克服
35.
2回の戦いで少し疲れたのだろう。兵士たちはそれぞれ睡眠を取っていた。シンラやレアナもぐっすり寝ている。
だがガイだけは眠れなかった。
時間は夜中を過ぎ、体力的にも精神的にも限界がきているはずなのにガイは眠ることができなかった。
まぶたを閉じても浮かんでくるのはあの光景。
殺意と怒りに満ちたあの目。
涙を流す悲しげなあの目。
あの目が今もまだ記憶の中でずっとガイを見つめている気がするのだ。
武器の手入れをしていていも、軽い筋トレをしていても、何をしていてもその目にじっと見つめられている。
ブルドに戦いに来た。それは分かっている。
ただガイは恐ろしかった。自分が何か取り返しのつかないことをしているのではないかと。
ダメだ、このままでは頭がどうにかなりそうだ。
ガイは立ち上がりモービルの外へと出た。
「おっ、何だもう見張り交代か?」
一般兵の1人がこちらに気づいて話しかけてきた。
「うん。もう戻っていいよ」
「じゃあ俺も寝ますか」
そう言って彼はモービル内に戻っていく。
本当は見張り番ではないのだが、ガイは外の空気が吸いたかった。だがそれでも、頭はどうしてもあの目について考えてしまう。
ガイは剣を構えると、我流の剣捌きをした。船内でもしたように、彼はこれをすると集中力が高まるのだ。
ガイは剣を振るった。ひたすら、手が血まめだらけになるまで。その痛みが少しだけあの目のことを忘れさせてくれる。
そうして汗まみれになりながら必死に剣を振るっていると1人の男が近づいてきた。
「何を迷っているんだい?」
よく顔を見るとそれが部隊長であることに気づく。ガイは剣を置いて敬礼した。
「わざわざこんなところでまでしなくていいよ」
そう言われてガイは手を下ろした。
「それで質問の続きだけど、君は何を迷っているんだい?」
「……迷いですか」
ガイは心の全てを見透かされたような気がした。
「剣が乱れてるね。何かあったのなら相談に乗るけど」
「いえ、大したことではありません。ただ……」
「ただ?」
「ただ少しだけ自分のやるべきことがよく分からなくなってしまいました」
ガイは思い切って相談してみることにした。
「なんだ、そんなことか」
「えっ?」
「要するに君は恐いんだな。自分がしていることが人殺しと何ら変わらないんじゃないかって、そう思っているんだろ?」
そう。たしかにその通りだ。
「何故分かるんですか」
「僕も通った道だからね。上級兵の頃に一度ブルドに来て、君のように良心の呵責に襲われた」
ガイは嬉しかった。この苦しみは自分だけのものだと思っていたから。だが同じような経験をした理解者がこんなに近くにいたのだ。
「……そう、そうなんです。相手は醜い魔獣です。それは分かってます。だけどあの感触が、彼らを殺めた剣の感触が消えないんです」
ガイは震えた声で答えた。
「僕がどうやってそれを克服したか教えようか?」
「どうしたんですか?」
「簡単だよ。人は"慣れる"ことができる。殺しも、迷いも、恐怖も、いつかは必ず慣れる。人だけが持っている特別な力だよ。だから慣れるまで戦い続ければいい」
ガイは黙って聞き続けた。
「どんなに辛い出来事にも真っ向から向き合え。それが戦いだ。僕たちがしているのはそういうことだ」
ガイは部隊長の目を見つめる。
「たとえそれが死よりも苦痛でも、その苦しみを背負って生きるのが殺した相手への、死んでいった仲間たちへのせめてもの償いになる」
「たとえどんなに苦しくても?」
「それが"生きる"ということさ」
彼は静かにそう答えた。
「私にそれができるでしょうか」
「それは君次第かな」
すると1人の上級兵がモービル内から出てきた。
「部隊長、このすぐ近くに1つの生体反応ありです」
「分かった。みんなは起こさなくていい。僕と……君、名前は?」
「ガイです」
「僕とガイで対処する」
「一般兵とですか?」
その上級兵が驚いたような顔をする。
「大丈夫。心配いらないから君は戻ってなさい」
そう言われると上級兵はガイを見ながらモービルへと戻っていった。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「私では足手まといになるだけだと思います」
しばらく間を置いて部隊長が答える。
「君がやるんだ」
「私が?」
「克服するいい機会だ。大丈夫、何かあったら援護するよ」
そう言うと生体反応があった場所まてま2人で歩いていった。
そこには2メートルほどの毛深い魔獣がいた。大きな腕をしていふ。
「パワードスーツの強度を上げて」
ガイはスーツの強度を上げる。スーツは強度を上げれば上げるほど超人的な動きが可能になるが、その分身体へのダメージも大きなものになる。
「呼吸を整えて。さっきの君の剣捌きでいい。目と耳から入ってくる情報全てに集中して、1発で仕留めるんだ。魔獣が苦しむ時間も与えないくらいにね」
ガイはゆっくりと深呼吸をする。
部隊長はランスの先端に何か細工をしている。
「僕のランスは特別製でね。遠距離からの砲撃ができるように改造してある。それで僕が隙を作るからガイはそこで一気に斬り込みなさい」
「分かりました」
剣を握り締め、全神経を研ぎ澄ませる。
「いくよ」
部隊長の合図と共にガイは勢いよく走り出した。
魔獣がこちらの存在に気づく。
が、部隊長の砲撃により足がよろめいた。
今だ!
