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【第二章完結】転生スペクトラム ~悪役令嬢の英雄譚~  作者: もふの字
第一章 英雄のフィロソフィー
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第29話 革命のエチュード


 ――転生六十四日目、午後二時、ライトダンジョン第一(【ベイルロンド】)層、妖精の宿屋(【われらのっ!】)、パーティーホール。



 宿屋にあるパーティーホール。

 そこにあるのは一台のグランドピアノ。


 戦闘装束(しょうぞく)を身に(まと)い、モノクロトーンと己が向き合う。

 鍵盤に添えた両手が奏でるのは、望みを託した想いと賛美。


 流れる音色に(こも)っては消える、望郷に馳せる()せた思い出。

 革命の音色に映るのは、一縷(いちる)の野心と希望の光。

 狼煙(のろし)を上げた運命は、宿命の暗示か、それとも死神からの宣告か。


(何だか、懐かしいな……)


 転生してから約二か月程度。

 思えばこうして、生前聴いた音楽を演奏する事など一度もなかった。


 ――演奏中、たった二人の聴衆から(こぼ)れるのは、(ささや)きの会話。

 

「何だか、闘争本能(とーそーほんのー)が、うずくのだっ……!」


「妖精に闘争本能なんてあんの?」


「うむっ! この辺に、あんのだっ」


「お腹にあんのか……」


 貸し切り状態のパーティーホールで、ビヴァリーさんと妖精さんへ贈る演奏会。

 他のクラスメイトにも聴かせたかったが、都合上残念ながら叶わなかった。


(ローズマリーは悔しがってたな)


 クラスメイト達を誘った時、彼女は血涙もかくやと言った様相で大変だった。


 余談だが、彼女に贈った美容品はとても気に入って貰えた。ベイルロンドで一番人気な商品を選んだ甲斐(かい)もあり、彼女が喜んでくれた時は安心した。出会う度に美容品の感想をくれるのが何とも彼女らしくて可愛らしい。


(ルーサー卿も純粋に残念そうにしていたのは少し嬉しかったな)


 裏がある関係とは言え、彼の事を憎んではいない以上、やはり打ち解けられるに越した事は無い。


(……でも一番意外な反応だったのは、アリスタン卿だな)


 剣聖の父を持つ剣才に優れた美少年。

 彼の事は正直、あまり話した事が無いので外聞以上の事は分からない。

 しかし今日演奏会に誘った時には、なぜか彼の関心を惹いていた。


『それは、今日だけなのか? 明日なら予定が無いんだが……』


 そんな風に、若干(じゃっかん)視線を(そむ)けながら照れくさそうに話す彼が印象的だった。


 今までは割と素っ気ない態度だったと思うのだが、合宿に来てからというもの、彼は妙に此方(こちら)の気を惹こうとする素振りが増えたように感じる。


(彼の中で何か変化があったのは間違いない。でもその理由がはっきりしないな)


 もしかすると、これもオリバー卿の企みに関係しているのだろうか……?

 政略結婚の相手をバルトフェルド家から、ベルネオス家に変更したとか……?


(いや、有り得ない。ベルネオス家は名家だけど、オリバー卿が求めるような家柄では無かったはず。となると後は……)


 あの変わり様から考えられる可能性の一つ。

 やはり、恋慕(れんぼ)だろうか。


(そうなるとキャロルの反応次第だな)


 望み薄だが、キャロルが彼を選ぶ可能性も皆無ではない。

 とは言えボクとしては同性と恋愛した経験なんて無いので困る。


(とりあえずアリスタン卿の事は静観を決め込むか……)


 ――面倒事は後回しにしてしまう悪い癖から目を背け、演奏に幕を引く。


 演奏が終わり、客席から(あふ)れるのは賛辞の拍手。


「とってもとっても、よかったのだっ!」


 妖精さんらしい、可愛さ溢れる拍手の音色。


 というよりそれはもう、拍手というよりお腹を叩いて音を鳴らしているのに近かった。妖精さんの丸い両手では、左右の手に届かない。なので拍手をする時はお腹をぽふぽふと鳴らす模様。


