解説
『昨夜未明。強盗犯が…』
「綴、大丈夫そうで良かったわ…」
「いきなり原因不明の高熱でぶっ倒れたなんて聞いたときはホントに肝を冷やしたなぁ」
朝の何気ない会話。テレビの会話に両親の声の賑やかな空間。しかし、いつもと違いそこに兄の姿は無かった
「熱中症か何かだったのかしらねえ…明も気を付けなさいよ?」
「わかってるよお母さん」
「確か退院は来週になっちゃうんだっけ」
「あぁ。なんか後遺症の確認もしなきゃいけないらしいからな。まあ医者さんが言うには大丈夫だろう…ってことだけど」
「幻覚みたみたいなことも言ってたわね」
違う。アレは幻覚なんかではない。もっと言えば病気ですらない
私の脳裏には今もハッキリとあの異形の姿が思い浮かべられる
ネクタイを彷彿とさせるような化け物。そしてその根元たるワードという存在。それが兄を襲ったものの正体だ
昨日相条先輩に渡された連絡先の紙、それがあの出来事が幻覚や夢なんかではなかったと確かに証明している
「っと明。そろそろ家でないと不味いんじゃないか?」
父に言われて時計を見ると確かにそろそろ家を出ないと不味い時間だ
「中学校と違って遠いんだから早くいきなさい」
「うん」
幸い着替えはもう済ませていたので、必要なものが詰め込まれた鞄を手にとって家を出る
「いってらっしゃい」
「いってきます」
がちゃりと扉の閉まる音を背後に、私は道を駆けていった
放課後
授業は明日からなようで今日もレクリエーション等を楽しんだ後に下校。新しいクラスには無事馴染めそうで安心した
他のクラスメイト達は皆、校門から出てそれぞれの帰路や遊び場に向かっていった。
そんな中、私は家には帰らず学校の敷地内に存在する古い建物。旧校舎へと足を運んでいた
階段を上がり二階。誰もいない埃にまみれた廊下に二人の男女が談笑する声が響いている
私はその声の大元となっている扉に向かい、迷うことなく扉を開いた
「ん?…あ!明ちゃん!来てくれたんだ!」
「どうも」
そこには昨日と同じように相条先輩と鹿江先輩が古い教室内に座っていた
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4月8日
『解説』
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「昨日はありがとうございました。後のことも全部任せちゃって…」
「構わねえよ」
「そうそう、後のことって言っても気絶した相廉君を保健室に連れていくだけだったし」
「それよりもお兄ちゃんの様子はどう?」
「無事完治しました。けどあの化け物になった相廉先輩を見ちゃってたみたいで…」
「あー」
「あと後遺症の確認とかで一週間は入院みたいです」
「じゃあ今日は学校に来てないんだ」
「はい」
「まあ無理もねえな。ちなみに河津も休みだ」
「巻き込んでしまって本当申し訳ないですね…」
「明ちゃんのせいじゃないわよ」
「どうせお前が居なくても、誰か別のやつが同じ目に会ってたよ」
「…」
先輩たちはそういって励ましてくれるが、少し罪悪感はある
そんな私の心中を察してか否か鹿江先輩が話題を変える
「そういや、今日は礼を言いに来ただけか?」
「いえ、そのワードについてどうしても気になっちゃって…」
「そういえば触りしか教えてなかったわね…」
「やっぱり駄目ですかね…?」
こんな能力によっては世界を揺るがしかねない力が、世に認知されていないということは少なくとも積極的に人に話してはいないのだろう
しかし、そんな予測を裏切り二人はあっさりと口を開いてくれる
「いや、大丈夫だ。むしろこれから話そうと思ってた」
「…そうね」
「ありがとうございます…?」
二人の言い方に若干の違和感を覚えたが、とりあえず先に話を聞くことにした
「じゃあ、最初は思い込みについて話していこうかしら」
「昨日の相廉先輩みたいな例のことですよね」
「あぁ」
「思い込み、っていうのは心の奥底からワードの意味を間違えて思い込んじゃう状態のことよ」
「ワードの意味を間違える?」
「それこそ相廉君を例にさせて貰うと、彼のワード『恋愛』は一般的にはお互いが同意して初めて成立するものよね?」
「はい」
「だけど彼の場合『自分が好きになれば成立する』という誤った認識を信じてた」
