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【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第一章 英雄のフィロソフィー
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第5話 空白のキャロル


 ――転生八日目、午後一時、王立騎士学園。



 揺れる馬車から窓を見やる。

 視線の先には壮厳(そうごん)な建造物。

 歴史を感じるそれこそが、これから通う事になる学び舎だ。


 馬車の中にはボクと、見送りに来た執事のアルバートさんの2人だけ。

 アルバートさんもまた窓を見やり、学園を眺めた。


「これから新しい生活が始まります。お嬢様であれば、素晴らしいご学友に囲まれる事でしょう」


 学園に通うのは侯爵位以下の貴族か、才能のある平民だけ。

 そうなれば好む好まざるとに関わらず、侯爵位の元に人が集まるだろう。

 そしてそれが自分にとって悩みの種でもある。


(周りに人が集まるとか、控えめに言って地獄なんだよなぁ……)


 HSPにとって集団生活はストレスの塊。

 人と接する事自体が精神を病む原因になってしまう。

 HSPは人間関係において生まれつきの神経質なのである。


「学友を作る気が無いと言ったら、どうします?」


 ボクからの問い掛けに、アルバートさんは首を横に振った。


「大変申し上げ(にく)い事ですが、それは叶わぬ願いでしょう。侯爵家、ましてや騎士の旗頭たるヴィター家ならば、否応無く人の上に立たねば成りません」


「人の上に立つ才能が無くても、ですか?」


「無論でございます。高貴な血を引く者ならば、ノブレスオブリージュ……高貴な勤めを果たさなくては成りません」


 ボクの顔に、面倒だという表情が出ていたのだろう。

 アルバートさんは続けてボクに(いまし)めの言葉を向けた。


「貴族たるもの品位を保ち、余裕を持って優雅たれ。それが貴族社会の通念でございます。キャロル様のお気持ちは良く理解しておりますが、貴族社会は繋がりが全て。侯爵家とて、決して油断はできません」


 余裕を持って優雅たれ……その所為(せい)で馬車の中に参考書を持ち込めなかった。

 馬車の中とは言え誰かに見られる可能性がある。

 それ故に、余裕の無さを表す勉強道具は持ってこれなかったのだ。


(何て非効率的なんだ……)


 近代化が進んだ社会を経験してきた身としては、何とも非生産的な教えだと思えてしまう。悲しいかな、資本主義に染まったこの身では、ノブレスオブリージュよりもタイムイズマネーが馴染むのだ。


 ――等と話している内に学園の入口に到着。


 先に降りたアルバートさんに手を引かれ、学園に降り立った。

 入口はこれから試験を受ける人々で(あふ)れ返っている。

 ちらほらと感じるのは、此方(こちら)の様子を(うかが)う視線。


「心より、お嬢様のご健闘をお祈りしています。いってらっしゃいませ」


「いってきます」


 見送るアルバートさんに別れを告げて、学園へ。

 先ずは筆記試験。その後に実技試験だ。


(試験に集中したいし、今は周りの視線は無視しよう)


 背筋を伸ばし、後ろで両手を組んで、毅然(きぜん)とした態度で歩き出す。

 不思議と人だかりがモーゼの海割りのように引いて行く。

 どうやらキャロルはかなり有名人であったようだ。


(侯爵家だし、ヴィター家は騎士の旗頭だって話だし、顔位知られてて当然か)


 しかし周囲の人垣から話しかけてこようとする人はいない。

 腫れ物扱いだが、ボクにとっては悪くない。

 慣れている以上、逆にこちらの方が心が落ち着く。


(貴族の務めには悪いけど、人付き合いは選びたいし、色々下調べする時間を稼ぐ上でもこの方が都合が良い。今は人を寄せ付けないオーラでも放っておこう)


 等と適当に皮算用しつつ、学園の案内に従って会場を目指すのだった。




   ▼ ▼ ▼




 ――午後四時、王立騎士学園、実技試験会場。



 あれから二時間の筆記試験を終えて、野外にある実技の試験会場へ移動した。

 筆記の手応えはそれなり、と言ったところ。


(基礎は問題無し。応用は割と解けた。体感的には賭けた部分が下振れしても、合格ラインは超えている……と思う)


 一週間の付け焼刃ではこんなものだろう。

 最高点は狙えないが合格ラインは割らない、と言った手応えだ。

 後は実技の評価さえ落とさなければ問題は無い。


(実技で最高評価を取れれば筆記がボロボロでも合格らしいし、こっちの方が重要だな)


 入試の総合評価で入学後のクラス分けが決まるという。


 総合評価【S】~【A+】でファーストクラス。

 総合評価【A】~【B】でシードクラス。

 総合評価【C】~【D】でセカンドクラス。


 それぞれ階級ごとに学園内での待遇が違うらしく、ファーストクラスはVIP待遇なのだとか。戦地では命が掛かっている。その為、学園内では貴族も平民も平等に扱われ、実力の元に公平に評価される――


(訳が無い。そんな事をしたら貴族社会が崩壊する)


 当然ながら公平など表向きの建前である。

 セカンドクラスに貴族を配置したら、学園の責任問題になってしまう。


 結局、セカンドクラスは平民クラス、シードクラスは貴族クラスというのが暗黙の了解だ。才能のある平民と貴族だけが、唯一平等にファーストクラスに入れる。


 評価欄にある【A+】という評価も、結局は貴族と平民の差を明確に分ける為に設置されたランクだ。例え【S】ランク相当の才能があったとしても、平民であるなら強制的に【A+】にされてしまう。


(わざわざファーストとセカンドの間にシードを置いてる事と言い、階級社会は何処(どこ)も似たようなもんだな)


 階級社会に平等など存在しない。

 しかしファーストクラスだけは実力で判断される為、まだマシな方だと思える。

 それだけ戦地は危険であり、実力者を求めているという事だろう。


 ――視線の先には、試験番号順に試験を受けている受験者達の姿。


 自分の番までまだ時間がある。

 ベンチに座って待って居よう。


(優雅な姿勢、ね……)


 貴族の教えを守るべく、背もたれに軽く身体を預けて脚を組み、太ももの上で両手を組んだ。


(淑女的な姿勢は抵抗あるし、紳士的な姿勢で行こう)


 今の自分の姿勢は淑女というより紳士の姿勢。

 しかし慣れていない姿勢では優雅さは出せないと思うのでこれで良い。


(視線は感じるけど、非難の意図は感じない)


 最も、ズレている自分の感覚では当てにならないけど。

 自分の周囲にボッチ特有の空白スペースが出来ている事に比べれば些細な事だ。


(ソーシャルディスタンスは大事だなって)


 避けられてるだけだけど。


 若干の物悲しさを覚えつつ、それでも人と接しなくて良い状況に割と満足しながら、他の受験者達の成功を見守るのだった――


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