第三話
夕暮れ時というには遅い時半。薄い明かりが照らす食堂に、過酷な一日を終えた兵士たちが集まっていた。その表情は暗く沈んでいる。
せっかく今日も生きて帰ったにも関わらず、一人として活力の源たる食事を楽しみにしている風がない。
原因は一つ。
食事が不味いのだ。
「げっ、なんてこった。今日のメシ、肉がねぇじゃねぇか……!」
「焼いただけの干し猪肉がこの食堂で一番うまいってのによぉ」
「一応シチューの中に入ってるぞ。でも他にジャガノイモが入ってやがるな。俺これ苦味が強くて嫌いなんだよな。絶対に腹下すし」
「ってかなんか今日のメニュー、やたら野菜が多くねぇか?」
「そら野菜は肉より安値で買えるけどよぉ。まさか砦の財政が逼迫してんのか……?」
「おいどうなってんだ!」
溜まった不平不満を、食堂の奥にいる料理番にぶつけるのは日常茶飯事だ。
しかしその料理番は、昔首を魔物に抉られたとかで喋ることができない。
その傷跡の残る首を振って、仕方ないという意を示す彼に毒づきつつ、兵士たちは各々空いている席に向かう。
食前の祈りもそこそこに、のろのろとスプーンを使ってシチューを掬う。
ふんわりと優しく食欲を刺激する匂いが鼻腔をくすぐって、そこで兵士たちは何かに気づいた。
「……なんか、良い匂いしねぇか?」
「お? ほんとだ。このシチューからか? パンからも?」
「ほんとかよ。どうせ気のせいだろ――むっ!? ジャガノイモが甘い……だと……!?」
「パンに色んな野菜が練り込んである! なのに互いの味が喧嘩せず絶妙なハーモニーを奏でてて……ふおぉ……!」
「お前の食評わけわからねぇよ!」
「とりあえずみんな食ってみろ! メシがうまいぞ!?」
その日、食堂では魔物を倒した時以上の大歓声が上がったのであった。
――話は数時間前に遡る。
エレシアは料理番の一人を連れて、砦の食糧庫へと来ていた。厨房近くにある食糧庫は、食材を保存するための部屋というよりは、物置をそのまま食糧庫として使い始めたような、そんな造りになっていた。
窓がなく、じんわりとした湿気にすでに嫌な予感がしたエレシアは、案内してくれた料理番の男に胡乱な視線を向ける。ちなみに彼は、エレシアに食事を運んでくれていたあの大男だった。
ヨドという名の男は、突如厨房に現れたエレシアに「どういう調理をしていらっしゃるのおぉー!」と詰め寄られた時と同じく、眉尻を下げて身を縮こまらせた。
近くにいた少年曰く、元々この砦は兵士の数に比べて雑事を行う人間の数が少ないのだという。
魔物の脅威と常に隣り合わせの場所で、働きたいと志願する人間があまりいないからだ。人員不足は病気や戦闘の怪我によって戦線に出られなくなった元兵士で補っている。
ヨドも数年前に魔物との戦闘で負傷し、それが原因で喋ることが困難になった。ゆえに料理番に回された。それまで戦いに従事していたのだから、料理の腕に関しては素人もいいところだと。
不慣れな職場に回されたことは、エレシアも不憫に思う。
が、しかし。それはそれ、これはこれ。ここまで不味いのは問題の埒外である。原因を探ろうとヨドが料理するところを見てみたが、包丁捌きはそれなりだし、調味料で味を調えようとする場面も見受けられた。
これは料理の腕だけの問題ではない。
まな板の上のやせ細った食材の姿を見たエレシアは、そう確信して食糧庫にやってきたのだが。
「くっ……こんな萎びたハゴロモキャベツで得られる栄養素があるとでも……?」
出るわ、
「砂漠に生えているザナイの実の方がまだ潤いがありますわ……なにこの干乾びきったスクエアニンジンは」
出るわ、
「芽が……芽がぁー! 神聖なるジャガノイモをなんと心得ますの!? 保存方法をお母様から習わなくって!?」
食糧庫から、打ち捨てられているようにしか見えない野菜たちが続々と。
品種を見るにヴィジービーズ領で生産のものではないようだが――いやあったような気もするがエレシアは見て見ぬふりをした――それにしたってこの仕打ちは泣けてくる。