「このずれた解釈の状態でワードを覚醒させちゃうと前みたいな化け物…私達は暴走者ってよんでるんだけども、まあそれになっちゃうことが多いのよ」
「正確にはずれてること自体が問題って訳じゃないんだけどもまあ…このパターンの覚醒者は大抵暴走すると思って良いわ」
「なるほど」
「次はワードに囚われてしまう例」
「ワードに囚われる?」
「正直これがワードを覚醒させた奴の中で一番多い気がするな」
「自分のワードを大切にしすぎるあまり、その言葉に反する行動、言動に過度な不快感、不安感を感じてしまうっていう例ね」
「こういう人も最終的に化け物になってしまうことが多いわ」
「例えば『清潔』のワードの覚醒者だったら汚れをすっごいいやがったりね」
「こういうのは対処が難しいんだよなぁ」
「対処っていうと相廉先輩の時みたいなってことですか?」
「そう。次は化け物になってしまった人の対処法について説明するわね」
「暴走者、そして私達も含めて力を持ってる人間の源はワードよ。ワードを信じて突き進むことで力を得てる」
「逆に言えばワードを信じられなくなったら力は使えなくなっちゃうのよ。ようは自己否定させちゃうってことね」
「それは…」
「って言っても自己否定させるって言っても悪い意味合いではないわ。どちらかと言えば間違いを正してあげる感じね」
「…ま、これもものは言い様って感じだけどな」
「『恋愛』を『自分が好きになれば成立する』ものとしてた相廉君は、好きなのに明ちゃんにフラれちゃったことを、もう彼氏が居たからって理由をつけて自分の信じる『恋愛』を保っていた」
「けれど明ちゃんの口から彼が彼氏ではなく兄である。つまり彼氏は居ないと否定されたことでその理論が崩れて、彼自身が自分の『恋愛』の定義は間違っていたと認識した」
「これで自分のワードを信じれなくなって能力が消えたわけね」
「…まあ簡単に言うならどうにかして間違ったワードや人を縛るワードを本人が納得するように否定すればいいってことよ」
「なるほど…」
「こういうとき、思い込みの場合なら昨日みたいにその間違いを指摘して納得させちゃえばいいだけなんだけど…」
「囚われている場合はその人の信条と真っ向から戦うようなもの…出来なくはないけどこの方法じゃ難しいわ」
「んでそういう場合は俺の出番だ」
「なんでかは解らねえけど能力者は倒すと能力が消える。なんで否定の方法が使えねえときは暴力で解決ってわけよ」
「なんか嫌な言い方だけどまあそんな感じね」
「ちなみに否定させるときは、ワードは勿論その人の人となりも知らなきゃいけないけど、深い知り合いでもない限りそんなこと知ってるはずないから、私がいない時に遭遇したのは大抵鹿江くんがぶっ飛ばしてたわ」
まとめると、先輩達のような正気を保った状態で能力に目覚める場合、そしていま教えて貰った2つの暴走例で合計三種類覚醒の仕方があり、覚醒者自身にワードを否定させる方法と戦って倒す方法の二通りの対処法がある…ということだろうか?
「…ちなみに先輩達はずっとワードの暴走者達と戦ってたんですか?」
「まあそうだな」
「たまたまワードとかそれで暴れる人についてとか知っちゃって、それからはずっとね」
「知ったからには見て見ぬふりは出来ねえって訳で暴走した奴等をぶちのめしてまわってる」
「能力も私達二人で否定と撃退両方こなせるしね」
「凄い立派ですね…命の危険だってあるのに…」
「そんなじゃないわよ。私達だってただ生活を守りたかっただけ」
「放置して逃げ回っても最終的には俺等だって被害受けるだろうしな」
二人はそういうが、見返りもなしに命を懸けてまで戦っているのはやはり凄いことだと思う
昔憧れたヒーローのようなそんな二人だ
「ありがとうございました。もしなにか私にできることがあれば何でも言ってください」
「…あ」
「……」
何か変なことを言っただろうか?二人の顔が変わる
より神妙になったというか…
そんな表情のまま相条先輩が口を開く
「実はね、貴方達兄妹にはワード覚醒の兆候が見られるの」
「私とお兄ちゃんが覚醒…?」
「それも相廉君みたいな暴走形態じゃなくて私達のような制御形態にね」
「たまたま『恋愛』について調べてるときに貴方達の心を読んでわかったのよ」
突然のことで頭が真っ白になる。私達に力が…?
