第48話 悪役令嬢プロトコル
――転生百四十二日目、午後四時、ライトダンジョン第一層、妖精の研究所、地下二階、特殊実験室。
開けた空間に独り。その中央で静かに佇む。
様相を変えた室内は、物一つ無く静寂が支配する。
周囲に視線を巡らせば、そこには化学式の魔法陣。
天井、壁、床の隅に至るまで配置された魔導元素。
空間を彩る魔導の光は、新たなる力の発現を待ち侘びていた。
(準備は整った。後はこの実験が上手く行くか……それに全てが掛かってる)
広々とした室内の中心で待ち人を想う。
今回の実験を行うに当たって、特別に招待した人物が居る。
ここから先、彼女を避けては通れない。ならば自分から打って出よう。
――コツコツと、廊下から響く一人分の足音。
実験室の両扉を押し開き、漸くボクの待ち人が姿を見せた。
「……パーティ会場にしては、随分と寂しいね?」
白銀の髪をかき上げて、そよ風に靡くショートカット。
左耳のイヤリングを輝かせ、悠然と歩む男装の麗人。
その全身から溢れる自信は、優れた才覚を持つ者の特権か。
そんな白銀の天才へ、片手を胸に当てて皮肉を込めた言葉を返す。
「ようこそ、レディ・アザレア。私の招待に応じて頂きありがとうございます。貴女に合う会場を探すのは、とても骨が折れました」
「あはは! 慇懃無礼って言葉は君の為にある言葉だよね? 楽しいよ」
皮肉の言葉など意味を成さず。
スターライト辺境伯の息女、アザレア・Fi・スターライトは朗らかに笑う。
彼女は周囲を物珍しそうに見回しながら、ボクへと問い掛けた。
「それで? 私に見せたい物っていうのはこれ等の模様かな? 見た事ない模様だけど……何か、不思議な魔力を感じるね?」
「それは後程分かりますよ」
「そう。じゃあ、私の用事から済ませてしまおうかな」
――そう言って、彼女は不敵な笑顔でボクを見据えた。
彼女は右手をポケットから取り出して、ボクに対して右手の甲を向ける。
その指には指輪が一つ。彼女の右手中指で煌めいていた。
特殊なデザインの銀の指輪。それに見覚えは無い。
怪訝な様子で指輪を眺めるボクに対して、彼女は問う。
「これに見覚えは?」
「……ありませんね」
「ふふ……そうか。やっぱりね」
何やら確信めいた言葉を呟き、彼女は瞳を伏せる。
そして右手を下ろし、再び視線を上げた時。
彼女の表情は凛々しく、厳しい視線がボクを貫いた――
「レディ・キャロル……いや、彼女を騙る偽物君。君は、一体何者なんだ?」
――その核心を突いた一言に、改めて彼女の優秀さを感じ取る。
(思った通り、辿り着いてくれたみたいだな)
ここ最近、彼女がボクの身辺を探っていたのは知っていた。
だから敢えて、彼女には"ヒント"を残して置いた。
キャロルは悪魔に操られている。
そして悪魔に自我と記憶を封じられている、というヒントを……
(これで動き易くなる。やはり、有能な敵は利用するに限るな)
ボクがマッチポンプを画策したと、既に彼女は確信している。
ならば、そのヘイトをキャロルからボクに逸らさねばならない。
悪巧みの主犯はキャロルでは無く、取り憑いた悪魔の仕業なのだ、と。
見事期待に応えてくれた彼女へお礼の意味を込めて、その疑惑が確信に至るように敢えて悪役らしく彼女に対応する。
――両手をスカートのポケットに仕舞い、キャロルでは無くボクとして、余裕を持って彼女と向き合った。
「私がキャロル以外に見えるかな? 名探偵君」
白々しく不敵に微笑む。
そんなボクに対し、彼女は指を鳴らして毅然と言葉を返した。
「 hit. ああ。見えるよ。これがその証拠だ――」
そして再び、彼女は自身の右中指に嵌めた指輪を示す。
「この指輪は、レディ・キャロルがヴィター侯爵から十歳の誕生日を迎えた日にプレゼントされた物……そのレプリカだ。キャロルの父君がオーダーメイドを依頼した職人に頼んで、全く同じデザインにして貰ったんだよ」
その事はキャロルの日記にも書いてあった。
しかし指輪の実物をボクは見た事が無い。
その理由は、指輪がキャロル専用の金庫の中にあるからだ。
金庫の暗証番号は日記に記載されていなかった為、分からない。
なのでボクはキャロルが大切に保管していた指輪の形を知らないのだ。
「なるほど……それは良い事を聞いたな。覚えておこう」
「その様子だと、本当にキャロルの記憶を持っていないみたいだね?」
「一つの器に二つも魂は入らない。私が取り憑いている間は、キャロルは深層の奥深くで眠っているよ。……だから、私がキャロルと共有できた記憶はほんの一部。この世界の言語くらいのものだ」
「この世界……? もしかして君は、異世界から来たのか?」
異世界の地球という星から来た、招かれざる来訪者。
そう言えば彼女は信じてくれるだろうか?
