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青の眼差し  作者: 窪田楓
23/28

さよなら

45.

 あの瞳を僕は知っている。

 淡いピンク色の目。ずっとずっと前に、ここに来る前からあの目を僕は知っているような気がした。だがあれが誰なのかは分からない。

 だがら殺せなかった。

 死を悟ったその目に映る自分の姿が改発に見えたのだ。いや、とうに自分は怪物だ。数えきれないほどの命を奪ってきた死神だ。きっと天国にも地獄にも行けない。僕には「死」すら許されないだろう。

 だが、今さら後戻りはできない。あの日の約束だけは果たさなければいけない。たもえこの先どれだけの命を奪い、どれだけ恨まれようとも、それは僕が自分で選んだ道だ。

 ガイは岩場にゆっくりと腰を下ろし、あの日のことを思い出していた。

 10年前のあの日を。


 どれだけの時間が経っただろうか。

 ガイは目を空け、ポケットから耳飾りを出した。ただもう涙は流れない。ガイの心はすっかりカラッポニなってしまった。

 言葉にならない虚無感。

 今のガイの頭に浮かぶのはレアナのことだけだった。今の自分を見たらレアナは何と言うだろうか。きっといつものように屈託のない笑顔で励ましてくれるに違いない。僕らしくないと、背中を押してくれるに違いない。

 だが、そんな彼女はもういない。

 ふっ、と小さく笑いながらブルドに来てからの彼女のことを思い出す。

 たくさん遊んで、いろんな話をして、不安な時は互いに励まし合って、覇王を倒して必ず帰ろうと言った。

 そうだ。いつだって彼女が側にいたのだ。

 なのに、なのになんで僕はもっとレアナに自分の気持ちを伝えることができなかったんだろうか。

 生きている以上、いつ何が起こるかなんて誰にも分からない。全員に平等に「明日」がやってくる保証なんてないんだ。

 そうだ、ただ「好きだ」と言えばよかったんだ。

 いつもありがとうと感謝の言葉を伝えるだけでよかったんだ。

 君の側にいたいと、一言口にするだけのことだったんだ。

 そんな簡単なことがどうしてできなかったんだろう。どうして今ある当たり前の日常がいつまでも続くだなんて思っていたんだろう。

 大切だからこそ、特別だからこそ、伝えなければいけなかったんだ。

 膨大な後悔がガイを襲った。

 もっと真剣に話をしていれば、もっとしっかり彼女の言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったんだ。

 ガイはただただ自分を呪った。今の彼にできるのはひたすら自分の持つ「運命」を呪うことだった。

 そんな時だった。ふとガイは思い出した。

 そういえば、レアナが最後に言っていた言葉。 


『未来は変えられない。これしか選択肢はないの』

『大丈夫。また会えるから。これは運命だから』


 あれはどういう意味だったんだろう。あの時はレアナを覇王から引き離すのに必死でその言葉の意味について深く考えなかった。

 未来?運命?一体レアナは僕には何を伝えようとしていたんだ。

 それにレアナはあの時、覇王に何か言っていた。

 深く考えれば考えるほど混乱するばかりだった。ただもうレアナはいない。たとえその謎が解けたとしても、もうガイに生きる気力は無かった。

 もう終わったんだ。何もかも。

 ガイドさは耳飾りをポケットになおし、まぶたを閉じた。

 ……そういえば先程からやけに外が騒がしい。

 魔獣たちが覇王の復讐にでもやって来たか。だがガイにとっては外のことは最早どうでもよかった。仲間が死のうが、魔獣たちが殺されようが、もうそんなことに興味を持てなかった。

 そうだ、ここにいるのはレアナを見殺しにした奴らだ。ならいっそのこと全員殺されてしまえばいい。

 そう考えていた時だった。何かがぶつかるような大きな音が船内に響き渡った。

 何だ。外で何が起こってるんだ。

 次の瞬間、さらに大きな衝撃音が響き、船を大きく揺らした。

 そして悲鳴と共にその衝撃音がだんだんと自分の方へ近づいてくるのを感じた。

 不思議とガイに恐怖心はなかった。

 「それ」が、音の正体が自分を探しているのだと分かったからだ。

 どうせ自分は放っておいても帝国で処罰される。ならいっそのこと、「それ」に全てをかけてみよう。

 ガイは大きく息を吸い込み、大きな声で叫んだ。


「僕はここだ!」


 そう叫んだ直後、真上から「それ」が天井に穴を空けて治療室に入ってきた。その衝撃で監視カメラやベッドは壊れてしまった。部屋に穴をあけたことによりほこりが舞い、「それ」の正体が見えなかった。だがほそりがおさまるにつれて「それ」はゆっくりと立ち上がり姿を現した。


