第42話 不思議なダンジョン
――転生百四日目、午後二時、ライトダンジョン第二層、草原地帯。
ダンジョンの内部構造は複雑怪奇に満ちている。
たったの一層降りるだけで、そこに広がるのはまるで別世界。
蒼く生い茂る草原に、点在する森林地帯。
遠目には山岳から、まるで海のような沿岸まで……
何より怪奇なのは、地下の上空に広がる青い空だろう。
(遠目には本物の空に見えるな……これも魔法のような科学の仕業か)
第一層から道なりに下った先で、突然当たり前のように広大な青空が広がれば、これが未知の魔法、あるいは科学の仕業だと想像するより他に無い。
(こうなると、ダンジョンは意図的に創られたと考えるのが自然か。いったい誰が、何の目的でこんな施設を建造したのやら……)
神様の仕業と言えば納得できるが、ボクは神様に出会っていない。
となれば不確かな神の存在よりも、実在する勢力による仕業だと考える。
(人類にこんな技術は無い。あれば早々にダンジョンを攻略している。……となると妖精か、あるいは魔族か)
どちらにしろ未知なる部分が多すぎて答えは出ない。
――という訳で、今は目の前の戦闘に集中しよう。
視界の先に映るのは、鉄製の剣を握り、狼のようなモンスター二体を相手に一歩踏み込む魔法剣士の姿。それはクラスメイトのアリスタン・T・ベルネオス卿。剣聖の称号を持つベルネオス伯爵の子息で、端整な美少年だ。
「はッ!!」
一瞬の間合いで袈裟斬りを放ち、彼はモンスター一体を両断する。
その瞬間、もう一体のモンスターが彼目掛けて飛び掛かろうと姿勢を低くした。
――だがその時、モンスターの後ろ足が突然振動し、狼のような見た目のモンスター"ポイズンウルフ"は足を滑らせて姿勢を崩す。
「ふッ!!」
一呼吸の元、彼は返す刀でよろけたポイズンウルフを逆袈裟斬りに両断した。
(地魔法による大地の振動……それを相手の足元にだけ発生させてバランスを崩したのか。良く思い返せば斬る瞬間、鉄の剣も刀身が振動していた。それで切れ味が増していたんだな)
呆気なく戦闘が終わり、彼は手に持った鉄の剣を手放す。
すると鉄の剣は大地に溶けるように消失した。
(あれがベルネオス家に伝わる魔法剣技、無双地天流って奴か)
無双地天流は特定の剣を持たないという。
彼等の剣は常に、自然にある物から作り出される。
つまり彼等が振るう剣は大地に眠っているのだ。
無双地天流の魔法剣士にとって、剣と鞘は大地その物なのだろう。
(魔力が尽きない限り、無限に剣を生み出せる。おまけに地魔法で振動を起こして妨害、及び自身を強化できる。……強い訳だな)
無双地天流の免許皆伝である彼の父親が、剣聖と呼ばれるのも道理だろう。
無事ポイズンウルフとの戦闘を終えて、彼が歩み寄って来る。
功労者を労うように、ボクはアリスタン卿に賛辞を贈った。
「流石は無双地天流の継承者ですね。私が手を出すまでもありませんでしたか」
「あの程度の相手なら俺一人で十分だ。君の手を煩わせるまでも無い」
言葉を聞けば武骨なものだが、彼の表情を見れば好意が分かる。
僅かに視線を逸らし、少しだけ頬を紅潮させたその姿。
武人らしく振舞っているが、その内心はやはり年相応の少年なのだろう。
「お気遣いに感謝します。……ですが、チームメイトと連携を図るのも授業の内ですから。次は私が連携できる余地を残して頂けると助かります」
「……すまない。確かに君の言う通りだ」
バツが悪そうに自身の後頭部を撫でる、彼の素直な姿が微笑ましい。
相手の苦言を素直に聞き入れられる所は彼の美点だ。
(好きな相手を前にカッコ付けてしまう辺り、アリスタン卿も男の子だなって)
魂は同じ男として、彼の気持ちは良く分かる。
好きな相手を前に情けない姿は見せたくないし、見せられない。
――と丁度その時、視界の端を細い水の柱が駆け抜けて行った。
その出所に振り向くと、そこには複数のポイズンウルフと交戦しているローズマリーとビヴァリーさんの姿があった。