「どんな一流の料理人だろうと、食材がこんな風になっては到底美味しい料理など作れませんわ」
何日かかけて、食糧庫の環境を改善していく必要がある。
とりあえず今は、今日の夕食に向けてましな状態のものを選んでいくしかない。てきぱきと籠に入れていくエレシアの後ろで、ヨドはおろおろと戸惑っていた。
「さあヨド、あなたも手伝ってくださいまし。傷んでない食材を集めますのよ。大丈夫、見分け方はわたくしがしっかり教えて差し上げますわ。ついでに正しい保存の仕方というものもね」
そうやって集めた食材を厨房で広げ、エレシアは腕を組んだ。
幸いジャガノイモやスクエアニンジンなどの根菜類は、酷い傷み具合のものもあったが無事なものも多かった。奇跡的にワインが見つかったので(ヨドが慌てていたので、もしかしたら誰かのお宝だったのかもしれない)、野菜中心の猪肉シチューを作ることに決めた。
シチューは凝れば凝るほど深い味わいの出る料理だが、今回は時間が無いので最も簡単な作っていく。
といっても皮を剥いて、一口サイズに切って、ワインと水を入れた鍋に突っ込むだけ。灰汁が出たら取り除き、味付けをして完成だ。隠し味として刻んだルチェの実を加える。
濃紫色のそれに、ヨドが不安そうにエレシアを見た。
「え? それはそこらへんに生えていた雑草の実じゃないかって? 馬鹿おっしゃらないで、ただの雑草ではなくルチェ草ですわ。実は辛みをつけたい時の隠し味として使いますの。え? 大丈夫なのかって? もちろんですわ、わたくしが身をもって実証済みですから。八歳の頃に」
ルチェ草は日陰にとぐろを巻く様に不気味に生える。一年を通して濃紫色の小さな実をつけるが、その見た目の悪さと、野生動物すら食べようとしないことから、今まで食べる人間などいなかった――エレシア以外は。
「……まあ刻まずに食べると腹痛を引き起こしますけど。懐かしいですわ、とりあえずそのまま食べたらその後数時間お花摘みから帰ってこれなくなったことがございまして……あら嫌ですわわたくしったらはしたない、ほほほ」
その後、侯爵家の優秀な料理人によって刻むことで腹痛の副作用がなくなることが発見され、二度とこのようなことが起きないよう、優秀な研究者によって粉末状にする技術が開発された。
今日、"狂辛淑女"というどこかの誰かさんへ向けての戒めを込めた様な名前で市場で売られていることを語ると、ヨドが今まで一番驚いた表情をした。
「もちろん、市場に出しているものに比べればまったく量が足りないので、本当の本当に隠し味ですわ。ハゴロモキャベツが有れば相乗効果でもっと旨味が出せたのですけど……葉物はすべて駄目でしたものね。もっと風通しがよくて安定した室温にできるようにしなくてはなりませんわ。ヨド、この砦に氷石の欠片や風吹きランタンはございませんの?」
ヨドは少し考えて、首を振る。
氷石の欠片は氷の精霊の息吹を閉じ込めた石で、置いておくと冷気が漂い室温を一定に抑えてくれる。風吹きランタンは吊るしておくと風の精霊が遊びに来て風通しを良くしてくれるものだ。
ヴィジービーズ領にある食糧庫は、もちろん初めから食材の保存に適するよう建てられているが、想定以上に豊作だった場合など、通常の倉庫を食糧庫として使う時に、この精霊の力が込められた道具を――一般的に精霊具と呼ばれているが――使うのだ。
そしてこれは、精霊教会から購入、あるいは精霊教会が認可した商人を通して入手するものだ。ためにヴィジービーズ家は精霊教会との関係が深い。
しかし、キルギーリスの王は二月ほど前から精霊教会を敵視し出した。
精霊への祈りを最上としながら、利を貪る偽聖職者は不要だという方針で、精霊教会が扱う商品には特別な税がかけられるようになってしまった。
精霊具を必要とするのは何もヴィジービーズ家だけではない。民の生活にも大きな影響が出る。そう王宮の政務官が王に訴えたが、断固として取り合ってくれなかったらしいと兄ハロルドが言っていた。
思えば、その頃から王の様子はおかしかった。以前まではそんな風に臣下の意見を却下するような人物ではなかったはずだ。
