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青の眼差し  作者: 窪田楓
24/28

約束

47.

 ガイは猛スピードで飛ぶ覇王にしがみつくのがやっとだった。岩と砂が一面に広がる大地を見下ろしながら、これから自分はどこに連れていかれるのかと不安になっていた。

 だが次の瞬間、そんな不安はどこかへと吹き飛んでしまった。

 大きな岩場を抜けた先にその場所はあった。

 草木が生い茂り、大きな岩たちが壁のようにそれらを書こっていた。

 こんな場所があったなんて。養成所で学んだ知識とは大きく異なる場所がたしかにガイの足元に広がっていた。その中央にゆっくりと覇王は降り立った。


「ここは何ですか?」


 ガイは好奇心を抑えることができず思わず尋ねた。


「隠れ家みたいなものだ。私だけでなく、()()()のな」

「私たち?」


 周りの木々を見渡すと、その間から多くの魔獣たちがこちらを覗いているのが分かり後ずさりしてしまう。


「大丈夫だ。今のお前を襲ったりはしない。とにかぬ座れ」


 その言葉を聞き、ガイはその場に座り込んだ。


「まるで森ですね。ブルドにこんな場所があったなんて」

「ここはよく陽が当たる数少ない場所だから植物が他より育ちやすい。それに地形的にも見つかりにくい場所にある。だから帝国にもこの場所は当然知られていない」 

 

 覇王は剣を置き、近くの木から果実のようなものをもぎ取り2つに割った。


「お前も食うか?水分たっぷりだぞ」


 甘い香りと食欲をそそる色合い。たしかに美味しそだ。だがガイはここへ来た目的を忘れていなかった。


「いえ結構です。それよりもさっきの話の続きが聞きたい」

「そうか」


 覇王は果実を1人でぺろりとたいらげた後、その口を開いた。


「何故私が生きているのか、だったな」

「はい」

「彼女のおかげだ。彼女があの場で私を庇い、時間を稼いでくれた。そのおかげであの光線を食らう前に脱出することができた」

「どうしてレアナも一緒に連れていってくれなかったんですか」


 こみ上げる怒りを必死に押さえつけながらガイは尋ねた。


「彼女が言ったんだ。私が囮になると。だがらあなたは逃げてくださいと。そう言ったんだ」

「信じられない」

「嘘じゃない。たしかに私も何故見ず知らずの少女が助けてくれるのか分からなかった。だが彼女が言ったある言葉を聞いて私は信じられると確実したんだ」

「ある言葉?」


 ガイは身を乗り出した尋ねる。


「彼女は言った。ガイという少年を助けて欲しい、彼はあなたの"後継者"だからと」


 後継者?

 ガイはその言葉の意味が分からなかった。


「後継者とは?それが何故レアナを信用する理由に繋がるんですか」

「私はまさにその後継者を探していたからだよ。彼女はまるで私の考えを読んだかのように、いや、()()()()()()()()()()()()()に、そう言ったんだ。だから彼女を信じてお前を助けた」


 自分が覇王の後継者?覇王は争いの元凶だ。何故レアナはそんなことを……。そう考えていた時だった。


「お前はまだ疑っているようだから話そう」

「何を?」

「全てさ。お前たち帝国兵士が知らないブルドの真実だ」

 

 ガイは黙って話を聞くことにした。


「今から約20年前、私はここに捨てられた」

「捨てられた?」

「ああ。私たちはとある惑星で行われた人体実験の失敗作だ。だからここに、何もないブルドにゴミ同然に捨てられたんだ」


 その声には怒りがこもっていた。 


「多くの人々が、何の罪もない人々がさらわれ、危険な実験の材料にされた。だがそのほとんどが実験に終わり、処理に困った奴らはここに私たちを捨て、その処理をギャラガ帝国に頼んだんだ!」


 あまりに残酷な話にガイは耳を疑った。

 ただ底知れぬ覇王の怒りに満ちた声に、レアナを失ったばかりの自分を重ねていた。


「ほとんどの人々は醜い魔獣へとなり、記憶も、知能も、全て奪われた。だが私だけはかろうじて人の形を保ったまま記憶も知能も失わずに済んだ。だがそれでも失敗作として捨てられた。奴らにとって満足のいく結果にはならなかったんだろう」


