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青の眼差し  作者: 窪田楓
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9.

 その時みた夢はとても奇妙なものだった。


「……て」


 誰かが自分を呼んでいる。


「……て!」


 誰だ。一体誰なんだ。


「……って!ガイ!」


 分からない。もっと大きな声で呼んでくれ。


「おい起きろって!ガイ!」


 耳元でどなり散らすシンラに驚き、勢いよくベッドから起き上がる。


「……なんなんだよまったく」

「いや、お前かなりうなされてたから心配でさ。尋常じゃない汗かいてるぜお前」


 ホントだ。自分でも全く気づかなかった。額から汗が一滴、頬を伝っていくのを感じる。


「ごめん。何て言うか、こんなのは初めてで」

「どんな夢見てたんだ?」

「うまく説明できないけど……すごく奇妙で、辛くて、そしてどこかとてもリアルな……。ごめんやっぱり説明できないや。なんだったんだろう」


 こんな夢を見たのはガイ自身も初めてだった。言葉という概念では到底太刀打ちできない。自分の語彙力ではうまく説明しきれないし、例え説明できたとしても誰も理解することはできないだろう。そんな夢だった。


「大丈夫ならいいんだけどさ。それよりほら、そろそろ時間だぞ」


 シンラが時計を指さす。

 そうか、そろそろあの時間か。ガイは洗面所に行き顔を洗う。

 汗でビショビショに濡れた服を着替えながらガイは平常心を取り戻そうとする。


「しっかしブルドに到着してからこの当番がいきなり回ってくるなんてなー。まず何からすんだっけ?」


 シンラが気だるそうに尋ねてくる。


「ええと、まず最初に武器、装備一式の掃除かな」

「ひぇっ、だり~」


 文句を垂れながらも、しっかりと当番の準備を進めるシンラ。2人とも準備が終わったところで早速武器庫へと向かう。


「これ全部やるわけ?」


 シンラがあくびをしながら呟いた。


「今までにも散々やってきたでしょ」


 武器庫にはレーザー銃、鋼鉄剣、パワードスーツ、マスクとヘルメット、他にも様々な武器や装備がぎっしりと棚に並んでいた。


「うちの部隊だけでも相当な数だよな」

「とっとと終わらせようか」


 シンラは面倒くさそうにしているが、ガイは意外とこの時間が好きだった。

 別に武器やその類いが好きというわけではない。ただ何かを掃除するとき、何かを心を込めて綺麗にする時はガイはとても心が安らぐのだった。そんな無心でできる作業がガイは好きだった。何も考えてなくていい。何も思い出さなくていいからだ。

 鼻歌を歌いながら丁寧に掃除をするガイ。普段は寡黙なガイがこういった表情をするのは珍しいので、シンラもこの時間の楽しそうにしているガイを見るのが好きだったりする。しかし一方で、その手はほとんど動いていない。


「貸して。やらないなら僕がやるよ」

「お前ホントこういう時だけ性格変わるよな。まぁ俺としては単純に作業が減って嬉しいかぎりなんだけどな」

「だって楽しいだろ?」

「はぁ、楽しいだ?こんな苦痛で退屈で仕方ねぇわ!」


 そんなやり取りをしながら時間は進み、2人はほとんどの掃除を終えた。


「さぁ次いこうぜ次」


 そう言って立ち上がろうとするシンラが足をすべらせ、ほこりを拭き取った布を頭の上から思い切りかぶった。


「うわっ、ばっちー。マジで最悪だよ」


 シンラがポンポンとほこりを払う。


「シンラって潔癖症なんだね」

「お前にだけは言われたくない」


 そう言って2人は次の目的地へと向かった。


10.

 ベッドに入ってから少しは眠ることはできたものの快眠とはいかず、ものの数時間で目覚めてしまう。

 時計を見たらまだ夜中の3時だ。キオはため息をつきながら起き上がり、コップ一杯分の水を口に運んだ。

 キオは洗面所へと向かい鏡の中の顔を見つめた。

 片目が隠れるくらいのショートカット。誰かに散髪してもらっているわけではないので少々形は不自然だが、軽く水で整えてやればそこまでの違和感はない。蛇口から流れる水を勢いよく顔にかけ、タオルでしっかりと水分を拭き取る。