それとも与太話だと切り捨てられるだろうか。
どちらにせよ、今はまだ真実を教える心算は無い。
それを教えるとしたら、それは彼女を籠絡した後だ。
「地獄に住まう悪魔にとって、現世は異世界も同然だよ」
今は適当に往なして逸らす。
ボクの誤魔化しを見透かして、名探偵は追求の矛先を変えた。
「……どちらにせよ君は、困窮した人達の隙に付け込んで、利用している訳だ」
「ビジネスとはそういう物だろう? 刺激を与えて感情を揺さぶり、感情が動けば動く程、利益の鐘は鳴り響く。感情とは打ち鳴らした者に富を齎す欲望の鐘だ。需要は人の感情によって生み出される」
「だからベイルロンドに住む人達を危険に晒したと? そんな事の為に軍や冒険者達に犠牲者を出させたのか?」
「善意で経済は潤わない。偽善だろうと需要を生み出し供給せねば、困窮した者達は救われない。それに今は魔族との戦争中だ。戦闘狂共の画策を潰す為にも、これは必要な過程だった。政治的に必要な犠牲だよ」
無論、こんな詭弁は只の結果論に過ぎない。
ボスの出現は明らかに、計画を利用した第三者の介入があった事。
しかしそれを彼女に伝えたところで言い訳にしか聞こえないだろう。
ボスやモンスターの大量討伐で経済は潤い、それを利用してボクはアナザーゲストと手を組んで娯楽ビジネスを展開したのだ。
その事実がある以上、ボスの出現は計画に無かったと弁解したところで、彼女からしてみれば死の商人が言い逃れをしているとしか思えないだろう。
「……何が必要な犠牲だ。有り得ない……! 君は感情が需要を作ると言ったな? それはプラスの感情の事じゃないのか? マイナスの感情では、揺さぶっても破滅の未来しかやって来ない!」
「真実を知る者にとってはそうだろう。だが真実を知らない者にとっては違う。今回の事を傍から見れば、英雄が街の窮地を救い、そして経済が潤った。……ただそれだけだ」
――悪役らしく不敵に相手を睥睨し、ボクは彼女に言い放つ。
「マイナスの感情が破滅の未来を呼ぶというのなら、尚の事真実は隠しておくべきではないのかな? 破滅の未来が早まってしまうよ」
その悪辣な詭弁に、白銀の令嬢は怒りに染まった。
「君は……! 英雄なんかじゃない……! 破滅を齎す"奸雄"だっ!!」
その怒りは至極尤も。
奸雄である事にも違いない。
ボクは極悪人以外の何者でも無いのだから。
――彼女はボクに向けて片手を伸ばし、怒りのままに水属性の魔法を放つ。
それは白銀に煌めき輝く、氷の枷だった。
ボクの足元から蜂起する凍て付く氷塊。
それはボクの両腕と両脚を飲み込み自由を奪う。
「君を拘束する。抵抗は無意味だ!」
「私を捕まえたとして、それからどうするつもりかな?」
「君の罪を白日の下に晒す。そして正当な裁きを受けて貰う」
「キャロルはどうなる?」
「……安心しろ。レディ・キャロルの無実は私が晴らす。スターライト家の名に誓って、彼女の名誉と身柄は守ってみせる」
「それを聞けて安心したよ」
――そう事も無げに言い放ち、ボクは氷塊をすり抜けた。
「なっ……!?」
氷塊など存在しないかのように悠然と歩み出るボクの姿を前にして、彼女は驚きに目を見開く。有り得ない光景を目前にして、揺れ動くのは彼女の瞳。
如何に天才と言えどこれは予想し得ない事だろう。
それは動揺しつつ後退る彼女の姿に表れている。
