別れ
55.
気がつくとスクリュウは足元に倒れていた。その体には大きな穴が空いていた。まるでレアナが死んだ後の自分を見ているようだった。結局復讐は心に大きな穴を空けるだけなのだ。塞ぐことのできない大きな穴を。
「ガイ、無事か?」
シンラが声を掛ける。
「ああ、大丈夫だよ。ルナは?」
「私もこの通り、なんとか無事だ」
「いや~しかし3人ともあの日のことを覚えてたとはな」
「私もうっすらだけど思い出した」
「ホント、よくあんな大胆な賭けに出たな。ガイ」
「確証は無かったけどね。でも何となく分かったんだよ。今の3人なら、10年前の訓練場での僕とシンラの模擬戦を覚えてるかもってね」
「俺がボコボコにされた試合だよな」
「あれはシンラが隙を作りすぎたんだ」
ルナがツッコミ、小さな笑い声を出す。
「これも"意志"の力ってやつか?」
シンラがガイに尋ねる。
「そうだね。そうかもしれない。僕たちの強い意志が、あの逆境を乗り越えたんだ」
そうやって話し込んでいると上空からたくさんの船が降りてきた。
「おーいキオ」
近くで隠れていたジャオもその場に出てきた。背中に
はグラスの遺体が背負われていた。
「キオ、大丈夫か?」
「ああ、なんとかな」
「もう終わったのか?」
「終わったよ全部。これでようやく終わりだ」
「兵士たちは僕のことを知っているのかい?」
ガイがシンラに尋ねた。
「ああ、全部このマイクを通して会話は聞こえてたはずだ。もうガイが敵じゃないことも分かってる」
「良かった」
「じゃあキオ、俺は先に船に戻ってるぜ」
「分かった」
そう言うとジャオは小型船の中にグラスを運んでいった。
その場に残ったのはシンラとガイとキオだけだ。
「本当に来ないのか?」
「うん。僕は大罪人だからね。この惑星に残るよ。それに約束したんだ。残された仲間たちを守るってね」
「そうか」
そう言うとシンラは無言でガイを抱き締めた。
「どうしたのシンラ」
「いつか言ったろ。お前が友達で良かったってな」
「憶えてるよ」
シンラはガイから離れ目を見据えてこう言った。
「俺もお前が友達で良かった」
「ありがとう。僕もシンラと出逢えて良かった。君のことをとても誇りに思う」
2人は無言で握手した。そうしてシンラは船の方へ歩いていった。
ガイがさよならと言おうとした瞬間だった。
「もうさよならなんて言うなよ」
シンラが大声で叫んだ。
そうだねシンラ……さよならは違うよね。
ガイドさはシンラの背中に向かって小さな声で呟いた。
「またね」
シンラが船に乗り込もうとした時、警告ブザーと共に大型船の中からたくさんの兵士が外へと飛び出してきた。みんな何かから逃げているようだった。
「何があった」
シンラが逃げてきた兵士に尋ねる。
「動力制御室にて異常が発生したようです。奇跡の石が急に暴走し始めたと。このままでは危険です」
すると醜い笑い声が聞こえてきた。
見るとスクリュウが横たわったまま笑っているのだ。
「スクリュウ、何をした」
シンラがスクリュウに詰め寄る。
「言っただろ。絶対ハッピーエンドなんかで終わらせないと」
「何をしたんだ!」
「気づかなかったか?ここに来た初日からずっとこのために動いてたんだよ。無限の力を持つ奇跡の石。あれはちょっと細工をしてやれば途端に大爆発を起こす危険な石なのさ。特に大型船に使われているサイズならこんな惑星一つ簡単に吹き飛ばせる」
「それが君の本当の復讐なんだね」
ガイがスクリュウに言った。
「ああ。最初から僕は生きて帰るつもりなんてなかった。誰を道連れにしても、この惑星ごとお前を滅ぼす。ここに取り残されたままの彼女の魂と一緒に僕は死ぬ。それが僕の復讐だ」
