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『これより体育祭を執り行います。各関係者の方移動お願い致します。………………』
だいぶ暑くなってきた7月、かねてより準備を行ってきた体育祭が始まった。
亜梨子は渡された赤いハチマキを片手にジャージのズボンを少しだけまくり上げた。
「亜梨子」
「はい」
「おいで、結んであげる」
急に呼ばれて振り向くと、ミラージュが櫛と髪ゴム等を持ち微笑んでいた。
まだ結んでいないサラサラストレートヘアは膝まで流れている。
まだ亜梨子たちは教室に居て、みんな外に行く為に準備をしていた。
ここ数日、田中玲美が付きまとい疲れているミラージュは教室でも亜梨子を少しだけ構うようになっていた。
最初は拒否していた亜梨子も、日に日に疲弊するミラージュに少しばかりの優しさを見せてくれる。
「動きやすい髪型にするね」
椅子に座った亜梨子の後ろに立ち2つに分けてから片方を緩く結んだ。
そして、もう片方を上から長いリボンを挟み一緒に編み込んでいく。
首下まで編み込んだ髪を1度小さなゴムで結んでから緩く三つ編みにして、リボンを使いくるりと丸めていく。
逆側も同じく結び両端にリボンが巻かれたお団子が出来ていた。
「ハチマキ付けるよ」
頭のてっぺんから首下まで通したハチマキはカチューシャみたいに可愛らしく亜梨子を飾った。
「わぁ、亜梨子ちゃん可愛い!ミラ君器用だねぇ」
あっという間に出来た可愛い髪型にミラージュはにっこり笑ったが、チラッと万里を見る。
「実は万里にアレンジの仕方教えて貰ったんだ。亜梨子の髪は俺がしたいから」
櫛をフリフリしながら鏡で確認する亜梨子を見る。
「どう?気に入った?」
「とても可愛いらしく動きやすいので満足です」
「それはよかった」
髪が崩れないように頭をぽんぽんするミラージュを見上げる。
「……ありがとうございました」
「亜梨子可愛い」
トロン、と顔を緩ませるミラージュに桃葉は顔を赤らめる。
至近距離にほぼ外人なイケメンの愛しい人大好き!な笑顔を見て自分に向けられた訳じゃないのにモジモジしてしまう。
「髪相変わらず長いね」
「伸びすぎたのでそろそろ切ろうかと思ってます」
「あれ?切っちゃうの?切ったらくれる?」
「は?」
「ごめんなさい」
可愛らしく首を傾げて聞いてきたが、亜梨子の冷たい眼差しが向けられしゅんと謝った。
相変わらず変態だな……と思っていると、郁美が顔を赤らめ興奮しながらやってきた。
隣には万里もいる。
「あ!郁ちゃん可愛い!!」
あの時の約束を体育祭で果たした万里。
髪全体をフワフワに巻き、1本に結んだあと顔の横と後れ毛を出し、後ろはくるりんぱを太く緩めに2回して下を細いリボンでキュッと結んでいる。
簡単でいてゆるふわの可愛らしい髪型。
いつもストレートの郁美だからだいぶ印象が違いお淑やかな美人に見える。
「いいな、金剛も似合う」
結んだ場所が見たいのか髪を触ってじっと見る万里の手をミラージュが叩き、めっ!と叱っていた。
「………………ねぇ、いい加減ミラ返してくんない?ミラももう良いでしょ」
「…………あー、一華」
苦笑して一華を見ると、一華はいつもと違う亜梨子と郁美に目を見開いた。
「あ……え!?やばっ!可愛い!!なに、万里やったの!?」
「早瀬だけな、金剛はミラ」
「ミラ!?しかも金剛のスーパーロングをこんな綺麗に結んだの!?あんたほんとにスパダリじゃん!もう!!やば!金剛ちょっと!見せて!!」
「え?は、はい、どうぞ」
「うーわ、めっちゃキレイ……本当に器用だな……」
後ろに回って亜梨子の頭をガン見した一華がそっと亜梨子の髪を触るが崩れることは無い。
前に回って顔を見て髪型を見て、また顔を見て頷く。
「…………うん、金剛似合うわ。可愛いわ」
「ありがとう……ございます」
「可愛いよね、亜梨子」
ミラージュがまたトロンとして亜梨子の隣に立ち体をくっつけようとして容赦なく亜梨子に拒否されている。
「…………一華、なに金剛褒めてるの?」
「似合うの褒めてるだけだよ」
「いや、金剛嫌いじゃないの?」
「は?嫌いなんて言ったことないよね?私はミラが気に入ってるから金剛が気に入らないだけで、金剛自体は別に嫌いなわけじゃないよ」
びっくりして目を丸くしてる一華は、いつも一緒にいる女子達に言った。
そして座ってる亜梨子の腕を掴んで立たせると、皆んなの前に見せる。
「ほら。可愛くない?私は可愛いと思うんだけど」
「………………いや、可愛いな金剛」
目をパチクリとさせる友達に一華も頷く。
「……悔しいけど可愛いよね」
普段結ばないか緩く2本に結ぶだけの亜梨子が華やかな髪型になり顔もしっかり見える。
ただの美少女である。
「…………なんか、嫌だけどさ……嫌だけどミラと金剛が並んでるの見慣れてきた……嫌だけど!!」
「「………………わかる」」
はぁ……と息を吐き出し一華はミラを見る。
「ミラさ、金剛の事好きなの?恋愛的な意味で」
「…………あれ、それ亜梨子がいる前で聞いちゃう?」
「もうさ、田中玲美がウザイから金剛が好きなら付き合っちゃえば?あいつより断然金剛のがいいわ」
「…………あー、亜梨子ちゃん…………睨まないでよー」
一華に促されてミラージュが亜梨子を見るが凄まじい眼力で返される。
そして、亜梨子が口を開いた。
「……このような人が多い場所でそんな事を口にしたら一緒許しません」
その言葉にミラージュは目を見開きジワジワと喜びが溢れてくる。
それは、OKだからそう言うんだよね?
