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「ただいま帰りました」


 いつも通り玄関で靴を脱ぎながら言うとリビングの扉が開いた。

 長い男性の足が見え、そのまま上を見るとスマホを持つミラージュがニコッと笑っておかえりと迎えた。


「……今日来る日でしたか?」


「雅子さんに呼ばれたの。亜梨子ちゃんのお土産あるからおいでって」


 指差した先は出来たてのデリシャスチョコバナナクレープ。

 それを見てミラージュを見て、ミラージュの後ろから顔を出した母を見て、そしてまたクレープを見る。


「………………はぁ」


 息を吐き出し家に入ってきた亜梨子はミラージュに手渡した。


「どうぞ、チョコバナナです」


「わーい!ありがとう亜梨子」


「いいえ……お母さんの分はありませんからね」


「わかってるわよー、元々ミラ君の分頼んだのよー?」


「……そうですか」


 脱力しながら2階に上がり自室に行って着替えをすませる。

 薄手のパーカーに同じ7分丈のスボンを履いた亜梨子は鞄の中から弁当箱と1枚の紙を手に取り下に戻っていった。


「お母さん、これプリントです」


「はぁい」


 相変わらずソファで2人並んで母はゲームをしてミラージュはもらったクレープを開けている所だった。

 ゲームを中断してプリントを受け取るった母は


「なになにー?あら、体育祭!7月は体育祭あるのねぇ」


「中間が終わったから今から体育は全部体育祭の練習だよー」


「まぁ!亜梨子ちゃんとミラ君はなにするの?」

 

「明日決めるらしいです」


 台所でお弁当箱を洗っている亜梨子の隣にミラージュが来て、クレープを差し出してくる。


「……なんです?」


「はい、食べて」


「……あなたのですよ」


「うん。でも食べたかったんでしょ?亜梨子が食べたくて悩んでるのを雅子さんに買ってきてって言われたもんね?」


「そ……うですけど」


「ほら、あーん」


 口元に持ってきたクレープをチラッと見たあと水道を止めた亜梨子はミラの胸を手で押して離れようとしたがミラージュは動かなかった。


「…………………………」


「…………………………ん?」


「離れてください」


「えー、いいじゃなぁい!亜梨子ちゃんにグイグイ来てくれるイケメンとか素敵だわぁ!ミラ君!もっとやれ!だよ!」


「頑張りまーす」


「何を応援してるんです!それでも母親ですか!そして返事をするんじゃありません!」


 濡れてる両手で遠慮なくミラージュの胸を押し返そうとするが、ミラージュにはちょっと押されてるくらいでビクともしない。

 亜梨子にホイップが付かないように手を挙げているミラージュは、学校では出来ない亜梨子とのイチャイチャ(笑)が出来てご満悦に笑っている。


「はい、亜梨子ちゃんおちついてー」


「あなたが離れたらいくらでも落ち着けます!」


「あら、ミラ君がそばに居ると亜梨子ちゃんドキドキしちゃうの?」


「え?本当?照れちゃうね?」


「馬鹿言うんじゃありません!」


 ミラージュが離れて亜梨子はやっとソファに座り深いため息をはいた。

 今度は母が立ち、ミラージュが隣に座るとあむっとクレープを食べる。


「お、うま」


「果物いっぱい入っていたのも美味しかったですよ」


「へぇ、いいね。亜梨子、今度は俺と一緒に行こうか」


「…………なんでですか」


「あれぇ?亜梨子の眼差しが冷たい!もぉ、亜梨子は本当に俺の事嫌いだよねぇ?」


「………………………………そうですね」


「あらぁ!つめたぁぁい!」


 途中途中二人の会話に乱入する母はエプロンを外して鞄を持った。


「お夕飯のお買い物に行ってくるわね!ミラ君何食べたい?」


「んー、豚汁?」


「はぁい!美味しいの作っちゃうわよ!期待しててねぇ!」


「はーい!」


 いってきまーす!と笑って買い物に向かう雅子を2人でソファから見送る。

 娘ではなく、家に来るクラスメイトに食べたいものを聞く母に亜梨子は微妙な気持ちを抱えながらも、まさかの2人だけでお留守番を言われるとは思わなかったとクレープを食べて寛ぐミラージュを見た。


