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「ミラァ!前から不思議なんだけど、どうしてあんなに金剛にかまうのー!?」
「私達にはしないじゃない!」
「いつでもしていいんだよ?ほらほら」
「あ、じゃあ俺たちがしたげ「きっも!」……なんでだよ……」
常にミラージュの周りに集まる女子達がしなだれかかるように言ってきて、ミラージュはあははっと笑ってそれをかわしている。
「……まぁ、亜梨子ちゃんはねぇ」
「金剛さんがなに?」
「……なーいしょ」
唇に人差し指を当てて、シーとするミラージュに顔をあからめる女子達に、男子はケッ!と不機嫌になる。
「でも、確かに今までのミラらしくないよな」
「うーん、ちょっと亜梨子ちゃんはね……」
周りでワイワイ騒いでいるのを横目にそっと近づいてきた男子はミラージュ程では無いが顔がとても整っていた。
ミラージュの外国人イケメーンがすぎる顔面と違って日本人顔全開ではある整った顔はまるでマネキンのように美しいのだ。
クルクルと巻いた髪を綺麗にセットしているのだが、実は美しいこの顔にはサラサラストレートが1番似合っている。
寝坊しない限りしない幻の髪型ではあるのだが。
「万里はどう思う?亜梨子ちゃん」
「ん?あぁ、あの髪をセットしたい」
「あ、それは駄目。いくら万里でも亜梨子の髪は駄目」
「お前の所有物じゃねぇだろうが」
「所有物……いいなぁ」
「やめろ変態」
コロコロと表情を変えて話をするミラージュに、クールビューティの東屋万里はこのクラスの人気を思いのままにかっさらっていく2人なのだ。
そんな2人は家が近所の幼馴染だと言うから最強コンビ……!と周囲を震撼させている。
「……まぁ、万里が髪をいじったら亜梨子ちゃんは可愛すぎるだろうけど、それで目をつけられるのも癪だよね」
「…………お前」
実家が美容院の為、小さな頃から髪の手入れやセットが好きな万里は、ツヤサラスーパーロングの亜梨子の髪に興味津々なのだ。
そんな亜梨子に並々ならぬ執着をみせるミラージュの初めての姿に驚きを通り越して変態じみた恐怖を覚えていて、金剛逃げろ……と一日何回も念じていた。
「……っ!」
「亜梨子?どした?」
「い、いや……なんか寒気が来ました」
「えぇー?風邪ひいたぁ?」
「そんな事はないはずなのですが……」
毎週これが続くんだろうか……と亜梨子は遠い目をしながら始まった授業に視線を向けた。
真剣に書かれた板書を移す授業は歴史の授業。
中世のお話しになっていて、ルイ16世の話だ。
フランス革命のお話は先生が好きらしくじっくりと時間をかけられていて、授業内容も他より内容がギッシリ詰められていた。
この頃、18世紀前後の話を亜梨子は真面目に聞き、ミラージュは目を細めて頬杖をついて聞いている。
「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないと言ったのがマリーアントワネットだといわれているが、これは違うんだ。マリーアントワネットが王妃の時に重税と飢饉によって民が疲弊していた事が後に、パンが買えない民に向かってお菓子を買えば?と言ったのが、実はマリーアントワネットが6歳の頃別の人が言ったのを混同されて……」
熱く語る教師はまるでその場に居たような感情の乗せ方で語っていて、どこがテスト範囲で大事なのかさっぱりわからなかった。
既に5月に入っていて中間テストが近付いているのに、歴史の授業の注意点があまりにも熱く語りすぎていて、全てが大事だと言いたげな教師に匙を投げそうだ。
「…………」
話は興味深いが、その熱さは今じゃない感が満載。
昼食も終わり暖かな日差しが入る教室の中、既に熱い語りが子守唄のようになっている人が続出していて、3分の1はウトウトしている。
中には完全に熟睡していて寝息を立てている図太い精神をお持ちの方もいるのだ。
(早く終わらないでしょ……お腹がいっぱいですね!!)