「囲い込むわよっ! ビヴァリー! 誘導お願い!」
「へいへい。ホント人使いの荒いお嬢様っすね!」
ローズマリーは水の柱を出現させてポイズンウルフの進路を限定し、ビヴァリーさんは持ち前の高い身体能力を駆使して両手から火炎を放射し、ポイズンウルフのヘイトを集めて誘導している。
(二人共すっかり打ち解けたな)
その連携と、軽口を叩くビヴァリーさんを見れば相性が好いのだと分かる。
二人は息の合った連携でポイズンウルフを一か所に集めると、最後の大詰めに入るべく、ローズマリーはビヴァリーさんへ指示を飛ばした。
「ビヴァリー! 決めるわよ!」
「はいよっ! 【カチ上げろ】ッ! 【イグニス】ッ!!」
答えるや否や、ビヴァリーさんは中級の火魔法を詠唱し、自分を中規模な爆発で吹き飛ばす。彼女はそのまま、自分で起こした爆風に乗って上空を飛翔する。
それに続き、ローズマリーも中級の水魔法を詠唱した。
「【切り裂いて】! 【アクア】!!」
彼女の両手から伸びるのは二本の細長い水柱。
凄まじい勢いで噴出するそれは、まさにウォータージェット。
それを交差させるように薙ぎ、彼女はポイズンウルフを切断する。
一か所に集められたポイズンウルフに逃げ場無し。
半分以上が四肢を切断されて自由を失う。
――そして止めの追撃。それは上空を飛翔するビヴァリーさんから放たれる。
「【ぶっ壊せ】ッ! 【ヘルフレア】ッ!!」
彼女の右腕に渦巻く死の業火。それは右腕から逆巻く死の炎槍。
それを真下にいるポイズンウルフの群れに撃ち下ろす。
それは地上に咲く花火のように、業火はポイズンウルフ諸共弾けて消えた。
(いい連携だな。……それにしても、モンスターは一体何で出来ているのやら)
倒されたモンスターから落ちる奇妙な破片。
その破片は銀色の流体で出来ていた。
まるでバイオメタルのようなそれが、モンスターは自然に生まれる生命体では無いと証明している。明らかに、何者かによって意図的にこの世に生み出された生物……いや、生体兵器と言った方が正しいか。
(一度で良いからダンジョンの創造主に会って、話を聞きたいところだな)
何て考えている間に、空中に居たビヴァリーさんは自身の足元から炎を噴射し、姿勢を整えながら落下の勢いを殺して着地する。それを見届けてからボクはアリスタン卿に言葉を掛けた。
「二人共見事ですね」
「同感だ。だが、まだ未熟だ」
「私達と比べれば、遥かに洗練されていますよ。お手本にしましょう」
「……そうだな」
窘められて気落ちするアリスタン卿に何となく愛嬌を感じる。
彼の不器用ながらも素直な姿勢が、そう思わせるのだろう。
(アリスタン卿は前回までルーサー卿と連携していた訳だし、ボクと彼じゃ戦い方が全然違うから、お互いにその辺の擦り合わせが必要そうだな)
今ボク達は授業の一環で、二人一組での戦闘経験を積んでいる。
戦場では、基本的に騎士はツーマンセルで戦闘する。
なのでこれはその為に必要な練習だ。
(……ルーサー卿は、今頃はベイルロンドの劇場でレイナさんと舞台のリハーサルをしている頃かな?)
今回のダンジョン講習では、レイナさんがルーサー卿の付き人として特別に帯同してきている。そしてルーサー卿は今回の授業を特別に免除して貰い、レイナさんと共に演劇に専念して貰っている。
――両方の組が戦闘を終了し、遠巻きに見ていた教導隊の教官が片手を挙げた。
教官の隣にはフロイト男爵。
ルーサー卿への特別処置が叶ったのは、彼が協力してくれたお陰だ。
フロイト男爵のお陰で計画がスムーズに進められる。
講師を此方側に抱き込んだ今、今回はとても動き易い。
(後は上手く行くのを祈るのみ、か……)
片手を挙げる教官の元へと集合するべく、ボク達四人は合流しつつ戦利品である銀色の破片を回収し、今回の戦闘の感想を言い合いながら講習に励むのだった――




