第24話 変わり者の悪役令嬢
――転生五十九日目、午後二時、ライトダンジョン第一層、妖精の宿屋。
光に包まれ現れたのは、神秘を貫く妖精族。
その小柄で触り心地の良さそうな身体から、溢れ出るのは無垢な自信。
(これが妖精……大きさは縦横三十センチくらい。……ボールかな?)
妖精には生殖機能や排泄器官が無く、その身体には臓器の類が存在しないと言われている。唯一あるのは、飴玉みたいな円らな二つの黒目だけ。
――妖精は身体を振動させるように声を出して、ボク達に声を掛ける。
「お話は、聞いてるのだっ。二週間、貸し切りなので、ゆっくりしてってねっ!」
ホテルマンのような帽子と上着を身に付けて、キリッとした表情で胸を張るその姿。あどけない声色に白い毛並みも合わさって、まるで雪だるまのような容姿が何とも可愛らしい。
フロイト男爵が一行の代表者として妖精に答える。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、皆さんを部屋まで案内して頂けますか?」
「よいぞっ! うぬらさんの鍵を用意するので、受け取ってねっ!」
妖精の言う"うぬら"とは、二人称の人代名詞"うぬ"の複数形の事である。
妖精は自分の事を"われ"と呼び、同族の事を"われら"と呼ぶ。
そして人間の事を"うぬ"と呼び、複数相手がいる場合"うぬら"と呼ぶ。
(うぬらは"貴様ら"とか"てめえら"って意味だったはず。……割とファンキーな精神を持つ生き物なんだろうか?)
あどけない声で、てめえらさんと言っている姿が何だか微笑ましい。
――光と共にカウンター上に出現するルームキー。数は六つ。
それぞれ好きな番号のルームキーを選んで手に取る。
すると妖精がシャボン玉のような物体に包まれ、宙に浮いた。
「順番に案内するので、付いて来てねっ!」
ボク等に向かってまん丸の両手を振る妖精の姿はとても可愛らしい。ローズマリーもそんな妖精の姿を見てとても幸せそうに両手を合わせて左右に揺れていた。ビヴァリーさんも柔らかそうな妖精を触りたそうにうずうずしている様子。
空中浮遊するシャボン玉の妖精に続いて歩き出す。
番号が早い順に部屋に入り、荷物の整理。
(ボクは一〇四号室。隣の一〇五号室はローズマリーか)
ボクの部屋に辿り着いた時、フロイト男爵に預けていた鞄を受け取った。
「ありがとうございました」
「……いえ、当然の事をしたまでです。礼には及びませんよ」
白々しく微笑むフロイト男爵。
しかしその笑顔は若干、バツが悪そうに影を落としていた。それと一瞬言い淀んだリアクション。その反応から察するに、どうやら盗聴器を仕掛ける事は彼の本意では無かった様子。
(つまり逆らえない相手からの指示って訳か……自供しているようなものだな)
オリバー卿からの指示とあれば彼に選択の余地などないだろう。
これでオリバー卿の敵対姿勢は明確になった。
推測が確信に変わっただけでも価値はある。
(後は、どうやり返すか……)
――降りかかる火の粉をどう払うか思案しつつ、お菓子の部屋を見て回る。
予想に反し、室内は意外と落ち着いた色合いだった。
デザインはユニークであるものの、色使いのせいか割と控えめな印象。
派手な色だと気疲れしてしまうので、個人的にはこの位が好ましい。
旅行鞄から適当に荷物を取り出し配置して、ベッドの上に腰掛ける。
ホットケーキみたいなベッドで寛いでいると、ドアから響くノック音。
来客の知らせにドアを開くと、そこに居たのは一人の美少年。
「いきなりですまない……今、少し話せないかな?」
バツが悪そうに訪れた人物はルーサー卿。
彼とは昨日の決闘からまだ正式に話し合っていない。
なのでそろそろ来る頃合いだと予想していた。
「良いですよ。室内はまだ散らかっているので、場所を変えましょうか」
「分かった。ありがとう」
整理整頓は既に済んでいるが、鞄には盗聴器が仕掛けられている。
聞かれて困る会話をするつもりは無いが、彼のプライバシーに配慮しよう。
▼ ▼ ▼
――人気の無い場所を目指し、二人で宿屋の屋上に出た。
地下世界に広がる閉じた空間。
しかしここから見える世界は開放的だった。
人も物も活気に溢れ、彩りと騒々しさは絶え間ない。
……ただ、その中で繋がりを持てない冒険者達だけが、暗く淀んだ裏路地に閉じ込められていた。
容易に表に出れるのは、運や才能、人との繋がりに恵まれた冒険者のみ。