 キオは再び鏡の中の自分を見た。

 眠る前に考えていたことがフラッシュバックする。

 本当の私の正体。

 本当の私の名前。

 本当の私の家族。

 本当の私の……。

 ダメだ。考えてもキリがない。キオはもう一度冷たい水で顔を強く洗い、そんな雑念を一緒に排水口へと流した。

 しかしこれといってやることもなさそうなので、キオは食事部屋へと向かうことにした。


「やあ、キオちゃんじゃないか」


 知っている顔がこちらに声を掛けてきた。

 げっ、よりによって今一番会いたくない奴と鉢合わせてしまった。

 コーヒーカップを手に取りながはニコニコとしている長髪の男。彼はキオと同じく騎士団メンバーのスクリュウだ。


「何やってるんですか」


 無視するわけにもいかないのでキオはしぶしぶ尋ねた。


「何って、そりゃここに来たら何か飲むか食べるかの2択でしょう?まあ、あえて3択目を挙げるならそれは"出逢い"かな。今の僕とキオちゃんみたいな」

「はぁ……そうですか」


 聞いた自分がバカだった。別に答えが欲しかったわけではなかったけれど、何となく微妙な空気になるのが嫌で話を振ったらこれだ。やはりこの人とはあまり相性がよくないらしい。


「キオ様、何かお飲みになられますか?」


 食事係が尋ねてきた。


「あぁ、それじゃコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れてくれ」


 そう言いながらスクリュウとは少し離れた席に座る。

 ……何か視線を感じる。これは反応したほうがいいのか。


「何ですかスクリュウさん」


 耐えられなくなりついつい話し掛けてしまう。


「キオちゃんって甘党なんだね」

「今は無性に糖分が欲しいんですよ」

「……」


 スクリュウは黙り込んだままキオを見つめている。


「何ですか」

「可愛いね」


 やっぱりコイツは苦手だ。キオは心の中で大きく舌打ちをした。

 キオはたしかに容姿端麗で美しい顔立ちをしていた。だからよく兵士の男たちから付き合ってほしいという申し出を何度か受けたことがあるのだが、スクリュウの言葉はそれとは違う。彼は付き合うだとか恋愛なんかとはもっと別次元にいる存在なのだ。息をするように自然に女性に好きだと言ったかと思えば、別にそこから恋に発展するわけでもない。彼にとってはそれが当たり前で挨拶みたいなものなのだ。彼はなんだがもっと別の、遠くにいる他の誰かのことを想っているようにキオには見えた。要するに下心などがなく、むしろ彼はそういう意味では誠実だとも言えた。

 それは一見すると良いことだと思うかもしれないが、キオの場合は少し違っていた。キオにとって予想外の行動を取る人間は非常に扱いづらい。だからキオはスクリュウのことを少しだけ嫌っていた。


「からかってるんですか?」

「やだな、客観的事実を述べたにすぎないよ。それに容姿を褒めただけで咎められるなんてあまりにも理不尽だとは思わないかい」

「別に可愛くなんかないですよ。みんな私の何がそわなに良いのか分からないです」

「キオちゃんはガードが固いからね。その分燃える男も多いみたいだよ。僕がキオちゃんを好いてる理由は少しは違うけど。」

「好かれてたんですか。知りませんでした」

「ガードも固いし攻撃も容赦ないな」


 苦笑いするスクリュウを横目に、運ばれてきたコーヒーを一口飲む。

 少し前よりだいぶ頭がすっきりしてきた。


「スクリュウさん」

「なんだい?」

「ブルドに来るのって何回目なんですか?」

「昔一般兵の頃に一度だけ来たことがあるかな。その時は運よく生き残れたよ。騎士団メンバーとして来たのは今回が初めてだね」

「覇王の姿を見たことは?」

「……遠目から少しだけね。なんせあの時の僕は無力で、逃げるのに精一杯だったから」


 ニコニコしつつも、表情が少しだけ固くなるのがなんとなく分かった。


「どんな奴でしたか?」

「やけに質問が多いね」

「いえ、ただ気になって。それでどんな奴なんですか、覇王とは」

「そうだなあいつは……死神さ」


 そう言うとコーヒーを飲み終えたスクリュウは席から立ち上がった。


「そろそろ引き上げることにするよ。僕だけ他に準備しなくちゃいけないことがあるからね」


 キオにウィンクをしてスクリュウが食事部屋を去ろうとする。その時だった。


「キオちゃん」

「何ですか」

「奴についてはあまり深く詮索しないほうがいい。これは忠告だよ」

「誰からのですか」


 キオは尋ねたが、スクリュウは何も言わずに行ってしまった。

 忠告とは何だろうか。疑問に思いつつもその時はまだその言葉の意味についてキオは深く考えなかった。

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