「お前は!」


 黒いマントに身を包んだ男。間違いない。見間違えるはずがない。

 それは死んだはずの覇王だった。


「何でだ!何故生きている!」


 覇王はガイの問い掛けを無視し、こう尋ねてきた。


「お前がガイだな」

「質問に答えろ!何故生きてる!」

「今はその問いに答える時間はない」

「何だと!お前のせいでレアナは死んだんだ」

「そのレアナという少女に頼まれたんだ」

「え?」


 ガイは思わず聞き返した。


「レアナが?」

「ああ。だが詳しいことを話してる時間はあまりない。()()も時間を稼いでくれているが今はここから離れることの方が優先だ」

「この惨劇の元凶の言葉を信じろと?」


 ガイはまだ覇王のことを信用する気にはなれなかった。

 だが覇王はガイの元へ一歩踏み出し、力のこもった声でこう言った。


「信じるも信じないもお前の自由だ。その足枷を壊し外へ出るか。それとも一生囚われたまま死んでいくか。だがな、1つだけ言えることは後者を選べば彼女の死は確実に無駄になるということだ」


 ガイはじっと覇王を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「後で全て話してくれるんだろうな?」

「約束する」


 その言葉を聞き、ガイは両手を広げてこう言った。


「なら僕は後者を選ぶ。連れていってくれ。レアナが託した未来へ」

「交渉成立だ」


 覇王はガイの足枷を剣で壊すと、マントを翼に変えた。


「このまま上空へ飛ぶ。手を離すんじゃないぞ」


 そう言うと覇王はもの凄いパワーで壁に大きな穴をあけ、そこから外へと飛び出した。そのまま上空へと昇っていく。

 ガイは地上に目をやる。魔獣たちの大群と、兵士たちが争っている。よく見るとシンラらしき人物がガイに向かって何かを叫んでいる。だがこの喧騒の中、何と言っているのかは分からなかった。

 ガイは小さな声で呟く。


「ごめんねシンラ。でも僕は行くことにするよ。生きる目的が見つかるかもしれないんだ」


 やがて地上の人々が見えなくなるほどにまで空高く飛び上がった後、ガイは再び呟いた。


「さよなら」


46.

「あのバカ!」


 ジャオは苛立っていた。

 あれだけ真剣に自分の想いを伝えて、ようやくキオも分かってくれたと思っていたが、まさか1人で先に行ってしまうとは。


「あいつは本当のバカだ」


 武器と食糧をモービルに積み込み、急いで出発させる。

 とは言っても、キオがどの方向へ向かったのかさっぱり見当もつかない。どうやら通信も切っているようだ。


「ああ、もうクソ!」


 ジャオは頭をかきむしりながら、暗闇の中をモービルで走り続けた。きっと帰りの遅い娘を心配する父親の気持ちとはこういったものなのかもしれない。

 拝啓お父さんお母さん、子供の時は夜遅くまで外出してごめんなさい。そんなことを思いながら、やっぱり過保護ぐらいがちょうどいいなと1人呟いた。

 そのまま数時間ほどモービルを走らせたが、結局キオの手がかりは何一つ見当たらなかった。このままではこちらの体力が持たない。

 近くの岩場にモービルを止め、少しだけ休憩することにした。

 そういえば、何がきっかけで俺とキオは仲良くなったんだっけ。ジャオは持ってきた固形食糧の1つをかじりながら昔のことを思い出していた。


「なぁ。なぁお前」


 ジャオは自分が呼び掛けられていることに気がつかなかった。


「お前だお前」

「ああ?」


 ようやく自分が呼ばれていることに気づいた。

 ジャオに呼び掛けているのは同じ養成所の女の子だった。


「なんだぁ?」

「少し力を借りたい」

「なんでまた俺が?」

「暇してるだろ?」


 今でこそ気さくで陽気な性格のジャオだが、昔はどちらかというと不真面目であり、そんな彼の性格を叩き直す為に両親はジャオを無理やり養成所に入れられたのだった。


「いや……実は今とても忙しいんだ」

「嘘をつくな。図書室に来てまで何の本も読まずに大あくびしていたじゃないか」


 よく見るとその少女は自分より少し年下に見える。この頃の不真面目で何事にもやる気が持てなかったジャオにとって年齢が下の、しかもあろうことか少女にここまで上から目線で物を言われることはプライドが許さなかった。


「あのねぇ、お嬢ちゃん。物事を見た目で判断するのは良くないぞ。俺は今なぁ"何もしない"を一生懸命していたんだ。そしてこの"何もしない"は、何かするよりもずっと大変で辛くて忙しいことなんだぞ?分かったらとっととどこかへ消えてくれ」


