第33話 the rose
――転生六十四日目、午後七時、ライトダンジョン第一層、妖精の宿屋、屋上。
冒険者達と騎士団の挟撃で、ゴーレムの歩みは鈍っている。
魔法が巨体に着弾し、舞い散る火花と閃光に包まれて尚、歩みは止まらない。
何があのゴーレムをそこまで駆り立てるのだろうか。
「【知性が鈍れば、光の先は闇のまま】」
良く見れば、巨大なゴーレムは背中に二対の鉄塔を背負っていた。
それが何を意味するのかは分からない。
しかし意味のない物をわざわざ背負っている訳では無いだろう。
「【知性こそが人類の持つ唯一無二の武器ならば】」
何であろうと奴が力を見せる前に討伐する。
この状況ではそれ以外に――
――そう考え額を汗が伝った瞬間、ゴーレムの歩みが不自然に停止した。
(何だ……?)
疑問に思う間もなく、ゴーレムはボクの居る方向に身体を転身させる。
そしてゴーレムの背負った鉄塔が、鉄が擦れるがなり音を上げて競り上がった。
(何をする気だ……!?)
競り上がった鉄塔は、ゴーレムの肩に倒れ落ちる。
それをゴーレムは両手で受け止め、まるでレールのように肩に固定した。
「【人智を求めよ。知性に捧げよ】」
――鉄が軋むような不気味な音。
それは唸り声のように、辺り一帯に鳴り響く。
(あれは……変形している……!?)
その音の出所はゴーレムの頭部と胸部、そして背部。
そこが変形するように開き、二対の鉄塔が電磁を帯びて放電している。
開かれた背部から、内部の熱を放出するように大量の空気が吹き荒れた。
(間違いない……あれは、撃ち合うつもりか!?)
己に降りかかる魔法など物ともせず、ゴーレムは頭部に光を集め出す。
それを見ていた妖精達から送られるのは警告と声援。
「ゴーレムから熱源反応確認っ! 来るのだっ……!」
「われらの方が、強いのでっ! 負けないのだっ……!」
「ますたー! われらが、付いてるのだっ……!」
目尻に涙を浮かべながらも声援を送ってくれる妖精達から勇気を貰う。
溢れる魔力に魂を焦がしながら、食いしばって耐え忍ぶ。
「【文明の明日に火を灯せ、人類の希望に光を灯せ】……!!」
二つの帯電音が響き合う。
どうやら向こうもチャージが完了した様子。
(最後の一撃……)
意識が霞んで景色が眩む。
限界を超えかけた精神が擦り切れる。
この魂が潰える前に、最後の詠唱を解き放つ……
「――【プロメテウス】――」
掠れる声と意識の中、二つの光源がぶつかり合った。
赤と青の光が幻想的なまでに弾き合う。
響き渡る反響音の中、不意に視界が停滞する。
(死ぬってこんな感じだったか……?)
経験済みの感覚とは違う、未知の感覚。
生前死を迎えた時は、何より先に視界が暗転していた。
今は暗転などせず、なぜか時が止まったように静寂が支配している。
――そんな違和感を覚える死に際に戸惑っていると、不意に彼女は現れた。
桃色の髪に白桃色の睫毛、髪形はウェーブの入ったボブカット。
整った容姿に、スリムなスタイル。控えめに佇むその姿。
見間違えるはずも無い。その姿はただ一人――
(キャロル……目が覚めたのか……?)
