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亜梨子にこんな伝え方するつもり無かったのになぁ……そう笑って言ったミラージュはカラン……と音を立てて溶けて沈んだ氷を見た。
「どっから話そうかなぁ……夢を見始めたのは5歳の時。最初は変わった物語を見てる感覚だったよ。そのうち流石に10歳を超えた頃からおかしいと思って調べだした」
「……10歳で……?調べられる情報など、ありましたか?」
「うん、亜梨子よりも早く夢を見ている分、亜梨子の不透明な所も知ってるし……1番は亜梨子の立場と俺の立場が違うから」
小さく嫌だなぁ……と呟いたミラージュをジッと見る亜梨子に苦笑した。
「柳君」
「……うん」
はぁ、と息を吐いてから顔を上げた。
「時代はルイ16世が生きていた時」
「…………え、フランスの?」
「うん、場所はフランスでは無いけどね」
母はかなり驚いていた。
ルイ16世など有名ではないか。必ず授業で学ぶものだ。
「あの時、何が有名かわかる?」
「フランス革命ですか?」
「ルイ16世なら、奥さんがマリーアントワネットよね」
「……うん、それもあるんだけど……あの時期は中世18世紀……1番活発に活動していたのは15世紀から17世紀にかけて、最初は宗教から始まったんだよ。宗教裁判」
それを聞き青ざめ始めた亜梨子は目を瞑り顔を覆った。
「………………あぁ、わかりました」
「…………亜梨子」
「その時行われていたのは魔女狩りで、私は魔女とされたのですね」
「…………そう、その通りだよ」
俯く顔を上げてミラージュを見ると、悲しそうに笑った。
「そして、夢で私を追っていたのは柳君ですか?」
「!…………知ってたの?」
「途中から、あの男性の顔が柳君に見えていたのです」
「………………そっかぁ」
これは俺視点の話だからね、そう前置きをしてからミラージュは話し出した。
「…………あの時代はね、魔女狩りの全盛期からは大分下火になってはいても、田舎や辺境の村なんかではまだ盛んに魔女狩りが行われていたんだ。飢饉や大規模火災、天災なんかが起きるとこぞって魔女のせいだって自発的に魔女を作ってつるし上げるような時代だったんだよ。主に教会とかが行うけど、村とかならそこにいる牧師や時には村ぐるみに村長を中心にして……行われていたんだ。…………ほとんどが魔女として指名された人が対象だったんだけどね…………ただね、一般市民には知られていない教会内部でも1部でのみ知られていた事実があるんだ。」
ミラージュは1度目を瞑ってから亜梨子を見た。
「魔女は存在していたんだよ、本当に」
「………………え?あの御伽噺みたいな、ですか?」
「うん、それに近しい存在だね……魔女はいたんだよ。人が作り出した空想じゃない本物の魔女。空を飛び薬を作り、そして、願っただけでそれが実現する」
「…………願った、だけ」
亜梨子は覚えのある事を呟いた。
それにミラージュは小さく目を見開く。
「…………亜梨子?まさか……」
「……………………続きをお願いします」
亜梨子がモゾモゾと座り直しソワソワしているのを母は不思議そうに見ながらもミラージュを見た。
「……最初の頃の魔女狩りっていうのは、その魔女だけが標的だったんだ。人知に反する能力を持つ魔女の存在を知った協会が魔女を捕まえようとしたのが発端だったんだ。協会にも派閥があって、完全に殺そうという人達と、生かして鎖に繋げようという人達。どちらにしても魔女からみたらいい迷惑だよねぇ」
「…………ミラ君は捕まえようとしてたって言ってたから、教会の人だったの?」
「うん、教会の上層部にいたよ。派閥はね、捉える方だね。たとえ魔女でも殺したくはなかったから。その意識が高いのは……魔女は美しい女性なんだよ。今思えば魔女の特性なのか、魅了の魔法みたいなのがあるのかもしれないね」
今からずっと昔、中世18世紀
ここは田舎に分類される村の1箇所である。
そこに、教会から派遣されてきた2人の男性と騎士数名がいた。
2人の男性は、教会の上層部に位置する人で魔女裁判の際、本物の魔女の可能性が高い場合に限り派遣される位の人である。
「…………今回は当たりかな」
「………………どうだろうな」
「魔女かぁ、捕まえたら魔女裁判に掛けて魔女だったら…………今回はどっちに行くかな。殺されるか、それとも……」
「……やめろよ、悪趣味だ」
「だって気にならないか?捕まえて囲う場合は俺たちの誰かが貰い受けるんだぞ?」
「だとしても、魔女は望んでない事だろ」
「…………おい、騎士もいるからあんまり魔女を庇護する事は言うなよ。反逆者と見なされるぞ」
「……………………」
この時の魔女狩りは、魔女と思わしき人物を魔女裁判という名の拷問にかけ自白を強要するものだが、稀に本物の魔女が紛れ込んでいる。
その際に使われるのが魔女の魔法であった。
願っただけでその望みを叶える魔女は、人から見たら眉唾ものだが手に入れたい至宝であった。
教会は、こうして見つけた魔女を鎖にかけ痛みを与える首輪をつけるのだ。
そして、上層部の一部の人に預けられ大事に囲われ一生を縛られて過ごす。
時に相手を呪殺し、時に金銭を出させ、そして女性として囲われるのだ。
魔女を囲った上層部は一目を置かれる立場になる。
