逃走
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4月日
『学習』1
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…俺は化け物に襲われた
入学式を終えた次の日、高校二日目だった。一緒に登校した妹には見えていなかったようだが、一瞬現れた化け物に謎のオーラをぶつけられた瞬間、俺は倒れてしまった
医者や両親にこの事を話すと、『どんな化け物だった?』と聞かれた、しかし俺は答えられなかった
結局高熱による幻覚だと診断され、俺の病は原因不明。しかし完治済みと診断されたのだ
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4月12日
『逃走』
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土日が明けて月曜日。私は先週の宣言通り、入部届けに言葉研究会の名を書き記して仙田先生に提出した
「入部届けです」
「速いな!?」
先生が驚きの声を発する
それもそうだろう。入部届けは先週末配られたばかりなのだから
「ちゃんと部活動見学いったのか?」
「いきましたよ。とてもいい部活でした」
「あれ?明さんもう決めたの?どこどこ〜…って現代文同好会…?」
「なにする場所なの?」
「…現代文を研究してます?」
「なんで疑問系なんだよ」
「お前ほんとに見学いったんだろうな…」
「いきましたって。ほら朝の会始まりますよ」
「うむむ…」
「うわ〜!現実でうむむっていう人初めて見ました!!」
「小山さん、席いこ?」
「は〜い」
「明さん、現代文すきなの〜?」
「まあね」
「うえ〜私は放課後も現代文なんて無理だなぁ…」
そういえばもし誰か関係ない人が現代文同好会に入ったらどうするつもりなのか?と思ってたけどだからこそ現代文同好会なのか…
わざわざ部活で勉強したい人も少ないだろうし…したくて来ても実際はしてないのだからすぐやめてしまうという寸法か
良くできている
そんな一幕がありつつも、その日の授業を終え早速部室である旧校舎に向かう
「こんにちは」
「よう事乃葉」
「どうも鹿江先輩。相条先輩はまだですか?」
「あぁ。…つまりチャンスだ」
「チャンス?」
その時階段が軋む音が響いた
「あっ、相条せ」
「喋るな!!」
「……!?」
「静かにどっかに隠れろ!」
「えっと…どういう」
「いいから!!」
鬼気迫る様子の先輩に急かされ、慌てて物の影に隠れる
まさか覚醒者…?でも覚醒者って自我は無いみたいだし…そもそも『復讐』って敵の探知なんて可能なのだろうか…
「遅くなったわね二人とも……ってアレ?居ない…」
普通に相条先輩じゃん
なんでわざわざ隠れたんだろう。
疑問に思いつつ、物陰から出ようとした瞬間…
「せっかく事乃葉ちゃんの入部記念に旧校舎の全体清掃でもしようと思ったのに……」
そっと身を引っ込め、息を殺す
この校舎全体の清掃を三人で…?っていうか記念で?
「休んでるのかしらね…確認しにいこっと」
「…いったか」
「…いきましたね」
「その反応。お前も掃除は嫌いなタチか」
「いや、いくら掃除好きでも三人で建物丸1個掃除するのはツラいと思いますけど…」
それもわざわざ放課後に
一応私も別に掃除が苦手なわけでもない。むしろ定期的にしてはいる
「とにかく。やりたくねえのは事実だろ?」
「それは…まあはい」
「なら俺らは仲間だ」
「でもやりたくないなら帰っちゃえば良いだけでは?」
「去年はそれやって家まで迎えに来られた」
「去年もやったんですか……っていうかなんでこの時期に掃除を?」
自分でいうのもなんだけど新入部員をもう少し歓迎してくれても良いと思うのだけど…
「あー。この時期は教員の視察があんだよ」
「視察?」
「そ。ちゃんと部活が活動してるかどうかのな。んで少しでも良く見せるためにここを綺麗にしたいんだと」
「そもそも活動してないじゃないですか」
「別に視察期間だけ教科書ひらいときゃセーフだろ」
「それ視察の意味無くないですか?」
「あぁ。だから普通抜き打ちでやる」
「なるほど…って、でも先輩知ってるじゃないですか」
「相条のワードで教員の心読んだんだよ」
「思いっきり能力悪用してる!?」
「固いこというなよ」
「…まあようは掃除にそれほど重い理由はないと」
「あぁ。あくまで好感度上げだからな」
「逃げますか」
「良く言った」
「とにかく家に帰るのは不味いんですよね?」
「あぁ。だから俺らは最終下校時刻の18時まで相条に見つからずに逃げ続ける必要がある」
「カラオケかどっかで暇潰します?」
「いや、密室は不味い。アイツの能力に相思相愛ってのがある」
「相思相愛?」
「仲間だと認めた奴の位置や考えを把握する能力だ」
「色々強くないですか?『愛情』のワード」
「お前の『解説』もだいぶ反則な気もするが…」
愛情のワードで出来ること思ってたよりかなり多い…位置把握に心を読む、それから無効化…
…
…
…不味くない?