(陛下に何か異変が起きたのだわ。もっと早く調べれば良かった)
考えに耽るエレシアをヨドが不思議そうに覗き込んでいた。
はっと顔を上げると、シチューとは別に、パン焼き窯に入れていた料理がちょうど焼き上がるところだった。小麦粉に細かく刻んだ野菜を混ぜ込んで作ったパンのようなものだ。これと野菜たっぷり猪肉シチューがこの日の兵士たちの夕食である。
傷みかけた野菜とかさましの料理で大の大人たちが満足できるかどうかは、エレシアも不安なところではあったが、その反応は先のとおりである。
エレシアは喜ぶどころか、今までどんな酷い料理を食べてきたのだと、呆れるばかりであった。
さて、やることは料理に限らず山ほどあった。
砦内の掃除もその一つだ。エンドニドル砦は大きく二つの拠点に分かれていて、一つが兵士たちが軍事訓練などを行う軍事拠点、もう一つがその兵士たちが食事や寝起きなどを行う生活拠点だ。
さすがに軍事拠点に囚人扱いの自分は入れまい。そこでエレシアは生活拠点を掃除することにした。
「なんて汚さですの……。ここの方たちの衛生概念はいったいどうなっていまして?」
エレシアはおそらくは談話室であろう部屋を前にして絶句する。
円卓の上に散らかるやりかけの遊具、天井には蜘蛛の巣が蔓延り、暖炉に入れっぱなしの炭が風で宙に舞う――。
男所帯というものは往々にして衛生観念を忘れがちなものである、と男のみで編成される王宮騎士団に所属していた兄ハロルドがかつて言っていたことを思い出した――が。
「たしかに魔物といつ戦うかわからない状況で掃除なんかしていられるかという気持ちはわかりますけど……こんな有り様では体も心も休まないでしょうに」
場の乱れは心の乱れである。魔物と健全に戦えるようにするためにも、一刻も早くこの砦を徹底的にきれいにしなければならない。
とはいえエレシアいえど、さすがに一日ですべてを掃除できるわけはない。
もっと人手があれば……と思うのだが、少年が言った通り、この砦には雑事に従事する人間がそもそも少ない。その限られた人手のほとんどは、食事の用意や兵士たちの装備を整備する方に割かれている。
(エンドニドル砦は魔物の脅威を防ぐだけでなく、隣国バルガンを監視する役目も担っている重要な砦のはず……ですわよね)
数十年前に攻めてきて、熾烈な戦いの後に峡谷の向こう側へと引き返したバルガン王国。
しかし野心高き王は諦めず、虎視眈々と攻め込む隙を伺っている――とヴィジービーズ家にいた教師から学んだことがあるのだが。
(国を挙げて、不足は最優先に補わなくてはいけませんわ。それが元兵士で補うほどの労働力不足、食材もかつかつだなんて。ロズ様は王宮に支援を求めていないのかしら)
「あ、エレシアいた!」
散らかった物を片付けつつ考えるエレシアに声がかけられた。
振り向くと、十二歳くらいの少年が部屋の入り口に立っていた。
「あらトッド? どうなさったの?」
「昼食の準備がおわったから、なにか手伝えることないかなと思って来たんだ」
「まあ、ありがとうございます」
エレシアはにっこりと笑う。
トッドは砦の数少ない雑事従事者の内の一人で、よくヨドと一緒にいることが多い。ヨドのことや砦の現状を教えてくれたのもこの少年で、砦の中でもエレシアに協力的だった。他の人は、堕落の魔女に対して嫌悪感や警戒心があるらしく、近づいて来ようとすらしない。
部屋を見渡したトッドは、まだ幼さの残る丸い瞳を大きく見開いた。
「掃除してたんだよね? ……わ、なんかきれいになってる」
「とんでもございませんわ。その辺の物をとりあえず片づけただけですのよ。細かい部分は、まったく」
できればここから埃をはたいて、テーブルを拭いて、できることならば調度品の配置も見直したいところなのだが。
「ぼくに手伝えることある?」
「もちろんですわ。ではこれを」
「これ……なに? はたき?」
「ええ。古布を切って紐で棒に括り合わせて作ったのですわ」
「ええっ手作り!? すごい! エレシア器用だね!」
