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短編

嘘食い悪魔と大噓つき

作者: 水月美ツ夜

 やあ、初めまして。え? ああ、僕はロイ。文字越しじゃ、感情が伝わりにくいね。はっきりと言葉にしようか。君と会えて嬉し――。

 ロイ? 楽しいことかしら。私もやってみたいのだわ! ……あら? どうなっているの? これ!

 レヴィ。まず第一に嘘を食うな。次に勝手に弄るな。そして最後に、これは全世界に伝わるものなんだよ。ガキが使うようなものじゃな――。

 あら、見てロイ! 嘘つきがここにもいらっしゃるのだわ!

 は? おいちょっとま






 嫉妬の悪魔に気をつけろ。大嘘つきが水に潜んでいるらしい。特に女性はとりつかれるぞ。奴に悪魔祓いは通用しない。会ったらすぐに逃げろ。奴の言葉に耳を貸すな。

 そんな噂がある村。田舎中の田舎であるそこには、一人の青年がいた。彼はロイと言って、大変礼儀正しく、親切であり、なによりも働き者であった。村人は青年を信じていたし、青年もそれに応えるように年々働きぶりは素晴らしくなっていた。

 領主様の娘が舌を巻くほどの髪質を持ち、蜂蜜のような色とダークブラウンを足したような髪は、彼の印象を上品に見せている。それから優し気に細められる深い深い青色の瞳。薄く微笑んでいる姿は、さながら王族を思わせるものだと言われた。無論、顔の出来も平民とは思えないものだった。

 そんな彼に、来客がやってきた。

 まだ小さいお嬢様は、その高貴な、クラシカルロリイタの服の袖をちょんと持ち上げた。

 奇妙な人物に不思議そうに首を傾げつつ、彼は聞いた。

「これはこれは。こんな僕にどんな御用で?」

 い、の形で歪んだ唇から、また言葉がこぼれる。

「それとも、間違ってしまったのかな?」

 それまで、じいっと彼の瞳を眺めていたお嬢様が、くすくすと笑った。

「貴方、どうしてそこまで嘘をつけるの? 私、可笑しくて笑ってしまうのだわ。だから、とっても、美味しそう。ここまですらすら嘘をつける人も、この辺りでは珍しいのよ。何故だか教えてあげましょうか?」

 赤く染まった頬に白い手をあて、飛びきりの笑顔で少女は彼を睨んだ。

「私が、嘘をぜーんぶ、食べちゃったのよ! ねえ、私偉いでしょう? 嘘はついてはならないそうなのよ。だって、そうでないと私は溺死しないもの。……あら! 自己紹介を忘れていたのだわ」

 舌を舐めて、また上品にくすりと笑う。

「私、嫉妬の悪魔、通称レヴィアタンと言われるものですわ。でも、あんまり可愛くないから、レヴィって呼んでほしいのだわ!」

 コロコロと、意味の分からないことをいうレヴィに、彼は相も変わらず笑みを向ける。

「ではレヴィ。君が嫉妬の悪魔と言われる理由は? 僕が見るに、君はとても悪魔なんて恐ろしいものではないのだけれど」

「……君が嫉妬の悪魔と言われる理由は? とても悪魔なんて恐ろしい。この言葉、嘘でしょう? 私は食いしん坊ってやつだから、嘘を見抜けるのだわ! ふふん! どうですの? もし素直に認めてくださるなら、私も生かしてあるのよ! 私はとっても優しいの!」

 すると彼は大袈裟に肩をすくめ、呆れたように笑った。

「出来るものなら。もっとも、君のようなレディが嘘をつくとは思えないけれどね」

 その瞬間、ガラスが割れるような音がして、ロイの瞳が赤く染まった。先ほどまで浮かべていた笑みを無表情に変える。

「なるほど。踊っていたのは俺か。ガキの戯言ではなかったと」

「……貴方、どうして存在が消えていないの? 私、本気で消すつもりだったのよ? ……でも貴方、貴方の嘘のお味、とっても美味しかったのだわ! 私と一緒に旅をしなくって?」

