第50話 過去と未来に眠る秘密
――転生百四十二日目、午後六時、裏世界、ライトダンジョン第一層、妖精の研究所、屋上。
対照的な二人の間に、静かな影が落ち欠ける。
芸術的な氷塊を振り解き、名探偵は悪党と向き合う。
白銀の麗人は、対峙する宿敵を険しく追及した。
「この力を手に入れて、君はどうするつもりだ?」
それは当然の疑問だろう。誰しも思う、この力の使い道。
故にボクから彼女に贈れる答えは一つだけ――
「君にあげるよ」
事もなげに放った言葉に、二人の間で静寂が支配する。
いかに天才であろうとも、その答えは予想外であったのか。
困惑した様子で彼女はボクに問い返した。
「……何を狙っている?」
「他意は無い。そのままの意味だよ。受け取ってくれたら嬉しいね」
等と言われたところで信用はできないだろう。
彼女は警戒し猜疑心を剥き出しにする。
そんな彼女を落ち着かせる為、純粋に微笑み、心意を告げた。
「申し訳ないが、君には応じる以外に選択肢が残されていない」
平然と言い放つボクの姿が彼女の目には異様に映ったのか。
その表情は見るからに険しく染まる。
「私は君に手を貸さない」
「それはスターライト辺境伯が、私と手を取り合う事になったとしてもかな?」
「父が君と手を取り合う? まさか、有り得ない」
彼女は下らない、と首を横に振る。
確かに常ならば手を取り合えないだろう。
しかし実験が成功した今なら話は別だ。
その意図を伝える為、ボクは彼女へ言葉を紡ぐ。
「私はこの力を、この国の最大勢力である保守派に……スターライト辺境伯を始めとする重鎮達に引き渡す心算でいる」
ボクの意図を聞き、彼女は驚きに目を見開いた。
そして不可解な真意を探る為、追及を重ねる。
「保守派になぜ……? 君に何のメリットがある?」
「それで時代が一つ先に進むからだよ。どの道、この力は国の管理下に置く必要がある。なら最大勢力の元に預けるのは自然の道理だ」
「革新派に預ける方が、君好みの状況に持って行けるんじゃないのか?」
「それは時期尚早かな。革新派の出番は二つ先の時代……次の時代は保守派に任せる。次の時代が終わるまでは、革新派には雌伏の時を過ごして貰う」
「驕りが過ぎるな。君の想像通りに行く確証がどこにある?」
「生き物には好奇心がある。特に賢い者達は知的探究心に目が無い。彼等はそれに突き動かされる性分だ。……真実を追い求めてここまで来た、君のようにね」
核心を突かれ、彼女は視線を逸らす。
そして次に問い掛けられる言葉を悟ったのか。
彼女は片腕を抱いて俯いた。
――その答え合わせをするように、廃墟を片手で指し示し、彼女へ問い掛ける。
「彼等がこの光景を前にして、無知で居続けられると思うかな?」
優秀であればある程理解する。そんな事は不可能なのだと。
これ程の力を前にして、全てを忘れて無知を貫く。
そんな事が可能なら、人類は文明など築いていないのだ。
彼女はボクの問いに否定では無く、肯定を返した。
「……知らずには居られないだろうね」
「なら世界は変わる。否応無しにね。そして世界が変われば時代も進む。次の時代は、戦略兵器の比べ合いだ。研究が進み開発競争が激化する。だからこそ、まずは耐えて守り切らねば成らない」
「それで保守派の出番って訳か……」
守りに特化するのは保守派の領分だ。革新派や穏健派では荷が重い。
(もっとも、次の時代は半年も掛からず終わるだろうけど)
ボクの目的は二つ先の時代を迎える事だ。
なら次の時代に時間を掛ける理由は無い。
――とその時、不意に視界の端でノイズが走る。
そのノイズの出所に目をやれば、そこには先程までは無かったテーブルと椅子。
椅子は二人分。そしてテーブルの上にはティーポッドとお菓子が見えた。
恐らくルイス博士や妖精達が気を効かせて送ってくれたのだろう。
(一息つくには丁度良い。ありがたいな)
表側の世界に居る彼等に内心感謝を述べながら、椅子の元に向かう。