「先輩、それワード使われたら部室にいるって速攻でバレるのでは?」
「………逃げるぞ!!」
慌てて旧校舎を飛び出す私達。校門を通り抜ける直後ふと後ろを振り替えると旧校舎に入っていく人影が見えた
「先輩!相条先輩が旧校舎に入っていきました!!」
「よっし!学校から離れるぞ!!」
駅前。学校からはそれなりに離れている上いざとなれば何時でも電車に乗って逃れられる。この状況において最も有効な場所だ
「相条の相思相愛は一回使うとある程度クールタイムがある」
「つまり次の位置特定まで駅で待機して、特定された瞬間電車に乗る…っていうのが一番時間を稼げるってことですね」
「そういうこった。クールタイムは40分。何のヒントもねえアイツは使えるようになりゃすぐ使う筈だ」
「さっき旧校舎の特定に使用したと考えて、そこからここまでの移動時間やその他諸々考えればあと10分っていったところですかね」
「あぁ。念のため素で気づかれる可能性もあるから気をつけて……?」
「どうしましたか?先輩?」
突然困惑した表情で言葉を止めた先輩に声をかける
「いやよ?今って16時だよな?」
「?…はい。そうです…が…?」
16時…?だとしたら少しおかしくは無いだろうか
「気づいたか」
「はい」
どうやら先輩も私と同じ疑問に言葉を止めていたらしい。
私達が感じた疑問。駅に誰一人として居ないのだ。16時、帰宅する高校生や早いところなら帰ってくる帰ろうとする会社員等、それなりに賑わう筈のこの時間に
否、それだけじゃない。駅員も駅の売店も誰一人として人が居なかった
「駅に休みってないよな?」
「私の知る限りでは」
明らかな異常。そしてそんなことが出来るのは…
「人…いるじゃねえか…!!」
あの人は…?どこかで見たような…確か…
「オッサン?…なあなんでここ誰も」
「!!…先輩!離れて!!!」
「ッ!?」
私の言葉におじさんに近づいていた先輩が慌てて飛び退く
このおじさん…確か…!
「強盗犯…!!」
「なっ!?」
何日か前にTVで見たのだ。強盗犯が逃亡したと…
「チッ!!…バレちまった…!!!」
男は懐から拳銃を取り出す
「…やべえぞ。」
錯乱しているようだ。今の男に理性は存在しない。つまり…!
衝動で攻撃してくる可能性が…
考えに至ったのと発砲音が鳴り響いたのはほぼ同時だった
「ッ……!大丈夫だ!当たってねえ!!」
「先輩!?」
「てめえら…殺してやる…。仕方ねえよな?見ちまったんだから…」
男の体が崩れてゆく…溶けるように崩れ粘土のように固まり、形を為していく。
「アレは…足?」
全身が無数の足で出来たおぞましい怪物。…これは間違いなくワードだ
「やるぞ事乃葉!」
「了解です!!」
『解説』ッ!!
