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青の眼差し  作者: 窪田楓
19/28

覇王

37.

 応援要請を受け、ガイらの部隊は座標ポイントへとモービルを走らせていた。

 しかし思わぬトラブルが起きた。

「この先800メートル、生体反応多数あり。こちに向かってきています」

  

 魔獣たちの大群と鉢合わせたのだ。


「時間がない。全員剣をとれ。パワードスーツを各々できるだけ強度をあげておけ。正面突破する」


 部隊長が指示する。

 ガイはパワードスーツの強度を限界まで上げる。


「ガイ、そんなに上げて大丈夫かよ」


 シンラが心配そう声を掛ける。


「大丈夫。こんなところ早く抜けて覇王の元へ行かないと」


 そう言ってガイは出口へと向かう。

 そんな時、ずっと黙っていたレアナが口を開いた。


「あのね、ガイ」

「どうしたの?」


 いつになく真剣な表情のレアナに少し驚きながらガイは尋ねた。


「いや別に、大したことじゃないんだけど……ガイが心配なの」

「僕なら大丈夫だよ」


 ガイドはすでに恐怖を克服していた。ハキハキとした口調でそう答える。


「でも絶対に無理はしないでね。約束だよ?」

「わかった約束する」


 そう言いながらガイは外へと飛び出した。

 外に出ると遠目からでも魔獣の大群が迫ってくるのが分かる。


「お前たち誰一人死ぬことは許さない。とっとと片付けて仲間を助けに行くぞ!」


 部隊長が鼓舞する。

 おぉー!、という叫び声と共に兵士らが一斉に駆け出した。ガイたちもそれに続く。

 部隊長がランスをやり投げのように魔獣たちの中心部に思い切り投げ込んだ。それは着地と同時に凄まじい衝撃波を放ち、周囲の小型の魔獣を吹き飛ばす。

 その隙に兵士たちが中型、大型の魔獣に攻撃を仕掛ける。みな部隊長の鼓舞で実力以上の戦いぶりを見せたが、その中でもガイの無双ぶりは凄まじかった。

 魔獣のふところに入り込み次々急所らしき部分を斬っていく。魔獣が攻撃してもそれはガイの残像だった。パワードスーツによりスピードも増したガイの姿は仲間でさえも目で追えぬほどだった。

 ガイは戦場で舞っていた。

 戦場を駆けていた。

 戦場で踊っていた。

 ガイはその速度を落とすことなく回転しながら1番大きな魔獣のはらわたを斬り裂く。そこに躊躇も戸惑いもなかった。

 昨夜の部隊長との特訓が彼を覚醒させた。


「スゲェ……なんだあれ」

 

 一般兵らの中には呆然と立ち尽くすだけの者もいた。それだけガイの暴れっぷりは驚くべきものだった。


「やるね」


 部隊長は一斉に襲いかかってくる魔獣らをランスでなぎ払いながら呟く。

 最後の1匹の頭を一瞬にして斬り落とし、ガイはスーツの強度を落とす。体に相当な負荷がかかっただろうに、ガイは倒れることもなく空を見上げていた。


「ごめんね。君たちの想いも背負って必ず生きるから。覇王は僕が殺すから」


 ガイは魔獣たちの亡骸に対して小声でそう言った。

 しばらくするとシンラが駆け寄ってきた。


「ガイ、お前めちゃくちゃ強くなったな。一体何があったんだ?」

「パワードスーツのおかげだよ」


 すると他の仲間たちも次々とガイのそばに寄ってくる。


「ガイ、見てたよ」

「本当に凄かったね」

「俺なんて1匹しか倒せなかったよ」


 様々な称賛の声がガイを包み込んだ。

 やがて部隊長もやってきた。


「ガイ、やはり君は将来騎士団員になれる逸材だ。これからもっと強くなるよ」

「ありがとうございます」


 そう答えるとガイはモービル内へと向かいながら言った。


「さぁ、早く仲間の元へ」

「そうだな。全員モービルに戻れ。急いで出発する」


 モービル内に戻ってもガイの活躍を讃える声はやまなかった。親友のシンラもそのことをとても嬉しがっていた。


「だろぉ?こいつは昔からスゲェ奴だったんだよ」


 そう言ってガイの肩を叩く。


「そんなことないよ。ただやれることをやっただけさ」


 ガイは謙遜しながら答えた。

 その謙遜すらも周りのガイに対する尊敬の眼差しを強める。

 そんな話でモービルが盛り上がっている中、1人だけ深刻な顔でその会話に入らない者がいた。

 お願いだから何も起こらないで……。

 そう願いながらレアナは拳をギュッと握った。


38.

