第25話 愛情の裏返し
――転生六十日目、午前八時、ライトダンジョン第一層、妖精の宿屋。
「起床の、お時間なのだっ。起きてねっ!」
微睡から目覚めて見れば、額から伝わる柔らかな感触。
呼び声に瞼を開ければ、そこに広がるのは肌触りの良い暗闇だった。
「モーニングコールなので、分かってねっ!」
頭上から聞こえるそのあどけない声から推測すれば、これは妖精の仕業。
肌触りの良い暗闇の正体は、妖精のお尻であるようだ。
ボクの額に乗っかって、ボクを起こそうとしているのだろう。
――という訳で、お望み通り起き上がる。
「うぬぅー」
和やかな鳴き声を上げてベッドの上を転がる妖精さん。
コロコロとボールのように転がる姿に心が和む。
転がる妖精を拾い上げて視線を合わせれば、その表情はキリッと光った。
「おはようねっ!」
「おはよう。起こしてくれてありがとう」
白い毛並みと、絹のような黒髪を撫でる。
「よいのだー」
撫でられて満足そうに答えるのは、メイドさんのような帽子と上着を着た不思議な妖精。どうやら、この子は宿舎内のルームサービスを担当しているようだ。
――クッキーみたいな時計を見やれば、集合予定の一時間前。
テーブルには既に朝食が配膳されていた。
メイドの妖精さんが用意してくれたのだろう。
改めて、感謝の気持ちを示して立ち上がる。
「朝食、準備してくれたんだね。嬉しいよ」
「お仕事なのでっ、よいのだっ」
得意げな様子でベットの上に鎮座する可愛らしい姿に和みつつ、洗面台で支度を済ませてから、美味しい朝食をとるのだった――
▼ ▼ ▼
――午前九時、妖精の宿屋、ロビー。
支度と朝食を済ませ、空いた時間で妖精と戯れた後、ロビーへ向かう。
今日はいよいよダンジョンでモンスター討伐の実戦講習。
実戦に備えて身に纏う、ゴシック風のミリタリードレスと耐熱手袋。
決闘で使用したこの衣装こそが、ボクにとっての戦闘装束。
魔法カードの備えも確かめ、準備万端でロビーへ移動した……のだが、どういう訳かロビーにはフロイト男爵の姿しか見えなかった。
(まだ皆来ていないのか……?)
不思議に思い、マシュマロソファーで新聞を読みながら寛いでいたフロイト男爵へ確認を取ろうと近付く。
「予定の時間ですが、皆さんは?」
声を掛けると、彼はボクに気が付いた様子で振り向き、席から立ちあがった。
「おや、これはキャロル様。おはようございます。昨晩はよくお休みになられましたか?」
「ええ、割と。それよりも皆さんの事ですが――」
「もう出発しましたよ?」
既に皆は出発したと、そう平然とそう言い放つフロイト男爵。
彼の言葉に耳を疑い、問い質す。
「集合時刻は午前九時と聞いていましたが……」
「ええ。キャロル様の集合時刻はそれで合っています」
「私の、集合時刻……?」
「はい。彼等の集合時刻は午前七時。キャロル様の集合時刻は午前九時を予定していましたので」
意味が分からない。
なぜボクと彼等の集合時刻を分けるのか。
そしてなぜ、フロイト男爵が彼等の引率をしていないのか。
――その疑問を表情に表した時、その答えは彼の口から語られた。
「オリバー様からお願いされていましてね。大切なキャロル様を可能な限り危険な場所からは遠ざけるようにと……ですので、特別処置としてキャロル様はダンジョンでの戦闘は免除となります」
オリバー卿からのお願い……その言葉で全てを察した。
続けて彼はこう述べる。
「他の生徒達には"教導隊"の教官騎士が護衛兼、指南役として随伴しております。私が引率するよりも遥かに得るものが多いでしょう。……今頃は、第二層でモンスターを相手に実戦訓練を行っているのではないでしょうか?」
教導隊というのは着任したばかりの騎士を教育する役目を担う部隊の事である。
そこの教官に後を任せ、フロイト男爵は残ったボクを担当するという。
わざわざそんな風に分けた理由、それは偏に監視の為……それしかないだろう。
「……ダンジョンで戦闘出来ないとなると、私の評価に響きますね?」
「まさか。キャロル様の評価は今回、最高評価で既に決定しています。ご安心ください」
ボクに対する明らかな忖度に、さも当然とばかりの様子で微笑むフロイト男爵。
(オリバー卿の狙いはこれか……)
彼からすればボクに結果を出されては困る。
だからこそ、結果に繋がる可能性を排除するつもりなのだろう。
(ボクから"経験"を奪って飼い殺しにする。それがオリバー卿の画策か)
ボクから実戦経験を奪う代わりに、学園内での評価を与える。
それで納得しろとオリバー卿は言っているのだ。
(当然、受け入れられる訳がない)
経験は"基礎"になり、知識は"応用"になる。
基礎が無ければ正しい応用を学べない。
故にどちらが欠けても結果は出ないのだ。
それが分かっているからこそ、オリバー卿は奪おうとしている。
ボクを飼い殺し、この牙を全て抜き落とす為に。
(狙いは見えた。後は布石を打つ為の時間が欲しい)
――という訳で、あえて彼等の策謀に乗り、笑顔を見せた。
「そうでしたか! それなら安心ですね。オリバー兄様のご配慮に感謝を……」
急に華やいだボクを見て、少し面食らった様子で彼はボクを見た。
「……やはり、ダンジョンでの戦闘は不安でしたか?」
「それはそうでしょう。怪我でもして容姿に傷が付いたら困ります」
その女子らしい理由に彼は納得した様子を見せた。
「ご理解頂けて何よりです。オリバー様もさぞお喜びでしょう」
「ええ。お優しいオリバー兄様には是非、お礼をしませんと」
ボクの様子に不安要素が晴れたのか、彼は割と寛容な提案を述べて来た。
「それでしたらこの街、"ベイルロンド"でオリバー様への贈り物を買われてはいかがですか? 経済特区とあって贈り物に良い品がたくさん揃っていますよ」
「それは楽しみですね! いつまでに戻れば良いでしょう?」
「皆さんの講習が終わるのが午後五時ですので、それまでには」
「分かりました。何かあれば戻ってきますね!」
「承知しました。お気を付けて」
――ボクが独りで出歩く事を快諾し、出かける姿を見送るフロイト男爵。
それは気紛れか、それとも油断か。
(盗聴器を仕掛けるくらいだし、尾行されると思った方が自然だな)
尾行くらいならどうにでもなる。
一緒に付いてくる方が自分としては厄介だった。
どちらにしろ監視役としては詰めが甘い。
(さて、街を探索がてら買い物しつつ情報収集と行きますか)
狙うは現状を打開する一手。
既にある程度は見えている。
人が集まる場所には淀みも集まる。
光しかない街など存在しない。
(悪いがボクには時間が無い。……危険な橋でも渡れるなら十分だ)
光が輝くほど闇が深まる街に繰り出しながら、逆転の一手を繰り出す為に、内心密かに反撃の狼煙を上げるのだった――