心の中で強く叫ぶ。すると手にノートとペンが現れる
隣を見ると先輩もしっかりとグローブをはめている
「さあ!戦闘開始だ!!」
「アァァァァァァァァァ!!!」
先輩の言葉を理解してか、怪物は足の1本を触手のように長く伸ばすと踵落としの要領で先輩に振り下ろす
「おっと!!」
ドスン!という肉と肉がぶつかり合う音と共に先輩に踵落としが直撃する
明らかに痛そうな音が響いたが、先輩の声色からして効いていないのだろう
その通りだと私に返すように、足は落とされた時の倍以上の速度で吹き飛ばされた
「ァァァァァァァァ!!!」
「あんまダメージになってねえっぽいな」
「もしかしたら武器扱いで独立してるのかも知れませんね」
「ァァァァァァァァ!!!」
「ま、とりあえず思考加速でワードの考察頼むわ。こっちも倒せそうなら倒しちまう」
「了解です」
私は少し離れるとノートを開き、ペンを持つ
今回のことを纏めると、覚醒者は指名手配中の強盗犯の男。銃を所持しており、私達に殺意を持っている
理由は私達に見られたからであり、『人いるじゃねえか』という男の反応からして能力には人払いが含まれている可能性が高い
更に男は
「あぶねえ!事乃葉!!」
「へ?っと!?」
先輩の声に我に返ると、私を挟み込むように2本の足が迫ってきていた
慌てて倒れる形で回避。背後からのバチン!という音に身が凍る。危うく蚊のようにベシャリとやられるところだった…
「戦闘中突っ立ってる奴があるか!?気を付けろよ!?」
「ごめんなさい!なんか考えに夢中になりすぎちゃって…!」
「あ!?なんだそ…ってワードの副作用か」
「副作用?」
「後で教えてやっから、出来る限り逃げ回りながら分析しろ!」
「了解です!」
気になる言葉が聞こえたがまあそれは後だ。再びノートを開き、続きを纏める
能力は人払い。更に男は今までの怪物のように武器を所持しておらず、無数の足が武器扱いの可能性が高い
また足にはダメージが通らないor効果が薄い…と
事実今も鹿江先輩は、振り下ろし、挟み込み、連打など様々な攻撃を受け止め、その都度カウンターを叩き込んでいるが化け物はダメージを負っている様子はない
というか先輩は先輩であの大きさと速度の攻撃をなんで捌けるのだろうか…『復讐』にそういった身体強化効果が…って
「違う!違う!!」
今は先輩よりもあの男の力だ。使えそうな情報は逃亡した強盗犯、人払い、足。ここから考えるにワードの候補としては『犯罪』『孤独』『強奪』『逃走』なんかが考えられるだろうか
男に目を向ける。………過去は読めない…。間違っているのか、もしくは一つに特定しなくてはならないのだろうか
…もう少し情報が必要だろう。私は一度ノートを閉じて先輩達の方へ視線を向けた
化け物は先程と同じく踵落とし、しかし足の本数は5本に増えており、まるでもぐら叩きのように至るところに振り下ろしていく
しかし、回避ではなく受け止めている先輩には何の効果もなく、結局全て跳ね返されていった
なにがしたいんだろう
間髪いれず、2つの足による挟み込み攻撃。しかし先輩はそれを両腕でガッシリと受け止めてしまう
そのままラリアットで凪払われ失敗
その次は蹴り飛ばし。足払い。踏み潰し。ありとあらゆる足技を使用するも先輩には通じずに終わった
しかし、そんな攻撃一回、一回につき強烈なカウンターを喰らっている筈の化け物も一切ダメージを受けた様子はなかった
「…やっぱ本体はあの足の奥か…?」
先輩がふと呟く。
やはりダメージを与えるにはあの足の奥に隠れてると思われる本体を攻撃しなければならないのか…
隠れる…?
ピンっときた!
