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「……………………っ」


 はぁはぁ、と息を荒く吐き出しながら枕元にあるナイトテーブルにある時計を見るときっかり午前4時だった。

 長い髪がしっとりと濡れていて、その髪を避けながら深く深く息を吐き出す。

 ヨロヨロとベッドから出てシャワーを浴びに歩く亜梨子は今日で7日目……と呟いた。


 あの夢を今は連続で見続け現在1週間がたった。

 亜梨子は寝不足とあの夢のせいで疲弊する精神に限界が近づいてきている。

 中間テストが近付いて来ていて勉強もしなくてはいけないのに、頭に全然入ってこない。

 なのに、歴史の授業だけは何故か頭にしっかりと入ってくるのだ。

 それがまた、何故か異様に疲弊するのだ。

 必ず最後に話す雑談すら頭に残る。


「……散歩、散歩をしよう……」


 朝方5時、まだ街も静かな時間帯にシャワーを浴びた亜梨子は力無く外に出た。

 両親がまだ眠っている為、静かに扉を閉めた亜梨子は日曜日の朝の散歩に出掛けた。

 居るのはランニングをしている人や犬の散歩。早朝の出勤者くらいだろうか。



「………………なぜなの」


「これは運命だね」


 小型犬を散歩中のミラージュと休日に朝っぱらから出会う亜梨子は力無く項垂れた。

 キャンキャンと鳴く犬を見下ろしてからミラージュを見上げると、休みで会えるなんて嬉しいなぁ!とにっこにこしている。


「……犬の散歩をこんな早朝からしているなんて予想外です」


「ちょっとの間預かってるんだ。お散歩必須って言われちゃってね」


「……偉いですね」


「わ!褒められた!うれしー…………うわぁ!」


「きゃあ!」


 立ち止まり話すミラージュはとても嬉しそうだ。

 しかし、その笑顔は車道を走っているトラックが隣りを通り過ぎた時に悲鳴に変わった。

 突然幅寄せのように近付いてきて犬を引きずるように避けたミラージュはしっかり亜梨子を抱えていた。


 居眠り運転だったのだろうか、そのまま走り去った車を見送った2人はゆるゆると緊張で張り詰めた体を弛緩させる。


「……び、っくりしましたね」


「うん……ごめんね?」


「何の謝罪ですか?むしろありがとうございます、守ってくださって」


「……守る、ね。うん、大丈夫、守ってみせるよ。でも、ごめんね」


「……はぁ」


 だから何の謝罪だ?と首を傾げる亜梨子にミラージュは困ったように笑った。


「ところで亜梨子、なんか顔色悪いね?」


「……ちょっと眠れなかったものですから」


「あらま。ちゃんと寝ないと睡眠不足はお肌の大敵!なんでしょ?」


「……なんかイラッときますね」


「なぁーんでよ」


 カラカラと笑うミラージュは、先程の車の幅寄せなど既に忘れているかのように朗らかだ。

 自分の頬に両手を当てて言うミラージュにイラッとしながらもじっと顔を見上げた亜梨子はある事を考えていた。


「どうしたの?惚れちゃった?」


「冗談でも笑えません」


「相変わらずドライだなー」


 冷たい対応にもかかわらず、相変わらずニコニコとするミラージュがなぜそんなに亜梨子に愛想がいいのか不思議だった。

 そんな対応をする人に好き好んで近づくだろうか。

 2年に進学した最初の時のあの眼差しの意味を亜梨子は知らないし、急に変わったように親しげに目を細めて微笑んでいるミラージュに警戒するのも仕方ないだろう。


「さーて、じゃあ俺は散歩の続きをしてくるよ。また明日ね、亜梨子ちゃん」


「……はい、また明日」


 手を振って離れていくミラージュを見送る。

 先程ミラージュを見上げて考えていた事をまた考えてしまう。


「不幸体質……ですか」


 柳ミラージュは不幸体質だ。

 これは、入学早々にその外見と人柄で、人気を掴んだミラージュのもうひとつの話。

 生まれた時かららしいこの体質は、基本的にミラージュのみに降りかかる。

 歩けばものが飛んできたり、落ちてきたり。

