19
7月某日、準備されていた体育祭がもうじき始まる。
あの悪夢も今は見ていない亜梨子の体調は万全だ。
桃葉のあの騒動は実は長引き、彼氏の誠に桃葉の怒りが落ちたらしい。
亜梨子のあの助言を実行していないことを祈りつつ、桃葉はイラつきもやっと落ち着いてきた頃、1年のあの女子の嫌な噂を聞いた。
「……………………クソビッチめ」
「桃葉、桃ちゃーん、お口が悪いですよ」
Tシャツにハーフパンツの郁美が桃葉の肩を叩いた。
はぁ、吐息を吐き出した桃葉はチラッとある場所を見る。
そこには、ミラージュの腕に捕まり体を寄せている1年の姿があった。
桃葉の宿敵である田中玲美であった。
「あいつ、かなり桃がきつく言って誠君にもブチ切れて怒って、かなり時間かかったけどやっと離れたのに!!まさか……まさかミラ君の所に行っちゃうなんて桃思わなかったぁ」
泣きそうに言う桃葉に苦笑する亜梨子ではあったが、亜梨子もこの田中玲美には少し思う所があった。
どうやら初回の体育祭準備の日はミラージュが欠席の為に田中玲美に見つからなかっただけらしい。
元々一目惚れ体質なの、と自分で言うくらいに恋多き少女らしく常に好きな人がいるのだ。
それは恋人がいても関係なく突き進む身勝手ではた迷惑、ではあるのだが本人は好きになっちゃうのは仕方ないよ……と反省の色は無い。
そして、今回桃葉に強く拒否られた田中玲美はまるで女優の様に泣きながら誠の傍を離れたようだが、何度かある体育祭の準備や練習でミラージュを見た田中玲美は一気に恋に落ちた。
これは運命だわ、私、この人に会うために生まれてきたのよ!と豪語して突進し、初対面で抱き着いたのだ。
勿論ミラージュは万里や一華たちいつも通りのメンバーが集まり集団でいるのにだ。
それにミラージュはキョトンとして万里を見た。
「……だれかな?」
「知るかよ」
「…………あんたは、また性懲りもなく……」
ミラージュがこの子どうしよう……と肩に手を置いて離そうとした時、ドロドロと効果音が掛かりそうな鬼の様な顔をした桃葉が現れた。
「田中玲美!!性懲りもなくまた来てぇ!!」
「え!?桃葉先輩!?誠さんにはもう近付いてないですよ?……まさか、二股ですかぁ!?」
「そんな訳ないでしょー!?」
「「「「え、この子が田中玲美??」」」」
あのブチ切れをかました桃葉の話から、このクラスに田中玲美の存在が知れ渡った。
ミラージュもその話は桃葉から直接聞いていたので知っているし、力一杯亜梨子の部屋で俺は亜梨子ちゃん一筋だよ!と言って部屋から追い出されたばかりである。
そんな何ともすごいタイミングで現れた田中玲美は、ミラージュにハート乱舞しながら抱き着いていた。
「お名前はミラさんって言うんですか?私田中玲美です!玲美って呼んでください!私……」
「ごめん、まず離してくれないかな」
「……え、ダメですか」
「ダメに決まってるでしょ!離れな1年!」
「きゃ!……酷いです……ミラさん……」
「………………なんでしょうか、ものすごくイライラしますね」
ちょっと離れた場所で郁美と見ていた亜梨子は無表情で言った。
「あ……亜梨子?」
「はい」
「だ、大丈夫?顔が……」
「……顔?」
頬を触るが特に変わりない普通の頬だ。
亜梨子はまたミラージュたちを見ると、一華と桃葉が一緒に田中玲美を撃退しようとしている。
「……そもそも、俺好きな人いるから」
「「「はっ!?」」」
「玲美は大丈夫です!誰よりも貴方が好きな自信があります!!ミラさんはすぐに私を好きになるはずです!!」
「…………うーん」
自信満々で言う田中玲美にミラージュは困ったように笑ってからチラッと亜梨子を見る。
その表情にビタッと動きを止めたミラージュはすぐに動いた。
「ちょっとごめん」
「あ、ミラさん!?まっ…………」
走っていくミラージュの背中を見送ると、一華はため息を吐いた。
