着ぐるみと陰キャとJK
エッセイジャンルで好き放題活動してきた反省をこめて、たまにはちゃんとしたエッセイを書こうと思いました。
私は大学時代、バイトに明け暮れていた。
家庭教師、N○Kのアンケート調査員、有名ホテルが運営するカフェの調理補助、大型ゲームセンターのスタッフなどだ。
今回はその中から、ゲームセンターのスタッフバイトの思い出を語りたいと思う。
私が勤務していたゲームセンターは、1階がプリクラとクレーンゲームがフロアの大半を占めていて、2階がビデオゲームやメダルゲームのフロアであり、地域では名の知れた大型店舗であった。私が担当していたのは主に1階フロアで、普段はプリクラ機のメンテをしたり、クレーンゲームの景品の補充や入れ替え、時間ごとのフロアの客数を日報に記録するなどのお仕事をしていた。
そんなある日、ゲームセンターを運営する会社の有名キャラクターを使ったイベントが行われることになり、そのキャラクターの着ぐるみを被って、お客様の相手をすることになった。
志願をしたわけでもないし、そのキャラクターについて詳しかったわけでもない。にも関わらず白羽の矢に射抜かれてしまったのである。
そして、自分から手を挙げたりはしないくせに、たまたま自分に役が回ってこようものなら「何事も経験」と覚悟を完了する潔さが売りだった私は、当然二つ返事で引き受けるのだった。
しかし、なにぶん初めてのことなので不安は拭いきれず、イベント開始直前までソワソワしながら社員さんにどう振る舞えば良いか相談する。
「あの、このキャラってどんな感じです?」
「まぁ皆知ってる人気キャラやね」
ナチュラルにプレッシャーをかけてくる。皆が知っているなら余計しっかり演じる必要を感じた。
「じゃあ、尚更ちゃんとしないとですね」
「声出さないように気を付けてくれたらいいよ」
「(……それ、着ぐるみ全てに共通する鉄の掟では)」
結局キャラ作りのアドバイスはゼロであった。
「ええい、ままよ」
私は、とにかく身振り手振りでコミカルな動きをしてその日を乗り越える作戦を選んだ。
イベントスペースは1Fの中央あたりの空間で、そこで私が着ぐるみ姿で立ち、お客さんに手を振るなどして愛想をふりまく。求められたら握手もする。横では社員さんがマイクを片手に、イベントの案内をするという役割分担だった。ギャラリーはそれなりの居た。
ところで、1Fフロアは既に述べた通りプリクラとクレーンゲームがメインのフロアである。
つまり客層の大半は女子高生である。
「着ぐるみ越しに女子高生たちと握手する」
字面だけ見るとドキドキしそうなシチュエーション。
しかし実際のところ、着ぐるみのキャラクターを演じきることで頭がいっぱいの私は、別のベクトルでドキドキしていてそんなシチュエーションを楽しむ余裕はどこにも無く、むしろ「中の人が陰キャだってバレて、『何それキモい』ってなったら大惨事やん」などと不穏な未来を幻視していた。
そうして恐る恐る握手を続けていると、3人組の女子高生に声をかけられた。どうやら一緒にプリクラを撮りたいらしい。社員さんの立場では、店の売上に繋がるので断る理由がなく、私はそのまま女子高生に連行されてプリクラ機に押し込まれることとなった。半径1mにも満たないドーム型のプリクラ機にである。狭っ!
4人だけの空間に入ると、女子高生たちは積極的に話しかけてきた。私は相変わらずドキドキしながら、しかし声を出してはいけないというルールを厳守して身振り手振りでリアクションをとる。
「歳はいくつなん?」
え?キャラクターの歳なんて知らんわって思ったものの、知らないというのも設定上おかしい話なので、少し考える仕草をした後に人差し指を着ぐるみの口あたりに持っていき、ヒミツってことをアピールしてみた。
その仕草は女子高生たちに刺さったらしく「ヒミツとかうけるー」と盛り上がる。
そうすると更に踏み込んで、中の人は男なのか女なのかを尋ねてくる。それこそヒミツやん…と心の中でツッコミながら、また同じポーズをとる。
女子高生たち爆笑。
ちなみに予想は男と女で割れていた。とんでもない節穴さんが混じっていることに驚いたが、とにかくナイショの一点張りで辛くも追求をかわすことに成功する。
そんなこんなで、ようやくプリクラの撮影タイムである。
最初はただ立ってるつもりだったが、日本人の悲しいサガが発動して撮影寸前についピースをしてしまう。それを目ざとく見つけた女子高生の1人が
「ちょっと今こっそりピースしてたやん」
と言って凄く嬉しそうにピースしてた手を握ってくる。しかもやたら距離が近い。
実は手の部分も結構分厚い綿で覆われているので、相手の感触が伝わるようなことはなかったのだが、それでも大いに狼狽えた。
そもそも私は男子校で純粋培養されて出荷されており、不断の努力によって女子大生にはある程度の免疫ができていたものの、女子高生に対する免疫は全く無いのである。
そして、追い打ちをかけるように
「君おもろいなー、私と友達になって?」
などと意味不明なことを言い出して……。
このあとの記憶はあやふやになっているのだが、多分どうにかして、はぐらかしたのだろうと思う。
そうして、無事に女子高生たちとのプリクラ撮影は終わった。
もちろん私は、ぐったりである。主に精神方面が。
女子高生たちにしてみれば、着ぐるみとの他愛ない会話だったのだろう。しかし、私は心までそのキャラクターを演じきることかできていなかったため、女子高生から私個人に向けて話しかけられているとの錯覚に陥ってしまった。
それはまるで、学園恋愛シミュレーションゲームの世界に放り込まれたかのようで。青少年の心、弄びすぎやん?
……こうして、人生初の着ぐるみ体験は惨敗に終わった。
当時の私は、「着ぐるみの中の人として覚悟が足りていなかった」と深く反省し、次の機会にリベンジを果たそうと誓ったとか。
しかしそのあと、着ぐるみイベントが勃発することはついぞなく、いつしか私の記憶の奥にそっと仕舞い込まれることになった。「着ぐるみヤバい」という結論とともに……。