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【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第二章 変革のフィロソフィー
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第39話 真実を追う者


 ――転生八十五日目、午後七時、王立騎士学園、裏庭(【アイリスの庭園】)



 テラスでボクの対面に座るアザレア会長。

 彼女とボクの座る姿勢は鏡合わせのように対照的だ。

 それは意図してか、それともそれが彼女の自然体なのか。


(ある意味で、対照的なのは心と体も、だな……)


 転生者であるが故に、ボクの心と体はすれ違っている。

 そして彼女もまたその装いと性別を見れば、すれ違っている。

 その奇妙な共通点にはつい親近感を覚えてしまった。


 ――視線の先で彼女は優雅に紅茶を(たしな)み、舌鼓(したつづみ)を打つ。


「この落ち着いた色調と、静かなテラスで味わうダージリンの相性は最高だね!」


 それから『特に』と前置きして、アザレア会長は言葉を続けた。


「君の鮮やかな瞳の色と良く似合ってる」


 ボクと視線を合わせながら、彼女は誘うように片目を閉じた。

 そんな露骨なアプローチをスルーして問い返す。


「今日は私を口説(くど)く為に、わざわざここまで来られたのですか?」


「ふふっ、そうだね。口説き半分、お礼半分ってとこかな」


「お礼とは……?」


「ベイルロンドの英雄が成し遂げた偉業に対して、だよ」


 そう述べる彼女の表情が、此方(こちら)の心を見透かすように鋭く変わる。

 しかしそれも一瞬の事。彼女の表情は直ぐに戻った。

 続けてアザレア会長は言葉を(つむ)ぐ。


「今王国中の商会が特需に色めき立ってる。君が討伐したボスモンスターの素材が市場を賑わせているからね」


 モンスターがボス化するとその素材もまた特殊な素材に変化し、通常ではまず手に入らないレベルの貴重な資源に変わる。それが市場に流れたとなれば、確かに商人達は湧き立つだろう。


(そうか……あの時のボスモンスターの素材、王国の経済を回す為にオリバー卿が有効活用した訳か)


 グレイ・フィルターと交わした契約では、討伐したモンスターの素材は冒険者達の物として、アナザーゲストに譲渡すると取り決めた。


 しかしボスモンスターの討伐は予定に無かったので、ボスの素材はヴィター家預かりとなり、オリバー卿の裁量に委ねる事になった。


 その結果、スターライト家を始めとする多くの利権者達が得をしたのだろう。 


「お陰様でスターライト家もかなり恩恵を受けさせて貰ったんだ。だから、そのお礼を直接言いたくてね」


「そうでしたか。それは嬉しい朗報ですね。私としてもリスクを背負った甲斐(かい)がありました」


 ルイボスティーを嗜みつつ、何気なく返した相槌の言葉。

 しかしそれは此方の油断を誘う為の言葉だったのか。


 ――ボクに対し、彼女は再び鋭く目付きを変えた。




「ふふふ……そうだろうね。これ程までに出来過(・・・)ぎた結果(・・・・)を手に入れられたなら、リスクを背負う価値はあっただろうね?」




 一変した彼女の雰囲気に、お互い視線が交差する。

 ボクの真意を見透かす為か……彼女の視線は真実を問い掛ける。


(……そう言えば、彼女の父であるマーカス・Fi(ファイ)・スターライトは、魔族に関して融和路線を支持していたな。これはとんだ伏兵だ)


 彼女の様子を見れば、証拠は無いが確信している。

 ボクが仕掛けたマッチポンプに。そしてその意図に。

 アザレアという名の名探偵(・・・)は、ボクの裏を暴くつもりか。


(あれだけ派手にやれば当然か。……少し、欲張り過ぎたかな)


 とは言え最早過ぎた事。

 名探偵に目を付けられようと、英雄の名は手放せない。

 既に計画は次の段階に移っているのだ。

 ここまで来た以上、引き返す道など有りはしない。


(まぁ良い。彼女がそうしたいというのなら、(あざむ)くまでだ)


 この身に宿る執念は、この程度で(つい)えはしない。

 それを証明する為に、悪役として彼女と向き合う。


「妙な事を(おっしゃ)られますね? まるで、私に裏があるように聞こえます」


「ごめんね。私だって君を疑うような真似はしたく無いんだ」


 でも、と彼女は続ける。


「一学年のファーストクラスが遠征している中で起きた、前例の無いモンスター襲撃事件……この学園の生徒会長として、私には生徒達の安全を守る義務がある」


「それで私に不信を抱き、追求したいと?」


「私は君の栄光を素直に祝福したいと思ってる。でも幾つかの疑問がそれに歯止めを掛けてしまうんだ。……だから、私は真実が知りたい」


 そう述べた彼女の瞳に映るのは、探究者の輝き。

 ここで断るのは悪手(あくしゅ)。彼女の疑惑を更に深めるだけだろう。

 ならばボクの答えは決まっている。


「それで身の潔白が証明されるのなら、喜んで」


 要求を受け入れたボクを見て、彼女は両腕を広げて喜んだ。


「ありがとう、嬉しいよ! それじゃ、まず一つ目の質問。君は何処(どこ)でアナザーゲストの代表者、グレイ・フィルターさんと知り合ったのかな?」


「モンスターと騎士団が交戦を始めた時ですね。万が一の事態に備え、戦力をかき集めていた彼と偶然知り合いました。その時、少しでも彼等の力に成れればと協力を申し出ました」