 食べ物を食べたらミラージュだけ食中毒を起こしたり。

 かと思えば、ジャンケンで1度も勝てた事がない凄いがショボイ内容まで。

 怪我や痣が出来やすく病院のお世話になる事も多いミラージュではあるが、持ち前の反射神経で命の危機にはあってないという。

 先程腕に巻かれていた包帯は大方犬にあむあむされたのではなかろうか。


「……なんというか、存在自体が不思議でそれでいて…………気に入らないヤツですね」


 苦虫をかみ締めた様な顔をした亜梨子はふいっと顔を背けて自宅に帰って行った。

 そんな亜梨子をミラージュは立ち止まり眺めていた。









「なんという屈辱」


 家に戻ると、朝食のいい香りが玄関まで漂ってきて鼻をヒクヒクさせた。

 リビングに来ると丁度用意されていた朝食を見て、好きなベーコンエッグを見つけて無意識に口の端を持ち上げ椅子に座る。


「亜梨子ちゃんおはよう、朝から散歩に行ってたのかしら?」


「おはようございます。うん、お散歩に」

 

 母は最後の1品であるカボチャのスープを置くと、朝からなんて素敵な朝食と顔を綻ばせ手を合わせていただきますをした。

 亜梨子の家はごく一般的な家だった。

 会社員の父に専業主婦の母、そして亜梨子の3人暮らしで庭付きの一軒家に住んでいる。

 母親の趣味でお花やレースといったラブリーでいてファンシーに揃えられている家の中は住み心地はイマイチではあるが。

 亜梨子は早速と暖かなお米を口に運び噛めば噛むほど甘みが溢れるお米の美味さを堪能している時に、ふと寝起きのあの不愉快なまでの不快感が無くなっていることに気付いた。


「亜梨子、ちょっといいか?」


「……はい?」


 カボチャスープを飲みこんでから亜梨子は顔を上げて正面に座る父を見る。


「父さんの会社のツテで知り合ったデザイナーの人がいるの覚えてるか?」


「勿論、レディース服のデザイナーさんですね」


「ああ」


 芸能関係とも仕事をする事があるらしい父は、その関係でレディース服を扱うデザイナーと知り合った。

 その人から試作品だと以前亜梨子のサイズの服を沢山頂いたのだ。


「その両親がな、子供が高校生になって落ち着いてきたから前から頼まれていた外国への仕事を決めたらしくて」


「……はぁ」


「子供が1人になるからたまにでいいから様子を見て欲しいと頼まれてな」


「……はい」


 何やら嫌な予感がしてきた亜梨子は、牛乳を口に含みつつ眉をひそめて父を見た。


「家が近いから学校帰りにでも亜梨子が見に行ってくれないか?」

 

「……いや、お父さんそれ本気ですか?」


 何を言ってるのだ、こやつは

 思わず自分の父に向かってそう思った。

 自分は高校生、相手も高校生。しかも完全なる初めましてのその相手に、家に居るかもわからないその相手の自宅にいきなり知らない女の子が尋ねてみろ。

 ただの不審者であり、明らかに相手は恐怖に震えるだろう。

 亜梨子だったらそうなる。


「……お父さん、私は同い年くらいの知らない人の家に突撃かませるほど神経図太くはないです」


「あぁ、前もってその子のお父さんお母さんに連絡してもらうからそれは大丈夫だ」


 私が大丈夫じゃないんですよ!頭わいてんのか!!


 ギリィと箸を強く握り、残りのカボチャスープを一気飲みした亜梨子はダン!とスープカップをテーブルに叩き付けた。


「気軽に良いよと言ったのはお父さんなんですから、責任をもってお父さんが行ってください」


「……あ、ありす……お父さん仕事……」


「しりませんよ!」


 ご馳走様でした。と手を合わせてから食器を下げた亜梨子は美味しいご飯だったのに残念でしたと、ちょっと落ち込みながら部屋に戻って行った。



「…………あなた、あれは亜梨子ちゃんも怒るわよぉ?」


「…………はぁ」


 父は母からの苦言を聞きこめかみを抑えながらため息を吐き出した。



 

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