 すると頭に凄まじい痛みが走った。思わず大きな叫び声を出してしまう。


「何すんだテメェ!」

「見た目で判断しているのはお前だ」

「はぁ?」


 少女の言うことにがジャオにはいまいちよく分からなかった。


「見た目で判断しているのはお前だと言っているんだ」

「何のことだよ」

「私はお嬢ちゃんではない。少なくともお前にとってはな」

「だって年下だろ」

「いや、お前と私は同期だ」

「へ?」


 思わず気の抜けた返事をする。


「私の名前はキオ。お前と同じクラスのれっきとした同期だ」


 そこでジャオは思い出した。

 そうだ。養成所にあるのは一般兵、上級兵という階級だけで、別にそれは年齢で区別されているものではない。ジャオとこのキオという少女は同じ上級兵クラスだった。


「ああ……そういえば見覚えがある。教室の端っこにいつもいるよな。いやはや、これは失礼。ではでは」


 そう言って席を去ろうとすると、今度は弁慶の泣き所に思い切り蹴りを入れられまたまた叫んでしまった。


「そこの男子生徒、図書室では静かに!」


 二度も叫んだので注意を受けてしまった。


「何で……俺が……」

「お前が立ち去ろうとするからだ」

「言ったろ、俺は忙しいんだ」

「それは屁理屈だ。何もしていない自分への言い訳だ」


 む、そう正論を叩きつけられると反論のしようがない。仕方なくジャオは少女の話を聞くことにした。


「で、()()()が何の用で?」

「近々騎士団入団の為の試験があるだろ」


 そう、上級兵のさらに上、皇帝に直々に使える栄誉ある称号「騎士団」。その試験が始まろうとしていた。


「ああ、確かにあるな。でも毎回倍率は2桁、頭だけじゃなく戦闘面においても秀でた成績の者しか騎士団にはなれない」

「その手伝いをしてほしい」

「手伝い?」

「私は騎士団になりたいんだ」


 ジャオはしばらく黙って目の前の真剣な顔をした少女を見つめた。そしてジャオはこう続けた。


「知ってると思うが過去に騎士団の試験に合格した女性は誰一人いないんだぞ」


 そう、知力はあってもどうしても肉体的な面で女性は男性に劣ってしまう。だから今まで騎士団になれた女性兵士は一人もいなかった。

 だがキオというその少女はきっぱりと答えた。


「それがどうした。前例がないなら私がその前例になればいい」

「本気で言ってるのか?」

「もちろんだ。その為にここに来た」

「ここって俺のところ?」

「そうだ」

「何でまた俺なんだ?」


 ジャオが不思議そうに尋ねる。


「お前たしかジャオだろう?この前のクラス内の成績順位を見た。お前知力と武力の総合点でトップだったろ」


 確かにジャオはそのやる気の無さと不真面目さとはうらはらに、知力と武力ともに成績はトップクラスだった。しかしジャオはそれを誇らしいと思ったことは一度もない。


「まぁそうだけど、それとお前が騎士団になりたいのと何の関係があるんだ」

「大ありだ。私は知力に関してはお前よりも上だったんだ。だが武力面で劣っていたためお前に総合点で負けた」

「知力の順位は俺より上なんだろ?スゲェじゃねぇか」

「でも武力ではお前にかなわない。だからお前の力を借りに来た」

「話はだいたい分かった。でもそれじゃ俺がお前を助けるだけだ。メリットがない」


 するとキオはこう答えたのだ。


「お前、今が退屈だろう?」


 まるで心の内を見透かされた気がした。黙っているとキオが続けてこう言った。 


「私には昔の記憶が無い。だから騎士団になってこの世界のことを、宇宙のことをもっとよく知りたいんだ」


 キオの思わぬ告白にジャオは黙っているしかなかった。


「だからその手伝いをしてほしい。その代わりらお前をその退屈な日常から連れ出してやる」


 そうしてキオは最後にこう言い放った。


「お前も一緒に騎士団になろう」


 それが2人の出会いであり、友情の始まりだった。その後2人は切磋琢磨し無事試験に合格、約束通りキオはジャオを退屈な日々から連れ出し、女性初の騎士団となった。そのうち仲間も増えら環境ががらりと変わりジャオは今のような気さくな性格になったのだった。


 あの時はホント、とんでもない奴に目をつけられたと思ったが、今じゃこっちがあいつの背中を追いかけてるんだから人生ってのは分からないもんだ。

 ジャオは食事を終え、横になりながらキオのことを考えていた。

 なあキオ。全ての記憶を取り戻したお前はどうなっちまうんだ?以前のお前のままでいてくれるのか?それとも全くの別人になってどこか遠くへ行ってしまうのか?

 ジャオはそれがとても怖かった。自分が覇王にやられた時、真っ先に駆け付けてくれたのはキオだと聞いていた。だがらこそ、今度はジャオがキオを守りたかった。

 どうか無事でいてくれ。

 そう願いながら、ジャオは再びモービルを走らせた。

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