怒り
33.
依然としてモービル内はざわついていた。何と言っても今回ブルドで初めての魔獣との戦闘を乗り越えたのだ。誰もが自信に満ち、「このまま皆殺しにしてやる」と豪語する者もいるほどだった。
ただ1人ガイを除いて。
ガイはずっと考えていた。あの涙の意味を。
あれは死の恐怖によるものだったのだろうか。もしそうなのであれば魔獣たちには心が、意志が存在しているいることになる。
魔獣たちは醜く、好戦的で恐ろしい存在だと聞いていた。たしかにガイらが戦った魔獣は醜悪な見た目をしていた。
だがあの涙を、死を悟ったように流した涙を見て、ガイは少しだけ自分のしたことに罪悪感を抱いていた。
覇王に操られている魔獣に涙を流す「心」などあるのだろうか。
彼らが……彼らの意志で動いているのだとすればなんとなく納得はできる。それとも覇王に操られていることからの解放の安堵の涙か。もしそうならやはり倒すべきは覇王だ。
ガイはグッとレーザー銃を握りしめる。
そうだ。きっとそうに違いない。なら一刻も早く彼らを解放してあげなければ。
「どうしたのガイ。深刻そうな顔して」
レアナが心配そうに声を掛けてきた。
「何でもないよ。ただ覇王が、奴が許せないなって」
「全ての元凶だからな。一緒にぶっ殺そうぜ」
そう、奴が全ての元凶。多くの人を殺した怪物。
必ず僕らの手で倒すんだ。
そう意気込んだ時だった。再びアナウンスが入る。
『700メートル先、生体反応が2つあり』
モービルはゆっくりと停止する。
「手順は先程と同じだ。私が裏に回るまで待て」
そう言うと部隊長は外へと出ていく。
それに続きガイら兵士も外へ出る。
今度の魔獣は前回のものとは違った。
1匹は大きな翼の生えたもの。
もう1匹は顎が大きく発達したもの。
ガイら一般兵はゆっくりとレーザー銃の照準を魔獣に合わせる。
彼らを解放してやらねば。ガイはそっと引き金に手をかける。
その時だった。誤って引き金を引いてしまったのだろう。誰かの銃の1発が顎の大きな魔獣こ顔をかすめる。
その場にいた全員が凍りつく。
2匹の魔獣がこちらの方向を向く。
「撃て、撃て!」
上級兵が咄嗟に指示を出す。
一般兵たちはパニックになりながらも銃を連射する。
しかし翼の生えた魔獣は空へと飛び上がり、攻撃を避けながらこちらへと向かってくる。顎の大きな魔獣にはレーザー銃が全く効いていない。相当皮膚が分厚いようだ。そのままどんどんこちらへと向かってくる。
「うわぁぁぁ!」
パニックになった一般兵の1人がその場から逃げ出した。
それを機に周りも次第に命の危険を感じ始める。
そんな中、シンラの1発が飛行する魔獣の翼に直撃した。そのまま魔獣は地上へと落ちていき運良くもう1匹の魔獣とぶっかった。、
「チャンスだ。一斉に叩け!」
部隊長が声を上げる。
翼のある魔獣に上級兵らが斬り込み、喉と腹に剣を突き刺す。そこに追い討ちをかけるようにガイらが銃を撃ち込む。
こちらに向かって突進してくる顎の大きな魔獣に部隊長が真正面からぶつかった。
ランスの威力を最大限に引き出し、頑丈な顎を砕くと共にその魔獣の動きを止めた。
そのまま上級兵らが無防備な口の中に小型爆弾を投げ込んだ。
しばらくして魔獣さ大きな爆発音と共に破裂した。皮膚は固くても中はそうでもないようだった。
翼の魔獣も傷口からは体液が流れ出し、徐々に動きがのろまになっていた。そこを狙い上級兵がとどめの一撃を頭に食らわす。
2匹の魔獣は完全に死んだ。
「討伐完了。全員モービルに戻れ」
部隊長の指示で全員がモービル内へと戻っていく。一時はどうなることかと思ったがなんとか乗り切った。そう全員が安堵した瞬間だった。
後ろの方向、モービルの近くから悲鳴が聞こえる。
「なんだ!」
急いでガイらが向かうと、2本角の魔獣が1人の兵士の首に噛み付いていた。先程パニックになって逃げ出した一般兵だった。
「た……すけ」
首から血を流しながら彼は助けを求めていた。
が、それも虚しく魔獣は彼の首を噛みちぎり投げ捨てた。
そのままジロリとこちらを睨む。その目には意志が宿っていた。
明確な「殺意」が。
許せないという「怒り」が。
体格はガイらと変わらないものの思わずその気迫に後ずさりしてしまう。
「殺せ!」
1人の一般兵の声と共に一斉に銃撃が始まった。
だがその魔獣の動きは俊敏で全くレーザーが当たらない。そしてそのままのスピードでこちらへと一気に距離をつめる。
もう銃では間に合わない、そう悟ったガイは剣を引き抜きその刃で魔獣の突進を受け止める。
「みんな撃つな!ガイに当たる!」
シンラが大声で叫ぶ。
一般兵らは全員剣を抜き、魔獣を取り囲むようにしてその体へと剣を突き刺していく。
しかし魔獣の力は衰えない。
どれだけ刺されても、斬られても魔獣はガイに対して突っ込む力を緩めない。
このままだと角がガイの胸に刺さってしまう。
死にたくない。その恐怖がガイを奮い立たせる。