「ああ、断る。逆にどうして俺がそんなことするんだよ。じゃ、さよーなら。絶対俺のこと言うなよ。俺の数十年の努力を全部壊してくれんな」

「でも貴方、今が十八歳で、ここの村に来たときは七歳なのだわ。だから、数十年じゃなくて十数年がいいと思うわ!」

「あーそーっすか。帰れ」

「ま、待って!」

 強制的に扉を閉じようとするロイを止め、にこっと笑ってこう言った。

「私、貴方の特大の秘密を知ってるのだわ! あのね、貴方、実は人を――」

「レヴィ。分かった。嘘ならいくらでもついてやる。だからそのうざったい口を閉じろ。無理矢理死人になりたいか?」

 態度をくるりと変えたロイに、レヴィはくすくす笑いながらふわりと広がるスカートをつまんだ。

「ごめんあそばせ。私、嘘は徹底的に暴きたい純粋無垢な乙女なのよ!」

 不味い。すくさまそう悟ったロイはレヴィを止めようと、閉じられた扉を押し開ける。

 そこに、レヴィの姿はなかった。




 あいつは大嘘つきらしい。内心俺たちを見下しているどっかのお貴族様なんだと。道理で顔がいいわけだ。だからか、あいつはいつも清潔で、高級そうな服を纏っているのは。

 さらにヤバいらしい。あいつは実は――

 誰かの耳に、その言葉が染み込んでいく。脳に刻み込まれる。

 ――夜な夜な、人を食っているらしい。

 ひそひそと聞こえる噂話に、ひそめられる眉。歪んだ口から低俗な言葉がボロボロと地に落ちる。それを誰かが拾い、げらげらとみっともない大声で笑う。

 いいじゃないか、もう死んでんだから。俺の栄養になる分、有効活用じゃないか。なにも人を殺しているわけじゃないだろ。

 内心毒づきつつ、ロイはある山の方角に歩く。

 その山の湖。そこには立ち入ってはならないと言われている。

 悪魔が居る。嘘を暴かれる。女性はとりつかれるんだ。言い伝えだ、たかが。本来であれば気にも留めない話。

 思考を止め、ロイは山に潜る。

 数時間歩き続けると、目的の湖が見えてきた。

「ああ、ここまでの道のりは大変だった。しかし、これも先日会ったレディの為と思えば、なんてこともない苦労だ。どうか出てきておくれ、可愛らしいお嬢さん」

 半ば叫ぶように言うと、案の定、バリンと耳元で鳴る。

「やあやあ。お前何してくれてんだ。クソガキ悪魔」

「まあ。こんなレディにクソガキだなんて、失礼ね」

 ごちそうを食べてご機嫌なレヴィは、お気に入りの洋服をロイの右手で思い切り握られても許してやる寛大な心を披露した。

「そのお手を離すのだわ。そうすれば、命は助けてあげるのよ!」

 やけに芝居がかった仕草で、やはり芝居がかったセリフをドヤリ顔で吐いた。

 ロイはレヴィの服の襟元を掴んだまま、ぶらぶらと揺れるレヴィを眺める。

「お前が俺のお願いを聞いてくれたら、俺も聞いてやらなくもなかったんだけどな? 嘘は徹底的に暴きたい純粋無垢な乙女には、嘘を暴いた(善行)の分だけ、復讐されたって仕方ないよな」

 ロイはレヴィを思いきり投げ飛ばした。

 さすがに悪魔を殺すなんてことはしない。というか、出来ない。

「どんな悪魔にも必ず有効な悪魔祓いがある。それは世界の絶対であり、破られた時とはすなわち神が死した時である。神が全力を出し、何とか神の力から外れた悪魔に枷をはめた悪魔祓い。レヴィ、何だと思う?」

 悪魔らしく華麗に着地してみせたレヴィに真っ赤な瞳を向ける。

「……ま、まさかのまさかなのだわ。私に、主従の契りを結べと?」

「あ、知ってたんだ」

「嫉妬の悪魔を舐めるんじゃないわ! 私は博識なのよ!」

 五本の指先で軽く右胸よりも上のあたりを押すと、自信満々に、無邪気たっぷりに笑った。

「あっそ。まあいい。ここまでそれっぽく語っといてではあるが、別に俺はそんなもんいらない。ただ、俺の瞳、分かるか? 赤いんだよ。カラーコンタクトっていう、悪魔が異世界のどっかからもってきたやつつけてたんだけど、お前のせいで消えやがった。まあいいや。で、赤い瞳はなんの印?」

 言葉のわりにはぶっきらぼうに言い放ち、レヴィを見下ろした。

「あ、悪魔の印なのだわ!」

「……あー、そっか。そっち、いくのか。面倒だな」

と、そこでロイは、自分について語ることを諦めた。ぶつぶつと文句を垂れた後、話題を変えるように、人差し指を立てた。

「とにかく、俺の嘘がばれた以上、ここにいるわけにはいかなくなった。だから、旅っていうのが具体的にどういうものを指すのかは知らないが、同行してやらなくもない、かもしれない」