その途中、アザレア嬢から質問を向けられた。
「保守派がこの力を乱用し始めたら、君の意図に反する時代がやって来る。それでも良いのか?」
「当然ながら良くは無い。もしそう成るのなら計画を修正せねばならない……が、私はそうは成らないと見ているよ」
「どうしてそう言い切れる?」
彼女の疑問に対し、逆に質問で問い返す。
「利口な人間は、何を根拠に動くと思う?」
その一言で、彼女はボクの想定した答えを導き出した。
「……確立と統計に従う。だから保守派は慎重になる。そう言いたいのか?」
「ご名答。今までの歴史を顧みれば、この国の保守派は確立と統計に重きを置いている。その理由は至ってシンプル。リスクを負いたくないからだ」
統計を元に未来を予想し、予想出来た中でもっとも確率の高い可能性を選ぶ。
そうする事でリスクを回避し、最大限"失敗しない道"を進む事が出来る。
利口な人間ほどリスクを嫌う。故に彼等は確立と統計に己の意思を委ねるのだ。
――着席してカップにお茶を注げば、慣れ親しんだルイボスティーの香り。
ボクの好みを把握してくれていたようで、香りから有機ルイボス茶だと分かる。
元々のルイボスティーも嫌いでは無いが、やはり此方の方が飲み易くて良い。
ルイス博士と妖精達に感謝しながら、ボクは更に言葉を紡ぐ。
「それに、スターライト辺境伯を始めとする保守派の重鎮達がそれを許さないだろう? 彼等は戦争に対して否定的だ」
元々この国、アヴァロン王国は資源と国土に恵まれている。
その為、他国から資源や領土を奪う必要性が低い。
故にこの国は戦争に対して否定的な背景がある。
「そこまで計算した上で、か……確かに君の言う通り、私の父や保守派のオールドリッチ公爵は戦争に向かう機運を許さない。だからこそ、あの魔族とすら融和の道が無いかと模索している」
彼女の言う通り、この国の保守派は戦わずして勝つ事を信条としている。
それが理由でダンジョンを管理している侯爵家と保守派は折り合いが悪い。
その証拠に、ダンジョンを管理する侯爵家は全て穏健派か革新派だ。
(因みにオリバー卿が、穏健派のトップであるグランデ公爵との繋がりを強くしたがっているのも、これが理由だ。保守派のダンジョンに対する姿勢を変える為に、公爵家の人脈と権力を欲しがってる)
そしてそれはレオナルド卿も同じ考えなのだろう。
世界で最も規模が大きく、魔族の侵攻が激しいと言われるライトダンジョン。
その管理総責任者ともなれば、この状況に危機感を持つのも当然か。
――等と思案していると、アザレア嬢が近寄って来た。
彼女は不機嫌な様子でボクの対面の椅子に座ると、ティーポットに手を掛ける。
そしてルイボスティーをカップに注ぐと、それを一気に飲み干した。
(ストレスが溜まったみたいだな。お疲れ様。……まぁ、全部ボクの所為だけど)
内心、悪いと思いつつも苦笑する。
それを見咎めるように、彼女はテーブルに頬杖を付いてボクを睨む。
しかしその表情からは、意外な事に敵意を感じられなかった。
「一つ教えて。どうしてわざわざボスを討伐しようと思ったの? 大量に湧いたモンスターを討伐するだけじゃ足りなかったの?」
その言葉遣いから、年相応の少女を感じ取る。
どうやら白銀の貴公子は一旦休止の様子。
彼女の声色と眼差しに映るのは、心からの正直な追求。
それはボクを信じようとしているからこその姿勢。
誤魔化す事は造作も無いが……その純粋さに嘘は吐けなかった。
「足りたよ。予定ではそれで終わりだった。……だが、第三者に利用された」
「ボスをけし掛けられたって事!? 誰に? 魔族の仕業?」
「その可能性はある……が、それ以上に高い可能性がある」
「それ以上に……?」
あの計画は立案から実行までたった四日間しか経っていない。途中から計画を察知した上で、誰にも悟られる事無く介入し、横やりを成功させられる者。正直、それは魔族にも難しいだろう。