そんな時、シンラが魔獣の下に滑り込み、腹に剣を思い切り刺した。思わず呻き声を上げた魔獣に対して、ガイドは精一杯の力で魔獣の首元を刃で裂いた。
それでも魔獣は倒れない。ドバドバと体液を流しながらガイの目を睨んでいる。
ガイはその目を逸らせなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、その魔獣の瞳に釘付けになっていた。
そのまま1分ほど膠着状態が続いたところで、ようわく魔獣の瞳から生気が失われていくのを感じた。
そして魔獣は倒れた。
上級兵らが駆けつける。
「大丈夫か。怪我人は?」
「怪我人数名、死者1人です」
シンラが報告する。
「分かった。とにかく周りの警戒を怠るな。死人の処理は我々がする。残りの者はモービルに戻れ」
「了解。行こうぜガイ」
シンラにそう声を掛けられるも、ガイドはその場を動けなかった。魔獣の目があの目が忘れられなかった。
殺せされた仲間たちの復讐を果たそうとする、はっきりとした「意志」をガイはあの目から感じ取っていた。
「君がやったのか」
部隊長がガイに尋ねる。
「……はい」
ガイは震えた声で答える。
「そうか。よくやった」
そう言うと部隊長はモービルへと向かった。
「おい、大丈夫かガイ」
心配したシンラが声を掛ける。
「……大丈夫だよ。何ともない。早くモービルに戻ろう」
そうは言いながらもガイの脳裏にはあの目がべったりと張り付いていた。
それにガイはまた見たのだ。ガイだけがそれを見ていたのだ。
魔獣がまた小さな涙を流していたことに。
ガイは分からなくなっていた。
今までは自分の考えこそが、ギャラガ帝国に従うことが当たり前のことだと思っていた。
だか今は分からない。
一体何が正義で何が悪なのか。
何故こんなにも胸が苦しくなるのか。
ガイはゆっくりとモービル内へと入り椅子に座った。
いっそのこと代わりに自分が殺されていれば……。そうすればあの人に会えたのかな。
そんなことを考えながらガイは汚れた剣を布で拭った。
34.
ハッと目を覚ます。手で顔を触りここが現実であることを確認する。
また前回と似たような夢を見た。
時計を見るとまだ午前4時前だ。特に異常などは起きていないようだ。
あの夢……出てきた子供はおそらく前と同じ子だろう。これが偶然だとは思えない。
もう一度眠りについて続きを見ようか。しかし必ず続きが見れるとは限らない。
キオはベッドから起き上がり船内を見回ることにした。
本来は部下の仕事なのだが、何かしていないと夢のことばかり考えて頭がどうにかなりそうだった。
上の階から順に様々な部屋を回っていく。回るといっても団長室などのプライベートな部屋には一切立ち寄らず、誰もが出入りできるような大広間や施設などを巡るだけだが、気分転換にはちょうどいい。
他の部隊はキオの隊以外いないので、どの部屋も閑散としていた。それにまだ早朝だ。時折同じように見回りをしている部下に会うものの、それ以外にこれといった出会いはない。
しばらく歩き続け、気がつけば一番下の階まできていた。
そこには大きな扉と共に「関係者以外立ち入り禁止」との文字が書かれていた。
何故その部屋に入ろうと思ったのか分からない。重たい扉を開けるとたくさんの機器やコンピュータ、そして部屋の中央には大きなクリスタルが浮かんでいた。
このクリスタルの存在は知っていた。
決して無くなることのないギャラガ帝国の動力源。エネルギーの枯渇問題を解決した「奇跡の石」。それがガラス越しに飾られている。
キオは初めはその輝きに見とれていた。
だがふと周りに目をやると、キオはなぜか懐かしさのようなものを感じた。
この惑星に着いた時にも感じたものに近い。
これは……デジャヴ?
いや違う。もっと最近どこかでこの景色を見たことがある。
どこだ。一体どこでこの景色を見たんだ。
キオは必死に思い出そうと部屋の中を隅々まで調べてみることにした。
「奇跡の石」が入ったガラスを中心に室内をぐるりと巡る。
ふと、その大きな部屋のとある空間が目に留まる。
これだ。キオはその場所まで歩いていく。何の変哲もないただの部屋の隅。だがたしかにこの空間には見覚えがある。
どこだ、私はどこでこの場所を……。
頭痛がする。その場にうずくまり頭を抑えようと手を伸ばした瞬間、キオは思い出した。
夢だ。私はたしかに夢の中でこの場所を見た。
今キオが座っているこの場所にあの子供がいたのだ。
1回目の夢の中で泣いていた子供。その子が誰かに呼ばれたように去っていき、辿り着いたのがこの場所なのだろう。
そして2回目の夢の中で子供は2人の兵士と一緒にいた。よくよく思い出してみるとあの服はギャラガ帝国の兵士のもので間違いない。これで少し繋がった気がする。
まだ明確な答えが手に入ったわけではないが、それでもキオにとっては大きな前進だった。
もう少しだ。もう少しで何かが分かる。
そう思い立ち上がった時、アナウンスが流れた。
『緊急事態発生、至急キオ様はモニター室へ』