そうだよね?
「…………亜梨子……こっち来て!」
ミラージュに手を捕まれ教室から飛び出した2人。
後ろではギャーギャーと騒ぎ立てている声が離れた亜梨子達にも聞こえていた。
それを聴きながらミラージュはバタバタといつもの空き教室へと入り亜梨子を先に入れてから後ろ手に扉を閉めた。
扉に背中を預け俯き息を吐き出すミラージュを亜梨子は黙って見ている。
「…………亜梨子」
「はい」
「…………あのね」
足元をじっと見ているミラージュの前まで来た亜梨子が後ろ手で扉を触ったままのミラージュの手に手を伸ばして掴んだ。
至近距離にいる亜梨子を見て、手を前に持ってきたミラージュは眉を下げて困ったように微笑む。
「亜梨子、前から言ってるけど俺は亜梨子が好きだよ。とても。」
掴まれていない手を上げて亜梨子の頬を優しく撫でる。
ふわりと笑うミラージュはいつもと同じだが幾分緊張しているのがわかった。
「……亜梨子に秘密にしてる事がある。亜梨子が俺と同じだけの気持ちをくれるなら絶対隠しておけないとても大きな秘密。それを知ったらきっと亜梨子は俺を嫌いになる。憎むだろうね……」
黙ってミラージュの言葉を聞いている亜梨子は、これがただの告白では無く、ミラージュを傷付ける、身を削るような告白なのだと気付いた。
困ったような、泣きそうなような
教室で見た歓喜の表情では無く自分を傷付け押し殺し、それでも許しを乞う。
そんな表情。
「……亜梨子に嫌われたくない、好きでいて欲しい。ずっと傍にいて触れていたい。…………それを許して欲しい」
頬に当てていた手を離して強く握るミラージュは目をぎゅっと瞑り繋いでいる亜梨子の手だけは離さないと必死に握っている。
「……………………私は」
亜梨子が話し出した事でミラージュはゆっくりと目を開け亜梨子を見る。
「あなたの事が分からなかった。初めて貴方と目が合った時貴方は不可思議な目をしていました。なんとも形容し難い様々な感情を乗せたような瞳でした。とても不思議でいて不快な気持ちになりました」
「……ごめんなさい」
「……私は貴方が苦手でした。貴方がそばに居ると胸がソワソワするのです」
「……………………」
「でも、何故でしょう……その反面確かに幸福も感じるのです」
「!」
「今ではこの距離が当たり前で心地よくさえ感じます」
「亜梨子……」
ミラージュをグイッと引っ張り亜梨子は更に1歩近付づいた。
目の前にあるミラージュの胸に片手を当ててじっと見る。
「……貴方の秘密を知って私がどう思うかはその時にならなくてはわかりません。私は貴方を憎むのか、それとも愛するのか……もし、貴方の意思に反した感情を私が持ったとしたら………………その時は」
無表情で話す亜梨子にミラージュが顔を歪めて亜梨子を強く抱き締めた。
「……無理だよ亜梨子……1度亜梨子を手に入れたらもう離せない。亜梨子が嫌がっても泣いても、もう離してやれない。それこそ閉じ込めて誰にも会わないように……」
「離せ変態」
「むりぃ!!」
はぁ、と息を吐き出してミラージュの背中に両手を回す。
1度ギュッと抱きしめてあやす様に優しくトントンと叩く。
「もしその時は、貴方が頑張って私の気持ちをつなぎ止めなさい。たとえ憎むような感情があったとしても、それでもと思えるような愛情を貴方が私に与えなさい。そうすれば、私はきっと貴方の傍を離れないでしょう」
「っ……うん、うん…………亜梨子大好き」
「…………ええ、私もいつの間にか貴方が好きだったのでしょうね」
さらに強く抱きしめられ苦しいが肩に染みるミラージュの涙を感じて、仕方の無い人……と我慢したのだった。