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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君のいた星まで

作者: ゆーみん

 私のすみか、成層圏を貫く程に大きな大樹の割れ目の中、地表に程近い垂直距離二百メートル程の地点からこんにちは。


 空から、羽のない小鳥が二十八本の足をばたつかせて錆びた金属管のような鳴き声で朝を告げてくれたので、今日は大変に気持ちのよい朝を迎えられました。

いまの鳴き声で鼓膜が破れてしまったので、今日も今日とて水溶液から培養された耳を取り出し接合します、とても聞こえの良い耳です。


 赤茶けたお空に、今日も元気にお日様が笑っています。

音も切れ切れに、ラジオが天気予報を伝えます。


『鈍色の太陽光が肌に刺さるので、着脱ぎ出来る防護服を用意して』


 陽射しの刺さり具合が良ければ彼らを捕まえる手間が幾らか省けるので、食材を獲るにはうってつけの日和です。味が損なわれるのと少しばかり汁気を失うのだけは気に入りませんが。

 そうですね、何事も良し悪しなのです。


 さて、私は今日も、ぬるりとした素材の防護服を着て、木の洞をまたいで外に出ます。

なにぶん食材が日持ちしないので、否応なしに私たちは毎日調達をしに外へ出向かなければならないのです、嗚呼、煩わしい。ですが、それは致し方ないことでしょう。生きるためですから。


 私は頭皮から数万と生えている管と、二本の腕とを努めて繊細に扱い、大樹をゆるりと下ります。

時折陽射しが手元の樹皮を貫くので、降りる時はバランスにだけは気を付けて。木陰であっても油断は出来ません、木漏れ日には特に注意を払って。


 地表に降り立つと目線程の高さに木々のてっぺんがひしめいています。

 予報通り今日は陽射しが強いようです。不規則に降り注ぐ鈍色の陽射しは、時折鉱物で出来た地面や木々、私より少しばかり背の高い燈色の山々を貫いては、お日様に星の命を持ち帰ります。

その度にお日様は大口を開けて笑っております。

 きっと食事をしているのでしょう、私達と同じように。美味しいごはんには、みな笑顔にさせられるものですから。


 兎も角。日除けのためのヌルヌルとした防護服を羽織り、鬱蒼と茂る木々の隙間を抜けます。

山を喰らうミミズの尾だけ踏まないように気を配りながら、百八番養殖用シェルター前の広場へ大股で進みました。

 膝先ほどの高さの柵を跨ぎます。


 ポケットから支給端末を取り出し、生体情報を認証させるとシャッターが開きます。するとそこから、親指の先ほどの大きさの食材達がワラワラと荒廃した広場へ溢れ返りました。

 黄、黒、白、茶、何れも色とりどりの柔らかな皮に包まれていて大変にジューシーなのです。涎がつい滴ります。

 

 さて、ここからが少し大変。食材こと皮ぶくろ達は、可愛らしく逃げ惑うための二本の足が生えているのです。

 なので私は、柔軟体操宜しく地面に足を広げて座ると、追い込み漁のような格好で食材を足と柵との間の三角形に追いやります。

お尻を擦りながら追い込むので、ささくれた地面が刺さってちょっぴり痛みます。

 太腿と地面との間で三つ四つ、ぷちりと潰れてしまった白をつまみ食い。口一杯にえもいわれぬ官能的な旨味が広がります。

汁気に溢れている、黒が一番深みがあって美味しいので、私は潰れたのが白で良かったな、などと考えていました。


 さぁ、先程述べた三角地帯には、四色様々な皮袋があります。

何れもとても活きがいい、踊り食いが一番好ましい。

八つ九つ六つ七つと、むんずと色ごとに選り分けて、私は口へとそれを運びました。

 絶頂に達してしまいそうな程の美味、先人達が惑星生え抜きの植物を喰らわなくなった理由を、私は正にこの身で日毎に体感していました。





 さて、最後の一つになった時です。

黄色の一際小さな皮袋。それが身動ぎもせず、両の手の平を重ね座り込み、ただただ終わりを待っていたのです。

 私にはそれがとても目新しく、新鮮に感じられました。

というのも、皮袋達は得てして、最期に至っても血溜まりの中を懸命に泳ぐようにして逃げ惑うものなのですから。 


 私は、矮小なその皮袋の大脳に、頭皮から伸びる管の一本を差し込みました。

今思えば、酔狂にしか過ぎませんでした。皮袋と意志疎通を図ろうなどとはこれまで思ったこともありません。

 ですが、その懸命な祈りの所作は知性を感じさせ、私の胸の琴線に確かに触れたのです。

 神に祈ったことなら、私にも幾度となくあるのだから。その姿は、神に祈る私と、真に寸分の狂いなく重なったのです。


 仄かに対話への期待をしながら、私は管を通して語り掛けました。

 大樹を目指しながら、にわかに同化した、額辺りにぶら下がった皮袋に直接語り掛けます。


「私はウェポリス、あなたは?」


「僕は、たかし」


返答。


「たかし、いつからここにいるのですか?」


「ずっと」


「あなた達は知的生命体なのですか?」


「……わからない」


 きっちりと対話が出来たことに少しばかり驚きながら、私はたかしと会話を続けました。



 ーーーー分かったことはシェルターの中にも娯楽がある事、たまに区画毎に皮袋達がいなくなること、繁殖は自動で行われていること、皮袋にも神がいる事。食材になる前には文明を持っていたらしい事。