それ以外は命を賭してようやく、日の当たる世界に出て来れる。
チャンスが奪われている訳では無い……が、そこに理不尽を禁じ得ない。
(生まれによる環境の違い。それによるえげつない程の格差)
しかしそれでも成り上がるチャンスがあるだけマシなのだろう。
その全てを権力者によって奪われていないだけ、まだ希望がある。
(でもその格差を放置すれば、いずれ軋轢を生む)
日陰に暮らす冒険者達が最低限の生活を保障されているようには思えない。
彼等が暴徒に変わる前に、セーフティラインの見直しは必要だろう。
(キャロルの幸せの為には、この歪みを放置する訳には行かないだろうな……)
ここの最高責任者がヴィター家の当主である以上、キャロルにも関係のある話。
とは言え今はどうする事も出来ない。やるべき事には優先順位がある。
――という訳で、新たにできた悩みの種から一先ず目を背け、ルーサー卿に目を向けた。
彼を見やれば、彼は自身の胸に片手を添えて笑顔を見せる。
「まずはお礼を。レイナの事、ありがとう……」
「我が家のせいで拗れた関係を修復したまで。貴方にお礼を言われるような事ではありませんよ」
「だとしても、君から提示された誓約のお陰で僕はレイナと一緒にいられる。それだけで、君には感謝してもし足りないぐらいだ」
笑顔から一転、彼は憂い気に目を伏せて、ボクに対して頭を下げた。
「そしてお詫びを……君に濡れ衣を着せてしまい、本当に申し訳なかった。贖罪として僕に出来る事なら何でもする」
濡れ衣……彼の口から齎されたその言葉。
つまりルーサー卿は始めからボクが主犯では無いと知っていたという事。
「疑いは晴れたと……? 嬉しい事ですが、なぜ疑いが晴れたのか気になりますね。理由を聞かせて頂いても?」
「実は君の兄であるオリバー卿がレイナを疎んじていた事、そして君が婚約に乗り気では無いという事、どちらも既に知っていたんだ……」
それで彼はオリバー卿の画策を潰す為に、ボクに決闘を挑んできた。
自分と利害が一致すると予想し、即興で茶番を演じてくれるだろうと推察。
そしてそれは見事に当たり、彼は望む結果を手に入れた。
……どうやら、彼はとんだ食わせ者だったようだ。
「なるほど。私の行動が予め読めていた、と」
「君は頭が良いからね……頭が良い人の行動は、いつも合理的で論理的だから予測し易いんだ」
貴族社会を生きる名家のご子息は伊達じゃない、という訳か。
その歳で既に腹芸を身に付けているとは、何とも将来有望な少年である。
――そんな将来有望な少年は、決闘を思い返して身を竦ませた。
「でも、正直言って決闘の時はダメかと思ったよ……」
「私が勝ちを狙いに行ったと?」
「ああ……君からヒントを貰えなければ、そこで諦めていた」
そして彼は呟くように自嘲する。
「自分の未熟さが嫌になるよ」
「それでも貴方は勝利を手にした。それで十分ではありませんか?」
彼は首を横に振り、己の拳を握って見つめた。
「僕にもっと力があれば……もっと頭が良ければ、レイナを悲しませずに済んだんだ。そして君を巻き込まない解決方法だってあったはずなんだ。でも、僕はそれに気付けなかった……」
未熟だったから、と己を戒める彼の言葉に想いは一つ。
それは驕り故の傲慢だと、人は彼を諭すだろう。
だがボクはそう思わないし、そうしない。
――なぜならボクは優しくない。悪役だから。
「素晴らしい心がけですね!」
営業スマイルを見せながら、心優しい少年へ拍手を送る。
両腕を掲げるように広げながら、彼に贈る言葉は生前よく使用していた常套句。
「その飽くなきイノベーションと優秀な向上心を、私は応援します」
まるで企業のキャッチコピーような言葉を連ねて唆す。
その意図は何かと問われれば、答えは一つ。
彼とレイナさんにはこれから茨の道を歩んで貰わねば成らない。
己の悲願の為に、健気な二人を千尋の谷へ誘導する。
これはその為の甘言でしかない。
(多様性を推進するなら世間の矢面に立つ必要がある。……しかしキャロルを想えば、この身体で矢面には立てない。だから、身代わりが必要になる。ボクの代わりに矢面に立ってくれる人物が……)
悲願が成就した暁にはボクが罪を背負って二人に償う。
その時はキャロルでは無くボクとして、彼等に向き合う事に成るだろう。
ルーサー卿はボクのよく分からない言葉に戸惑いつつも、照れくさそうな笑顔で素直にボクへ感謝の言葉を返すのだった――