 ジャオの元へ向かうモービルにまたしても通信が入る。グラスの部隊からだった。


「何ですかグラスさん」

「今魔獣たちを片付けて我々の部隊がジャオの元へ向かってる。だからお前は拠点に引き返すんだ」

「時間は一刻を争います。幸い魔獣には邪魔されてません。このまま行けば私が一番最初にジャオの部隊の元に辿り着きます」

「お前1人で何ができるというんだ」

「誰かが行かなければジャオは死ぬ!」


 キオは叫んだ。


「今のお前は冷静じゃない。行っても足手まといになるだけだ」

「私なら応援が来るまで時間が稼げます」

「そういう問題じゃない」

「ではどういう問題ですか!」


 キオは苛立ちを隠せない。

 そんなキオに対してグラスはゆっくりと話し掛ける。


「いいかキオ、私はお前に嘘をついた」

「何のことです」


 突然の告白にキオは戸惑う。


「お前が私の部屋に来たことは憶えてるな?」

「はい」

「その時、私はお前に嘘をついたんだ」

「やはり何か隠していたんですね」

「そうだ。だが勘違いしないでほしい。これは全てお前を守る為のものなんだ」

「意味がよく分かりません。もっと具体的に言ってください」


 しばらく間があってからグラスが答えた。


「団長のことだ」


 団長?そういえば先程の団長のキオの質問に対して曖昧な態度を取っていた。キオは問い詰める。


「団長が何です。教えてください」

「いいか、私はお前にブルド派遣に反対したのは()()()()だと答えたが、実際には違う」

「どういうことです」

「私もなんだよ」

「え?」


 キオは予想だにしない答えに思わず聞き返した。


「私も、というのは?」

「団長だけじゃない。私もお前のブルド派遣に最後まで反対していた。全てはこうなることを恐れてだ」

「こうなることとは?」

「それ以上は今は言えない。だが信じてくれ、これはお前を守る為なんだ。だから今すぐ引き返せ」


 キオの思考回路はパンク寸前だった。

 ただでさえ友に命の危機が迫っているというのに、ここへきて思わぬ話が出てきたからだ。

 団長ではなくグラスさんも?

 一体何故?

 守るってどういうことなんだ?