 覇王の怒りに応えるように、草木に隠れていた魔獣たちが彼の元へ寄ってきた。覇王は魔獣たちの頭を撫でながらこう続けた。


「だが私が捨てられてから体に思わぬ異変が起きた。突然体が輝き出し、中から大きな剣が現れた。そして私は同時に"力"に目覚めた」

「力?」

「ああ。その剣に触れた時だった。黒いマントと鎧と兜が身を包み、凄まじいエネルギーを自分の体内に感じた。そして違和感に気づいた。捨てられた者たちの怒りが、魔獣へと変わり果てた彼らの悲しみが、奴らを許さないという強い"意志"が手に取るように私には分かった」

「それが力ですか」

「そうだ。誰もが持っている"意志"を司る力だ。そしてガイ、お前に会った時にも感じたんだ。他の誰とも比較にならないほどの"意志"の力を」


 そう、ガイには分かっていた。魔獣の流す涙を見た時から、自分に向けられる殺意を感じた時かは、ガイには自分が誰よりもその「意志」に敏感であることを。

 部隊長は言った。いつかは慣れると。その苦しみを背負ってでも生きるのが人生だと。

 だが今なら違うと言い切れる。そんな悲しみに、痛みに慣れてはいけなかったんだ。

 その時に感じた感情の全てに慣れてなどいけないんだ。

 レアナの最後の表情が脳裏をよぎる。

 最後の彼女は……涙を流しながらも笑っていたのだ。

 気がつけば涙が頬を伝っていた。とっくに涙は枯れ果てたはずなのに、涙は溢れて止まらなかった。それは悲しみの涙でもなければ怒りの涙でもなかった。

 孤児として育ち、多くの仲間に囲まれながらも、誰一人として気づいてくれなかったガイの心の苦しみ。ギャラガ帝国にいた時から何度も死のうと思った。ずっと人目につかないところで胃の中のものを吐き続けた。あまりの辛さから孤児院から逃げ出しそうになったこともあった。

 そんな自分の気持ちを理解してくれる者にやっと出逢えた。ガイは嬉しかったのだ。ガイはうずくまり、歯を食いしばりながら涙を流し続けた。



『でも決して絶望しないで。ガイは優しいガイのままでいて』


 レアナ……。

 覇王がガイの目の前までやって来て腰を落とす。彼は何も言わなかった。やがて止まらない涙を流しながら、ガイは覇王を見つめてこう言った。


「僕を後継者にしてください」

「……いいんだな」

「はい」


 ガイは立ち上がり力強い声で答える。


「分かった」


 覇王はそう言うと自分の体に剣を突き刺した。


「何してるんです!」

「どうせ私はもう限界だった。だから今、ここで私の意志の力の全てを剣に込める。覚悟ができたらその剣を勢いよく抜け!」


 覇王の剣が光り輝いていく。


「覚悟はできてます」


 ガイはゆっくりと剣に手をかける。


「最後に1つだけ、約束して欲しい」


 残ったわずかな力で覇王がガイに言った。


「何です」

「ここにいる彼らを、捨てられたみんなをどうか守ってくれ」

「……約束します。必ず」


 そう言うとガイは思い切り剣を引き抜いた。覇王の体には塵となって消え、まばゆい光がガイの体を包んだ。 


48.

 行き先も分からぬまま、キオは暗闇の中をモービルで突き進んでいた。

 ただガイに会いたい。

 そんな気持ちだけが今の彼女を突き動かしていた。

 キオはモービルを走らせながら、徐々に幼き日の頃の記憶を思い出していた。


 ガイは初めて会った日からどこか他人とは違うオーラを放っていた。それは子供ながらにキオだけが感じていた些細なものだったが、それが確信に変わった出来事が起きた。

 ある日同じ孤児院で育った人が亡くなった。突然の事故だった。みんなに慕われ、誰からも信頼されていた人だった。

 ギャラガ帝国の葬式は少し変わったもので、棺桶の中に遺体を入れて宇宙に向けて発射するというものだった。その棺桶は目的地もなく広大な宇宙の中にを旅し続けることになる。だがらみんなそのことを「旅」と呼んでいた。死は別れではなく、新たな旅立ちなのだと。そう昔から教えられてきた。だから誰しも泣かずにその旅立ちを見送った。

