第38話 類は友を呼ぶ
――転生八十五日目、午後六時、王立騎士学園、裏庭。
そよ風に揺れるアイリスの花園。
神静同好会の同志達が、大切に育む希望の花。
それはローマのようなこの庭園で、健やかに育っている。
(ここの裏庭も、最初に見た時とは随分変わったな)
何処から出ているのか不明な予算で、増改築を繰り返された不思議な庭園。
以前は只の寂れた裏庭だった。しかし今では小さな都。
白を基調として改修されたこの庭園は、最早只の裏庭とは呼べないだろう。
――視線の先には同志達と幸せそうに水やりをする、一人の可憐な少女の姿。
それはシュガー伯爵家令嬢、ローズマリー・B・シュガー。
プリンセスカットの銀髪に、藍色の瞳が良く映える。
(……また神静同好会に入信――じゃない、入会した生徒達が増えたな)
周囲に目を配れば、着席して読書に耽る同志達。
静かに過ごせるこの場所は、割と読書家にとって人気らしい。
その為だけに神静同好会に入会する者も居ると聞かされた。
(学園の図書館は放課後でも混んでるからなぁ……)
お陰でボクも図書館には本を借りに行くだけで、自由時間は殆ど裏庭で過ごしている。ここは図書館と比べれば各自のパーソナルスペースが広いので、それも読書家達に好まれている理由だろう。
何て考えながら日記に学園での出来事を詳細に書き記す。
(キャロルの発言を顧みれば、ボクを通して物事を見聞き出来ていたみたいだけど、一応情報は残しておいた方が良い)
自分の記憶を整理する意味でも日記に纏めるのは有用だ。
――何て考えていると、庭園の入口からざわつく声が溢れて来た。
(誰か来たのか……?)
不思議に思い視線を向けると、そこにはローズマリーと談笑している美人の姿。
白銀の髪色に、髪形は左側だけ髪をかき上げたショートカット。
左の耳で輝くのは、高そうなブランド物のイヤリング。
モデルのような容姿を持つ、貴族階級の女子生徒。
――だがその女子生徒の服装は、他の女子生徒達と異なっていた。
その理由は彼女の服装が男装であったから。
男装姿がとても良く似合う、白銀の貴公子。
この学園で男装の麗人と言えば一人しかいない。
(あれは……生徒会長か? どうしてここに……?)
彼女の名前は"アザレア・Fi・スターライト"。スターライト辺境伯家の次女であり、騎士学園で生徒会長を務める三学年の生徒だ。
アザレア会長とローズマリーの間には親交があるのだろう。お互い付き人を伴って、親し気に会話する二人の姿を見れば仲が良いのだと分かった。
(一応、挨拶ぐらいはしておこうかな)
日記を閉じて鍵を掛け、テーブルの上に置きながら立ち上がる。
優雅に彼女等の元に歩み寄ると、彼女等はボクに気が付き振り向いた。
まずはアザレア会長に挨拶しよう。
「ごきげんよう。レディ・アザレア。こうしてお会いするのは――」
――右手を差し出し彼女にそう述べた時、なぜか彼女はボクの右手を引いて、ボクの腰に手を回した。
引き寄せられ、ダンスを踊るような姿勢で時が止まる。突然の事に意表を突かれたボクを見て、アザレア会長は不敵な笑顔を浮かべて挨拶を返してきた。
「ごきげんよう! "ベイルロンドの英雄"、レディ・キャロル。ずっと君に会いたいと思っていた」
無邪気に微笑む彼女の様子から察するに、これは只の悪戯であるようだ。
それで何となく、彼女の人柄が分かったような気がする。
(遊び心に溢れた、人たらしって感じの人だな)
ふと、ローズマリーに視線を送ると、そこには微笑みながらも愛憎のオーラをこれでもかと醸し出す狂信者の姿があった……
このままでは狂信者が暴走してしまうので、白銀の麗人に忠告を送る。
「お戯れが過ぎますね? アザレア会長。ローズマリーが病んでしまいますよ?」
「ははは! ごめんね。我慢しようと思ったんだけど、実際に君の姿を見たら止まれなかったよ」
悪びれた様子も無く、アザレア会長はボクから離れる。
そんな彼女に、ローズマリーは不満を述べた。
「アザレア会長。キャロル様にそのようなお戯れをされては困ります。皆への示しが付きません。もう少しご自身のお立場と、貴族としての品位を――」
「あーあーあー! 聞こえない。私の耳には聞こえないよー?」
忠告の言葉を遮りながら、両手で自分の耳を押さえるアザレア会長の姿を見て、ローズマリーは溜息一つ。彼女等の付き人達も、これには苦笑いを送っていた。
(反応からして、割といつもの事って感じか)
周囲から呆れられているアザレア会長はそんな事など気にもせず、ボクをリードするようにテラスへと促した。
「それじゃ挨拶も済んだ事だし、ここからは二人っきりで話をしようか」
「全く話が見えませんね?」
「私は君に興味がある。だから君も私に興味を持って欲しい。なら、私と君は語り合うべきだ! きっと二人だけで過ごす時間は楽しいよ!」
その一方的な言い分に、零れるのは苦笑の笑顔。
人の事を言えた義理では無いが、彼女はとても自分本位な人である。
しかし彼女の魅せる素敵な笑顔と、屈託の無い調子は心地が良い。
(愛嬌のある人はずるいなぁ……)
コミュ障故に尚更思う。
彼女に抵抗した所で良い事は無さそうだ。
こういう時はコミュ力の高い方に合わせた方が、話が円満に進む。
という訳でアザレア会長の付き人に給仕をお願いし、彼女の希望通り話し合う為に、アザレア会長をテラスまで案内するのだった――