「まぁた金剛かー、ミラは金剛の事どう思ってるのかな……好きな人ってまさか金剛……?」
「………………金剛?」
一華の言った名前に反応してもう一度ミラージュを見ると、亜梨子に話しかけるミラージュがいる。
「亜梨子どうしたの?顔が強ばってるよ……もしかして、心配になった?」
「……何が心配ですか」
「あれ…………亜梨子?」
顔を見ると明らかに不機嫌なのがわかる。
ミラージュは嬉しそうに笑って2つに結んでいる髪のひと房を掴み軽く引っ張ると、キッと睨んだ亜梨子が髪を離すように手を弾く。
それだけでも幸せそうに笑うミラージュに調子を崩す亜梨子は困ったように眉を下げた。
亜梨子の周りには郁美しかいない為、こんなミラージュの顔は誰にも見られていないのだけが幸いだろう。
こうして出会った田中玲美とミラージュは、誠の時のように昼食は2年教室に入り込み一華達を押しのけるバトルを繰り広げ、放課後はミラージュを待ち伏せするというストーカー顔負けのことをしてのけた。
月曜日はなんとか巻き、亜梨子との時間を確保しようとするミラージュ、放課後も付き纏われ亜梨子の家に行く頻度がグンと減ってミラージュのストレスがどんどん増えていった。
「…………大丈夫ですか」
「ダメかもしれない……」
ソファにぐたりと体を沈めて座るミラージュの隣にトサリと腰を下ろした。
顔を両手で覆って俯くミラージュに亜梨子が背中を撫でてあげる。
「ミラ君大丈夫?1年の子まだ傍に来るの?」
落ち込むミラージュを見て母はお高いアイスを差し出した。
つけられる可能性が高いので、亜梨子の家にもなかなか来れず常に見られている感じがして落ち着かないらしい。
なんども田中玲美に辞めてくれ、迷惑とはっきり言ってるのに「照れ隠しはいいんですよ!」と話が通じないようだ。
そんな相手だから、ミラージュは亜梨子に会わせないようにしている。
「………………ありがとう」
アイスを受け取り蓋を外すミラージュは手前に座ってじーっと見てくる母を見る。
それから眉を下げて隣にいる亜梨子に寄りかかった。
「ずーっといるんですよ、雅子さん。ずーっと着いてきて家もバレるし、インターホン鳴り止まないし……今日は用事があるって自己申告無かったら来れなかった……
」
「えっこわ!!」
「だからなかなかこっちに来れないし、亜梨子に会えないしー!!」
アイスを亜梨子に渡してギューっと抱き着いてくる。
落ち込んでいるのがわかってるから、亜梨子は特に何もせず好きなようにさせているが、食べていないアイスを渡されたので遠慮なく食べ始めた。
「あらぁ、だいぶ落ち込んでるわぁ……亜梨子ちゃん、それミラ君のよ」
「私に持たせたのですから私のです」
「もう!……それにしても、その田中玲美ちゃん?ちょっと困ったわねぇ」
「もう、先生に言おうかな……」
「先生というか、警察レベルよぉ」
「たしか桃葉の彼氏の時はここまででは無かったはずです」
「そうとうミラ君が好みだったのねぇ」
しみじみと言う母にしがみついていたミラージュは力を抜いてくたりと寄りかかる。
重さが急に増えて うっ…………と力を入れるが亜梨子の貧弱な腹筋ではミラージュを支えきれずアイスを持ったままソファにぐしゃら……と倒れた。
勿論上にはミラージュが乗っている。
「あらあら、やっぱり仲良しねぇ」
「おもたいぃぃ……」
「亜梨子ちゃぁぁん…………」
「私の上から降りなさい、今すぐにぃぃ」
よっこいしょ……と体を起こしたミラージュは、亜梨子を起こして椅子に座らせてくれる。
そんなミラージュに顔を向けること無くアイスに夢中な亜梨子に母はフフッと笑った。
「二人を見てたら大丈夫な気がしてくるわぁうふふ」
「……ん?」
「雅子さん?」
満足そうに二人を見て笑う母に亜梨子とミラージュは揃って首を傾げた。