「ん?」


「なんでもないです」


「そう?」


 口の端に着いたホイップを親指で拭い舐めとるミラージュは妙に色気が溢れていた。

 伏せ目がちに亜梨子を見て首を傾げるミラージュ。


「……亜梨子はさ」


「はい?」


「教室にいる時より今の方が優しいね?」


「そうですか?……いえ、そうですね、その通りだと思います」


 優しい……?と考え込んでから、たしかに教室で居る時のようにミラージュを全力で拒否していない自分に気付いた。

 今でも教室にいる時は極力そばに寄らないように、あまり話をしないようにしている。

 桃葉達ではなく、クラスメイト達の突き刺さる視線や勘繰った言葉が嫌だから。

 でも


「……二人なら平気?俺がそばに居ても嫌じゃない?」


 肩が触れ合い密着して座るミラージュに亜梨子は今気付いた。

 こんな至近距離にいたのに、亜梨子は気にもしてなかったのだ。


「…………そうですね、初対面の時よりは苦手ではありません」


 そう言いながらも少し体を離すと、ミラージュはその距離を詰めてきた。


「そっかぁ、前より話してくれるようになったし、近付いても嫌がらなくなったからかなり嬉しいよ」


「近いのは嫌がります」


「あれぇ?」


 ふふっと笑いながら座り直すとミラージュも同じく隣に座り直した。

 その肩が触れ合っているのに気付いているが亜梨子はもう何も言わない。


「あ、亜梨子は体育祭なにする?最低個人3種目でしょ?何かしたいのある?」


「……したいの、ですか。特にはないですけど……借り物競争だけはしたくありません」


「借り物競争かぁ、結構いやぁなの有るみたいだしね」


「毎年借り物競争は誰もやりたがらないですからね」


「俺も借り物競争以外がいいなあ」


 ねー?とソファの背もたれに頭を当てて亜梨子を見るミラージュに亜梨子は眉を寄せた。

 ソファに頭を乗せてサラサラの髪がソファの背もたれに綺麗に広がっている。

 緩く微笑むミラージュは溢れんばかりの色気をたれ出し、流し目で亜梨子を見ているのだ。

 亜梨子はギュン!と心臓が締め付けられ顔に熱が集まるのを感じて、手に触れたクッションを強く握った。


「……」


「わっ!何!?どうしたの!?」


 いきなりクッションを顔に押し当てられたミラージュは体を起こして声を出す。

 しかし、声を掛けても返事がない亜梨子の両手腕を掴むと、反射でビクリと体が強ばりクッションを持つ力が抜けた。

 ポトリとクッションがミラージュの顔から落ち、目が合った2人は数秒見つめあっていた。

 そして、軽く力を入れたミラージュに亜梨子は抵抗すること無くソファに押し倒された。

 トサリと軽い音がなり髪がふわりとソファから床に流れ落ちていく。


「……もぅ、なんのイタズラ?」


 赤らめた顔で目を見開きミラージュを見ている亜梨子を下敷きにして至近距離でまん丸に見開いた瞳を除きこんだ。

 クッションで乱れた前髪をそのままに、ミラージュは驚いて固まる亜梨子の片手を離して首の後ろに回すと、ビクリ!と大袈裟に体を揺らす。


「……亜梨子?いたずらっ子にはお仕置きするよ?」


 首の後ろに回された腕がグイッと亜梨子を引っ張り起こすと、ミラージュの胸にトンと体が当たり亜梨子は一気に体温を跳ね上がらせる。

 そのまま抱きすくめて亜梨子の流れる髪を優しく撫でると、ちらりと見えた真っ赤に染った耳に気付き口端を持ち上げた。


「……なぁんだ、イタズラじゃなくて照れ隠しだったかぁ……かぁわい」


「は……はははは、はなれなさい!!」


 少し空いた隙間から手を差し込み顔を覆う亜梨子にミラージュはあははは!と笑う。

 背もたれに体を預けて緩く腰に腕を回しているミラージュは初めて見せる亜梨子の照れている様子に可愛いと何度も伝えていた。



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