第12話 ファーストクラス
――転生四十七日目、午後三時、王立騎士学園。
騎士学園に在籍している生徒の数は合計で約三千人。
その内貴族は約四割で、残りは全て平民である。
学園に通える一般生徒はその殆どが中産階級の人間だ。
魔法学院ほどで無いとは言え、それなりに高い入学費を払える立場の人間となれば大体が商家か、軍人の親を持つ平民だ。なので貴族で無くともある程度の教養は備えて学園に入学してくる。
生徒の数が一番多いのがセカンドクラスで、次がシードクラス。
当然ファーストクラスの人数はかなり少なくなる。
ファーストクラスに在籍している生徒は一学年に付き約五人程度。
三学年合わせても二十人に満たない。
それだけ入る事が難しく、将来有望な者だけに限られているという証左である。
――積層雲が流れる青空を、教室の窓から何気なく瞳に映す。
視線を戻せば、高級アンティークホテルのような内装の教室内。
各自に専用の執務台が用意され、それが階段状にハの字に設置されていた。
(ファーストクラスの内装はシードクラスよりも数段豪華。五人しかいないエリートクラスだけあって扱いが別次元だな)
教室内に響くのは講師の声。
「――つまり、魔法とは術者の想像力により形を変えます。特に決まった形と言うものは無く、術者の魔力と技量次第であらゆる形状に変化させる事が可能です」
今は魔法に付いての講義を受けている最中。
担当講師が言うにはこの後、小休憩を挟んで実技講習を行う予定であるらしい。
「魔法とは己を映す鏡です。それ故に己が持つ属性から逸脱する事はできません。しかし、魔法を極めれば己の属性は新たなる領域に至り、更なる可能性を得る事ができるでしょう」
講師の話を聞き流しつつ、適当にクラスメイトについて思案する。
この学年のファーストクラスに在籍している五名の生徒達。
ヴィター侯爵家長女、キャロル・L・ヴィター。
バルトフェルド侯爵家次男、ルーサー・R・バルトフェルド。
シュガー伯爵家次女、ローズマリー・B・シュガー。
ベルネオス伯爵家長男、アリスタン・T・ベルネオス。
フラッグ騎士爵家長女、ビヴァリー・フラッグ。
騎士爵というのは騎士学園を卒業した一般生徒に送られる称号で、一代限りの貴族という意味だ。騎士爵を得た本人は貴族側の人間であるが、その家族は貴族では無く平民の扱いになる。
なのでビヴァリー・フラッグという名前の女子生徒は貴族とは認められず、騎士爵家は貴族の証であるミドルネームを持つ事を許されていないのだ。
――黒板にチョークを走らせながら、講師が魔法の性質について説明し出す。
「魔法を行使する際に"詠唱"という手段を用いる事で、上位の魔法を発現させる事が可能になります。下級の魔法に詠唱は必要ありませんが、中級、上級と位が上がるにつれて詠唱を行う必要性が――」
ふと、一番後ろの席にいるビヴァリー・フラッグの事が気になった。
視線を移せば、そこには金髪に赤い一束の髪が混ざる綺麗な少女。
実技試験の時に見かけた優秀な火魔法使いの少女の姿がそこにあった。
(彼女の総合評価は【A+】。他のクラスメイトは皆【S】……でもそれは政治的な配慮が働いたから)
正直なところ彼女以外にも【A+】判定が居てもおかしくない。
筆記の手応えからして、本来ならボクも【A+】になっているところ。
しかしファーストクラスの貴族が平民と同じ評価では都合が悪いのだろう。
(ビヴァリーさん、今日も頭から湯気が出てるな)
彼女は黒板に書かれた方程式をノートに書き写す。
その頭から立ち昇るのは白煙。
険しい表情でノートと黒板を行き来する彼女の瞳は苦痛に喘ぐ。
相変わらず座学はとても苦手なようだ。
(制服の着崩し方から見て、何となくアウトローっぽい印象の子)
――次いで、彼女からアリスタン卿へと視線を移す。
視線の先に映るのは、ベルネオス伯爵家のご子息。
端整な容姿と武人のような凛々しさを併せ持つ美少年だ。
彼の父であるベイル・T・ベルネオス伯爵はこの国一番の魔法剣士であり、国王陛下から"剣聖"の称号を授かっている。そしてその息子であるアリスタン卿もまた、天才と評されるレベルの魔法剣士なのだという。
(剣聖の息子……第一印象はストイック。その一言に尽きるな)
社交界で会った時にも感じた内外へのストイックさ。
いずれ剣聖に至らんとする者なれば、それも至極当然の話か。
――教室内に響くのは授業の終わりを知らせるベルの音。
「時間ですね。次の授業はグランドで行います。小休憩の後、グランドに各自集合して下さい」
そう言い残し講師は教室を後にする。
授業から解放された生徒達がそれぞれ思い思いに動き出す。
しかし一人だけ、執務台に突っ伏して白煙を上げる少女の姿。
(ビヴァリーさん、お疲れさま)
突っ伏して伸びている彼女の姿は微笑ましくて可愛らしい。
ルーサー卿はアリスタン卿と談笑しながら退出して行った。
(さて、ローズマリーと親睦を深めるか)
筆記用具を纏め終わり、丁度席を立ったローズマリー嬢に声を掛ける。
ボクから不意に名前を呼ばれ、驚いた様子で振り向く彼女を誘い出す。
「これからサロンで、一緒にお茶でも飲みませんか?」
「――!? は、はいっ! 是非っ!!」
驚いた表情から一転して、ローズマリーは花開く。
「キャロル様から誘って頂ける何て……! 私、今とても感激していま……あっ!? 申し訳ありません! こうしている場合ではありませんでしたねっ! 今すぐ最高のルイボスティーをご用意致します……! 少々お待ちをっ!」
矢継ぎ早に言うや否や、彼女はボクを置いて足早に退出してしまった。
(……あの子の将来が不安だ)
あれが演技というならともかく、素であるのなら何とも危うい。
献身と誠実に揺れるローズマリーは、斯くも儚く変わらぬ愛に溢れている。
それが偽りの相手だと気が付いた時、彼女はどんな反応を示すのだろうか……
(ボクでは無く、キャロルとして接する事ができたなら、こんな風に悩む事も無かったのかな)
ローズマリーの献身に想いを馳せつつ、ゆっくりとサロンに向けて歩み出す。
(もしローズマリーが本当にキャロルを愛しているのなら、その時は……)
彼女の愛に答えられるだろうか。
それはボクとして? それともキャロルとして?
どちらにしろ、キャロルを取り戻さねば答えは出ない。
この身体はボクでは無く、キャロルの物なのだから。
悩み進んだ先のサロンでは、既にローズマリーが万全の態勢で待ち構えていた。
「お待ちしておりました! さぁ、どうぞお座り下さい」
「ありがとう」
小休憩の間、彼女と共に嗜む最高のルイボスティーに他愛無い会話を添えながら、未だ目覚めぬ相手に届くと信じ、密かに想いを募らせるのだった――




