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【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第二章 変革のフィロソフィー
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第51話 my heart will go on


 ――転生百四十二日目、午後七時、裏世界、ライトダンジョン第一(【ベイルロンド】)層、妖精の研究所、屋上。



 テーブルを挟んで対面する名探偵(アザレア嬢)悪党(ボク)

 破壊され穴だらけになった天井から、降り注ぐのは太陽の木漏(こも)れ日。

 スポットライトのように彼女を照らす日の光は、その髪を程よく(いろど)る。

 光から漏れ、影に潜むこの身では、その輝きはとても(まぶ)しい。


 ――何て考えて眺めていた時、アザレア嬢はふと疑問の声を上げた。


「……ん? あれは……なに?」


 彼女の視線の先に映るのは廃墟と化したベイルロンド。

 振り返り視線をやれば、そこには宙に浮かび上がる無数の瓦礫(がれき)

 それはまるで引力に引かれるように、廃墟へと集って行く。


(破壊されてから約二時間経過……始まったか)


 その不思議な現象には見覚えがある。

 それは裏世界が持つ性質によって起きる自然現象。

 ルイス博士はこれを"ミラードローイング現象"と呼んでいた。


 それを伝える為に、ボクは彼女へ答えを送る。


「裏世界は表世界を"常に反映"する性質があると、ルイス博士は言っていたよ」


「常に反映……? もしかして、裏世界の形が変わると、一定時間で表世界と同じ形に修復される……とか?」


「その通り。詳しい仕組みはまだ未解明だが、裏世界は表世界に合わせて形状が変化する。二時間毎に裏世界は表世界と同じ形に自動修復されるらしい」


「じゃあ、今から裏世界のベイルロンドは元の姿に戻るのね……本当に、裏世界って不思議な場所」


 彼女はそう言いながら立ち上がり、屋上の手摺(てすり)に近付く。

 手摺に両手を預け、景色を眺める彼女の姿は白い華。

 そよ風に揺れる白銀の髪は、まるで八重(やえ)に咲いた花の様。



 ――アザレア嬢の視線の先、そこに広がるのは幻想的な異端の景色。



 瓦礫と化した構造物が緩やかに、まるで逆再生のように修復されて行く。

 その光景を例えるならば、それは宇宙に広がる小惑星帯に良く似ていた。

 原因不明の引力に引かれ、元の場所に戻ろうとする瓦礫の流れ。


(破損したデータを復元するように再生する裏世界……一体、どんな仕組みと原理で出来ているのやら)


 研究途上の未知なる原理。魔法とも科学ともつかない神秘の仕組み。

 そこに想いを馳せながら、彼女の隣へ並び立つ。

 すると彼女はその光景を見つめたまま、ボクに問い掛けた。


貴女(あなた)はどうして……そこまでして世界を変えたいの?」


 不正に手を染めてまで叶えたい世界の変革。

 そこにある想いと理由。それを彼女へ語り掛ける。


「この時代は強さに傾倒している。強き者が正義であり、弱き者は悪になる」


 故にキャロルは自由を知らない。

 弱いと判断された者からは、権利を剥奪されてしまうから。

 弱い者は否定され、強い者への絶対服従を強いられる。

 そしてそれはHSPの特性を持つ者にとっては致命的だ。

 この時代では、繊細な体質は悪だと判断されてしまう。


 ――ボクは片手を手摺に添えて、この秘めたる想いを彼女に(つむ)ぐ。


「強さが全ての世の中では、蠱毒(こどく)をしているのと変わらない。最後の一人になるまで潰し合い、削り合う。強者の理論で幸せになれるのは、極一部の人間だけだ」


 彼女はボクに向き直り、その言い分を否定せず、ただ言葉を待っていた。


「だが力無き者達の声など届かない。ならば今は強者に従う。面従腹背(めんじゅうふくはい)の精神で強き者達の理論に(なら)い、いずれは強者達の頂きに立つ。そうして私が彼等の上に立った時、(ようや)く私は強者の論理を否定できる」