 頭の中で考える。


「キオ、おい聞いてるのかキオ。拠点に戻れ」


 それでもキオの答えは決まっていた。


「すみませんグラスさん。その話は後でゆっくり聞きます。だから今は私のやるべきことをさせてください」

「おい待……」


 キオは通信を切ると再び全速力でジャオの元へ急いだ。

 しばらくすると遠くに光が見えた。座標の近くだ。

 その光にちかづいていくと、その光が燃えているモービルだと気づく。

 その光に集められたのだろうか、近くには多くの魔獣たちも集まっていた。多くの兵士らがその魔獣と戦っている。

 キオはモービルから降りてその戦いに加わった。

 大きな大剣を振り回し、獰猛な魔獣たちに強烈か一撃を与えていく。

 周りを見ると倒れている兵士がいた。

 キオは近づき声を掛ける。


「おい、大丈夫か」


 息をしていない。その死体は胸から多くの血を流していた。

 嫌な想像が頭をよぎる。ジャオの姿が死体と重なったのだ。

 どこだジャオ……。

 魔獣がまたこちらへと向かってくる。 

 キオは力を溜め込み、思い切り大剣を振り下ろす。魔獣を一刀両断し、再び周りに目をやるとそこにジャオらしき人物が倒れているのが見えた。

 近づいて確かめる。間違いない、ジャオだ。顔に耳を近づける。どうやら息はしているようだ。


「ジャオ、大丈夫か」


 だが返事はない。気を失っているようだ。


「早く私のモービルに運ばないと」


 ジャオを背負い、モービルに戻ろうとするが、数匹の魔獣に取り囲まれた。

 まずい、このまま戦えばジャオを巻き込む。どうすれば……。

 そんな時だった。

 大量の銃撃が魔獣たちを襲ったのだ。撃ってきた方向に目をやると、どうやら1つの部隊が応援に駆け付けたらしい。


「全くダメじゃないの勝手なことしちゃ」


 そい言いながらこちらに駆け寄ってくる男が見えた。スクリュウだ。

 普段なら遅いと文句を言うところだが、今はそんな場合ではない。


「スクリュウさん、息はありますがジャオが起きないんです」


 スクリュウはキオの肩に担がれたジャオを見る。


「かなり傷を負っているようだ。時間は僕らが稼ぐから、キオちゃんはジャオ君を僕のモービルに運ぶんだ」

「分かりました」


 いつもは苦手だが、こういう時は頼りなる人だ。キオはその場を任せてジャオをモービルへと運んだ。


「彼の手当てを頼む」


 数人の一般兵にジャオをあずけて、キオは再び戦場へと戻った。

 あまりの魔獣の数に最初は劣勢だったものの、スクリュウらの活躍で徐々に盛り返していく。

 しばらくすると他にももう1つの部隊が応援にやってきた。中から出てきたのはグラスだった。

 グラスは片手で魔獣たちを吹き飛ばしながらキオの元へ歩いてきた。


「覇王は?」


 グラスは到着するなりそう質問した。


「私が来たときにはもういませんでした」

「……そうか。とにかく説教は後だ。お前は一刻も早くこの場を離れろ」

「しかし」


 グラスは凄い剣幕でこちらを睨む。


「口答えは許さん。これは絶対だ。後の処理は我々がする」


 そう言い残すと彼は魔獣たちの元へと向かっていった。

 キオは黙ってグラスの言うことに従うことにした。

 スクリュウのモービルへ行き、ジャオの容態を兵士に確認する。


「彼はどうだ?」

「応急処置は終わりました。容態も安定しまてます」

「良かった」

 

 キオはよくやく落ち着きを取り戻すことができた。

 外に目をやるとスクリュウが大暴れしているのが分かる。あの人は意外と戦闘狂というか、こういう時だけ性格が変わる。

 グラスこ部隊も援護に加わったことで魔獣たちの全てを倒すことができたようだ。

 キオはひと安心し、ジャオを自分のモービルへも運んだ。


「他の負傷兵、ジャオの部隊兵らは私のモービルに乗ってくれ」


 なんとか被害を最小限に留めることができた。

 しかしキオには1つだけ懸念があった。

 覇王はどこに行った?

 ジャオを倒したことでこの場を去ったのか?

 しかしジャオは致命傷は負ったもののとどめを確実に刺されてはいなかった。

 そんなことを考えているうちにスクリュウらが戻ってきた。


「キオちゃん、ジャオ君は?」

「はい、なんとか一命を取り留めました。ありがとうございます」

「いつになく素直だね。いつもそういう感じで接してくれると嬉しいなぁ」


 いつものニコニコした表情でスクリュウが言う。

 そんなところにドカドカとグラスが歩いてきた。


「お前はまだここにいたのか!」

「すみません。ジャオの容態が落ち着くまでは安心できなくて……」


 シュンとするキオを見てグラスは頭を抱える。


「分かった。もういい。とっとと準備して一旦全員で拠点に戻る。団長にはそう伝えろ」


 そう言うと自分の部隊のモービルへと入っていく。

 そんな時スクリュウが声を掛ける。


「グラスさん、僕の部隊のモービルなんですけど途中で少しだけ故障しちゃって。できればキオちゃんとグラスさんのモービルで拠点まで引っ張ってもらいたいんですけどいいですか?」

