第39話 真実を追う者
――転生八十五日目、午後七時、王立騎士学園、裏庭。
テラスでボクの対面に座るアザレア会長。
彼女とボクの座る姿勢は鏡合わせのように対照的だ。
それは意図してか、それともそれが彼女の自然体なのか。
(ある意味で、対照的なのは心と体も、だな……)
転生者であるが故に、ボクの心と体はすれ違っている。
そして彼女もまたその装いと性別を見れば、すれ違っている。
その奇妙な共通点にはつい親近感を覚えてしまった。
――視線の先で彼女は優雅に紅茶を嗜み、舌鼓を打つ。
「この落ち着いた色調と、静かなテラスで味わうダージリンの相性は最高だね!」
それから『特に』と前置きして、アザレア会長は言葉を続けた。
「君の鮮やかな瞳の色と良く似合ってる」
ボクと視線を合わせながら、彼女は誘うように片目を閉じた。
そんな露骨なアプローチをスルーして問い返す。
「今日は私を口説く為に、わざわざここまで来られたのですか?」
「ふふっ、そうだね。口説き半分、お礼半分ってとこかな」
「お礼とは……?」
「ベイルロンドの英雄が成し遂げた偉業に対して、だよ」
そう述べる彼女の表情が、此方の心を見透かすように鋭く変わる。
しかしそれも一瞬の事。彼女の表情は直ぐに戻った。
続けてアザレア会長は言葉を紡ぐ。
「今王国中の商会が特需に色めき立ってる。君が討伐したボスモンスターの素材が市場を賑わせているからね」
モンスターがボス化するとその素材もまた特殊な素材に変化し、通常ではまず手に入らないレベルの貴重な資源に変わる。それが市場に流れたとなれば、確かに商人達は湧き立つだろう。
(そうか……あの時のボスモンスターの素材、王国の経済を回す為にオリバー卿が有効活用した訳か)
グレイ・フィルターと交わした契約では、討伐したモンスターの素材は冒険者達の物として、アナザーゲストに譲渡すると取り決めた。
しかしボスモンスターの討伐は予定に無かったので、ボスの素材はヴィター家預かりとなり、オリバー卿の裁量に委ねる事になった。
その結果、スターライト家を始めとする多くの利権者達が得をしたのだろう。
「お陰様でスターライト家もかなり恩恵を受けさせて貰ったんだ。だから、そのお礼を直接言いたくてね」
「そうでしたか。それは嬉しい朗報ですね。私としてもリスクを背負った甲斐がありました」
ルイボスティーを嗜みつつ、何気なく返した相槌の言葉。
しかしそれは此方の油断を誘う為の言葉だったのか。
――ボクに対し、彼女は再び鋭く目付きを変えた。
「ふふふ……そうだろうね。これ程までに出来過ぎた結果を手に入れられたなら、リスクを背負う価値はあっただろうね?」
一変した彼女の雰囲気に、お互い視線が交差する。
ボクの真意を見透かす為か……彼女の視線は真実を問い掛ける。
(……そう言えば、彼女の父であるマーカス・Fi・スターライトは、魔族に関して融和路線を支持していたな。これはとんだ伏兵だ)
彼女の様子を見れば、証拠は無いが確信している。
ボクが仕掛けたマッチポンプに。そしてその意図に。
アザレアという名の名探偵は、ボクの裏を暴くつもりか。
(あれだけ派手にやれば当然か。……少し、欲張り過ぎたかな)
とは言え最早過ぎた事。
名探偵に目を付けられようと、英雄の名は手放せない。
既に計画は次の段階に移っているのだ。
ここまで来た以上、引き返す道など有りはしない。
(まぁ良い。彼女がそうしたいというのなら、欺くまでだ)
この身に宿る執念は、この程度で潰えはしない。
それを証明する為に、悪役として彼女と向き合う。
「妙な事を仰られますね? まるで、私に裏があるように聞こえます」
「ごめんね。私だって君を疑うような真似はしたく無いんだ」
でも、と彼女は続ける。
「一学年のファーストクラスが遠征している中で起きた、前例の無いモンスター襲撃事件……この学園の生徒会長として、私には生徒達の安全を守る義務がある」
「それで私に不信を抱き、追求したいと?」
「私は君の栄光を素直に祝福したいと思ってる。でも幾つかの疑問がそれに歯止めを掛けてしまうんだ。……だから、私は真実が知りたい」
そう述べた彼女の瞳に映るのは、探究者の輝き。
ここで断るのは悪手。彼女の疑惑を更に深めるだけだろう。
ならばボクの答えは決まっている。
