最終決戦
ここから最終章(第6章)になります。
今まで溜めに溜めた伏線全てが回収されるので、最後まで見届けていただけると幸いです。
1つ注意なのですが、この作品にはノーマルエンドとトゥルーエンドが存在します。
ノーマルエンドは比較的グロテスクさがなく、リアム君が(またもや比較的)幸せな形で終わります。
しかし、トゥルーエンドの場合、一部ショックを受ける表現がある上、リアム君自身の人生という形で物語が終わります。
ショック耐性のある方にはどちらも読むことをおすすめしますが、何卒ご理解ください。
「あなたのマナはどこにもいないって……なんなんだよ……!」
などと今俺の目の前にいる彼女に問いかけたとしても、返事などただ1つしかありえない。
そして俺の期待を裏切ることなく、マナは――いや、彼女とは別人だと名乗るもう1人のマナもとい『原初の災厄』は俺へと嫌悪と侮蔑を込めて不愉快そうに目を細める。
しかし表情は思いに反して微笑んでいると言う歪さ。
そんな姿を見ていれば、ソフィアも似たような矛盾を抱えていたと、先程の戦闘を脳裏で思い返す。
ソフィア曰く、呪術とは所詮呪いだ。
例えば、殺したいと思うほど憎い人間がいたとして、そいつを殺すために藁人形なり秘術を用いることでその対象を殺す。
だが、俺達がしていることはそれよりもっと簡単な話。
俺もソフィアも、『原初の災厄』も全てが憎いからと言う感情1つで、驚異的で非現実的な暴威を振るい続けている。
恐らく、一般的に実用出来る呪術の領域を軽く超えているはずだ。
なにしろ、殺すと言う方法に特化した術だと言うのだから傍迷惑な話だ。
つまり俺達は生きているだけで、他の人間を身の危険どころか世界すら壊す害悪。
ソフィアは呪術を用いて、今は確立されていない物理的現象を己が物とした。
それが奴の能力だと明かしたが、果たして『原初の災厄』の能力とは一体なんなのかは分からない。
見たところ、ソフィアと同じく武術の心得はないだろうし、『ゴースト』を産むことが出来るならば、操ることも造作ないのかもしれない。だが、ただ『ゴースト』を生んで操るだけだなんて生温い話で済むはずがないとその眼光から、表情から、佇まいから発しているのだ。
強者だとかそんなレベルではない。レッドスカージやソフィアなんかよりもずっと強い。
まるで神さえも殺してしまいそうな荘厳さが、どんどんマナと言う存在から剥離していく。
最悪『原初の災厄』とマナと同一視することで、俺が命の危機に晒される可能性もある。
姿こそマナと同じであるし、どこか雰囲気も微かだかマナらしい。しかしそんな幻こそ『原初の災厄』にとっては好都合。
油断すれば即死に至る――そう察知した俺は、何故か俺と共に堕ちてきていた剣相棒を手に取る。
本当に俺の目の前に立つ誰かがマナと違う存在だったとしても、俺はマナと同じ顔をした『原初の災厄』に剣など向けたくないと言うのが本音だ。
なにせ中身こそ違えど、肉体はマナ本人のものなのだ。
だからこそ俺にこいつを傷つけるなんて度胸はなく、正直ここで刃を折って降伏したいぐらいだ。
しかし、ここで彼女を仕留めなければ世界は混沌に陥る。そして今この世界に顕現した『原初の災厄』の顔を1つである最期の女王が誕生してしまう。
決して、俺の戦う理由は世界を守るとか、見ず知らずの誰かを守るためではない。
ただ、生き残りたいから――その一心で絶望から自身の意思を奮い立たせ、再び剣を構える。
そんな俺を見て、『原初の災厄』はクッ、と笑みを漏らす。
「それでいいのよ、リアム。……いいや、正直この小娘の話し方は儂には似つかわしくない。お前が儂をあの小娘と別の人間だと認識出来た今、本気で行かせてもらうぞ。——“下僕ども宴の時間だ”」
瞬間、『原初の災厄』の纏っていた呪力が膨張し、空間へと染み込んでいく。奴の纏う呪力が空間に染み込んでいく途中、白い閃光が昏いこの世界を照らした。
「——ッ!? なんだ!?」
「言っただろう? 儂こそ原罪を生んだどうしようもない疫病神だ。しかし神と称するのであれば、このくらいは朝飯前だとも」
疫病神?