「分かった。一般兵を呼べ。3台を連結する」

「ありがとうございます。さぁキオちゃん、帰ろうか」


 キオは小さく頷きモービル内へと入った。中に戻ると穏やかな表情をしたジャオが眠っている。

 間に合って良かった。ジャオが亡くなっていればキオはきっと立ち上がることができなくなっていたことだろう。

 船内に通信が入る。スクリュウとグラスからだ。


「連結完了りこれより3部隊で拠点に戻る。キオのモービルはエンジンをつけてくれ」

「了解」

「いやぁ悪いね。助けに来たのに逆に助けられちゃって」

「いいんですよ。スクリュウさんのおかげです」

「やっと笑ったね」

「え?」


 キオは安心からか自分の表情がいつもより緩んでいることに気づく。


「さっきも言ったけど、いつもその調子で頼むよ」

「善処します」


 そう言ったキオの顔は人生一番の笑顔だった。


「では行くぞ」


 グラスの合図と共にキオはエンジンを点火する。


「前進」


 グラスの声に合わせて3台のモービルは拠点を目指し闇の中を進んでいった。

 キオは運転を自動操縦に切り替え、ジャオの元へ行き隣に座り込んだ。


「う~ん……」


 ジャオが小さな声を出した。

 キオはジャオに声を掛ける。


「ジャオ、聞こえるかジャオ」


 ゆっくりと目を開け、ジャオがキオの方を見る。


「キオか……」

「良かった」


 キオは自然とこぼれてくる涙を拭った。


「ここはどこだ」

「拠点に戻るモービルの中だ。お前死にかけてたんだぞ」

「すまん。心配かけたみたいだな」

「いや、もういいんだ。幸い覇王は去っていった。これでひと安心だ」


 そうキオが言った瞬間、ジャオが飛び起きた。


「おいジャオ、傷口が開くぞ」

「覇王は?」


 ジャオがキオの目を見て尋ねる。


「だから大丈夫だ。もういないよ」


 ジャオはしばらく黙り込んだ後こう呟いた。


「何か変だ」

「何が?」

「奴は俺にとどめを刺さなかった。俺だけじゃない、他の兵士にもほとんど手を出さなかった。そして奴は俺のモービルを壊した後、空高く飛んで行ったんだ」

「それがどうしたんだ」

「何か妙だと思わないか」


 そうジャオが言った直後、もの凄い衝撃がモービル全体を揺らした。

 何だ?

 キオは立ち上がりグラスとスクリュウに通信を繋げる。


「こちらキオ。今の音は何ですか」

「グラスだ。このモービルじゃない」

「こちらスクリュウ。何かがこのモービルに直撃した」


 どうやらスクリュウのモービルで何か起きたらしい。

 しばらくするとスクリュウの焦った声が聞こえてくる。


「こちらスクリュウ。モービルの上に何かいる。これから攻撃態勢に入る」

「やっぱりそうか」


 ジャオが呟いく。


「どういうことだ」

「覇王の狙いは最初からこれだったんだ」

「狙いって?」

「俺を助けに来た()()()()だよ」 

 

 そう言うとジャオは武器を手に取る。


「待て、そんな体で何ができる」

「お前は奴の恐ろしさを分かってない。このままだと全滅だぞ」


 そう言ったところでまた凄まじい衝撃音が鳴り響く。

 キオも慌てて武器を手に取る。


「ここには負傷者がいる。戦うならスクリュウさんのモービルに移ろう」


 ジャオの提案に乗り、モービルの上へと身を乗り出す。

 そこに奴はいた。

 黒いマントと鎧に身を包み、鋭く尖った刃で兵士たちを斬殺する覇王の姿が。スクリュウのモービルの上で次々と仲間を殺していく覇王の姿にキオはただただ圧倒されていた。

 そんな奴にスクリュウは食らいつくのがやっとだった。

 多くの兵士が上に登ってくるが、即座に覇王に首を斬り落とされる。


「誰も来るな、来るんじゃない!」


 スクリュウの叫びも虚しく、覇王はスクリュウを投げ飛ばすと、部下の兵士たちに次々とその剣を振るった。スクリュウのモービル内から聞こえていた悲鳴が消えた。


「ク……ソ」


スクリュウが立ち上がろうとした瞬間、覇王の剣が輝き出した。何かエネルギーを溜め込んでいる動作に見える。


「スクリュウさん、こちらへ」


 スクリュウは死体になった兵士たちを悲しげな目で見つめながら、キオのモービルへと飛び移った。

 次の瞬間、覇王はスクリュウのモービルに剣を突き刺し、溜めたエネルギーを放出した。

 途轍もない爆発音と共にモービルは粉々になった。

 覇王のマントが翼になり、キオらのモービルの上へと着地した。

 ……どうする。

 ジャオはまだ傷が完治していない。スクリュウさんも今の精神状態で戦えるかどうか。

 キオの出した答えはシンプルだった。

 キオは大剣を2つに分割した。彼女の武器の特徴の1つとある。不安定なモービル上ではこちらの方が戦いやすいだろう。そう思ってのことだった。


「来い」


キオが武器を構えると、覇王はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 緊張で手が汗ばんでくる。

 私がやらないと、もっと多くの人が死ぬ。

 キオは覚悟を決め、覇王の元へ走り出した。

 その時、大きなハンマーと共にグラスが覇王に飛びかかった。覇王の剣とグラスのハンマーがぶつかり合う。


「キオ、来るな!」


 グラスはそう叫びながら必死で覇王を抑えつけている。実力は互角だろうか。いや、パワードスーツの強度を限界まで引き上げたグラスでさえ、覇王を抑えつけるので精一杯に見える。