「私達が貴方に方法を教えれば、その時点で覚醒出来ると思う」
「そこでお願いなんだけど、私達を手伝ってくれないかしら」
「手伝う…?」
「貴方達にも暴走したワードの覚醒者を倒すための手伝いをしてほしいの」
「危険もある上に報酬だってでねえボランティアだ。正直なんのメリットもない」
「………戦い…私が…」
「当然断るのもアリというか俺なら断る方を進めるぜ?」
「少し…考えさせて貰っても良いですか?」
「全然大丈夫!私達は大体いつもここにいるから…出来ればイエスかノーかは教えてほしいかな」
「はあ…」
会話を終えた私は一度校門を出て、外に出ていた
ただ見慣れた町を眺めながら歩いていく…
ワードの覚醒、それで他人に危害を加える暴走者。それを止める二人組
そして…私に宿る人を守る力…
アニメや漫画じゃないんだから…なんてそれこそアニメや漫画で御決まりのセリフが脳裏を過る
確かにできることがあったらなんでも。とは言ったけど…まさかこうなるとは…
確かに、出来ることなら一緒に戦いたい。しかし、一緒に戦ってほしいと言われたとき頭の中に化け物となった相廉先輩と倒れた兄の姿が浮かんできた
そして、怖い。そう思ってしまったのだ
ならば鹿江先輩の言った通り断ればいいのだが…
「なんか違う気がするなぁ…」
思わずため息が出てしまう
まるで心が2つあるかのように先輩達と戦いたい自分と戦わず安全に暮らしたい自分がいるのだ
そんな葛藤を遮るように、少し少し怒気を含んだ声が響く
「今ぶつかりましたよ…」
「あん?」
つい気になってそちらに目を向けてしまった
「んだよお前」
「今ぶつかりましたよ」
「だからなんだよ」
どうやら人と人がぶつかり、ぶつかられたほうが謝罪を求めているようだ
しかし、ぶつかってきたらしい男は気に食わなかったのか、もう一人の男を押そうとする
「謝ってくださいよ」
「うっぜえなぁ!」
段々と言葉がヒートアップしていく
止めないと不味いかな…
そう思って近づこうとした直後だった
「お前常識なさすぎるだろ…』
男が何かを呟く。その瞬間空気が変わった
「なっ!?」
そして、私も思わず叫んでしまう。何故なら男の腕が鞭のように細く薄く変形していたのだから
『躾が足りてねえんだよ…躾躾躾躾躾…アァァァァァァ!!!!』
「ひっヒイ!?」
「嘘…」
やがて男の体全身が鞭のように変わり完全なる化け物になってしまった
しかし、それを前にしても男は逃げ出さない。何をしているのかと男を観察すると気がついた。鞭が男の足を掴んでいるのだ
「離せ!離せ!?」
『アァァァァァァァァァ!!!!!』
離れようと必死でもがく男に対して、望み通りにしてやると言わんばかりに足を掴んでいる鞭をしならせると男を野球のボールのように投げ飛ばしてしまった
男の叫び声と何かがぶつかる音。私は怖くてそちらに振り向けなかった
男を投げると満足したのか化け物は人間へと戻っていく。ぶつかられたことへの復讐とするには明らかにやり過ぎだ
自分の心に反する行動、言動に過度な不快感を抱く
間違いなくワードの覚醒者。それも暴走者だ
攻撃力をみてもまず間違いなく危険度は昨日の相廉先輩以上。ここは一度戻って急いで二人を…
「おい、何見てんだよ」
気づかれた…
「人のことチラチラ、チラチラマナー違反だよな?」
「…ッ」
逃げ切れるかな…?それとも電話で先輩達を呼んだほうが早いか…?
