第105話 火魔法でススキ花火を
この日は午前中砂蒸し風呂で汗を流し、海に入って水を掛け合ったりして過ごした。
確かに、メイドさんたちが言っていた様に海水の温度が高い。
近くに火山とか温泉とかが無いのに、どうしてこの辺りだけ温度が高いのかはまったく不明なのだという。
「そろそろ腹が減ったな」
腹の虫が飢渇の声をあげて、昼を告げるのはジムの役目だ。彼の腹時計は正確である。
皆が同意すると、一緒に協力して作った昼飯をトートバッグから取り出してシート上に並べた。
「しかし、この魔道バッグというのは本当に便利なものですねぇ」
メイドのシャロットさんは、トートバッグの事を魔道バッグと言う。
「この中に入れると、食べ物はいつまでも腐らなくて新鮮ですのよ」
この中だけ時間が止まっているという不思議な現象は、魔法がまかり通るこの世界の人々にとっては疑問を感じないのだろうが、俺にとっては是非とも原理を解明したい現象だ。
トートバッグを作ったからと言って原理を理解した訳ではない。別の人が作ったライブラリを参照しただけの様な物だからだ。
午後からはスイカ割りをした。
ちなみに、スイカと似た果物はこの世界にもあって“クロン”と呼ばれる。
「あたいは目隠しをしても、匂いでクロンの場所が正確に判るにゃ!」
そう言って張り切っていたニーナだったが、砂に挿した棒に頭を付けて目隠しで3回転すると平衡感覚を失った。
獣人族は三半規管が発達しているものと思っていたが、そうでは無かったようだ。
「右右右、あいや左、じゃなくて後ろ!」
「うにゃにゃにゃ? こっちかにゃ? いや、ここにゃ!」
面白いのでニーナをからかっていると、彼女は突然方向を変えて俺の頭に棒を振り下ろしてきた。白刃取りで防いだが……
(ちょっと、からかいすぎたかな?)
でも、意外とニーナが機転の利く猫だったというのもこれで判った。
砂浜でサンドアートを楽しんだあとは、浜辺料理の定番であるBBQの準備に取り掛かった。
バーベキューコンロは、密かにガレットさんに作ってもらっていたものを転移ドアから取りに行った。その時に鋳造に使う木炭も分けてもらう事ができた。
(やっぱり便利だな転移ドア)
転移ドアを設置するには国王の許可が要るのではないかと言われそうだが、直ぐに取り外したから“設置”ではない、と言い張ろう。
「ミラ、この黒い木炭に火をつけてくれないかな?」
火魔法が一番得意なミラに、火おこしをしてもらおう。
「全部燃やすの?」
「いやいや。燃やすんじゃなくて表面だけ赤くなればそれでいいよ」
「わかった」
食材はトートバッグの中だ。
ミノタウロスの肉とボアの肉、それにロックバードの肉は地球人の感覚では牛肉と豚肉、それに鶏肉に似ているから想像がつくが、サラマンダーやグリフォンの肉っていうのも入っている。
(普通は滅多に食べられない食材だよね)
「こうやって肉と野菜を交互に刺してください」
直接焼くのもありだが、串に刺して焼くことにした。その方がバーベキューらしくていい。
皆が食材を串に刺している間、俺は塩コショウと焼肉のタレを準備しておいた。
今回、エイヴォンの港でたまたま見かけて購入したのが貴重な胡椒の実だ。
そこの猫耳! 肉ばっかり串に刺さない。いや、食材は沢山あるからそれでもいいか。
出来上がった串はコンロの網の上に乗せて、上からは塩コショウをかけてゆく。
「飲み物はワインとジュース。水割りと炭酸水割りがあるけど、どちらか好きなのを取ってね」
「わたくしは水割りをお願いしますわ」
「俺は割らなくてもいいぞ」
「ごめん、割ってるのしかない」
ワインの水割りと炭酸割り、ジュースの水割りと炭酸割りの4種類うちのどれかを取って欲しいのだ。選択肢はあまり無い。
「炭酸水割り」
「私もそれがいいわ」
「あたいは水割りしか飲めないにゃ」
やっぱり、みんな解っていない様だ。
「リサちゃんはジュースね」
「えーっ」
バーベキューと言えば缶ビールを欲しいところだが、残念な事にこの地方にはラガービールが無い。