俺は、今こいつが言った一言にある違和感を抱く。
未だ、この『原初の災厄』と言う存在を完全に理解出来たわけではないが、それでもこいつは決して自身を疫病神なんかと卑下するはずがない。
そんな確信に根拠などないが、なにせ『原初の厄災』から感じた覇気は明らかに人の放つものなんかではない。
まさしく、その名の通り“災厄”。
人に止める術などないはずの害悪が、自身を卑下することなどするだろうか?
一瞬、俺の脳内でマナの自虐癖が脳内で掘り起こされるが、ソフィアの言う通り2人は一貫している面はあれど、別人と言う言葉がどうにも引っ掛かる。
しかし俺がどうこう足掻くよりも前に、白い閃光は俺を飲み込んで、世界と同化していく。
淡く白い世界の中、俺の目の前にいたのは先程喰い殺したはずのソフィアだった。
「……さて。先程は呆気なく殺られてしまいましたが、いくつかあなたにお聞きしたいことがありましてね」
「聞きたいこと……?」
白い肌に銀髪、蒼玉のような瞳に丁寧な口調は、正にソフィアそのもの。
それどころか、佇まいだけでなく奴が向ける俺への憎悪を含んだ視線と、腹底にたらふく抱え込んだ怨嗟の念を押し殺す声音さえも先程となんら変わりない。
俺に聞きたいことがあることがあると言うことは、記憶の継承はしていないのかもしれないが、そもそも今俺の眼前で起きていること自体滅茶苦茶である。
ここは一体どこで、何故死んだソフィアが俺の目の前に現れたのか。
そう、2つの疑問を浮かべていれば、淡々とソフィアの姿を模した誰かはこの世界の原理種を明かしていく。
「特別にあなたの疑問へとお答えしますが、ここはある種の特異点。世界には存在しない異物かつイレギュラー。それが死んだはずのソフィアを一時的に生み出すなど『原初の災厄』にとっては容易いこと」
「つまり、既にここはアールミテ家の屋敷でもないって?」
「ええ。ここは『原初の災厄』の意識の中で、さらにこの世界そのものを変質させています。今、この世界は今1度白紙化され、人間どころか動物もいやしない状態です。ただあるのは、あなたへの憎悪のみ。つまりはこの世のあらゆるものが、あなたの首を落とす刃となる」
「——ッ」
ソフィアの言葉と同時に、俺は後方へと飛びのくが、瞬間異様に足が重くなるのを感じた。
何故かと一瞬逡巡した瞬間に、かの断罪刃は四方から飛んでくる。それどころかソフィア――いや、奴に一時的に再誕した『原初の災厄』はそのまま俺と距離を詰め、剣を上段から剣を振り下ろすように手を振り下ろした。
そしてその手が下ろされた瞬間、俺も奴の攻撃を防ぐべく応戦。互いの刃が交差した瞬間、この世界に甲高い金属音が鳴り響く。
「お前、剣術なんてものは知らないんじゃないのか?」
こうして、さらに増える問題点。
ここはもう『原初の災厄』の独壇場。しかし死者蘇生だけでなく、蘇生させた素体を強化するなど荒唐無稽もいいところだ。そして、『原初の災厄』もまたそれを否定はしなかった。
「ええ。ソフィア・アールミテと言う男は確かに剣術に関しての知識はありませんし、素養も全くありません。ですが今の儂が識っているのはあらゆる万物全て。ゆえに剣に触れたことなどなくとも、手を振るだけで全てが成立してしまう」
要は世界を己が物とすることで、一時的に森羅万象を操ることが可能と言うこと。
確かに、今の『原初の災厄』が俺との対抗手段に使っているのは、先程の断罪刃だが、決してこれは俺の首を落とすための刃ではない。
元のソフィアの能力と同じく分子を刃へと構築し、俺への対抗手段にしている。
はたしてこんなじゃれ合い同然の死闘になんの意味があるかなど予測はつかないが、それでも俺は明らかに今劣勢である。
なにせ向こうはあらゆる呪術を行使出来ると言うのに、俺が使えるのは捕食行為か、剣術か、干渉能力か——この3つに攻撃手段が限定されている。
しかも干渉能力に関しては『ゴースト』だけに適用されるため、この場では全く対抗手段へとならない。
今、俺が相手にしているのはソフィア・アールミテそのもの。
