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「あ、良いですねIH。俺の家はガスコンロだから羨ましい」


「あぁ、火が出ないからIHにしてるのよ!……亜梨子ちゃんね、火が苦手なの」


「……火が」


 豚汁を軽くひと混ぜした母は微笑みながら言っ た。

 小皿に移し味見をして、うん美味しい!と言った母は、笑顔でミラージュに食器を出してと頼む。

 頷き白い深皿の食器を3つ出すと、亜梨子もキッチンの中に入ってくる。


「何か手伝いますか?」


「じゃあ、ご飯を持って行ってね」


「わかりました」 


 食器棚から3人分の茶碗を取り出しよそうと、順番にテーブルに運ぶ亜梨子を見ながら母は口を開いた。


「昔からなんでか火が苦手なのよ。ガスコンロ使っていた時は火がついたのを見ただけで汗が凄い出て震えが止まらない程だったのよ。幸い倒れたりはしないけど、倒れてもおかしくなさそうな様子でねぇ。怖いからIHに変えちゃったのよー」


「……火が、苦手なんですね」


「調理実習とか大変だったみたいよー」


 箸をセッティングする亜梨子を見ながら話を聞くミラージュは顔を顰める。


「……それは、大変ですね。授業で火を使うのは調理実習だけじゃないし」


「そうなのよねー」


 チャプンと音を立てて深皿に入ったたっぷりの豚汁をはいっ!と渡されミラージュは黙ってテーブルにもって言った。


 並んだ食材。ご飯と豚汁に、中央には大皿料理が2品ならんでいる。

 取り分けの皿が複数枚重ねて準備されていて、その普段見ない『家族との食事風景』になんだか胸が熱くなった。


「……どうかしましたか?」


「ん?ううん、なんでもないよ」


 とても嬉しそうに笑ったミラージュにこてん、と首を傾げながらも椅子に座った。

 ふたつ並んだ食器の方に座った亜梨子は隣の椅子を引きミラージュを見る。


「どうぞ、座ってください」


「隣いいんだ?」


「向かいは父と母です」


「なるほど」


 カタン、と音を立てて座ったミラージュを視線の端にとらえる。

 普段座る事のない席に座る家族じゃないその人は、嬉しそうに食卓を眺めていた。


「じゃ、食べましょうか!」


「いただきます」


「いただきまーす。……んー、雅子さんおいしい!」


「あらほんと!?やーん!嬉しい!」


 見た目20代前半の母は笑顔全開で頬に手を当てて喜んだ。


「あ、ミラ君、何時くらいまで居れる?お風呂入ってく?」


「え?……えっと、ひとりだから時間は何時でも大丈夫だけど、お風呂いいんですか?」


「もっちろーん!じゃ、次からは着替えも持ってきてね!寝る前に帰ればいいよね!?あ、でも帰り遅いと危ないからお父さんに送ってもらう?」


「いえ、近いから歩きで大丈夫ですよ!」


「あら、そーお?」

 

 トントン拍子で話が決まっていくのを亜梨子は呆然と聞いていた。

 え、お風呂?寝る前までいる?え?


「…………いすぎでは?」


「あら、駄目だった?亜梨子ちゃん」


 明らかに気に入りました、な母の様子に俯く。


「……わかりました」


「……亜梨子、嫌なら帰るから遠慮なく言ってよ?」


「……いえ、どうぞ」


 静かに返事を返した亜梨子に、ミラージュと母は顔を見合せた。







 





「…………はい」


「あ、ありがとう」


 食後、入浴を終えた亜梨子とミラージュはまだ濡れた髪のままでソファに座っていた。

 亜梨子が手渡したのはちょっとお高いカップのアイスで、それを素直に受け取ったミラージュはパコっと蓋を外した。


「いいね、亜梨子の家」


「え?」


「居心地いいなぁって」


「そうですか?騒がしくないですか?……家もゴテゴテしてますし」


 亜梨子が言うように、家はファンシーで溢れている。

 座っているソファにもフリフリのシートが掛けられ、ユニコーンのクッションが乗っかっているのだ。


「可愛くていいじゃん、亜梨子に似合うよ」


 似合う……?と顔を顰めた亜梨子にミラージュは思わず声を上げて笑った。


「……なんで笑うんですか」


「亜梨子は俺の前では表情豊かだよね、かわい」


「目が腐ってんじゃないですか」


「腐ってないってー」


「…………柳君」


「なーに?」


「………………放課後私の家に来る事は内緒でお願いします」


 真剣に言う亜梨子に目をぱちくりしたミラージュは眉を下げてアイスを口に入れた。


「……そっか、駄目か」


「当然じゃないですか」


「そっかぁー」


「なんで残念そ…んぐっ………なにするんです!!」


「チョコお裾分け」


 残念そうに顔を俯かせたあと、スプーンですくったアイスをサッ!と亜梨子の口に突っ込んできた。

 思わずスプーンを咥えた亜梨子の口の中にまったりと甘い濃厚チョコの味が広がる。


「亜梨子はバニラだから、チョコも食べたいかなって」


「ふざけんじゃないですよ!」


「美味しいのは分け合お!」


 プリプリと怒る亜梨子を笑って見ていたミラージュは、またスプーンにチョコを乗せて亜梨子の口元に持っていく。


「はい、あーん」


「自分で食べやがりませ」


「あらま、残念…………楽しいなぁ、ね?亜梨子」


「…………それは、良かったですね」


 ニコニコ笑うミラージュに亜梨子はそれ以上何も言わなかった。




 こうして、ミラージュの初めてのお宅訪問が終了した。

 母もミラージュも大満足だったらしく、ミラージュが帰宅するまで間に合わなかった父は、後から母に話を聞き仲良すぎじゃないか!?と慌てさせていた。

 そんな父を相変わらず母はなだめすかして、また次のミラージュお宅訪問に向けて何を作るか考え込み始めてしまう。


「……あ!そうだ亜梨子ちゃん」


「なんですか?」


「お母さん、ミラ君息子さんに来てくれると嬉しーなぁ?」


「ぐふっ!!」


「あら、やぁだ!お父さん汚いわよぉー!もぅ!やぁね!!」


 母の言葉にコーヒーを吹いた父に頬を膨らませているが、父に悪い所は無かっただろう。

 亜梨子は、母を咎めようとしたが、その前に父が吹き出し目を白黒しているのを見て寧ろ哀れんでしまい口を閉ざした。

 もぅ!と言いながら台拭きでテーブルを拭く母に、父は慌てたように言い募っていた。


「……部屋に戻ります」


「はぁーい」


「ま、まて!亜梨子まて!!そんなに仲がいいのか!?そ、そんなに……」


「はぁーい、亜梨子ちゃん行っていーわよぉ」


「……はい」


 階段を上がる亜梨子の背中から2人の話し声が聞こえてくる。

 そ、そんな仲なのか

 あら、違うわよォ

 だが、む、息子だなんて……

 良い子だったからって話よぉ

 良い子だからって……

 もう!しーつーこーいー

 しつこいって!いや、まてって!ちょっと話を……

 聞こえなーい!!


「…………仲がいいですねぇ」



 静かに2階に上がりベッドに横になった亜梨子はミラージュが、帰り際に亜梨子の頭を優しく撫でて言った言葉を思い出す。





「そうだ、亜梨子は部屋着も可愛いね。フワフワのワンピース似合うよ」



 


「………………あの人は、どうやったらあんな言葉がサラサラと出てくるのでしょう」


 まるで当たり前のように言ったミラージュにむずむずした亜梨子はろくにお礼も言えず家から追い出したのだった。


 

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