表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第一章 英雄のフィロソフィー
6/51

第6話 シュレディンガーの猫


 ――転生八日目、午後四時、王立騎士学園、実技試験会場。



 実技の試験は魔法を用いた的当て形式。

 等間隔に配置された三つの的に、それぞれ試験官が付いて評価する。

 試験は番号順に三人ずつ進められ、今は中盤に差しかかってきたところ。


(見てると、貴族より平民の方が魔法への熱意が高いのか)


 貴族と平民。魔法を放つ彼等の姿は対照的だ。


 英才教育されてきただけあって、貴族の受験者達は魔法の制御レベルが高い。

 しかしこれと言って目を見張るようなセンスは感じない。

 とても事務的というか、基本に忠実。


 対して平民の受験者達はとても情熱的だ。

 (ほとん)ど独学で習得して来たのだろう。貴族と比べれば制御の粗さが目立つ。

 しかし時折、目を見張るようなセンスを見せる者達が現れる。


 ――会場から控えめな歓声が(あふ)れ出る。その歓声の先には一人の少女。


 恐らく平民の受験者の一人。

 金髪の少女が全身から荒々しい炎を発現させていた。


 金色に赤い一束が混じった髪色。

 腰まである長い髪は所々自然に跳ねている。

 整った容姿の綺麗な少女。……でも割と不良っぽい雰囲気を(まと)っていた。


 彼女は炎を一本の柱として立ち昇らせ、それを凝縮するように両手に収める。

 その両手に形作られたのは、一本の炎槍。


 それを右手に、槍投げのフォームで振り被り、的に向けて投げ放つ。

 炎槍は的の足元に着弾し、凄まじい火の手を噴き上げる。

 炎に飲まれた哀れな的は、跡形も無く塵となり消え去った……


 それを見た試験官の男性が言う。


「威力は申し分ありません。しかし魔法の制御に難ありです。的を消失させたのは感心しませんね?」


「……すんません」


「まぁ、良いでしょう。これからの成長に期待しましょうか」


「合格できますか?」


「それは総合評価次第です。……ですが、実技の評価は期待できる、とだけ言っておきますよ」


 それを聞いた彼女は小さくガッツポーズ。

 割と素直そうな少女だ。


 ――試験を終えた彼女は、空いている席を探して此方(こちら)に近づいて来た。


 丁度ボクの周辺には空白地帯があるので座る場所に困らない。


(話しかけてみようかな?)


 同じ火属性の魔法使いとして彼女に少し興味が湧いた。話しかけようと自分の雰囲気を和らげ、少しだけ表情を崩し、近づいて来た彼女と視線を交わす。


 すると彼女は(わず)かに驚いた表情を見せた。


 しかしその後気まずそうに視線を逸らし、ボクから離れた位置にあるベンチへ腰を下ろした。……何となく、彼女から顔を背けられているような気がする。


(空白地帯の創造主であるボクには、ハードルが高かったなって……)


 挙動不審になっている訳でも無く、むしろ友好的に振舞って避けられた。

 幾ら孤独を愛すると言ってもこれは(こた)える。


(フフ……懐かしいな、この感覚……)


 内心涙目で過去を想う。

 学生時代に良くあった、ボッチ特有の現象である。


(気を取り直して行こう……)


 次は自分の番だ。試験に集中しよう。




 ――番号と名前を呼ばれ所定の位置へ(おもむ)くと、担当の試験官は先程、金髪の少女を評価していた人物だった。


「お会いできて光栄です。キャロル・L・ヴィター様。貴女(あなた)のお話は、オリバー・L・ヴィター様より聞き及んでおります」


「それはどうも」


 オリバー卿から……その口ぶりで直感した。

 これは所謂(いわゆる)根回し(・・・)というやつだ。

 どうやらオリバー卿は最初からその心算(つもり)であったらしい。


(そうならそうと、キャロルに伝えておけばあんな事には……)


 しかしそれは結果論。


 あの口ぶりからして、オリバー卿としてはこの手は最終手段であり、なるべく自力で突破して欲しかったのだろう。だからこそ、普段からあのような態度をとっていたと推測した。


 何とも、分かり合えない兄妹である。

 そんな事はつゆ知らず、試験官の男性はボクに言う。


「ご心配には及びません。貴女の魔法は必ず(・・)的に当たりますよ」


「いえ、結構」


 断ったボクを見て、彼は意外そうに目を丸くした。


「よろしいのですか……? 事情は理解しておりますが……」


「構いません。事情が変わりましたので」


 彼は感心したように(うなず)くと、前言を撤回した。


「失礼致しました。この身の不手際をお許し下さい」


「お気になさらず」


 さて、余計なお世話を退(しりぞ)けたところで本番と行こう。


 ――的に向け、手袋をはめた右手をかざす。


 かざした右手の先に意識を集中する。

 右手の少し先に発現したのは小さな(ともしび)

 それが()き消えてしまう前に、想像力を注ぎ込むように回転させる。


 ――その場で円状に回転する灯は、次第に蒼色の光に変わって行く。


 それが高音を響かせ高速回転していく光景に、衆目が集まる。

 蒼色の灯は、熱を放ち、蒼色のレーザーに変化した。

 発動した魔法カードの冷却効果により、右腕周辺から蒸発した水分が立ち昇る。


 ――蒸気が噴き上げた瞬間、レーザーを手放す。


 それは空気の壁を轟音(ごうおん)を伴って突き破り、的目掛けて一直線に飛翔する。

 刹那(せつな)の間に的を突き破った蒼レーザーは灯に戻り、大気に還って離散した。


 会場中から湧き上がるのは驚愕(きょうがく)と騒めき。


(キャロルが上手く魔法を行使できなかったのは、灯を光に変え(・・・・)なかった(・・・・)から。……もし、灯を光に変化させるという発想に気付けたなら、彼女でもこれに近い事が出来たはずだ)


 キャロルは灯を炎にしようと、増幅する事ばかりに(とら)われていたのだろう。

 それが上手く行かず、視野狭窄(しやきょうさく)に陥っていた。


(でも彼女の行動は無駄じゃ無かった。今ボクがここまで簡単にレーザーに出来たのも、彼女が懸命に魔法と向き合っていたからだ)


 そのおかげで、(わず)か一週間足らずでここまで仕上げる事ができたのだ。


 ――会場に浸透した驚きは、次第に歓声に近いものに変化して行く。


(キャロル……君の努力は、報われていたんだよ)


 内に秘めた彼女に語りかける。

 届いているかは分からない。

 それでも、彼女もこの光景を見ている……そう信じている。


 ボクの放ったレーザーを見て、試験官の男性は驚いた様子で的を眺めて(つぶや)いた。


「これは……実に興味深い」


 彼の関心を惹いたらしく、彼は研究者然とした様子で食い入るように的を見つめて、それからボクに向き直った。


「いや、驚きました。とても素晴らしい。これならば文句無しでしょう」


「安心しました」


「できればまたお見せ頂きたい。何とも、今が試験中だというのが口惜しい」


「これからいつでも見られますよ。それでは」


 そう言い残し、その場から立ち退いた。

 想定通り、中々の高評価を得られた様子。


(……それでも君の声は聞こえない)


 一部ではあるものの、キャロルの悩みは解消し、そしてその努力は報われた。

 しかし心を閉ざしたキャロルからは、何も反応を感じられない。

 ボクがいるから表に出てこられないのか?

 それとも、もう既に彼女の自我は……


(いや、止そう。今は信じるだけだ)


 必ず彼女の自我を取り戻して見せる。諦めるにはまだ早い。

 そう心に改めて誓い、試験を終えるのだった―― 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