 だがガイだけは違った。

 旅立ちの直前、その場にやって来てこう言ったのだ。


「待ってください!彼を行かせないで!」


 その場の大人に抑えられながらもガイは続けた。


「彼が1人ぼっちになってしまう!」


 そんな声も虚しく、棺桶は空高く打ち上げられた。

 それを診るや否やガイはその場から走り去った。


「おいガイ!」

「待って!」


 シンラやレアナが心配してガイを追いかけていった。その場にいたルナもガイのことを追いかけた。とは言っても、ガイがどこに行ったのかルナにはさっぱりだった。

 ルナは空を見上げた。まだ空高くとんでいる棺桶が見える。

 ふとルナは思った。ガイは彼を追いかけて行ったのではないかと。最後までできるだけ長く見届けることができる場所へ行ったのではないかと。

 ルナは周りを見渡した。するとこの街唯一の高台が目に入った。

 ルナは急いでその高台を目指して走り続けた。長い長い階段を上り、途中何度も止まっては走り続けた。あの時の自分が何故あんなにも必死だったのか分からないが、ガイを1人にしてはいけないと思った。

 ようやく屋上に到着した。この街が一望できるほどの高さの高台だ。空を見上げると、すでに棺桶は見えなくなるほどまで小さくなっていた。ルナは周りをぐるりと見た。

 そこにガイはいた。

 1人うずくまっている。ルナはゆっくりと近づいて隣に座った。

 しばらくの間、2人でその場にしゃがみ込んでいた。

 少し経った後、顔をうずめたままガイがポツリと呟いた。


「彼は寂しがり屋なんだ」

「ガイ?」


 ルナがガイに声を掛ける。だがガイはそのまま続けた。


「彼は僕が心を許せる数少ない友人なんだ。人気者で、いつも周りに人が絶えなかった。でも本当はとても寂しがり屋なんだよ。なのにみんな死は旅立ちだなんだって言って、彼の気持ちも知らずに暗い暗い宇宙に彼を捨てた」


 だんだんとその声が震えているのが分かった。幼いルナにもガイが泣いてるのだということが理解できた。


「彼がもし目を覚ましたら、きっと悲しに耐えられない。彼を1人ぼっちになんかしちゃダメなんだ。それなに、どうしてみんな平気な顔して彼を見届けられるんだ!」


 そこでようやくガイが顔を上げた。

 ルナも見たことがないほど、その顔は涙に濡れていた。


「どうしてみんな、あんな簡単に"死"を受け入れてしまえるんだろう……」


 ガイは涙をこぼしながら独り言のように呟いた。

 あまりにも悲しい顔をしているものだから、ルナも思わず泣いてしまう。それを見たガイが慌てて涙を拭き、ルナの手を握る。


「ごめんねルナ。もう大丈夫だよ」

「ホント?」


 目をこすりながらルナが聞く。


「うん。ただちょっとだけ、ほんの少しだけ涙が止まらなくなっちゃっただけだよ」


 ルナはガイの手をギュッと握り返してこう言った。


「蛇口があれば良いのにね」

「え?」

「心にも蛇口があれば、どんなに悲しくても涙を流さずに済むのにね」


 ガイは優しく微笑みながらこう答えた。


「そうだね。ギュッときつく閉めれば涙なんか流さずに済むのにね」

「そうだよね」


 笑ったガイの顔を見てルナも笑顔を取り戻した。だけど今なら分かる。ガイの心にはすでに涙の蛇口があって、彼はいつだってそれを固く固く閉めていたのだ。それでもその蛇口からはポタポタと涙が溢れ出てきていたに違いない。