 ボクは虚空に手を差し出し、目には見えない大切な物を握り締めた。


「私の知性で、私の執念で……強者の理論を(くつがえ)す。弱さは罪では無いと、弱さを受け入れて向き合う事もまた強さだと、証明して見せる」


 静かに発した決意と理想。

 それが大切な者達の救いになると信じて突き進む。

 これは修羅の道だろう。だがその先にしか答えが無い。


 ――ボクの想いを耳にして、彼女はパチン、と指を鳴らした。


black(ブラック) jack(ジャック) . つまり貴女は、共犯者(パートナー)達の為に世界を変えたいのね。特に、キャロルさんとローズマリーの為に」


「……そう明言した覚えは無いが」


「明言したも同然じゃない。キャロルさんに責任が行かないように自分を悪魔に仕立て上げて、後はローズマリーとパートナー達に(ゆだ)ねるつもりなんでしょ?」


「どうしてそう思う?」


「貴女が悪魔であるという誘導が露骨過ぎたから。わざとらしいヒントと言い、貴女の私に対する態度と言い、あんなの気が付いて当然よ?」


 悪戯(いたずら)っぽく笑顔を見せて、アザレア嬢は片目を閉じる。

 そしてボクを見透かすように人差し指を立てて、言葉を続けた。


「貴女はローズマリーにまだ秘密の全てを明かしていない。その理由は、彼女にまで責任が及んでしまっては困るから。貴女の見ている未来では、キャロルさんとローズマリーが友人として手を取り合ってる」


 そうであれば素敵だと思う。だがそれは本人達が決める事。

 なのでボクに出来るのは、その切っ掛けを作る事だけだ。


 ――ふと、饒舌(じょうぜつ)に話していた彼女の表情が曇る。


 どうしたのかと不思議に思っていると、彼女はこう切り出した。


「……ねぇ、キャロルさんが目覚めた後、貴女はどうなるの?」


 彼女の瞳に揺れる不安。それは別れに(おび)える少女の瞳。

 つい先程まで対立していた相手だと言うのに、何を不安に思うのだろう。

 自由を掴める世界になれば、怯える事など無いと言うのに。


「当然消える。今の私の魂はキャロルと一体化している。だから、彼女が意識を取り戻すには私の自我を代償に差し出す必要がある。私の魂を転化させねば、キャロルはこの世に帰って来ない」


「それで良いの……?」


「私は元より死人だ。彼女に救われてここに居る。だから、次は私が救う番だ」


「でも、それじゃあ……」


「何を言われようと私の願いは変わらない。キャロルやローズマリー、そして私に協力してくれた人達が皆、望む自由を掴めればそれで良い。死者から生者に返せる物などそれだけだ」