「グラスさん、加勢します」

「ダメだ!」


 グラスが大声で制する。

 しかし徐々にグラスは覇王に押し返されていく。パワードスーツによる限界が近いのだろう。

 グラスがやられる。

 キオスが助けに入ろうとした時、グラスのハンマーが突然回転し始めた。彼の武器の性能の1つだ。

 思いもよらぬ挙動に警戒した覇王は一歩後ろに下がる。それを待っていたかのように、キオの後ろからスクリュウが飛び出し、覇王に強烈な斬撃をお見舞いする。続いてグラスが最後の力を振り絞り、回転したハンマーを覇王の頭に叩きつけた。覇王の兜にヒビが入る。


「この()()()()がぁ!」


 スクリュウはそう叫びながらよろめく覇王にとどめを刺そうとする。

 だが覇王は冷静だった。

 スクリュウの武器である大きな鎌をくぐり抜け体に直接パンチを食らわせた。そして体力的に限界のきていたグラスの顔面に蹴りを入れる。

 その場に倒れる2人をよそに覇王はキオの元へ向かってくる。


「キオ、逃げろ!」


 ジャオが相手をしようとするが今のジャオでは殺されてしまうかもしれない。


「お前こそ下がっていろ」


 キオはジャオの前に出て2本の剣を構える。

 覇王もゆっくりと剣を構えた。

 その時だった。ふいにまたデジャヴのようなものがキオを襲った。得体の知れない寒気で背筋が震える。ガクガクと膝も震えだす。

 それは恐怖の震えではなかった。ただキオはそのデジャヴが自分の失われた記憶に関するものだと確信していた。

 なんだこの感覚は。この拭いきれない違和感は。

 だが今は眼前の敵に集中しなければ。

 キオはパワードスーツの強度を上げ、覇王の元へと走り出す。キオの隙のない剣捌きを覇王は片手で受け流し、鋭い刃を振るう。その一撃一撃が重たい。


「キオ、何やってるんだ!」


 グラスが立ち上がり叫ぶ。

 だがそんな言葉も耳に入らないほど、キオと覇王は高度な剣戟を繰り広げていた。

 いや、実力ははるかに覇王の方が上だった。それなのに何故キオは覇王の攻撃についていけるのか。

 彼女は知っていたのだ。

 その動きを体が憶えていたのだ。

 キオは戦いの中でそれを実感していた。潜在意識の奥底にもう1人の自分がいる。激しい命のやり取りの中でキオは少しずつその自分を受け入れ始めていた。

 キオは2本の剣をさらに素早く捌きながら覇王の動きの先を読む。一瞬だが間合いに隙がある。キオはその隙ができるまでひたすら剣を振るい続け、その隙がきた瞬間、2本の剣を1つの大剣にして全身全霊を込め最高の一撃を与えた。覇王がその場に倒れ込む。

 勝った。

 そう確信したキオはとどめを刺すため覇王に近づいた。その時だった。

 覇王のマントが大きな2つの腕となり、キオの剣を弾き飛ばした。予想外の出来事にキオは反応できなかった。そのままその大きな腕がキオの体を締め上げる。

 剣を拾い上げ立ち上がった覇王は背中から生えた腕を目の前までゆっくりと持ってきた。そうしてキオの首に刃を当て思い切り剣を振るおうとした。

 身動きがとれない。キオは死を悟った。

 だがそんなどきどき、ヒビの入った覇王の兜が少しだけ割れ、中の瞳とキオの目が合った。

 数秒の沈黙の後、覇王はキオを離し、マントを翼に変え飛び立っていった。

 キオはその場に座り込んだまま、しばらく動けなかった。

 それは決して自分の命が助かったことによる安堵ではなかった。

 キオは思い出していたのだ。

 断片的にではあるが過去の記憶を。

 失われていた本当の自分を。

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