 最後のほうは目を逸らしながら、両手を――高級そうな洒落たアプリコット色の――コートのポケットに突っ込んでいた。

「……私知っているのだわ。ややこしくまどろっこしい言い方をして、素直に自分の気持ちを伝えられない人のことをつんでれっていうってこと」

「嫌な響きだな」

「そうかしら? 私気に入ったのだわ!」

「それは良かったっすねー。……そういえば、どうしてお前はこのタイミングで俺の家に来たんだ?」

 世間話、といった雰囲気で尋ねるロイに、レヴィは上品に両手で口元を隠してくすりと笑った。

「悪魔の気紛れなのだわ! そこに理由を求めるなんて、時間の無駄でしかないのよ!」

「……あーそーか。俺が愚かだった。で、旅ってどういう意味で言ったんだ?」

 ロイが問うと、レヴィはキラキラと瞳に星を流して、

「私ね、前からこの村以外の景色を見てみたいと思っていたのよ。いつかね、絶対にここを出るんだって思って、お勉強も頑張ったのよ! それから、……えっとね、私より先に村を出た人を恨んだのだわ。そのおかげで頑張れていたのよ! ……結局、お勉強していないって嘘をついたことがばれて、この湖に投げ捨てられてしまったのだけれど……」

 ほんの少し、顔に影を落とし、言い淀んだ。すぐにぱっと切り替えて、精一杯の笑顔を作ってみる。

「……だから、だからね、いろんなところで、楽しいことをいっぱいしたいのだわ! 嘘を食べることでしか生きられない私は、より能力の効くこの村からしか、動けなかったのだけれどね、ロイがいれば、能力が弱まっていても必要な分の栄養が摂れるのだわ!」

 幼い顔立ちに純粋と達観の混ざった笑みが浮かぶ。くすんだ木蘭の毛先が緩くウェーブを描き、上品な雰囲気を少女に纏わせる。パロットグリーンの瞳が少しの希望を帯びた光を透かす。

 ロイのサラサラとした髪が風に揺れる。長いまつ毛に縁取られた真っ赤な瞳が少しばかり見開かれている。

 少女が見上げ、青年が見下ろして、数分。やっと、小さく口を開け、息をたっぷりと吸ったロイが、その美しい唇で少女の夢に対する承諾を結わいた。

「……嘘には二つの種類がある。相手の為につく優しい嘘か、自分が利益や得をする嘘だ。さらに言えば、自分が嘘をついていると自覚しているときと自覚がないときだってある。俺という人間は、自覚があるかないか、相手の為か自分の為か、つく嘘が曖昧でね。時々自分でも、これは嘘だろうか、それとも本心だろうかと困惑すんだけど。どうせ僕に行く場所はない。居場所もとっくにぶっ壊された後だ。あくまでも気まぐれであることを十分承知の上で、時々食欲が抑えられないということをよく分かってくれた上で、それでもなお渇望するというならば、一緒に旅ってやつをしてやるよ」

 長ったらしくカッコつけたような言い回しに、レヴィは固まり、その数秒後に反応を示した。

「……いいってこと?! えへへ、嬉しい……! 私が生きていた時は、だあれも肯定して下さらなかったんですもの! ありがとうございますわ!」

 そう言って、レヴィはエバーグリーンのスカートのすそを小さい手でつまみ、深々とお辞儀をした。

 弾けるような笑顔をロイに見せつけ、嬉しさのあまり頬が熱くなっている。

「私のことはレヴィ様と呼んでもいいのだわ! さあ、善は急げ! 出発するのだわー!」

「はあ? お前、俺の準備も考え――」

 レヴィは強引にロイのコートを引っ張った。悪魔の力は凄いもので、必死に抵抗しているロイがなすすべもなく引きずられていく。靴を悪くするため、ロイは諦めて自分からレヴィについて行った。ロイは心の中で、念のためにコートに全財産、持てる限り突っ込んどいてよかったと安堵する。

 それが少女と青年の旅の始まりだった――。




 あら。終わったのだわ。ねえロイ。これの続きはー?

 知らねえよ。というか、何だこれ。変な薄い板?

 空から降ってきましたのー! とっても面白いのだわー! ……あら? でも、この道具も不思議さで言えば負けてないわ! ロイ、これってどこで貰ったの?

 ……説明書きと一緒に、空から降ってきた……

 あら偶然! ロイ、ロイ、本当に、異世界に繋がっているの?

 俺を何だと思ってるんだ? 異世界の事なんか知るか。

 そう言われてみればそうだわ! 悪魔の私でも分からないのだから、人間の貴方に分かるわけないのね!

 ああ、そろそろこれ壊れそうだ。じゃ、見ず知らずの赤の他人に悲しくもないお別れを。

 また会いましょうねー! 私たちのこれからの旅も、また道具が来たら送るのだわー!

R15は念のためです。ほら、青年君がちょっと……。

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