だから『原初の災厄』から感じていた『ゴースト』の呪力は一切感じない。ゆえに、今のこいつに干渉をしても意味がないのだ。
だとしたら残るは剣術と捕食行為だが、捕食行為は自爆と言うリスクがある。
先程は、『原初の災厄』が止めに入ったが、今一度自爆行為などすれば、今度こそ俺は死ぬ。結局残された方法など、この剣1本のみで戦う方法しかない。
俺は強制された戦いに対し、今までにないほど緊張と言うものを感じていた。
俺の本能は、なにがあったとしても俺が『原初の災厄』に勝てる術などどこにもないと訴えている。そんな悲痛な仮定の未来は今の時点でも痛感しているのだ。
ただ、今俺と対峙しているソフィア・アールミテは、『原初の災厄』によって再現されたコピー体だ。
しかし奴の能力とあらゆるものを味方に出来る能力など付与してしまえば、気を抜いた瞬間に俺は仕留められる。
それだけを胸に留めて、俺は『原初の災厄』に肉薄して応戦する。
獲物が不可視の刃とは言え、刃はと言うものは使い込めば使い込むほど脆くなっていくと言う弱点がある。
その弱点は剣全般に言えることだが、そもそも人の首を斬り落とすなど一振りで叶うはずのない超常的現象。だから一太刀で体を裁断するのは意外と至難の技だ。
現に『原初の災厄』の振う刃も例外にあらず――何合も刃を打ち合わせることでなんとかそのことだけは学習した。
なにより刃自体の重さに、『原初の災厄』の体が追い付いていないためか、幸い所々隙はある。
俺も足を掴まれているような違和感と重さがあるが、体内に残った僅かな『ゴースト』を消化し、それで肉体を強化。
なんとか速さで優位を取ると決めた俺は、時が経つに連れ、脳のリミッターを外していく。
正に限界を超えた極限状態の中、既に15合は打ち合って、ようやく向こうが引き下がる。
仕留めるなら今と確信した俺は、構えを取らずに斜め下段の斬り込みから剣筋を変えて、間髪入れずに突き技を放つ。
そして渾身の突きは、そのまま『原初の災厄』の喉元へと突き刺さる。
感じた手ごたえから推測するに、確実に声帯は潰し、刀身は喉を貫通させることに成功した。
と思いきや、『原初の災厄』はその細い指で俺の剣の刃先を止めて、喉を貫くことを阻止していた。
瞬間、剣は俺の手からすり抜けては、『原初の災厄』へと奪い取られる。
俺はしっかりと握っていたはずの剣が手元から離れたのを見て、思わず唖然とする。
一体どんな手段で――と思考を巡らせた瞬間、俺は足を引っかけられ姿勢を崩す。俺が姿勢を崩せば、『原初の災厄』は俺の腹へ掌底を打ち込む。
俺は胃液を吐き散らしながら、ノーバウンドで1メートル後方へと飛ばされるが、『原初の災厄』は至って平然とした様子で地べたに這いつくばる俺を見る。
その視線には感嘆が込められていて、正にソフィアらしくない行動だった。
「……ほう、意外とやりますね。これでも過去生きていたあらゆる武人から技を借りているのですが、それでも対抗するとは。やはり呪力を肉体行使に使うことで、爆発的に反射速度や筋力を上げていますね」
「ならさっき、俺の剣を奪い取ったのもなんらかの体術の類だって?」
「無論。ソフィア・アールミテにはそのような素養はありませんので。儂はあくまで彼の断罪刃が便利だったから駒として使っただけのこと。一応儂の忠臣を自負していましたから、せめてボロ雑巾として使ってやろうかと」
「そんなことしたら、あいつは喜ぶだろうな。「あなた様の役に立てて光栄だ」…なんて」
「違いないですね」
どうもこんばんは、織坂一です。
マナもとい原初の災厄とのラストバトルが始まりましたが、そんな中中間管理職ソフィアが乱入してきましたね。
ちなみにこのソフィアは本物ですが、あくまで原初の災厄がトレースしたものです。
なので『ゴースト』ではなく、ソフィア・アールミテのコピー体に原初の災厄が持つ知識・技量全てを付与された状態です。
……え? お前前回あんな無惨な最期を迎えたくせにカッコよすぎない?(執筆当時の織坂の本音)
後、とうとうリアム君があれだけ嫌がってた剣を「相棒」と呼んだのはある種の成長ですね。