そう言い終えるとスクリュウはとうとう息絶えた。
大型船が大きく揺れ始め、兵士たちが小型船へと避難している。
「みんな他の船に乗れ。早く大型船から離れるんだ」
シンラが兵士たちに命令する。
だが大型船は大きな爆発音と共に動力制御室がむき出しになり、ビリビリと電気を発しながら大きなクリスタルが光っているのが見える。
「シンラ、このままじゃ間に合わない」
ルナが兵士らを誘導しながら声を掛けた。
「どうすりゃいいんだ」
ガイはそんな2人を見て、ようやく自分がここまで生き延びてきた意味を悟った。
ガイはゆっくりと大型船の方へと歩き出した。
「ガイ!何する気だ!」
シンラが呼び掛ける。
「僕の力なら少しだけ爆発を押さえ込める。僕が時間を稼いでいる間にみんなを連れてブルドから離れるんだ!」
「ダメだガイ!そんなの見過ごせない!」
「いいんだ」
ガイはシンラの方を向き、にっこりと笑いながら語り掛ける。
「このままじゃみんな死ぬ。誰かが犠牲にならなきゃいけない。今それができるのはこの場で僕1人だけなんだよ」
「ガイ、何か他に方法がある!」
ルナがガイを説得しようとするが、ガイの意志は固かった。
「そんな時間はないよ。ほら、2人とも早く船に乗るんだ」
「ガイ!」
「待って!」
ガイは何も言わず「奇跡の石」の前まで行くと、剣を高く突き上げエネルギーを溜め始めた。やがて勢いよく石に向かって剣を振り下ろした。
虹色の光が大型船を包み込み、少しだけクリスタルの光が弱まった。
「このまま僕が押さえる!」
ガイは剣を強く握り締めながら石の暴走を止めている。
次々と小型船が上空へと飛び立っていく。
残っているのは一つだけだ。中からジャオが声を掛ける。
「2人とも早く船に!」
「でもガイを置いていけない!」
「ああ、まだ何か手があるはずだ、
そう言う2人にガイが大声で叫んだ。
「他に方法なんてない。だから2人とも早く逃げるんだ!」
「そんな、そんなのって……」
そうルナが呟いた時、シンラがルナの手を持ち小型船へと引っ張っていく。
「何するんだシンラ!」
「あれは覚悟を決めた奴の目だ」
「ガイを見捨てるのか!それでも親友なのか!」
涙を流しながらルナが訴える。
そんなルナに怒鳴るようにシンラが言う。
「親友だからだ!親友だから分かる。あいつは意外と頑固な奴だった。あいつは俺たちに"意志"をたくそうとしてるんだ。この悲劇を終わらせるための意志を」
ルナは黙って聞き続けた。
「ならその意志を受け継ぐのが俺たちの役目だ」
そう言うとシンラはルナを担いで船へと走り出した。
それを見届けながらガイは1人呟く。
「そうだよシンラ。それでいいんだ。ようやく終わる。ブルドの悲劇がようやく終わるんだ」
もう振り返っちゃダメだよ。
「ガイ!ガイ!」
ルナの抵抗も虚しく、シンラに投げ込まれて船はその場を離陸した。
「ガイ!待ってくれ!まだ諦めちゃダメだ!」
だが船はルナの叫びに相反するかのように地上から離れていく。
これで僕の役目も終わりか……。ごめんね、仲間たちは助けられそうにない。ならせめて、ここで最後まで一緒に……。
ガイは剣を握り締めたままゆっくりと目を閉じた。
「……て」
誰かがガイを呼んでいる。
「……て!」
この声はルナか。
「手を握って!ガイ!」
やけに鮮明に声が聞こえる。
「早く手を!ガイ!」
いいんだ。もういいんだ。もう僕は1人ぼっちじゃない。
ガイは一粒の涙を流した。
やがてガイを光が包んだ。それはとても温かな光だった。
56.