 対してビヴァリーさんは至って真面目に、ボクに不器用な賛辞を送ってくれた。


「感動しました。音楽の知識とか無くて、こんな感想ですんません……」 


「構いませんよ。私がただ聞かせたかっただけですから」


 革命のエチュードを。

 この先の事情を知る彼女へ向けて。


 ――椅子の上で立ち上がる妖精さんが、ボクを見上げて問い掛けてきた。


「今日も、魔法の自由研究(・・・・・・・)さん、するのっ?」


「そうだね。準備、お願いしても大丈夫?」


「うむっ! われらに、任せるのだっ」


 そう告げて、シャボン玉に包まれた妖精は宙に浮かぶ。


「いつでもよいので、屋上(おくじょー)に来てねっ!」


「ありがとう。必ず行くから待っててね?」


 ふわふわと退出して行く妖精さん。

 お互いに片手を振り合い、一時の別れを告げ合った。


 ――そしてビヴァリーさんと二人だけになった空間で、彼女の隣に腰を下ろす。


 ボクから彼女へ問い掛ける話題は勿論、計画の進捗(しんちょく)について。


「此方は依然、仔細(しさい)無く。そちらは順調ですか?」


「順調っすね。配置は完了してます。トラブルが無ければ、直ぐにでも……」


「それは何より」


 いつもの姿勢で悠然と接するボクに対して、彼女は(わず)かに緊張気味である様子。


(ここまでは計画通り。後はオリバー卿の協力者……もといフロイト男爵がどう動いてくるか)


 幸いここまでは、騎士団に察知される事態を回避できている。

 あの日から数日、既に計画は最終段階。

 妖精さんに協力して貰っている"魔法の自由研究"は、その計画の一環だ。


(研究は実用段階……アナザーゲスト側の準備も完了。実質クラスメイト達の避難は完了したようなものだし、フロイト男爵の動きを封じれば、目前の不安要素は排除できる)


 今日、ビヴァリーさん以外に予定があったのは元々知っていた。

 だからこそ、あえてこの日を演奏会に指定し、計画の実行日に選んだ。

 彼等が第二層で実習をしている状況では、彼等の動きが計算できない。

 計画に巻き込まない為には、彼等が社交界に出ている今日が望ましい。


 ――隣に座っていたビヴァリーさんが立ち上がる。


「それじゃ、あたしはギルマスに最終報告してきます。……いいんすね?」


「勿論。お願いしますよ」


 ふと、そのまま立ち去るかと思われた彼女が、足を止めた。

 彼女の後姿から垣間見えるのは、躊躇(ためら)いと葛藤(かっとう)

 その不安を吐き出すように、彼女はボクに問い掛ける。


「……本当に、世の中を変えられるんすか? 貴族の考え何て一度も――」


 嫌な予感が頭をよぎったのだろう。

 彼女の声色からは疑心と不安が見て取れる。


 ――だからこそ、彼女の言葉を(さえぎ)って、今進むべき道を指し示した。


「人間は環境に合わせて生きる生き物です。環境を変えてしまえば、人の価値観もまた変わる……例えどれほど権力を持った人間だったとしても、環境に逆らい続けて生きて行くのは難しい」


 ボクの言葉に彼女が振り返る。

 その顔に表れるのは、(すが)るような希望と、僅かな疑心。

 最後の疑心を溶き解すように、視線を合わせて語り掛けた。


「歴史に名だたる独裁者達が、その志半ばで倒れる時……そこには民衆を率いて戦う革新的な人々の活躍がありました。アナザーゲストのような革新的な組織こそ、今の時代に求められている組織だと思いませんか?」


 その言葉で彼女の疑心は氷解したのか、彼女は吹っ切れた様子で頭を下げた。


「答えて貰ってありがとうございます。変な事聞いてすんませんでした」


「構いませんよ」


「……魔法、成功させて下さい。必ず……!」


「是が非でも」


 勢いよく飛び出していく彼女を見送る。

 語った言葉に想いは一つ。


(そう、環境に(あらが)って生きるのは難しい)


 それ故に、この手で作らねば成らない。

 キャロルに適した環境を。

 キャロルが生きて行ける環境を……


(その為ならボクは、相手が悪魔だろうと手を結ぶ)


 最早引く事の出来ない状況に覚悟を決め、来るべき合図と、来るべき来訪者を待ちながら、只静かに一人時を過ごすのだった――


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