「お褒めに預かり光栄ですわ。それで棚の埃を落として頂きたいんですの」
「りょーかい!」
「ありがとうございます。ああトッド、はたきは上から下に使ってくださいましね」
「上から下?」
「ええ。でないとせっかく綺麗にしたところにまた埃が落ちてしまうのですわ」
「へー気にしたことなかったや。上から下、だね!」
他にも、床を掃く時は奥から手前など効率的な掃除の仕方を教えると、トッドは子どもらしい吸収の早さを発揮して瞬く間に部屋を綺麗にしていった。
大まかなところは彼に任せて大丈夫だろうと、エレシアは細かい部分の掃除に取り掛かることにした。
調度品を拭きつつ位置を調整するエレシアに、トッドが言った。
「エレシアって、侯爵家のお嬢さまなんだよね?」
「ええ、そうですわ。王国東部一帯の領地を管理しているヴィジービーズ侯爵の長女ですの」
「ヴィジービーズ侯爵家はぼくでも知ってるよ。王様が食べる料理の食材は、ヴィジービーズ侯爵家が育てたものを使ってるって。そんなすごい貴族のお嬢さまなのに、どうして料理も掃除もできるの? ふつうは使用人?に任せてるんじゃないの?」
トッドの問いに、エレシアは手を止めて答える。
「我がヴィジービーズ家の紋章はご存知?」
「ううん。紋章なんて王様のぐらいしか知らないよ」
「そうですわね。キルギーリス王家の紋章はバイオリンと王冠がモチーフの――……」
不意に、エレシアの脳裏を違和感が過った。
「エレシア?」
「……あ、いいえ何でもありませんわ。ええと、そう、我がヴィジービーズ家の紋章は蜂ですわ。女王のためにせっせと花から蜜を集める蜂を模しておりますの。そして家訓は、"ただ悉くに身を尽くせ"」
「ことごとくに……みをつくせ?」
「簡単に言うと、自身のすべてを出しきれということですわね」
「なんかすごい」
「他にも"働かざる者食うべからず"なんて言葉も大事にしていますわ。これは古の賢者の言葉だそうですけど、ともかく当家は子どもの頃から「怠けるな、とにかく動け、全力でいけ」と言われて育つんですの。そのせいですかしらね、貴族の礼儀作法や教養だけではやった気になれなくって、色んなことに手を出し……いえ、挑戦してきましたのよ」
「それで料理とか掃除とかできるようになったんだ」
「ええ。他にもお洗濯や家畜の出産のお手伝い、毒きのこの鑑定もできましてよ。この砦で生かせますかしら?」
「洗濯と家畜の出産の手伝いは生かせそうだけど……毒きのこの鑑定はないかも」
「そう……残念ですわ」
「なんていうか、エレシアって働き者なんだね」
「働いてないと落ち着かないのはたしかですわね」
搭に閉じ込められていた時の、身の置き場のなさといったら。
何もすることがないという状況は、想像以上に苦痛だった。
「だから、ロズ様の温情でこうして働かせて頂けることになって、とても感謝していますのよ」
その感謝をロズに伝えたいが、彼とはあの日以来ほとんど喋っていない。彼は食堂にも来ず、執務室に籠っていることが多かった。
たまに姿を見ることもあるが、遠目から「妙な真似はしていないだろうな」と圧をかけてくるので、エレシアも思わず負けじと睨み返してしまって、お礼どころではなかった。
「団長も感謝してると思うな。エレシアが来てからまだ半月も経ってないけど、なんだか砦が明るくなったような気がするんだ。それに食事がとっても美味しいし!」
「嬉しいですわ。もっと貢献しますわね」
「他のみんなもエレシアの働きっぷりにびっくりしてるよ。今はちょっと遠慮してるけど……きっと手伝ってくれるようになるよ」
「ふふ、ありがとうございます。では、頑張り屋さんのトッドには素敵な野菜ケーキを作って差し上げますわ」
「野菜のケーキ!? そんなのあるの!?」
「はい。ここの掃除が終わったらいったん休憩といたしましょう。実はすでにヨドが準備してくれていますの」
「やった! ぼくがんばるよ!」
明るいトッドの声を聞き、エレシアはにこりと笑んだ。
