第104話 エイヴォンの浜辺2
「ねえ、今『ダーリン』って言ったわよねぇ?」
「うん、そう言った」
「間違いないですわ、私も聞きましたわ」
(いかん、みんなに聞かれているぞ)
「ダーリーーン、酷いにゃ、あたいを避けるなんて。こんなに逢いたかったのに!」
「てか、何でお前がここにいるんだよ」
「今朝、森で寝ていたらダーリンの匂いがしたんで走って来たんだにゃん。3年ぶりだにゃ」
「獣人族の村まで俺の匂いがしたって言うのか?」
(何という嗅覚なんだ。というか、テレパシー的な何かなのか?)
「ダーリンの匂いは忘れないにゃ」
「ね、ねえアル、彼女は誰なの?」
「あっ! ……あんたがダーリンの第一夫人にゃ?」
「で……あなたは、アルのことを何で『ダーリン』って呼んでるのかな?」
「お父ちゃんが、あたいを『アルフレッド君にあげよう』と言ったにゃ。それからあたいはダーリンひと筋にゃ」
「ふーん。で、アルは何て?」
「お、お断りしますって言ったにゃ……」
「そうなんだ」
俺は、エミーに何度も頷く。
「でもあたいは諦めてないにゃ。あたいの事を好きになってくれるように頑張るにゃあ!」
「あなた、お名前は?」
「ニーナにゃ」
◇◆◇
あたいは村の中では朝起きが早い方だ。
いつものように目が覚めたら、遠くから懐かしい匂いがしてくることに気付いた。
「西の方からにゃ。ダーリンが近くに来てるにゃ」
あたいは、族長であるお父ちゃんの家を訪ねた。
「ダーリンが近くまで来ているにゃ。あたいを迎えに来てるかもしれないにゃ」
「迎えに来たかどうかは分からん」
「ガザム、ニーナを行かせてあげにゃ」
「お母ちゃん……」
お母ちゃんはあたいの背中を押してくれている。あとはお父ちゃん、何とか行かせてくれないかにゃ。
「彼には心に決めた女子がおるようだが、それでも良いのか」
「振り向いてくれるように頑張るにゃ」
「ここには戻らない覚悟はあるか?」
「覚悟はあるにゃ!」
「では行くのだ、何年かかってでもアルフレッド殿の心を射抜いてみせよ。それが叶うまでは村に帰るではないぞ」
「分かったにゃ、今すぐに行くにゃ!」
お父ちゃんもお母ちゃんも許してくれた。嬉しさのあまり交わす足が次第に速くなってゆく。
砂浜が近くなってきたら、ダーリンの匂いが強くなってきた。
気持ちが高ぶり、体が内側から熱くなる。気が付くと、いつの間にか4つの足で走ってた。
「ダーリン、今行くよ!」
暫くするとダーリンの姿が見えた。まだあたいだとは気づいていない様で、周りのメスたちに何かを指示している。
やがてこっちに振り向いて、あたいの受け入れ体制に入ってくれた。
(うまく受け止めてくれるかにゃ!)
「ダーーーリーーーーーン!!!」
両手を差し伸べてくれるダーリンが目の前にいる。もうすぐ抱きしめてもらえる!
しかし目が合った瞬間、ダーリンは身をよじった。あたいは飛び跳ねた後だから方向が変えられない。
砂浜がゆっくりと目の前に迫ってきた。
「ハブチャボハ!」
あたいは豪快に砂の中に突っ込んだ。何でダーリンは受け止めてくれなかったんだろう?