しかし、魔女自体を悪とみなす教会の派閥もいて、魔女裁判でそちらの発言が強いと魔女は有無も言わさず殺されてしまうのだ。
こうして捕まってしまえば、どちらにしても魔女にしては良くない事しかない人生を送らざるを得ないのだ。
そして今回、魔女だと言われた女性は長い黒髪に綺麗な瞳の妙齢の女性であった。
その女性が何も無い場所から瓶を取り出していたと密告されたのだ。
今回、魔女の可能性が高いと思われたのは、妙齢の女性であること、何も無い場所から瓶を出した事、そして長い髪である。
15世紀から捉えられ捕まった魔女のほとんどが髪の長い女性だった。
その髪には魔力が溜められていて、願いの代償になっている。
小さな願いには小さな魔力だけで事足りるが、切った髪に願いを掛けると髪に溜められた魔力が反応して大きな魔法が発動出来るらしい。
今までに捉えられた魔女達の研究により分かった事実だった。
その変わり、伸びすぎた髪を魔女はなかなか切る事は無い。魔力が帯びているからだ。
伸びすぎてどうしても切る場合は、切った髪を一晩中満月に晒ししっかりと紙に包んで水につけ処分する必要があるようだ。
こうすることによって、本体である魔女から切り離された髪から、少しづつ溜められた魔力を消費し朝にはカラカラに乾いているらしい。
「……………………長い髪、か」
「まぁ、色々条件があってるよな」
そう呟いて歩く2人。
1人は茶色の髪に赤い目をしたがっしりとしたガタイのいい人で暖かな眼差しをしている。
朗らかな笑みを浮かべる彼は教会に所属していなければ、良い父親になっていそうだ。
もう1人は細身の長身で太陽に反射すると白に見える綺麗な銀髪をしていた。
宝石のような緑の瞳は何も移していないような無表情と相まって精密な人形のようである。
「……なー、ミラ。もしさ、お前が魔女を囲うように言われたらどうする?」
「どうって……」
そう言われて迷うミラ。
今までも魔女裁判に呼ばれる事はあったが実際に出会ってはいない。
魔女には魅了されないだろうと思ってはいるが、未知の存在にどうなるかなんてミラにもわからない。
「…………そろそろつきます」
田舎の村から少し離れた場所にある小さな小屋。
その前に1人の女性がいた。
箒で地面をはくその姿はまるで天女のように美しく、全員の意識がその女性に向けられ思考停止する。
腰ほどに伸ばされた黒髪は緩く1本に結ばれ、清潔に洗濯されたワンピースはシミ一つない真っ白だった。
「……………………だれですか?」
視線を感じたのか顔を上げてミラ達を見ると、教会のバッチを付けているのに気付き体がビクリと揺らす。
「…………教会の……」
「…………あ、あなたに魔女の容疑が掛けられています……ご同行ください」
そう言われた女性は顔を青ざめて1歩下がった。
「…………お帰りください、私は魔女ではありません」
「それは、我々が決めることです。」
ザッザッと足音を立てて歩く騎士達から逃げようと女性は箒を盾にするように立ち向かっている。普通なら逃げるのに。
ミラはなんだ?とジッと見ていると、後ろの扉が開いた。
「……………………ママ?どうしたの?」
「!!!出てきてはいけません!!」
「……………………子供、だと?」
ミラは眉を寄せてその子供を見た。
同じく腰まで伸びた黒髪に濡れたように潤む大きな瞳は極限まで見開かれていた。
黒いリボンが付いた白いワンピースを着た少女は手を伸ばして母にしがみつこうとした時には、騎士により魔女と言われた母は捕まってしまっていた。
「やめて!ママを離して!!」
「ダメです!ラキア!!」
感情が爆発したように両手を握りしめて叫んだ少女の背後から凄まじい風が吹き、母を抑えていた騎士が吹き飛ばされた。
ミラは目を見開き少女を見てポツリと呟いた。
「……………………魔女」
その呟きは何故か離れて居たはずの母の元まで届きミラを凝視する。
「違います!ラキアは魔女ではありません!!違うのです!!」
「………………その子も捉えて」
ミラの同僚カールがそう言うと、騎士がラキアに向かい走り出す。
母は唇を噛み締めて箒をくるりと回した。
「…………いかせませんよ、ラキアの元には、決して」
そしてその箒に座るとふわりと母は宙に浮いた。
「!…………魔女だ……本物の魔女だ!!」
ざわりと騒ぎ出した騎士達だったが、ミラはただ真っ直ぐにラキアを見ていた。
まるで視線が吸い込まれるようにラキアだけを見ていた。
魔女と認定された母は騎士とカールに囲われ箒を掴まれ引きずり下ろされている。
そんな母は空中からナイフを出し己に向けた。
騎士達は自決をはかるのでは、と慌てて止めようとしたのだが、母はザクリ……と首元から髪を切り強く握った。
「逃げなさいラキア、教会に捕まらないように遠くに逃げるのです!」
髪がざぁ……と溶けるように消えるとラキアの前に透明な壁が出てきた。
「ママァ!ママァ!!」
「逃げるのです!きゃあ!!」
逃がすために髪を切り魔力のこもった言霊を発した母は直ぐに上からのしかかられて押さえつけられていた。
「ミラ!捕まえろ!」
ハッとしたように瞬いたミラは走り出した。
壁に手を付いて母を見ていたラキアはミラを見て泣きながら首を横に振っている。
そして後ずさり森の方へと走り去っていった。
壁が邪魔をしてラキアの元に行けない歯がゆさにミラは壁を強く叩いた。