とポケットからスマートフォンを取り出す
その瞬間大きな舌打ちとともに男の体が変形していく
「チッ!」
『アァァァァァァァァァ!!!!!』
「…!」
しまった。そう思った瞬間に私に鞭が振り下ろされた
「あぶな!」
防衛本能からか、感覚で左に跳ぶことで攻撃を躱したものの鞭の当たったアスファルトはその形に沿って抉られていた
アレがもし私に命中すれば……恐怖からか危機感を一層高まる
落ち着け…危機感を高めすぎては駄目だ。冷静な判断が出来なくなってしまう
なんとか自分に言い聞かせるように、湧き上がる危機感とそれによる焦燥感を落ち着ける
『アァァァァァァァァァ!!!!!』
「ふっ!」
そして更に放たれた鞭を再び回避する
よく観察すればあの化け物は鞭を放つ予備動作が少し長い。予備動作からどのように鞭が振り下ろされるかを推測すれば確実に回避していけるだろう
「ッ!」
予備動作を黙視して体を動かす
軽い運動だが、徐々に高まる焦燥感や体力のことを考えればあまり長くは持たないだろう
それに例え単純作業といえ焦れば失敗しやすい
とりあえず今はアレをなるべく早くどうにかしなければいけない
更に不自然なことに今は昼間だというのにこの大通りに人ひとり居ない。良く言えば被害者は増えない。だが悪く言えば通行人に助けを求めることもできない
ならば走って逃げるべきか
そう考えた私は攻撃の隙を見計らって全力で走った
しかし、ある程度まで走ると見えない壁に阻まれてしまう
「なにこれ!?」
どうやら逃走は不可能らしい
だとすれば助けを呼ぶしかない…
ポケットのスマホを手に取る。普通ならば『110』に掛けるべきだろうが、残念ながらこの相手は普通ではない。ならば掛けるべきは当然先輩達だ
見えない壁が気掛かりだが、そこは二人がなんとかしてくれると信じるしかないだろう
『もしもし相条です』
「学校をまっすぐ1km程行った先の通りを右に曲がった先!ワード!!」
喋るのにも体力を使う。先輩達が来てくれるまでどれだけ掛かるか分からないため体力は温存しておきたい
その考えから私は必要最低限の言葉だけ叫んでスマホをしまった
念のため通話は繋いだままだ
とにかくこれで後は避け続ければ先輩達が
『ヒ……ジョウシ…キ』
「え?」
今まで意味のない叫び声しか発しなかった化け物がその一言を発すると同時に今まであった予備動作が無くなった…恐ろしい速度の鞭が私を襲った
大縄跳び。私はアレを縄を見ずに感覚だけで跳ぶ。それと同じように私はやばい。と感じてその場でジャンプをした
その結果、本来首を狙って放たれたであろう鞭は私の胴体に命中した
後ろの見えない壁ではなく、薙ぎ払うように横に飛ばされたのは幸か不幸か…何も無いところに転がり、叩きつけられたことでのダメージはなかった
鞭に関しても本来首の骨を折られていたであろう一撃を、意識が飛ばない程度のダメージに抑えることが出来たのは幸運というべきだろう
それよりも
『非常識』
っと化け物は発した。そしてその瞬間あの化け物は強くなった
あの人が化け物になった理由は通りすがりの人にぶつかられたから……ではなくぶつかったのに謝らなかったから
そして私があの人を凝視してしまったから…いや、もしかするとあの人の言葉を無視してスマホを取り出したことか…?