 たかしの話は実に興味深く、気付けばあっという間に夜の帳は下ろされていました。

間接照明の仄暗い灯りの中、自室で持ち帰った皮袋をつまみながら、私は暫し語らいを楽しみます。


「あなたに家族はいましたか?」


「いた、んだと思う。フェイが昔居た星に家族がいたと言っていたから」


「昔居た星?」


「うん。チキュウ、っていうんだって」


 チキュウ、なんだか甘美な響きです。

私がもっと知りたいと言うと、フェイから聞いた話で良ければ、と前置きをして、たかしは続けます。


「とっても青くて綺麗な星なんだ。僕達よりもずっと小さな生き物が沢山いるんだ。そこではみんなが笑顔で、みんなが仲良しなんだ。本で読んだんだ、眩しい太陽もあるんだ」


 太陽と聞き、私が怪訝な顔をすると、たかしは「お日様とも呼ぶんだ」と教えてくれました。


「良い星なんですね」


「うん。でもなくなっちゃったんだって」


 私は、居室の壁の無骨な木目に目をやりました。

私の住まう天を貫かんとそびえる大樹は、星を喰らうと聞きます。きっと、そういうことなのでしょう。

 私は、鼻歌交じりに最後の黒の皮袋を口へと放り込みました。


「たかしの話は面白いですね、私もフェイに会ってみたいです」


暫しの沈黙。


「うん。でももう会えないんだ」


「なぜですか?」


 ーー食べられちゃったから。たかしは淡々とした口調で、ハッキリとそう言いました。

それきりたかしは、少しぐったりとした様子で黙りこくってしまいました。


 無言のまま数刻たった頃でしょうか、私はなんだか居ても立ってもいられない心持ちになりました。この感情を言葉にする術を、私は持っていませんでした。


「たかし、チキュウ、見たくはないですか?」


 答えは返ってきませんでしたが、私は手早く星間移動用の球体へと乗り込み、瞬く間に飛び立ちました。

空を覆うクラゲの膜を突破し、成層圏を越え、大樹に沿って光速を超える速度で進んで行きます。

真っ暗な宇宙空間に星々が線となり、視界の外れを駆け抜けて行きます。

ですが、星霜を幾つ飛び越えても、チキュウはありません。


「たかし、チキュウ、見当たらないですね」


 たかしが無言で頷きます、時折動いていた手足はだらりと垂れ下がり、なんだか私は心配になりました。


「たかし?」


 私がそう投げ掛けると、たかしが消え入りそうな声で、「本物の太陽、見たかったなぁ」と呟くものですから、私はハッとして指をさしました。


「たかし、見てください、あれがその太陽ですよ!」


 鈍色のお日様は、丁度よく何本もの光の腕を伸縮させて近隣の星々の命を吸い上げるように喰らっています。

 喜ぶ顔が見たくて額の側に垂れ下がるたかしに目をやると、カッと目を見開いたたかしが、そっと口を開きました。


「あれは、太陽じゃない」


「何故?」


「太陽に、顔はないから」


 その言葉を最後にたかしは手足を脱力させ、そして二度と動くことはありませんでした。

 私はなんだか悲しくなり、真っ暗な宇宙空間を暫く眺めながらぼうっと揺蕩いました。


 どれ程の時間がたったでしょうか。私は酷い脱力感に襲われながらも、元居た星へと目的地を設定し直しまた自動運転を始めました。



 ----彼方に見える異星の飛行船団を眺めながら、物思いにふけります。

 私が今まで喰らった皮袋達とも、もしかすると対話を望めたのだろうか。

彼ら、彼女らにも描いた夢があったのだろうか。愛した者は居たのだろうか。

口へと運ばれるその間に、果たして、皮袋達は何を思ったのだろうか。


 そんな事を思いながら、私は額の近くの管にぶら下がるたかしを二本の指で摘まみ上げ、少しばかり躊躇いながら、口へと含みました。

ゆっくり、ゆっくりと歯を立てると、口一杯に、えもいわれぬ官能的な旨味が広がります。

 汁気に、溢れている。

 窓ガラスに映る私は、少し笑って、少し泣いていました。


「帰りましょっか、たかし」


 答えは、帰ってきませんでした。

私は鼻唄を歌い、帰りの晩御飯のことを考え、明日の天気を思い、そしてまた少しだけ泣きました。


 鈍色のお日様が、大口を開けて笑いました。

御覧いただきありがとうございました!

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