 返答を受けて、考え込む仕草で彼女は鋭く疑問に焦点を定める。

 そして優雅に、頬杖(ほおづえ)を付いて迎えるボクへと問い掛けた。


「……冒険者組合に協力、ね。見習いとは言え君は騎士だ。なぜ騎士団では無く冒険者達と共闘したのかな?」


「仰るように私はまだ見習いです。騎士団に協力を申し出ても断られるだけでしょう。それなら冒険者達と共闘した方が活躍の場があると判断しました」


 ――合理を持って返すボクに、彼女の表情が不敵に微笑(ほほえ)む。


「へぇ……君は随分と野心家なんだね?」


「己を成長させる上で、野心は必要な物だと考えていますから」


 視線はボクを見定めたまま、(あご)に片手を当てて彼女は顔を背ける。

 何と無しに脚を組み替えたボクに呼応するように、彼女もまた脚を組み替えた。

 飽くまで、名探偵はボクとは対照的でいたいようだ。


「なるほど……確かにね。それじゃ、これが最後の質問。君は妖精の力を借りてボスを討伐したという話だけど、何を対価に妖精達は君に協力したのかな?」


「純粋な善意からですよ。妖精は対価を求めません。ボスを討伐した時の魔法も、機転を利かせた妖精達が用意してくれたものです。私はただ、それを発動しただけに過ぎません」


 物は言い様だ。魔法の準備はボクの指示だが、妖精達が機転を利かせた事実に違いは無い。嘘は吐かず真実は語らない。恐らく、それがこの場では最適だろう。


 ――真実を求める探偵は、更にボクを追求する。


「妖精が君に栄光を譲ってくれたと?」


「妖精は名誉に興味を示さない生き物ですから。それとも、妖精には裏の顔があり、人類を(おとしい)れる策略を巡らせていると、レディ・アザレアはお考えですか?」


 そろそろ問答を終わらせようかと、逆に追及の姿勢を示す。

 すると彼女は(ほが)らかに笑って肩を(すく)ませた。


「ははは! そうは思えないし、そうは思いたくないね。妖精に裏の顔があったとしたら、私は誰の事も信用できなくなってしまうよ」


 ――不利な流れを悟ったのか、名探偵は問答を終わらせた。


 ダージリンの紅茶を飲み終えて、アザレア会長は立ち上がる。

 そしてボクに向けて、片手を差し出し握手を求めて来た。


「答えてくれてありがとう。有意義な時間を過ごせたよ」


 ボクも同じく立ち上がり、握手を交わしつつ最後の問いを投げかけた。


「私の身の潔白は証明されましたか?」


「それは私の頑張り次第、かな」


 ――そう冗談めかして彼女は笑う。


 そして右手をポケットの中に仕舞い、背中越しに左手を振りながら、彼女はお付きを伴ってアイリスの庭園を立ち去る……


 その後姿を見送りながら両手を後ろで組み、人差し指で自分の手の甲を叩く。

 一定のリズムで伝わる感触に精神を集中させながら、独り思案を巡らせた。


(アザレア会長は、アナザーゲストか妖精のどちらか、あるいはその両方がボクの共犯者だと当たりを付けている訳か)


 一人であれだけの事は成し遂げられない。

 なら共犯者がいると考えるのは必然だろう。


(あの様子だと妖精をボクの共犯者だとは判断しないだろうし、次はアナザーゲストに探りを入れてくる可能性が高い。……手を打たないとな)


 侯爵家の権力を利用して抑え込むという手段もあるが……相手は辺境伯だ。

 辺境伯家は国から国境の防衛を任されている。

 その為、辺境伯家は侯爵家と同様の力関係にあると言っても過言じゃ無い。

 互角の相手を権力でねじ伏せるのは得策では無いだろう。


(まぁ、やりようはある)


 オリバー卿との関係が改善した今、出来る事は増えている。

 今回の事を報告すれば、不測の事態を防ぐ為に彼の協力を得られるだろう。

 加えて共犯者(パートナー)達の助力もあれば、名探偵など恐れるに足らない。


 宿敵と定めた好敵手の去り行く姿。それを睥睨(へいげい)するように眺めつつ、決意と反骨心を脳裏に巡らせ、独り宣告するように(つぶや)いた――




「好奇心は猫をも殺すものだ。名探偵君」




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