苦しみも、痛みも、恐れもら弱い己自身をここで断ち切らねば。
ガイの剣に迷いはなかった。見事な剣捌きで魔獣を切り刻み、大きく振りかぶってその首をはね飛ばした。
パワードスーツの強度を落とし、ガイはその場に倒れ込んだ。
「凄いね。想像以上だ」
拍手をしながら部隊長がこちらに歩いてくる。
「立てるかい?」
「はい」
ガイはゆっくりと起き上がる。
「気分はどう?」
部隊長が尋ねる。
「落ち着いてます」
「克服できたみたいだね。迷いが消えたガイの戦いっぷりは素晴らしかったよ。君はきっと僕以上の騎士団員に将来必ずなれる。その時が楽しみだ」
部隊長がポンとガイの背中を叩いた。
「ありがとうございます」
ガイの心はとても穏やかだった。先程までのモヤモヤが嘘のように無くなっていたのだ。
これなら戦える。もう大丈夫だ。
「さぁ、そろそろ朝だ。戻ろうか」
ガイは剣を拾い上げモービルへと向かった。
モービル内ではすでに何名かの兵士が目を覚ましていた。
「よぉガイ、お前どこ行ってたんだよ」
シンラもどうやら起きていたようだ。
「うん、ちょっとね」
ガイは部隊長とのことは話さなかった。彼の心から恐怖心は消えていた。覇王を倒し、僕はもっと強くなる、そう意気込んだ時に唐突にアナウンスが入った。
『応援要請です。近くの部隊が覇王らしき人物と交戦中。大至急送られてきた座標ポイントへ向かいます』
36.
「何ごとだ」
キオがモニター室へ駆け込むと中はざわついていた。
「キオ様、たった今覇王と交戦中の部隊から連絡が入りました」
ついに現れたか、全ての元凶。この惑星の支配者。
「被害状況は?」
「死傷者数名、部隊長が前線で戦っていますがこのままでは部隊壊滅も時間の問題でしょう」
やはり1つの部隊では歯が立たないか。
「他の部隊に座標ポイントを通達。全部隊で向かわせろ」
それまでどうか持ちこたえてくれ。キオは心の中でそう願うしかなかった。
だがその時ハッと思い出した。
「ちょっと待て、今覇王と交戦中の部隊。ここって……」
「はい、ジャオ様の部隊です」
どうも嫌な予感がしていたが、まさかジャオの部隊が覇王と当たるとは。ジャオも騎士団メンバーなだけあって実力は相当なものだが、それでも1人では覇王を抑えられるわけがない。それこそ団長クラスでないと厳しいだろう。
「団長はどこだ」
「団長の部隊は座標ポイントからはかなり離れたところにいるため合流までには時間がかかるかと」
そこにさらに悪い知らせが入る。
「室長、応援に向かった部隊のいくつかが魔獣たちからの攻撃を受けているとのことです」
マズい……このままではジャオは確実に死ぬ。
キオは考えるより先に体が動いていた。
「キオ様どちらへ?」
「装備を取りに行ってくる」
「いけません。ここを守るのがキオ様の役目です」
「うるさい!」
キオは自分が苛立っていることに気づいた。
「……すまない、だが友が危ないんだ」
「お待ちくださいキオ様!」
そう言われてもなお、キオは行動することを諦めなかった。
キオは自室に向かいスーツに着替える。
「装着」
パワードスーツが体を包み込む。そのまま武器庫に向かい、キオ専用の大剣といくつかの装備を身につけキオは船を飛び出した。
余っているモービルの1台に乗り込み、全速力でジャオの元へ向かう。
その時団長から通信が入る。
「キオ、何をしている」
「私はジャオの部隊の援護に向かいます」
「お前の任務は拠点を守ることだ」
あまりにも冷静な声にキオは苛立ちを爆発させた。
「そんなことは分かってます!でもジャオはこのままだと殺される!」
呼吸が荒くなっているのを感じる。今のキオは冷静に物事を判断できるほどの心の余裕がなくなっていた。
「落ち着け。他の部隊も向かっている」
「でも魔獣に足止めを食らっている部隊がほとんどです。間に合わないかもしれない」
「だがお前がその役目を担う必要はない」
イライラもピークに達し、キオはふとこんなこもを口に出していた。
「……団長は何故そこまで私をブルドから、覇王から遠ざけようとするのですか」
返事はなかった。
「ブルド派遣、私の参加を団長は最後まで反対していたようですね。それは何故ですか?」
「……今はそんな話をしている時ではない」
「なら私から話すこともありません」
そう言って通信を切り、キオは暗闇の中をモービルで突っ切っていった。
あの様子、やはり団長は何かを隠している。キオは今のやり取りでそう確信した。
だが今はジャオの援護が先だ。
頼む、どうか無事でいてくれ。
そう祈りながら、キオ1人乗せたモービルはジャオの元へ向かっていった。
その先に待つのが地獄であるとも知らずに。