思わず考えそうになった亜梨子は、ハッ!と目を見開いた後、違う事を考えた。
意識を逸らす事により願いが中断される事があるのだ。
微かな現実に変換する能力だが、その結果がどう繋がるのかはわからない。
しかも早く終われという願いは、今までの経験上あまりいい結果でない方が多いのだ。
「…………あぶなかったです」
小さく口の中で気付かれないくらいに呟いた亜梨子は、顔に掛かる髪を背中側に流そうと払った。結んだことによって背中の真ん中程まであるサラサラの髪がふわりと揺れた。
亜梨子は何故か、小さな頃から髪を切るのが物凄く嫌だった。
両親が切ろうとすると、全力で抵抗して伸びきった髪を大事そうに抱きしめる子供だったのだ。
不思議なくらいに髪を切るのが怖いと感じた。
必ず綺麗に手入れをして枝毛1本作らない膝まで伸びた髪を亜梨子は切ろうとせず、どうしても切らなくてはいけない時のみ、自らハサミを持つのだ。
慎重に慎重に、自室で時間をかけて1人で髪を切る。
そして切った髪は油紙に包み、満月の光の下に夜中窓の下で光を吸わせるのだ。
そして、丁寧に丁寧に水を含ませた後処分していた。
何故こんな事をしているのか亜梨子自身も意味がわからず首を傾げている。
しかし、何故か当然のように鋏を1人で持てるようになった時からそうしていたのだ。
「あと、これは雑談なんだがな」
授業が終わる5分前に話し出したのは、丁度考えていた髪の話題だった。
この時代ファッションであの巨大な髪を作っていたのだが、主に地毛に付け毛を使うか、かつらを使用していたようだ。白い色は髪粉と呼ばれる染料を使われていて、実際は白だけではなく服などのファッションに合わせて色を変えたり、又は白髪を隠すために使われていたらしい。
「髪粉を使い続けていた理由は、貧困がバレないように、だったらしいぞ。髪粉すら買えないのか?と思われないように。金剛はかつらがなくてもあの髪型が出来そうだなぁ!……よし、今日はここまで」
突然名指しで言われて目をぱちくりとした亜梨子は、教室を出ていく教師を見送った。
そうすると、ミラージュの傍にいた女子達がクスクスと笑い何かを話し出す。
「たしかに、金剛さんならあの巨大な髪の塊が出来そうだよねー」
「なんだっけ?ポマードとかいうやつで固めてるって言ってたよね」
「金剛さーん!学祭にでもあの髪型やってみたらー?」
明らかにからかわれているのが分かり、ミラージュが冷たい視線を向け口を開けようとした時、桃葉が笑っている女子の方を見て笑った。
「それは良いインパクトだねぇ。なら、亜梨子ちゃんだけじゃなくて皆でやろう?中世のコスプレ喫茶とかいいねぇ?先生の評価上がっちゃうかもー?……言い出した貴方達がしないなんて言わないよねぇ?」
笑っているが明らかに怒ってる桃葉に、女子3人が、は?と声を上げた瞬間ビクリと体を揺らした。
可愛らしいその顔には明らかに怒ってます。が表現されていて副音声に「なに子供みたいな事言ってるのー?馬鹿なのぉ?」と聞こえる。
桃葉の近くに座っている生徒は一瞬で顔を逸らした。
こう見えて、桃葉は完全なる肉食獣である。
肉食系ではなく、肉食獣。
「……い、いや、それは皆で近くなったら決める事じゃん……?」
「じゃあ、今笑いながらあなたが言う必要は無いんじゃないかなぁ?ねぇ?」
「……そ、そう……ね」
静まり返る教室内でミラージュが立ち上がり亜梨子の隣りに来る。
机に片手を乗せて体重をかけるように腰を曲げたミラージュが、亜梨子の髪に触れて優しく持ち上げて口元に持っていくのを亜梨子は目で追い掛けていた。
「亜梨子ちゃんは可愛く髪を結った黒猫がいいな。綺麗なアーモンド型の猫目に似合いそうじゃない?」
「……触るなください、変態」
あまりにも綺麗で映画のワンシーンを見ているようなこの空気感に別の意味で静まり返った教室に、亜梨子の酷く冷静な声が静かに響いた。
まさに阿鼻叫喚だった。
綺麗すぎる2人の様子、ミラージュは勿論だが亜梨子も埋もれがちになってしまうが整った顔に良いスタイルをしていて独特の雰囲気をしている。
1度気付いたら目が離せないような、吸い込まれるような、そんな不思議な魅力だ。
そんな亜梨子の髪を優しく口元に持っていくミラージュに女子は羨望や絶望に似た悲鳴を上げ、男子からは嫉妬(イケメンへの嫉妬と女子への扱い等)が炸裂した。
叫びは廊下所かほかのクラスまで届き、何だ何だと廊下に出てくる生徒たち。
亜梨子はさっさと髪を奪い返し顎で席に戻れと、傲慢にも指図をする。
そんな亜梨子にミラージュは嬉しそうに笑って頷き戻って行った。髪に口付けていたら、あんな優しい対応はしなかっただろう。
どちらにしても、あの男は
「……喜ぶとか変態でしょうか」
「っぐふ」
「……なにか?」
「なんでもねーよ?」
実はとなりの席の万里が亜梨子の呟きを聞いてしまい不覚にも吹き出してしまった。
ギロリと見る機嫌の悪い亜梨子に手を軽く振って返事を返した万里は、小さくへぇ?と呟いていた。