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ついに3月16日になった。ウクライナ国王並びに王妃は戦争が続いているために葬儀に出席できなかったがロシアの侵攻を受けているウクライナ王国とベラルーシ王国への支持を表明するため多くの国の国家元首が王太子の葬儀なのにも関わらず参加した。
まず最初にティムール王子が黒のネクタイに黒いスーツを着てワルシャワ市内をミハイル王太子の棺とともに歩いた。そして葬儀の会場のフェリアス大聖堂に到着した。ミハイル王太子の棺の後ろにはイギリス国王夫妻とミハイル王太子と仲が良かった元サッカーウクライナ代表の選手らも歩いた。そして近衛騎士団が棺の周辺を警護した。また近衛騎士団と近衛隊が行進した。
そして48発空砲が追悼の意味を込めて打たれた。48はミハイル王太子の享年だ。そして行列はついに大聖堂に入った。近衛隊の士官がミハイル王太子の棺を運んだ。そして人々は着席した。ティムール王子が追辞を述べた。そしてその後冥福を祈って歌が歌われた。そして棺は近衛隊の厳重な警備の元ウクライナ王国国内の
王族の専用墓地に運ばれて埋葬されてティムール王子も決められたことを行ってポーランドに戻った。
国民たちは世界中で葬儀の開始後48分間の黙祷を捧げた。また多くの人はベラルーシ王国やウクライナ王国に寄付をした。かれらは自分たちの行動が少しでも人々を助ければ良いと願った。またミハイル王太子は人々から英雄と呼ばれウクライナ国王からすべての人の英雄の称号を追贈された。
またウクライナ国王は勅令を発してティムール王子が18歳になって成人するまでは王太子の称号を与えない意向であることを明らかにした。また葬儀の開始と同時に動画を公開してミハイル王太子の死に関する自らの感情と思い出を語って彼を追悼した。
そしてウクライナ王国大統領も動画を発表してミハイル王太子に対して追悼の意をしめした。更に彼がいなかったら予想できないほどの人がなくなっていただろうと語りかれは最高の王族であり英雄だと語った。そして私達ウクライナ王国民は王家の方々に返しきれないほどの音があると語った。そして私達は王族に奉仕する義務があるといった。
更にミハイル王太子のおんに少しでも報いるためにティムール王子になにか返さなければと国民に呼びかけた。そのため国民はティムール王子をいじょうなほどていちょうにあつかうようになった。そして反ロシアの感情はさらに強くなった。
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