愛しの君は優しく微笑む。
しかしその笑顔は儚くて、悲しみと慈愛に満ちていた。
『貴方に迷惑をかけてしまってごめんなさい……
貴方が迷い込んでしまったのは、きっと私の所為です。
貴方から伝わってくる景色、そして想い……とても素敵でした。
巻き込んでしまった私にこんな事をいう資格は無いと思います。
でも、それでもお礼を言わせて下さい』
声が出ない。
彼女に伝えたくとも、身体が動かない。
(そうじゃないんだ……ボクは君に感謝しているんだよ……)
気持ちが伝えられないもどかしさ。
もう一度人生をくれた君に恩を返す為、ボクはここまでやって来た。
『ありがとう……とても嬉しかった』
全ては君を取り巻く環境が悪かった。
君に合う環境さえ整えれば、まだやり直せる。
それを証明する為にボクは、ここまで来たんだ。
『だから、せめてもの罪滅ぼしに、私の命を受け取って下さい。
貴方の努力は貴方の物です。私にはそれを受け取る事なんて出来ません。
最後まで我儘を言ってしまってごめんなさい。……どうか、お幸せに』
なのに君は、それをボクに差し出そうとする。
相手を優先するばかりで、自分の事を優先しない。
何も気にせず受け取って良い物なのに、君はそれをしようと思わない。
――突然意識が覚醒に向かう。
掠れそうだった曖昧な意識は次第に活力を取り戻し始める。
ボクの魂が、彼女の魂と同化するような奇妙な感覚。
脳裏を過ぎるのは命を差し出すという彼女の言葉。
嫌な想像が思考を伝う。
(違う……そうじゃない。そうじゃ無いんだ……! ボクはただ君に――)
儚げな彼女の笑顔。
それは次第に薄れ行き、彼女の姿が消えて行く……
『最後に……どうしても一言だけ――』
その声はもうボクには届かない。
だから、彼女の口の動きから理解した。
キャロルが最後に選んだ言葉……それは。
"貴方の事が、大好きでした"
――何事も無かったように、今更この身体は動き出す。
両膝から頽れる身体を支える気力も湧かず、ただ光の先を傍観する。
無力感から呟く言葉。
しかしそれはもう、キャロルには届かない。
「君に……返したかっただけなんだ……」
恩を。命を。人生を。
ボクが君から奪ってしまったようなものだから。
だから……返したかった。感謝と贖罪の気持ちを込めて。
――ぶつかり合った光と光は拮抗する。
そして文明の光は拮抗したまま拡散した。
それはボクと妖精達の知性の結晶。
例え同等の質量とかち合おうと、打ち勝つ為の必勝の策。
――拡散した文明の光は湾曲し、四方からゴーレムの鉄塔に襲い掛かる。
光に襲われた鉄塔は、見るも無残に溶かし尽され地面に落ちた。
レールが無ければ光の収束は解かれる。
拮抗を保てず、ゴーレムが放つ光線は力を失い打ち負けた。
――軋むような轟音響かせ、熱線を浴びる巨大なゴーレムは溶けて沈む。
沈み行くゴーレムの姿に、戦士達は勝利を確信して勝鬨を上げた。
劇的なボスの討伐に、武器を掲げて咆哮する戦士達の姿。
――戦勝気分が支配する戦場で、ボクは一人拳を握り、地面を見つめていた。
(まだだ……まだ諦めない。まだ方法はある)
苦渋に俯く自分を鼓舞するように、一縷の望みを無理やりにでも紡ぎ出す。
(キャロルが自分の魂をボクの魂に変えられたのなら、ボクの魂をキャロルの魂に変える事だって出来るはずだ……)
何の根拠も無い希望と憶測。
しかしそれでも無力に喘ぐよりは余程良い。
執念の焔さえ潰えなければ、きっと希望は掴めるはずだから。
「どんな困難を前にしようと、知性があれば乗り越えられる……」
決意に揺らめく新たな誓い。
魔法だろうと科学だろうと、使える物なら何でも使う。
彼女を取り戻す為なら、灼熱の海原だって渡って見せる。
(君が望む望まないとに関わらず、この身体も魂も、君が受け継いだ君だけの遺伝子だ。ボクじゃない。……だから必ず返すよ。何度断られようと、ね……)
HSPであるが故に、キャロルの本心に気付いてしまった。
彼女がボクに告白した時、彼女から感じたのは後悔の念。
間違いなく彼女はあの時、自死を望んだかつての自分を後悔していた。
(ボクはもう死んでいる以上、君と共に過ごす事は出来ない。でも、君にもう一度人生をやり直させる事ならできる)
――気持ちを新たに視線を上げると、そこには心配そうな表情をした妖精達が待っていた。
「ますたー……元気だしてねっ」
「バイタルは正常なのだっ。心配しないでねっ……」
メイド姿の妖精さんが駆け寄って来て、膝元に身を寄せる。
「ますたーの魂さん、一つになっちゃったのだっ……」
悲しそうに呟く妖精さんを撫でて宥める。
「心配かけてごめんね。……もう、大丈夫だよ」
「深層の魂さん、表層の魂さんと、同化しちゃったのだっ」
「そうだね……」
「形も、変わっちゃったのだっ」
「身体に合ってる?」
「合ってるのだっ」
ボクの魂がキャロルの魂と同化した為に、魂の形が身体の形に合うように矯正されたのだろう。という事は、もう魔力を消耗しても魂が削られる事態には成らないと思われる。
(検証が必要だな。キャロルに返す前に魂が枯渇したんじゃ話に成らない)
その辺りは妖精の持つ、魔法のような科学の力を借りるとしよう。
魔法の観点からも調べるつもりでいるが、選択肢は多い方が良い。
「われらが、くっ付いてるのだっ。安心してねっ!」
「ますたー! われらはいつでも、ますたーの味方なのだっ。分かってねっ!」
残りの二人も寄り添うように、ボクの身体にくっ付いてくる。
肌触りの良い柔らかな感触に、感傷的な心が和らぐ。
「ありがとう。嬉しいよ」
心優しい妖精達を抱え上げながら、キャロルに贈り返す為の人生を、もう一度やり直すべく再び立ち上がるのだった――