キオらを乗せた船が宇宙へと無事に出た後、一瞬ガイのいる場所が光り輝くのが見えた。
そして次の瞬間、大きな衝撃と共にブルドは木っ端微塵に吹き飛んだ。
「ガイ……」
キオはただ見つめていることしかできなかった。
となりのシンラが黙ってブルドの残骸を見つめている。
「なぁシンラ」
「どうした」
「ガイは……幸せだったと思うか」
「分からない。幸せかどうかを決めるのはガイ自身だからだ。俺の尺度では測れないものだ」
「……そうだな」
「それでも」
シンラがキオを見てこう言った。
「俺は幸せだった。あいつと出会えて、お前と出会えて、レアナと出会えて、俺はとても幸せだった」
その言葉を聞き、キオは涙を拭いこう返した。
「奇遇だな。私もだよ」
「お~いキオ」
ジャオがこちらへやってくる。
「ガイさんは?」
「私たちを守ったんだよ」
「……そうか」
ジャオの顔が暗くなるのが分かる。
「なぁジャオ、ちょっと2人で話さないか」
「ああ、いいぜ」
ジャオはキオに連れられたまま空き部屋の中へ入っていった。
「で、話って何なんだ?」
「私は今日、いろんな人に守られた。ガイ、シンラ、グラスさん。それにお前もだ」
「なんだよ急に」
いつもと違うキオ戸惑いながらも、ジャオは少し照れくさそうにしている。
「ただ感謝を伝えたくてな」
「いいんだよそんなの。俺たち最高の親友だろ」
そう言われてキオは少し笑いながらこう切り出した。
「その話なんだがな」
「その話って?」
「ほら前に言ったろ。私のことか好きだと」
「いや、あれはその何というか、その場の勢いというかだな……」
ジャオが慌てて身振り手振りで説明しようとする。
「じゃああれは嘘だったのか?私をからかったのか?」
「いや、そうわけじゃない」
「じゃあどういうわけだ?」
キオがまじまじおジャオの目を見つめる。
「……好きってのは今も変わらない」
「つまり?」
「嘘じゃない。からかったわけでもない。本気だよ。お前を……心の底から愛してる」
「そうか、それが聞けて良かった」
ジャオはポカーンと呆気に取られている。
「それだけ?」
「ん?」
「それで終わりか?」
「ああ」
「何だよそれ」
ジャオはその場に寝転んだ。
「てっきり返事を聞かせてくれるのかと思ったんだけどな。まぁそれもキオらしいっちゃらしいな」
ジャオは笑っている。いつもの気さくな笑顔だ。
「なぁジャオ」
「今度は何だ」
「結局この物語は何だと思う」
「何のことだ?」
「ホラーだの復讐劇だのみんな言うが私は違うと思うんだ」
「じゃあ何なんだ?」
「ラブストーリー」
ジャオが起き上がってキオの顔を見つめる。
「お前大丈夫か?」
「何故だ」
「あんまりらしくないこと言うもんだからよ」
キオはふふっと笑いながらこう答えた。
「ほら、前にこんな話をしたろ。朝と夜どっちが好きかと」
「したな。俺は夜が好きだ。星がよく見えるからな」
「実はガイの隠れ家に行った時、空を見上げたんだ。するとな、少しだけ雲の隙間から夜空が見えた」
「それで?」
キオは少し間を置くとこう言った。
「お前の言う通りだったよ。星が煌めいていてとても綺麗だなと思った」
「ロマンチックだろ?」
「ああ。人生最高の夜だった」
そう言うとキオはジャオに自分の唇を重ねた。
ジャオは初めは驚いたものの、その柔らかい唇の感触を忘れまいとキオの体を強く抱き寄せた。
部屋を出るとちょうどシンラが2人を探しているところだった。
「お前らどこにいたんだ?」
「べべ、別に何らやましいことはしてません!であります!」
キオは焦るジャオのみぞおちに一撃食らわせ、シンラに尋ねた。
「何か用かシンラ」
「ああ。ガイの話が本当なら……いやおそらく本当だろうが、そうなるとギャラガ帝国に戻るのは危険だと思ってな。そこでルナの意見も一応聞いておきたい」
そうだ。ギャラガ帝国は私たちを騙していた。
それに人体実験、奇跡の石、まだ完全に取り戻せていない私の記憶。多くの謎が未だ未解決なままだ。このまま帝国に戻るのは得策ではない。
「私も帝国に戻るのは危険だと思う」
「じゃあどうするんです?」
腹をさすりながらジャオが尋ねた。
キオはしばらく黙り込み、ふと口にした。
「なぁシンラ」
「何だ」
「私はちょうど喉が渇いていてな。何か甘いものでも飲みたい気分なんだ。例えばいちごミルクとかな」
そう聞くとシンラも何かに気づいたようだ。
「……ああ、俺も久しぶりに飲みたいと思ってたんだよ。メロンソーダを」
「あの、何の話をしてるんですか?」
ジャオがわけもわからず質問した。
「お前なぁ。いちごミルクとメロンソーダと言えばあそこしかないだろう」
「ああ、目的地は決まったな」
ジャオはまだよく分かっていないらしい。
「で、結局どこに行くんですか」
「決まってるだろ。闇の惑星の次は青い惑星さ」
シンラが答える。
続いてキオがこう呟いた。
「行こうか、地球へ」
(第一部完)
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。拙い文書ですが、最後までお付き合い頂き感謝しかありません。
ひとまずは完結ですが、このシリーズは全三部構成となっています。そして今現在、第二部を執筆中です。これからもどうか、このシリーズを読み、愛してくださると嬉しいです。
窪田楓