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「何故、ここに居るんでしょうか」


「え?ご飯食べる為だよ?」


「いつもの取り巻きと食べやがれませ?」


「取り巻きってー」


 フフ、と上品に笑ってお弁当に箸を持っていくミラージュは我が物顔で亜梨子の隣りに座っている。

 ここは空き教室で、桃葉と郁美がいない時に静かに食べるべく移動する亜梨子のとっておきだ。

 桃葉は2週間前に出来たばかりの彼氏とお昼を食べる為に指先しか見えない手をフリフリと振って教室を出ていき、郁美は毎週月曜日、図書委員の当番である為昼食は図書室のカウンターで食べるようだ。

 従って、月曜日の亜梨子は1人での昼食となる。


「……私、ひとりで食べたいんですけど?」


「俺は亜梨子と食べたいんだけど?」


 箸を持ったまま肘をテーブルにつき大きな体を丸めて亜梨子を下から覗き込むミラージュはにっこりと笑った。

 胡散臭い人をみる様な冷めた目でミラージュを見る亜梨子は、サンドイッチを口に含んだ。

 もぐもぐと口を動かし飲み込んだ後、お茶で喉を潤した亜梨子はミラージュに初めて問いかけた。


「……なんで私に話し掛けるんです?」


「クラスメートだよ?おかしくないでしょ」

 

「私達、こうやって空き教室に2人でご飯を食べるほど仲良くないはずですけど?」


「桃葉と郁美がいない1人っきりの寂しい亜梨子ちゃんとお話しながらご飯にしようかなって思っちゃだめ?」


 ニンマリとわらって甘辛く煮付けたれんこんを口に入れたミラージュに亜梨子は般若のような顔をする。

 そして当たり前のように、亜梨子は勿論桃葉や郁美を呼び捨てで呼んでいる。

 よくよく聞くと、ほとんどが名前呼びみたいだから亜梨子たちだけでは無いのだが。


「……不愉快ですね、物凄く」


「ありゃー?」


 おっかしいなぁ?とお米を口に運ぶクォーター男のその所作はとても美しく、先週の月曜日もそうだったが思わずその所作に見入ってしまう。

 伏せ目がちな目元に出来る影すらその美貌のアクセントにしてしまうのだ。にくらしい。

 かなりキツめに返事を返す亜梨子にも、ふにゃんと笑って首を傾げるミラージュに相変わらず胡散臭い顔を向ける。


「そもそも、なんていうんでしょうね、生きてる世界線がちょっとズレてるというか」


「はぁ?」


「陰キャと陽キャが同じ世界線にはいないと言うか」


「……陰キャと陽キャ」


「私達、真逆じゃないですか。なのになんでそんなに構ってくるんです?」


「好きだから?」


「……不愉快ですね」


「なぁーんでよー」


 バッサリと切り捨てる亜梨子にミラージュは椅子の背もたれに体重を乗せて身体を後ろに傾けた。

 椅子の前足が浮き上がりユラユラと体を揺らすミラージュは、無表情で天井を見上げて口を開く。


「……同じ世界線にいない……かぁ」


「たとえ、ですよ」


「いやぁ、言い得て妙だなぁって」


「難しい言葉を知っていますね。でも、これは例えで本当じゃないから、その言葉は当てはまりません」


「あらま」


 眉を下げて笑うミラージュはなぜか亜梨子が擽ったくなるような暖かな表情をする。

 まだ2年が始まり1ヶ月。なぜミラージュがこんな擽ったくなるような眼差しで亜梨子を見つめるのかがわからない。

 聞いてもはぐらかすミラージュに亜梨子は意味がわからないとすぐに顔を逸らした。


 しかし、なんとも言えない顔で、言い得て妙と言い放ったミラージュを思いだす。

 同じ世界線にいないと肯定したミラージュだが、亜梨子とミラージュは確かに今、ここにいるのだ。

 ミラージュはいったい何を思ってそう言ったのだろう。



「……まぁ、いいです。めんどくさいですし」


「え!なにが!?なんか今聞き流しちゃいけない雰囲気だったよね!?」


「どうでもいいですけど、ご飯を食べたらどうですか?お昼休み終わりますよ」


 いつの間にか食べ終わっていた亜梨子はペットボトルからお茶を飲んでいて、ミラージュは慌てて3分の1残った弁当の中身を掻っ込む勢いで食べ進めた。

 亜梨子は立ち上がり、まだ食べ終わってないミラージュを置いて教室を出ようとする。


「あ、亜梨子一緒に戻らないの?」


「貴方と一緒に教室に戻ったら刺されそうですから嫌です」


「ひどーい」


 カラカラと笑って手を振るミラージュを見ることなく亜梨子は廊下へと飛び出した。


「……なぜかしら、あの人は……」


 小さく呟く亜梨子はそっと口を閉じた。


 あの人は、何故か好かない。

 綺麗な顔をしているイケメンで、気遣い屋さん。性格もよく人気があるのがよく分かるのだ。

 しかし、亜梨子は何故かミラージュが好ましく無かった。

 穏やかに笑うその姿も、自然にスキンシップをする社交性の高さも、何故か無駄に亜梨子を構うその様子も。

 なぜ?なぜ?なぜ?なぜだろう?


「なんでか無性に気に入らないのですよね。ザワザワと胸騒ぎがする……」


 はぁ、と息を吐き出した亜梨子は多分戻っているだろう桃葉と郁美に癒してもらおうと、結んだ髪をユラユラとさせながら足早に教室に向かっていった。






「あ、亜梨子ちゃんおかえりぃ」


「おかえりー!」


 亜梨子の席の周りに2人がいた。

 ニコニコと笑って迎えてくれる2人に亜梨子は顔をほころばせて走りよる。


「亜梨子ちゃんごめんねぇ、1人にしてぇ」


「寂しくなかったかー!」


 ぷるん!と桃葉の小柄な体に似合わない大きな肉まん的なあやつを揺らして亜梨子に聞くと、逆にスレンダーなツルペタを亜梨子にくっつけるようにして体を押してくる郁美。。

 亜梨子はニコニコとそのツルペタを抱きしめる。


「大丈夫ですよ、たまに1人も悪くありません」


「そうだよねえ、たまにはいいよね?」


 亜梨子の返事のすぐあとに、後ろからニュっと出てきたミラージュが耳のすぐ横で息を吐き出すように吐息混じりに話す。

 囁くように睦言のように言うミラージュに周りの女子は一気に叫び、亜梨子はゾワゾワと鳥肌を立てた。

 前では手を握りあう桃葉と郁美が黄色い声をだす。


「離れてください!ほら!鳥肌!気持ち悪い!!」


「わぉ、俺気持ち悪いって鳥肌立てられたの初めて……亜梨子ちゃん、俺の初めて奪っちゃったね」


「うっざ!!」


 きゃっ!とわざとらしく言いながらも亜梨子の頬をつつく。

 パンッと叩き落とされた手を笑いながら振って自分の席に戻って行ったミラージュに、亜梨子は、ギリギリと歯軋りをした。


「あの人、好き勝手悪ふざけしやがりまして……!」


「うん、イラついてるのは乱れた口調でよくわかるよぉ」


 低い身長を精一杯背伸びし、頭を撫でて慰めた桃葉に亜梨子はホワホワ可愛いな、と笑う。


 そんな亜梨子達の少し後ろで女子達が荒ぶりミラージュに突撃をかましていた。



 




 

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