代わりにエールというものも飲まれているが、発酵方法が異なるのか、濃厚すぎてあまり好きにはなれないのだ。
その代わり、ワインの水割りはどこでも飲まれており、重曹を使った炭酸水で割ったものもよく目にする。
「はーい、そろそろ焼ける頃だから良さそうなのを自分で取って食べてくださーい。そのまま食べてもいいけど、串から外したほうが食べやすいと思いますよー」
「俺は串のままでいいぞ、外すの面倒くさいし」
「あたいもそのままが食べやすいにゃー」
「ニーナさんたちの様にそのまま食べてもいいけど、このタレをつけて食べると美味しいですよー」
「にゃにゃにゃ、あたいにもそれ頂戴にゃ」
「ほんとだ、これ付けるともっと美味しくなるわ」
「美味」
「お、俺のには直接かけてくれ」
「お肉がとても美味しくなりますね」
焼き肉のたれは、ことのほか人気があった。
「これ、作り方を教えてください!」
「わたくしも欲しいですわ」
「お兄ちゃん! 私にも教えて!」
材料には貴重な輸入品の醤油を使っているが、王宮やエイヴォンでは手に入るだろう。
(今度、屋敷で作り方教室でも開くか)
「ハイハイ、わかりましたよ。今度、屋敷で作り方の教室を開くので、その時には連絡しますね」
「やったー、お兄ちゃん大好き!」
「えーっと、リサちゃん? 強引にアルと腕組むのやめて欲しいな。いろんな意味で危ないから」
「ヴーーー」
(ほら、ほっぺを膨らませている人が若干一名。リサちゃんのほっぺも真っ赤っ赤、あれ?)
「てか、誰? リサちゃんにワイン飲ませてるの」
「え? ダメだったのかにゃ?」
「リサちゃんはまだ未成年だから」
「そうなのかにゃ? その子からもメスの匂いがしてるのににゃ……」
(何なの? そのメスの匂いって……深く考えない方が良さそうだけど)
ジュースを飲ませたら、リサちゃんの酔いはすぐに冷めたようだが、エミーの機嫌がなかなか治らない。
「エミー」
「な、何かな?」
「この後、一緒に花火をしよう」
「はなび……って何?」
「いつかこんな日が来ると思って、こつこつと作っていた物だよ。まあ、やってみれば分かるかな?」
この国では火薬が発明されていなかった。火魔法があるこの世界では、火薬そのものが必要ないので発明には至らなかったのだろう。
そこで、火魔法で花火と同じものが再現できないかと考えて出来たものが、今日持って来ているススキ花火だ。火魔法で色を変えるのは難しかったから、その部分だけは炎色反応を利用して作っている。
「わー、何これ。綺麗ー!!」
「途中で色が変わるようにしているから、もっと綺麗になると思う。まあ、エミーには敵わないけどな」
「ふふ。アルったら何言ってるのよ」
エミーの機嫌が治ってきた。
(明らかにゴマすりだとは判るけど、良かった……)
「火魔法に、こんな使い方が……出来るのですわね」
これは極小のファイアボールをいくつも組み合わせて、筒の先端から噴出させている。
1つ1つの光跡の長さをランダムにする事や、重力方向へ放物線を描くように工夫して花火を再現しているのだ。
更に、不要な煙まで花火と同様に再現しているこだわりの逸品だ。
火魔法の得意なメグが感心するのも無理はない。
「煙が臭い」
「そうそう、煙をなるべく吸わないように気を付けて! それと触ったら火傷するから――」
「アチッ!」
(ハイそこ! 人の話はちゃんと聞くように!)
「何やってんのよジムは。触ったら火傷するってアルが言ったばかりじゃない」
「ヒール!」
「だってよぅ、色が奇麗だったからつい触りたくなったんだよ。ありがとなミラ」
「あら、ジムさんは女性以外でも奇麗だったら触りたくなるのですわね、フフッ」
「……容赦ねえな! メグ様は」
「「「ハハハハハハ」」」
みんなが打ち解け合い、こうして心を許し合っている感じはとても居心地がいい。
休暇の2日目も楽しく過ぎてゆき、俺たち5人は次の日の昼過ぎに、帰る場所の無いニーナを連れて屋敷に戻った。