慌ててノートを開く。
強盗犯、人払い、足。ここから考えるにワードの候補としては『犯罪』『孤独』『強奪』『逃走』なんかが考えられるだろうか と書かれたページに隠れるを書き加える。強盗犯、人払い、足、隠れる
ここから導きだされる答えは『逃走』ではないか
そんな確信をもって男に視線を向ける
名前は先崎 九郎。職業は大手企業である無職
家族関係は良好で、両親には縁を切られてしまっている
ワードは『 逃 走 』
明日の朝御飯が気になる
最も大切な物は婚約予定の彼女であり、後を考える必要がない
本体は足の奥
昔から言葉使いやマナー、人付き合いには気を遣っており、強盗が大好き
とにかく強盗をしたくてたまらないが捕まりたくないので必死に逃げる
逃げてれば罪から解放された気分になれる
お前は悪くない。逃げる。逃げろ。逃げる
流れ込んできた情報。どうやらワードは『逃走』で間違いないらしい
「先輩!ワードは『逃走』です!!」
「おっけー!わかった!!」
次の作業だ。今みた記録を纏めて、ワードを否定する方法を考える
男は両親に縁を切られており、婚約予定の恋人がいる。でも後を考える必要がなく、強盗が大好き。でも捕まりたくないから逃げる。…なるほど…
ただのクズでは!?
というか善悪を切り捨てれば捕まらないように逃げるというのはこの男の信念としても世間の認識としても正しい行為。『恋愛』や『常識』のような矛盾が無いのだ
というかこの二人と違って普通に極悪人だし
「へっ!その反応、やっぱコイツの言葉って崩せねえだろ?」
この状況に文字通り頭を抱えていると、攻撃を弾きながら先輩が話しかけてくる
「はい…!善悪はともかく矛盾は見当たらなくて…」
「そういう場合の対処法を教えてやんよ」
ニヤリと先輩が笑う
「弱点とかわかるか?」
「弱点って言えるか分かりませんが、先輩の言った通り本体はあの足の奥みたいです!」
「了解。なら仕方ねえな…!」
そういうと先輩は化け物に向かって走っていく
化け物も先輩を近づけさせまいと無数の足を伸ばし、攻撃を仕掛ける
「当たるか!」
しかし、雨のように振り下ろされた足はヒラリと躱され全く当たらず、凪払いはジャンプで回避。
キックの形で正面から放たれた足はガッシリと受け止めカウンター
攻撃の嵐をことごとく捌ききり、足の大本に辿り着く
明らかに人間にできる動きではない為、恐らく『復讐』の力の一つだろう
「見えたぜ?」
伸ばされた足の1本に飛び乗る形で本体のの真っ正面に立つと、先輩は拳を構えニヤリと笑う
「これで…終いだ!!」
その言葉と同時に先輩の腕が一瞬、巨大化すると、足の隙間を縫うように化け物の中に放たれる
『グボォ!?」
化け物ではなく、明らかな人間の悲鳴と共に化け物体は粉々に砕け散った
倒れた男の顔は綺麗に腫れており、いっそ清々しいくらいだ
「今のも『復讐』の能力ですか?」
「おう!純粋に威力向上。」
「って、そうだ」
私は倒れた男の胸元をまさぐり、拳銃を取り出す
「これで一安心ですね」
「おー。んじゃあ警察呼ぶかぁ」
「おい!なんだあれ喧嘩か?」
「ちょっ!?あの娘銃持ってるわよ!?」
「つかアレ指名手配犯じゃねえか!?」
いつの間にか居なくなっていた人集りも戻ってきていた。やはり『逃走』の能力による物だったのだろう
「あー。面倒なことになりそうだなぁ」
「そうですね…」
これは事情聴取行きだろう。はぁ…
「かえって面倒なことになったわね。面倒なことから逃げてた筈なのに」
「だなぁ。ま、掃除よりゃマシだぜ?多分。アイツ掃除ってなると面倒くせえから」
ハハハ!と笑う先輩に声をかける
「先輩…」
「どした?」
「今の、私じゃないです…」
「あ?」
「やっぱり逃げてたのね、鹿江君、明ちゃん。」
「………ついてねえな、今日」
「…全くですね」
駆けつけたパトカーの音など気にならないほどの冷気。私の部活動(?)一日目は最悪の形で幕を閉じたのでした