「それで身の潔白が証明されるのなら、喜んで」
要求を受け入れたボクを見て、彼女は両腕を広げて喜んだ。
「ありがとう、嬉しいよ! それじゃ、まず一つ目の質問。君は何処でアナザーゲストの代表者、グレイ・フィルターさんと知り合ったのかな?」
「モンスターと騎士団が交戦を始めた時ですね。万が一の事態に備え、戦力をかき集めていた彼と偶然知り合いました。その時、少しでも彼等の力に成れればと協力を申し出ました」
返答を受けて、考え込む仕草で彼女は鋭く疑問に焦点を定める。
そして優雅に、頬杖を付いて迎えるボクへと問い掛けた。
「……冒険者組合に協力、ね。見習いとは言え君は騎士だ。なぜ騎士団では無く冒険者達と共闘したのかな?」
「仰るように私はまだ見習いです。騎士団に協力を申し出ても断られるだけでしょう。それなら冒険者達と共闘した方が活躍の場があると判断しました」
――合理を持って返すボクに、彼女の表情が不敵に微笑む。
「へぇ……君は随分と野心家なんだね?」
「己を成長させる上で、野心は必要な物だと考えていますから」
視線はボクを見定めたまま、顎に片手を当てて彼女は顔を背ける。
何と無しに脚を組み替えたボクに呼応するように、彼女もまた脚を組み替えた。
飽くまで、名探偵はボクとは対照的でいたいようだ。
「なるほど……確かにね。それじゃ、これが最後の質問。君は妖精の力を借りてボスを討伐したという話だけど、何を対価に妖精達は君に協力したのかな?」
「純粋な善意からですよ。妖精は対価を求めません。ボスを討伐した時の魔法も、機転を利かせた妖精達が用意してくれたものです。私はただ、それを発動しただけに過ぎません」
物は言い様だ。魔法の準備はボクの指示だが、妖精達が機転を利かせた事実に違いは無い。嘘は吐かず真実は語らない。恐らく、それがこの場では最適だろう。
――真実を求める探偵は、更にボクを追求する。
「妖精が君に栄光を譲ってくれたと?」
「妖精は名誉に興味を示さない生き物ですから。それとも、妖精には裏の顔があり、人類を陥れる策略を巡らせていると、レディ・アザレアはお考えですか?」
そろそろ問答を終わらせようかと、逆に追及の姿勢を示す。
すると彼女は朗らかに笑って肩を竦ませた。
「ははは! そうは思えないし、そうは思いたくないね。妖精に裏の顔があったとしたら、私は誰の事も信用できなくなってしまうよ」
――不利な流れを悟ったのか、名探偵は問答を終わらせた。
ダージリンの紅茶を飲み終えて、アザレア会長は立ち上がる。
そしてボクに向けて、片手を差し出し握手を求めて来た。
「答えてくれてありがとう。有意義な時間を過ごせたよ」
ボクも同じく立ち上がり、握手を交わしつつ最後の問いを投げかけた。
「私の身の潔白は証明されましたか?」
「それは私の頑張り次第、かな」
――そう冗談めかして彼女は笑う。
そして右手をポケットの中に仕舞い、背中越しに左手を振りながら、彼女はお付きを伴ってアイリスの庭園を立ち去る……
その後姿を見送りながら両手を後ろで組み、人差し指で自分の手の甲を叩く。
一定のリズムで伝わる感触に精神を集中させながら、独り思案を巡らせた。
(アザレア会長は、アナザーゲストか妖精のどちらか、あるいはその両方がボクの共犯者だと当たりを付けている訳か)
一人であれだけの事は成し遂げられない。
なら共犯者がいると考えるのは必然だろう。
(あの様子だと妖精をボクの共犯者だとは判断しないだろうし、次はアナザーゲストに探りを入れてくる可能性が高い。……手を打たないとな)
侯爵家の権力を利用して抑え込むという手段もあるが……相手は辺境伯だ。
辺境伯家は国から国境の防衛を任されている。
その為、辺境伯家は侯爵家と同様の力関係にあると言っても過言じゃ無い。
互角の相手を権力でねじ伏せるのは得策では無いだろう。
(まぁ、やりようはある)
オリバー卿との関係が改善した今、出来る事は増えている。
今回の事を報告すれば、不測の事態を防ぐ為に彼の協力を得られるだろう。
加えて共犯者達の助力もあれば、名探偵など恐れるに足らない。
宿敵と定めた好敵手の去り行く姿。それを睥睨するように眺めつつ、決意と反骨心を脳裏に巡らせ、独り宣告するように呟いた――
「好奇心は猫をも殺すものだ。名探偵君」