「ダーリーーン、酷いにゃ、あたいを避けるなんて。こんなに逢いたかったのに!」
砂から顔を出して、あたいはダーリンに抗議した。でもダーリンはあたいがなぜここにいるのかって聞いている。あたいはダーリンの匂いを頼りに、獣人族の村から一生懸命に走ってきたというのに。
「ね、ねえアル、彼女は誰なの?」
その時にピンときた。私のダイビング抱擁を避けなければならなかった理由が。ダーリンの最初の番いがここにいるからだ。
失敗してしまった……彼女が身ごもるまでは、あたいの順番は回ってこない。
「で……あなたは、アルのことを何で『ダーリン』って呼んでるのかな?」
人間族は、あたい達の様に番いのことを夫婦と言う。
という事は、人間風に言うと彼女が“第一夫人”だろうと思って話をしていたら、なぜ『ダーリン』と呼んでいるのかを尋ねられた。
お父ちゃんの許しがあった時から“ダーリン”なのだ。
あたいは心の中をさらけ出して彼女に向かい合った。
「で、アル君は何て?」
(あ、忘れてた。ダーリンはまだあたいの事を番いとして認めてくれていないんだった。完全にあたいの早とちりだ)
「お、お断りしますって言ったにゃ……」
そう言った時に、彼女からは慈愛の匂いが感じられたんだ。あたいが一生懸命にダーリンに尽くしたら、彼女はあたいを認めてくれるかもしれない。
そして彼女は私の名前を聞いてきた。
「ニーナにゃ」
「ニーナさんって言うのね。私はエミリー、これからよろしくね」
「エミリーさん、ありがとうにゃ」
よろしくねって事は、彼女があたいの事を番い候補として認めてくれたんだと思う。
嬉しくて涙が出てきた。何とかダーリンがあたいの事を好きになってくれるように頑張らなきゃ。
しかし、はたと私は気がついた。
周りにはオスが1匹しかいない。それなのにメスの数がとても多いことに。
そして、匂いを嗅いでみるとやっぱり……私は2番目の番いではなかった。
でもあたいは何番目でもいい。ダーリンの為に頑張ることに決めたんだ。
◇◆◇
「おお、早かったなジム」
「男の方は選択肢が少なかったじゃねえか」
「そうだよね、100着って言うのは女子の方だったのな」
俺たちは今、女性たちが水着に着替え終わるのを砂浜で待っている。
そして、シートの上で胡坐をかいているとお尻が温かい。そう、ここは一年中砂が温かい浜辺だったのだ。
「お兄ちゃん。水着に着替えて来たよっ」
着替えの終わったリサちゃんがいちばんに駆けて来た。
身長も伸びてほっそりとした体つきになったリサちゃんは、青と白のストライプ模様のビキニ姿だ。控えめに主張している胸を張って、少し照れている仕草が可愛らしい。
「あたし、可愛い?」
「可愛いし、何だか大人っぽいな」
「やったー!」
水着からしっぽが生えているのは、言わずもがな獣人族のニーナだ。何でお前は猫なのに虎柄なの?
「しっぽ用のはこれしかなかったにゃあ。でもこれを着たら強くなったような気がするにゃ」
「手から雷を発しそうだな」
「何言ってんのかにゃダーリン、あたいは魔法は使えないにゃ」
二人で会話しながら歩いてきたのがエイヴォン領主館のメイドさんである、シャロットさんとソフィエさんだ。
二人とも砂が温かい事を知っているからなのだろう、華やかな柄の入ったスカート型ワンピース水着だ。
(おいジム、あまり胸元ばっかり見るなよ)
「シャロットさんたちは、ここの浜辺が温かいのを知ってたんですね?」
「ええ、私たちはこの別荘に時々来ますので。このあたり一帯は3月でも泳ぐことが出来ますし、砂の中に体を埋めて温まることもできるんですよ」
「やっぱりね」
俺は遠い地球の記憶で行ったことのある、南九州の砂蒸し温泉を思い出した。
「お待たせしましたわね、皆様」
次にやってきたのは、王女殿下と護衛のラシダさんだ。
むっちり体形で確りと主張する胸が印象的なメグは、フレアのある水色っぽいビキニで更に胸が誇張されている。
ラシダさんはオーソドックスな赤のワンピース姿だが、鍛え抜かれた体の線がくっきりと目立って健康的な美しさだ。
集まってきた女性陣の艶やかな姿を前にして、俺たちが目のやり場に困っていると、エミーとミラの姿がやっと現れた。
エミーが恥じらいながらゆっくり歩くので、ミラが後ろから押しているようだ。
「アル、ど、どうかな?」
胸の前で手を握り、心配そうに尋ねてくるエミーは白いビキニ姿にシースルーのパレオ。
髪の色を意識したと思われる薄紫色で縁取ったトップが、まるで天使のように美しい。
「奇麗だ……」
気の利いた誉め言葉は咄嗟には出てこないが、心の呟きが無意識に出てしまった。
「あ、ありがと」
「ジム、あたしは?」
ミラは小柄ながらにも、自己主張はそこそこだ。
髪の色に合わせた青色の水着には、細やかな飾りがあってセンスがいい。
「なんか、……可愛いぞ」
「うん」
何でお互いに目を合わせないで喋ってんの。こっちが恥ずかしくなってくるだろう!