掃除は思いの外早く終わり、二人は約束通り野菜ケーキを食べた。休憩後は再び砦内の掃除に戻る。一日の目標まで済んだら砦にいる家畜の世話をして、夕食の準備と片づけを手伝い、そしてあの搭へと戻って就寝する。
凄まじい数の階段があるので大変だが、領地の山で足腰を鍛えていたエレシアにとって苦ではなかった。
塔から降りてきてくるくると飛び回るように働くエレシアへの印象は、トッドの言うとおり日を追うごとに変わっていった。
それこそ、当初は協力的でなかった者がエレシアの言うことを聞いてくれるようになった。
もちろんそれでも非協力的で、中には嫌がらせしてくるような者もいたが、そういう人間にはきっちりヴィジービーズ流のお仕置きをした上で、不満があるならロズに言えと言った。
エレシアが砦で働くことを許可したのはロズなのだから、と。
どれほど恐れられているかは知らないが、そう言うと彼らは青ざめてエレシアに謝罪した。そして、次からはすすんで手伝うようになった。
それからは楽だった。元々領地にいた時は兄や父の名代として領民に指示を出していたこともあるのだから、エレシアの的確な指示はゆっくりと、だが確実に砦の運用を整えていった。
「……しぶといな」
ロズがそんなことをぽつりと言ったのは、生活拠点の中庭で働くエレシアを見た時だった。
出会った当初この砦の誰よりも高価なドレスを着ていた彼女は、下女が着るような質素なワンピースを身にまとい、汚れ切った兵士たちの服を洗っている。
だが、ここから見えるその表情に暗いところはない。
「てっきり一日で根を上げるかと思っていたが……」
エレシアが啖呵を切ってからもうすぐ半月が経つ。根を上げるどころか率先して雑事をこなし、のみならず砦の環境を改善させた。
だが、すでにそこまでの働きを見せているにも関わらず、彼女は初めに提示した、両親に手紙を出したいという願いをロズに言ってこない。
まだ働きが足りないと思っているのか、はたまた別の思惑があるのか。
「何を考えている……?」
ロズが眉を顰めて思案に耽っていると、反対側の通路から二人の兵士が談笑しながら歩いてきた。
しかし、ロズを見た瞬間に顔を強張らせて立ち止まった。
わずか、青ざめても見えるその視線はロズの――その兜に生え伸びる樹枝に向けられて、そして瞬時に外された。
「しっ、失礼しました! ロズ団長!」
「……いや構わない。それよりお前たち、今日は体調が良さそうだな」
この二人は、先日体を崩し寝込んでいた。それ以前から日常的に顔色が悪い二人だったが、この頃は見違えるように元気だった。それはこの二人だけの話ではなかった。
「そうですね。最近は体が軽いです」
「やっぱ食欲が増したからですかねぇ、メシが美味くって」
「……そうか」
「あっ、いえ……! でも魔女の作るメシなんて、何が入れられてるかわかったもんじゃないですから!」
「いつ殺されるか、どきどきしながら食ってますよ!」
ははは、と二人の兵士は笑った。
「そうだな、もし食事で何事か起きれば即刻魔女の首をはねると約束する」
「ははは……ありがとうございます。今のところ、魔女は大人しくしていますよ、あやしい動きも特には」
「そのようだな。言われた通り、雑事に勤しんでいるようだ」
ロズの言った通り、誰よりも早く目覚め、砦のあらゆる雑事に取りかかっている。
それは驚くべきことに、あの搭から始まっていた。
登り降りだけで息が上がる高さのある場所だ。雑事で疲れた体で、寝起きの体で行き来するには難儀な場所だろうに。
何が彼女をそこまでさせるのか。ロズにはまだわからなかった。
「引きとめて悪かったな。魔女に何かあやしい動きがあればすぐに知らせろ」
「はっ」
折り目正しく答えながらも、二人の兵士たちは足早に去っていった。
ロズはその背からすぐに目を逸らし、なんとはなしに中庭にいるエレシアに目を向けた。
陽射しを受けて、濃い金色の髪が、弾かれた水とともに煌めいた。
堕落、と称されるにはあまりに不釣り合いな輝きに、わずか――目を奪われる。
「……ちッ」
ロズは頭を振って中庭から視線を引き剥がし、その場から離れた。