 ガイは誰よりも賢く、聡明で、戦いにも秀でて、とても優しかった。誰もが彼をそう評価していた。

 だけど違ったのだ。

 ガイは誰よりも弱かった。幼くて、傷つきやすくて、触れたら今にも割れてしまいそうなガラスの心の持ち主だった。

 そんな自分をひたすらに隠しながら、ガイはずっと生き続けていたのだ。

 本当に1人ぼっちだったのは彼だった。

 そして今も、彼は1人ぼっちのままだ。

 ルナはモービルのスピードを上げ、暗闇を切り裂きながら進んでいった。

 早くガイに会わなければ。ルナは一心不乱に闇の中を走った。

 その時だった。索敵レーダーに反応があった。キオはゆっくりとモービルから降り、その反応がある方向へ向かった。周囲に警戒しながら歩みを進めた。わずかな陽も差し込まない闇夜の中を一歩一方的踏みしめながら彼女は前へと進んだ。

 しばらくすると闇の中から何かが光っているのが見えた。レーダーに反応があった場所からだ。

 それは目だった。

 闇の中に光る大きな2つの目が、こちらを見据えていた。キオは立ち止まった。戦うべきか、それとも逃げるべきか。キオはその目としばらく見つめ合いながらどうすべきか悩んでいた。

 だがキオは思い切った行動に出た。武器をしまい、両手を上げ、戦わないという意志表示をした。


「あなたたちと戦うつもりはない。ただ覇王に、ガイに会わせて欲しい」


 キオは大きな声でそう叫んだ。

 私の言葉を理解してくれているのだろうか。キオは心配になりながらも、それでも戦うつもりはないという意志を示し続けた。


「会いたいんだ彼に。どうしても会わなくちゃならない理由があるんだ!」


 キオは再び大きな声でそう叫んだ。魔獣はじっとこちらを見つめている。

 すると魔獣がスッと一歩足を踏み出した。

 やはりダメか……。

 結局殺し合うしかないのか、そう思った時だった。

 魔獣はくるりと向きを変えると、まるでついて来いとでも言わんばかりにスタスタと歩き出した。

 想いが、意志が通じたのか?

 キオはどうすべきか迷ったあげく、その魔獣の後を追いかけていくことにした。

 しばらく歩いていると、大きな岩場の数々が目に入ってきた。

 このままどこに連れていかれるのだろう?

 そう思いながら大きな岩場の間をくぐり抜けると、目を疑う光景があった。

 森だ。

 たくさんの木々と植物が生い茂った場所にキオは連れてこられたのだ。

 こんな場所がブルドにあったなんて知らなかった。

 すると魔獣はキオの方に目をやり、また奥へと歩き出した。


「この奥に何かあるのか」


 当然返事はない。

 ただキオは確信していた。この奥に必ず何かあると。

 魔獣に連れられ森の中へ入っていくと、他にもたくさんの魔獣たちがそこにいるのが分かった。普段はここに隠れているのだろうか。

 みんなキオを静かに見つめているが、手を出そうとする魔獣は一匹もいなかった。

 キオは魔獣に導かれるまま森の奥へと進んでいった。

 幾層にも重なる草木をかき分けた先に「それ」はあった。

 小さな洞穴のような場所。

 まるで誰かが住んでいるような形跡がそこらじゅうにあった。

 間違いない。ここが覇王の隠れ家だ。

 キオは洞穴を確認する。今は誰もいないようだ。

 洞穴から顔を出すと、先ほどまでいた魔獣たちはみんな姿を消していた。


「みんなどこへ行ったんだ」


 問い掛けても返事はない。

 仕方なくその場の小さな岩に腰かける。もう時刻はとっくに夜だろう。

 持ってきた小道具の中から焚き火を起こし、簡単なスープを作りパンをかじる。

 まさか自分が覇王の隠れ家でキャンプすることになろうとは思いもしなかった。

 食事を終え、何か動きがないか待っていたが、どれだけ待っても特に何も起きなかった。

 仕方なくキオはバックから就寝セットを取り出しら洞穴の中で眠るとにした。

 しばらくし、彼女が完全に眠りについた頃、1人の男が姿を現した。

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