休息
17.
「この耳飾り憶えてる?」
レアナがこちらき耳を向け尋ねてきた。
「もちろん憶えてるよ。2年前に僕がレアナにプレゼントしたやつ。まだつけてくれてたんだね」
「当たり前じゃない。それに私、人からもらった物は全部大事にしまってるのよ」
「レアナってモテるもんね」
「じゃあなんでこの耳飾りだけつけてるか分かる?」
「それはその、僕らが親友だから」
ガイの返答に落胆したのか、レアナがあきれ顔をしている。
「ガイって本当にどうしようもないバカね」
「バカってなんだよ」
「鈍感野郎って意味よ」
「よく分からないな」
嘘だ。シンラに散々言われて意識しないはずがない。ただこういう時どんな反応をすればいいのか、まだ若いガイには分からなかったのだ。
前髪をクルクルさせながら思考を回転させる。
「あ、出た。ガイのその癖」
「癖って?」
「いつも何か考える時ね、前髪をいじるでしょ?」
言われてみればそうだった。
レアナはよくガイのことを見ている。見てくれている。
その意味がガイにはよく分かっていた。
「癖っていうか、ルーティーン?」
「それ使い方おかしいと思うよ」
笑いながらレアナが言う。
ああ、ダメだ。顔を見れば見るほど意識してしまう。何か別の話題をしなければ。
「そういえばさ」
ガイが口を開く。
「何?」
「シンラとルナはどこ行ったんだろうね」
「うーん、でも2人で遊ぶならあそこじゃない?」
あそこ、というのは訓練場のことである。射撃でも剣術でも格闘でと、ありとあらゆる訓練ができる大きな部屋のことだ。
「ああ、訓練場ね。いつものことか」
そういったぎこちない会話が続く。
2人とも頼むから帰ってきてくれ!
そう心の中でガイは叫んだ。
18.
自室に戻ってくると、扉の前にジャオが立っていた。少しだけ表情が険しい。近づくこちらに気がついてまたいつもの顔に戻った。
「よおキオ」
「どうしたんだ」
「いやその、何て言うかさ、ほら、なんか喋りたくなってよ」
おそらくジャオなりに気を遣ってくれているのだろう。ジャオはそういう奴だ。
「立ってるのもなんだし、中に入れよ」
「え、いいのか?」
「何か問題でも?」
「いやだって俺、女子の部屋に入れてもらうことなんて初めてだからさ。やだなぁキオ困っちゃうよ」
「妄想を膨らませるのは自由だが、お前の部屋とたいして変わらないぞ」
キオが扉を開ける。
「そんじゃま、失礼しま~す」
ジャオがニヤニヤしながら部屋に入っていく。
数秒後、部屋を眺めながらジャオが呟いた。
「たしかになるほど、女っ気がまるでない」
速攻パンチを腹に食らわせる。
「お前はもうちょっとデリカシーのあるやつだと思ってたよ」
「いやいや、冗談冗談」
お腹をさすりながらジャオが答えた。
ジャオに椅子を差し出し、キオはベッドに腰かける。
「で、本当は何の用なんだ?」
キオが切り出す。
「……バレてた?」
「お前は昔から表情にすぐ出るからな。初めて会った時もそうだった。面倒くさい奴に絡まれたと顔に書いてあったぞ」
ジャオはう~んと頭を抱え、しばらくしてから口を開いた。
「いや、大丈夫かと思ってさ」
「作戦のことか?」
「そうだ。お前のことだしかなり気にしてるんじゃないかと思ってな」
やはりその話か。
「ああ、そのことなんだが……」
そう言いかけてキオは口をつぐんだ。
グラスと話したことは他言無用だった。
それにジャオに話したところで欲しい答えが手に入るとは思えない。
ジャオには申し訳ないが、この話は黙っておこう。
「どうしたんだ急に黙って」
「いや何でもないんだ。本当に」
「そうか。まぁ団長も団長なりの考えがあると思うんだよ。だから気にすんじゃねぇぞ?」
「分かってるさ」
「それに拠点を守るのだって立派な仕事だぜ。俺じゃ絶対にできないことだ。それだけ名誉なことだと俺は思う」
「あんまりフォローになってないぞ」
「あ、いや、そういうつもりはなくって……」
「大丈夫。お前の言いたいことは全部分かってるさ。団長のことも自分の中ではもう決着がついた」
「本当か?」
「本当だよ」
力が抜けたようにジャオがその場に倒れこむ。
「なんだよ心配したんだぞ全く。今頃団長室に怒鳴り込んでるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんだからな」
「心配させたことは謝るよ」
「まぁ決着がついたならいいんだけどよ」
ジャオはキオの言葉を聞いて安心したようだ。
「で、他に何か用件はあるのか?」
「いやそれだけだ。それだけが心配だったから」
「そうか。すまないな」
キオはジャオに謝った。
「いやいや本当にいいんだって。いつものキオに戻って良かったよ」
「いつもの私って?」
「仏頂面でクソ生意気な怪力女」
今度は脳天にチョップを食らわす。
「いってぇ!」
「お前は学ばないな」
そう言いながらもキオの心はもうすっかり穏やかになっていた。
団長のこともしばらくは気にしないでおこい。
それにいつ戦闘が始まるかも分からない。
「茶でも飲むか?」
キオが尋ねる。
「ああ、もらうよ」
少しだけ今はあの問題は忘れよう。
そう思いながらキオは沸騰させたお湯をカップに注いだ。