 ボクの決意に戸惑いを見せた彼女は瞳を伏せる。

 だがそれとは対照的に、彼女は両手を強く握り締める。

 そして迷いを振り切るように、彼女は首を横に振って顔を上げた。


「……決めた。私は貴女の理想に協力する」


「嬉しいが、どうして急に?」


「貴女の言う世界を見てみたいから。そして貴女を生かすと決めたから」


「私を、生かす……?」


「貴女には生きて罪を償って貰う。その後はキャロルさんやローズマリーの傍に居て貰う。貴女が居なくなったら、きっと二人は悲しむと思うから……だから、そう決めた!」


 アザレア嬢の瞳の先で、描かれるのは理想の未来。

 そう出来ればどれ程良いだろう。悲しむ二人を想えば心が痛む。

 しかし現実は残酷なまでに理想を(はば)み、問題を突き付ける。


「私とキャロルが同時に存在するには、一体化した魂を分離しなければ成らない。それは妖精達にも出来なかった事だ」


「それでもやって見なきゃ分からない。諦めずに探していれば、貴女とキャロルさんが別々の人生を歩める方法があるかもしれない」


 それは都合の良い夢物語だろう。

 だが今思えば、魂の転化も根拠の無い夢物語でしか無かった。

 それを妖精達が、ルイス博士という天才が、きっかけを掴もうとしている。

 そう考えれば、もしかすると不可能では無いのかもしれない。


 ――彼女は真っ直ぐにボクの瞳を見つめ、想いを繋ぐ。


「だからもし、私がその方法を見つけたら……もう一度、ちゃんと人生をやり直して欲しい。今度は他の誰の為でも無い、貴女自身の為に」


 その素直で直線的な想いに心が揺れる。

 今更自分に何を求めれば良いというのだろう。

 今更自分の何を(かえり)みれば良いというのだろう。


 既にこの両手は血に(まみ)れている。

 悪魔に魂を売り渡したこの両手で、一体何を抱えるというのだろうか。

 死を持って償う以外に、許される道などあるのだろうか。


 ――それを理解しているというのに、彼女はそんな事は問題に成らないとばかりに屈託の無い笑顔を見せて、ボクに問う。


「という訳で……そろそろ貴女の本当の名前、教えて欲しいなって。いつまでも貴女とか君って呼び方じゃ不便だし」


 ボクの生前の名前を求める彼女を前にして、心が揺らぐ……


(……いや、ダメだ。覚悟を思い出せ。甘い現実に惑わされるな)


 これより進む道は修羅の道。

 甘い覚悟では全てが(つい)える。

 凡才な己には執念こそが道標(みちしるべ)


(悪いが、ボクは君と同じ夢を見れない)


 その決意の(いまし)めとして本名は捨てたのだ。

 本名を教えるとすれば、それはボクの悲願が叶った後で。

 あるいは、彼女の夢が叶った後だ。


 故にボクは、彼女に対して偽名を名乗る。


「……ルクレティウス」


 それはボクが敬愛する、詩人であり哲学者でもある偉人の名前。

 それを彼女に伝えると、彼女は少し不満そうな表情でボクを見た。


「なんか偽名って感じがする」


流石(さすが)は名探偵だ。洞察力が鋭いね」


「またそうやって揶揄(からか)って……本名を教えて!」


「悪いが、悪魔に成った時に名前は捨てたよ」


「はぁ……ま、いいわ。じゃあ貴女の事はこれから"ルキウス"って呼ぶから」


「ルキウスか。良い名前だね」


 ルキウスというルクレティウスの愛称を呼んで、彼女は微笑(ほほえ)む。

 それから片手を差し出して、ボクに友好の握手を求めた。


「これからよろしくね、ルキウスさん?」


 その手を取り、彼女に答える。


「こちらこそよろしく。アザレア・Fi(ファイ)・スターライト」


「どうしてフルネームなの?」


「いつでも君から逃げられるように。その心構えかな」


 ボクの冗談を受けて、彼女は悪戯っぽい表情でこう言った。


「残念だけど、私は死んでも悪党を逃がさない主義なの。諦めてねっ!」


 その諦めてという言葉に何となく妖精さんらしいニュアンスを感じ取る。

 その所為(せい)で思わず顔が(ほころ)び、彼女から顔を逸らしてしまった。

 それを見て、確信を持った様子で名探偵はボクに問う。


「よーちゃんは好き?」


 答えは決まっている。


「ああ、大好きだよ」


 瞳を閉じれば、そこに広がるのは理想郷。

 妖精達と(たわむ)れるローズマリーとキャロルの姿。

 外聞など気にする事なく、友人達と遊び合う。


(そんな幸せな光景はそう遠くない)


 彼女達や心の優しい人達が、何の気兼ねも無く触れ合える。


 階級などに縛られず、強さにも縛られない。


 求める夢は二つ先。見据える先は新たな世界。


 その為なら(ひるがえ)す。是が非であろうと(くつがえ)す。


 この世の全てを、世界の全てを――







 これにて第二章完結になります。

 ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

 引き続き完結に向けて頑張って行きたいと思います。

 評価、ブックマーク、いいね、を頂けてとても励みになりました。


 第三章も完成次第、投稿したいと思います。

 いつ頃完成になるかまだ未定ですが、また読んで頂けたら幸いです。

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