第13話 己を映す鏡
――転生四十七日目、午後四時、王立騎士学園。
グランドに集まる五人の生徒に講師が一人。
「それでは各自、好きな形をイメージして魔法を発現させて下さい」
講師に促され、それぞれ思い思いに想像力を働かせる。
一人は荒々しい炎の鳥を表現し、一人は流れる水の大蛇で螺旋を描く。
風が巻き上げる砂ぼこりは天秤を象り、大地から蜂起する土が大剣を象る。
(ルーサー卿は風魔法で天秤、アリスタン卿は地魔法で大剣、ビヴァリーさんは火魔法で怪鳥、ローズマリーは水魔法で大蛇か……みんな個性豊かだな)
流石はファーストクラスに選ばれた魔法使い達だけあって、皆高度な魔法制御が出来ている。入ったばかりでこれ程までに高度な制御を難なく熟せるのは間違いなく才能が成せる業だろう。
(対してボクが出来るのは灯を光に変えるだけ)
――片手に宿る灯は、円を描いて蒼白色に輝く。
この光に熱を加えて加速させればレーザーの出来上がり。
しかし今は攻撃魔法を使う授業では無いので出来るのはここまで。
どうイメージを働かせようとボクの魔法はこれ以上、形を変化させる事は無い。
(魔法は己を映す鏡、か……確かに的を射ているな)
魔法が精神構造に影響されるのなら、ボクの魔法が歪に偏っているのは道理だ。
HSPであるが故に、周りが普通にできる事がボクにはできない。
それが魔法に現れているのだとすれば、異端になるのは必然だろう。
(試行錯誤には慣れている。というより、そうする事でしか生きてこれなかった)
何せ生まれつき普通に生きる事など出来ない宿命なのだ。
周りと同じように出来ない以上、自分のやり方を模索して生きる他ない。
(……最も、自分のやり方を認めてくれる環境でなければ排除されるだけだけど)
世間は"普通"に合わせて成り立っている。
普通が多数派であり、普通が社会を構成し、普通が人を動かしているのだ。
ならばそこに合わせてルールを作り、定めるのが社会として当然のあり方。
(いかに"マイルール"を社会のルールに合わせられるか、それが鍵になる)
HSPにとってマイルールとは生きる為に必要なルーチンワーク。
数学で例えるなら、未知の難問を解く為に方程式を作り上げているような物だ。
物心付いた時から積み上げて来た自己流の方程式は、当然周りからズレている。
故に変人のマイルールが世間に受け入れられる事は殆ど無い。
――手を叩いた講師から次の指示が飛ぶ。
「はい、それでは次に発現させた魔法を移動させて下さい」
みな指示に従いゆっくりと、イメージを象った魔法を移動させ始めた。
魔法は自身から離れれば離れる程それを維持するのが難しくなる。
それが複雑な形をしていて、維持する魔力量が多ければ尚の事。
これは何処までの範囲、今の自分が魔法を維持し続けられるかのテストだ。
掌に浮かぶ光を見つめる。
(これをこのまま移動させる事は出来ない……でも、練習していて一つ発見した事がある。それは一度撃ち出したレーザーは何度でも射出できるという事)
この魔法は射出した際、その終わり際に灯に戻る。
一度灯に戻れば、距離があっても再び光に変えられる。
そして光に変わった魔法は再びレーザーとして射出できるのだ。
(つまり、一度射出したレーザーは意識を手放さない限り何度でも再使用できる。そして射出できるレーザーの数は魔力量に依存する)
――両手に浮かぶ光をレーザーとして、魔力を抑えて上空に射出した。
冷却の魔法カードによって水蒸気が立ち昇る隙間から、この双眸は空を捉える。
視線の先には二本の蒼光。それは両手から更に射出され、数を増す。
冷却の魔法カードから魔力が無くなるまで、上空に向けて放たれた蒼光線。
上空を屈折しながら、飛翔した数多の光が交差する。
それは雲をキャンバスに、上空に描かれる立体絵画。
ボクの想像を表すように、光の線は想いを描く。
「これは……アイリスの庭園か?」
「……綺麗だ」
「うわ、すげぇ……制御力エグすぎ……」
「アイリスの花言葉は、希望……その想い、私がきっと……!」
上空に描いた花園を見上げ、クラスメイト達は思い思いに言葉を漏らす。
花園である事は分かって貰えたが、彼等は一つ勘違いをしている。
(アイリスじゃ無くてカキツバタのつもりだったけど……難しかったか)
この世界にもカキツバタは存在するので、詳しい人なら分かるだろう。
しかし流石に光の線だけでは、同種の違いを見分けるのは難しい。
(カキツバタの花言葉は、"幸せは必ず来る")
前世を想えば自分の言葉に説得力は無いかもしれない。
しかしそれでも、思い返せば小さな幸せは幾つもあった。
今にして思えば、生きる理由何てそんなもので十分だった。
(探せば幸せは傍にある。ボクはそう信じたい)
撃ち出し終わり、光の線が巡る空を眺めて思う。
内に秘めた眠り姫に、これが伝わるかは分からない。
一度諦めてしまった人間の言葉が、どれ程彼女に響くだろうか。
(キャロル、君に見せる為に描いたんだ。見えるかな)
――講師がボクの元まで、光の絵画を見上げながら歩み寄って来た。
「想像性、魔力量、制御力、そして持続距離……どれをとっても素晴らしいの一言ですね。やはり、血筋と言うものは何物にも代え難い」
講師は立ち止まり、ボクを見据えてそう述べる。
流石はヴィター侯爵家のご息女であらせられますね、と。
生まれと血統を重視する貴族らしい誉め言葉だ。
確かに魔力量は生まれで決まる。しかし想像性や制御力と持続距離は努力で決まる。いかに見識を深め、集中力を磨くかが、それらを伸ばす鍵なのだ。それは血統だけで評価できる物では無い。
「努力しましたから。結果が実って何よりです」
背中側で両手を組み、上空を眺めたまま講師に答えを返すと、彼は両腕を広げて瞳を閉じた。
「神からの恩恵に感謝致しましょう。努力とは、才能の有無で価値が変わるものです。才能が全て……とは教育者として申し上げませんが、神に愛されぬ才能では努力をしても実り辛いものでしょう」
ボクに……いや、キャロルに送られたのは神からの偏愛だ。
神から素直に愛された者は、常人には天才に映る。
しかし神から歪に愛された者は、常人には変人にしか映らない。
「そうだとすれば、神様はとても悪戯好き何ですね」
「神とは気紛れなもの。しかしそれも人に与えられた試練でしょう」
「神様の児戯に付き合えと?」
「それが人生というものです」
――講師の言葉に振り向くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「それでは、次の課題に移りましょう」
そう言って踵を返し、講師はボクの元から離れて行った。
(神の遊びに付き合うのが人生か……一本取られたな)
確かに彼の言う通りだろう。
神が本当に存在するのなら、その行動は誰にも止められない。
実態の無い存在が相手では、人独りに出来る事などたかが知れている。
……そう。実態の無い相手にできる事は限られているのだ。
(例え言葉がキャロルに伝わっていないとしても、目に映るものは伝わっていると良いな……)
想いを言葉にするのは難しい。
だから形にして残そうとする。
それで生まれたものが芸術であるのなら。
それは人の心を動かす魔法になる。
本当の意味で魔法使いになる為に、今は愚直に魔法の修練に励むのだった――