しかしそれらを完璧に熟せる者はこのライトダンジョンに一人だけいる。
今回の襲撃でボクとアナザーゲスト以外に目的を達成した者。
その条件に該当する人物と言えば――
「レオナルド卿だよ」
――その名前を聞き、彼女は驚いた様子で目を見開いた。
そして直ぐ様、腕を組んで思考を巡らせる。
彼女の頭の中では今、様々な推測が行き交っている事だろう。
「貴女がそう思った根拠は?」
「計画への介入が余りにも迅速かつ、的確過ぎる。これは私の個人的な推測に過ぎないが、恐らくレオナルド卿は前々から準備していたのではないかと考えている。そしてその予定が、私の介入で早まってしまった」
「自分の計画に支障が出るから、貴女の計画に乗っかったって事? でも、自分の領土に等しいベイルロンドをボスに襲撃させる何て、俄かには信じられないけど……」
「襲撃のあったあの日、ベイルロンドに居る貴族達が一同に会する社交界が開かれていた。そしてその会場には、護衛の名目で密かに勇者が三名会場入りしている。会場にいたローズマリーの話では、前日に急遽決まった事だったらしい」
「勇者が社交界に? しかも急に勇者クラスの戦力を動かすだ何て……王族の警護以外で聞いた事ないわね……」
「当日の会場に王族は来ていない。それはローズマリーが証言していたよ」
「その話が本当なら、ボスの襲撃に合わせて予め勇者を呼ぶのは当然ね。貴女という例外を除いて、ボスは勇者でなければ倒せない」
「根拠はもう一つある。それは、その日の社交界に私が呼ばれていない事だ」
「え……? そうなの? レオナルド卿がわざわざ自分の娘を危険に晒すとは思えないけど」
「逆だよ。勇者とボスが戦闘に入れば、周囲に甚大な被害が出る。だから私を勇者から遠ざけた。おまけに、私を監視していた人物から聞いた話では、襲撃の前日に雇用主から"何かあればキャロルを連れて街を離れろ"と命令されたそうだ」
その雇用主とは勿論、オリバー卿の事だ。
つまりレオナルド卿とオリバー卿は共謀していたという事になる。
(二人は最初から共謀していて、ボクの計画を知って予定を早めた。だから、マッチポンプを働いたボクをオリバー卿は認め、レオナルド卿は黙認した)
二人がボクに対して寛容な処置を講じたのもこれで説明が付く。
そうでなければ、今頃ボクは屋敷に監禁されていただろう。
ボクの推測を聞き、彼女は得心した様子で頷いた。
「そこまで聞けば、確かにレオナルド卿への疑惑が深まるわね。後はそれを裏付ける動機だけど……」
その動機に付いては既に予想が付いている様子。
ボクの答えを待つ彼女の瞳には、その確信が見て取れる。
「君の想像通り、国を動かす為だよ。レオナルド卿は、近く魔族に対して決戦を仕掛ける心算でいる。その為に、国の合意と第一師団の戦線投入を狙っている」
ライトダンジョンの魔族を一掃するには、勇者部隊や国軍による大規模な支援が必要になる。それを実現する為に彼等は一芝居打った。そう考えれば辻褄は合う。
――腕を組みながら、彼女は空になったカップを眺めていた。
「何となく予想はしてたけど、思った以上に闇が深い問題ね……"よーちゃん"達が言ってたわ。魔族は魔神を復活させようとしてるって。それが本当なら、確かに復活を阻止する必要がある」
「……よーちゃん?」
「あ、妖精のことね。小さい頃からプライベートではよーちゃん、て呼んでるの。因みによーちゃんは私の事"あーちゃんっ"て呼んでくれるんだ。良いでしょ?」
無邪気に挑発するような、悪戯っぽい彼女の笑顔。
それが何だか可笑しくて、思わず顔が綻んでしまった。
(……ボクも妖精さんの事を愛称で呼んでみようかな)
どういう訳かボクをマスターという愛称で呼んでくれる妖精達。
そんな可愛らしい生き物達に同じだけ気持ちを返そうか。
何て柄にもない事を考えながら、ルイボスティーで喉を潤すのだった――




