ」
私は手の自由を奪われ、体内の魔力の操作も出来なくなってしまった。
「んん……」
(声も出せません)
ソフィアさんの方に目を向けると、彼女は大きく目を見開いている。そして、意を決したかのように息を吸った。
「た!……」
彼女が大声で呼ぼうとしたところを、後ろから布のようなもので口を塞がれ、やがて彼女は目を閉じた。
(ソフィアさん!)
「心配するな。眠らせただけだ。叫ばれたら良くないんでな」
私は、さらに目隠しをされて運ばれ、別荘から少し離れた場所にあった馬車に乗せられた。
◇◆◇
1時間以上も横たわった状態で馬車に揺られると、小さな建物の中に運び込まれた。
「ほれ、ここにお座りになってくだせえな。申し訳ねえが縛らせてもらいますぜ」
「目隠しと猿轡は外してやれ」
私は椅子の様な物に座らせられ、そのまま椅子ごとロープのようなもので縛られた。
(これでは身動きが取れませんわ)
目隠しと口枷が外されると、数人の男たちが私を取り囲んでいるのが判る。
目を凝らしてよく見ると、その内の二人には見覚えがあった。
「あなたたちは!」
「久しぶりだな、マーガレット殿下」
魔道学園でエミーさんに酷い事をした二人だ。私に恨みを持っているのは分るが、今頃になってなぜ?
「今更、何が目的ですの?」
「ああ、今更謝って欲しいとか、そんな事じゃないさ。殿下には教えて欲しいことがあるのさ」
「な、何をですの?」
「あんた、今王国の中で大量の武器が作られているのを知っているだろう」
「武器……ですか?」
「ああ、武器だ。どのような武器がどこでどれくらい作られているんだ?」
確かに、お父様や宰相様があちこちに行って、武器を大量に準備しているという話は知っている。しかし、それ以上のことは教えてもらえないのだ。
「私は知りませんわ。詳しい事は何も聞かされていないのです」
「嘘をつくな! お前はこの国の王族だろう。知らないはずがないじゃないか!」
「それを知って、あなた方はどうしようというのです?」
「それを教える義理はない。知っている事は早く話す方が身のためだぞ」
「知りません、私は何も知らないのです」
トマスという男は、横にいる私の知らない男に目で合図した。すると男は私の前に立って怖い顔で睨みつけてきた。
一瞬体が竦んだが、こんなのバグベアーに襲われたときのことを考えれば、怖くなんかない。
「早く吐きな!」
男は、右手を上げると私の頬を平手打ちした。そして反対側の頬も……頭の中に閃光が走った! 痛い! 頭もくらくらする。
こんなに酷く叩かれたのは初めてだった。私は恐怖のあまり、涙が頬を伝わりだした。
「武器を作っているとは聞いたことがありますが! どこで何をどれくらい作っているかなんてっ! 私には、教えてもらってないのですわ! ううう……」
「トマス様。どうもこいつ、本当に知らないようですぜ?」
「くっそ、皇帝陛下に何と報告すればいいんだ……」
(皇帝陛下?)
「……」
「……」
「あとはお前たちに任せる。明け方に外に放り出せば自分で何とかするだろうよ。」
トマスたちの二人組は小声で密談をした後、仲間に指示を出して小屋から出ていった。
明け方というと、まだかなり時間がある。
二人組が出て行ったあと、1時間ほどが経っただろうか。
「小屋の外が気になる。俺は外を警戒しておく」
「俺たちはどうすればいいんですかい?」
「そいつの相手でもしとけ」
それまで一言も喋らなかった賊の一人が、他の二人に話しかけて小屋から出ていった。
「兄貴、俺たちに相手をしろって事は、可愛がってやれって事っすよねぇ」
「へへ、そういう事じゃねえか?」
「いいんですかい? こいつはこの国の王女様ですぜ?」
「知るもんか。どうせもうすぐこの国は滅ぶんだからよ」
(えっ? この国が滅ぶ? 何を言っているの?)
魔法が使えればいいのだけれど、手枷の魔道具のせいか魔力を操作できない。
「この国の王女様とやれるんだ。俺は運がいいぜ」
「兄貴、俺もやりてえんだから早く済ませてくれよな」
「急かすんじゃねえ、俺がじっくり味わってからだ」
そう言うと、1人が前に回り込んで、太腿を触ってきた。
「っ! 嫌っ!」
「けっ、こいつ蹴りやがった! おめえ、後ろから足を押さえとけ!」
(椅子の後ろから両方の足首が掴まれた! だめ! 力が入らない……)
「兄貴ー、早くしてくれよお。いい匂いがして、俺もう我慢できねーよ」
「待ってろって」
目の前の男が、厭らしい笑みを浮かべながらスカートの裾を捲り上げた。徐々に太腿の方まで素足が露わになっていく。
「へへ、こいつ結構肉付きが良くて気持ちよさそうだぜ」
「や、やめてっ! 触らないで! 嫌っ! 嫌ぁーーー!」
(ああっ……アルさん! 助けて!!)