しかしそこはやはり天才というべきか。
彼女は素早く周囲に視線を巡らせ、推測を述べた。
「……そうか。この模様……いや、この空間自体が、魔法陣だったのか……!!」
この室内その物を一つの魔法陣として機能させる。
天才であろうとも、それを見抜けず油断するのも無理は無い。
部屋丸ごと見慣れぬ模様で魔法陣に変えたとまでは想定出来ないだろう。
――苦渋に満ちた表情で、彼女はボクに鋭い視線を向け、追及する。
「幻か? それとも錯覚の類いか……?」
「どちらも違う」
彼女から離れた位置で足を止め、答えを示す。
「次元を超える魔法【アヌビス】。今私と君は違う次元に存在し、そして相対している。それ故に、お互いに触れる事は出来ない。……もっとも、相手がどの次元に存在しているかを把握して居れば、触れる事など造作も無いがね」
相手と違う次元に居れば物理的に干渉できない。しかし魔法は違う。相手の居る次元と座標さえ分かって居れば干渉できる。つまり"自分が発現させた魔法だけを相手の居る次元に移動させれば干渉できる"という事。
魔法を別の次元に移してしまえば、キャロルの特異体質である"自分の魔法で自身を傷付けてしまう"というリスクを回避できる。
その為、今までは装備の性能を超えないように魔力量を抑えていたが、【アヌビス】のお陰でその必要は無くなった。
――不可解な魔法を受けて、彼女は困惑した様子でボクの言葉を反復する。
「次元を超える……? 【アヌビス】……? 聞いた事が無い……」
「当然だ。つい先日、ルイス・アントワープ博士が発見したばかりの魔法だからね。まだ公式発表はされていない、未知の技術だ」
「ルイス・アントワープ……その名前には聞き覚えがある。確か、無属性魔法における研究の第一人者……そうか。そういう事か……!」
彼女の中で何かが繋がったのか、アザレア嬢は独り頷く。
そして気を持ち直して再び、ボクに対して推測を述べた。
「これは"無属性魔法と属性魔法の融合"か……道理で見覚えが無い訳だ」
両手の拳を握り締め、彼女はボクを鋭く睨み、言葉を紡ぐ。
「正攻法では私に勝てないと見た君は、私に勝つ上で"初見殺し"を考えた。その画策を実現する為に、君はルイス・アントワープの後援者になった」
多少の誤解はあるものの、ボクがアザレア嬢との対決を見据え、彼女を無力化する為に初見殺しの術を探っていたのは事実だ。
「ご名答。ただ、一つ訂正がある。私は君を討ち取る心算は無いよ」
片手を掲げ、この次元には居ない協力者に向けて合図を送る。すると周辺の景色にノイズが混ざり始め、次第に景色が溶け合うように変化して行く。
「――!? 景色が、これは……!?」
こうも異常事態が連続すれば、流石の天才と言えども状況を正確に把握するのは不可能に近いだろう。それこそが此方の狙いだ。事は順調に推移している。
「私が君をここへ呼んだのは、とある実験の結果を見せたいからだ。それを見れば、恐らく君は私の考えを凡そ理解するだろう」
彼女は状況に流されまいと苦渋に滲む。
そんな彼女に向けて、ボクは不敵に微笑み、言葉を紡いだ。
「そして断言する。君は翻意し、私の"共犯者"になる、とね」
宣告と共に移り変わった景色は、妖精の研究所の屋上。
急に開けた視界から見えるのは、人気の無いベイルロンド。
それは表から裏へと、世界が変わった瞬間だった――