他にも私は自ら電話を掛けたにも関わらず、名乗らず用件だけを叫んだ
それらの行動全てに当てはまるものこそマナー違反、『非常識』だ
ワードに反する行動に過度な不快感を抱く。この場合非常識な行動に反応していた
ということは恐らくあの人のワードは『常識』。そして標的となるのは非常識な行動をした人物ではないだろうか
壁がなんなのかは説明がつかないが
『アァァァァァァァァァ!!!!!!!』
多分、能力は非常識な行動を行った人間に対して、自身の性能を越えた攻撃を繰り出す力
非常識な行動をとれば敗北は必至だ
二人に連絡を…
「あっ…」
携帯が壊れてしまっている…さっきの攻撃のせいだろう
だが構わない。男の時の例を見る限り、一度制裁を加えれば元に戻る筈…男が去ったあと改めて先輩たちに情報を伝え昨日みたいな作戦を立ててもらえば良いだろう
そんなことを考えていた時不幸は続いた
「明ちゃん!?どこ!?」
「…連絡は?」
「さっきいきなり切れちゃって…」
二人だ…それも、化け物を挟んで反対方向から
走って向かいたいが、まだ立ち上がることが出来ない
「暴走者…」
「鞭か。…さっさと倒してアイツ探すぞ」
「そうね」
『アァァァァァァァァァ!!!!!』
あの二人のワードで出てくるのは包丁とグローブ。会ったばかりの人にそれを向けるなんて間違いなく…
『ヒ……ジョウ……シキ』
「喋った…?」
「あ?」
バチン!と音が響き何かが壁にぶつかる…
「オラァァァァァァッ!!!!!!」
『アァァァァァァァァァ!!!!!!??』
もしかして負けてしまったか?
そんな私の思考は響いた怒声にリセットされる。先程と同じく、何かが吹き飛び叩きつけられる音。しかし、吹き飛んだのは人間ではない。化け物だ
『復讐』の力…!
「明ちゃん!!」
二人はこれまで何度も化け物と戦ってきているのだ。そう簡単にやられる訳がなかった
更に化け物が移動したことで、その影で見えていなかった二人が見えるようになる
「相条…回復頼むわ」
ボロボロの鹿江先輩はそういって膝から崩れ落ちる
「了解…ありがとうね鹿江君」
鹿江先輩が盾になってあの鞭を受けきったのだろう
「すぐに回復させるわ」
駆け寄ってきた先輩が包丁を強く握りしめると、私の体がほのかに暖かくなる
「この傷だと時間掛かっちゃうと思うけどごめんね…」
「だい…じょうぶです」
時間が掛かるといっても自然治癒より遥かに早い。事実言葉を話すのも辛かった筈の激痛が少しずつ引いていくのを感じられた
これもワードの力だろうか…いやそんなことはどうでも良い。それよりもだ
「先輩…あのワードは恐らく『常識』です。能力は非常識な行動をとった相手に強力な一撃を与える。もしくは非常識な行動をされると身体能力が上がる力…他の能力はまだ未確認です」
言葉を発せられるようになって早々、私は今の戦いで得られた情報を先輩に伝える
壁に関しては二人が入ってこれている時点で言わなくてもあまり関係はないだろう
「常識………?…本当みたい。貴方どうやって…!?」
愛情の能力で情報の裏取りを行ったのだろう。反応的にどうやら私の予想は合っていたらしい
『ヒジョウシキ』
「っ!続きは後で!!」
話は途切れるが一番重大な問題が残っている。私達にはあの化け物に対抗する能力が存在しないのだ
鹿江先輩の復讐は一撃喰らわないといけないという性質上、多用すれば鹿江先輩の体が心配な上、そもそも次すらも受けきれるか危うい
相条先輩は恐らく非戦闘系の能力しか持っていない。事実相条先輩は攻撃を一切行わずに回避に専念している
そう考えると昨日のように言葉を否定する。やっぱりそれしかない
だけど…それをするにも私はあの男の人を知らなすぎる…
否定するにもそのための過去が分からないのだ。常識を好み、非常識を嫌うという性質しか…
分からない…何も分からない…。
……せめて誰かが解説でもしてくれたら………解説?
ふとその言葉が引っ掛かる。と言っても喉に小骨が引っ掛かるような嫌な感覚ではなく、まるでピースがピッタリハマるような…
解説…解説…
「解…説…」
脳裏に言葉が流れ込んでくる
名前は上色 優。職業は会社員。
会社では非常に優秀な成績をおさめている。しかし、周囲からの評価を気にしすぎるあまり少し引っ込み思案であることを自覚している
ワードは常識
能力は非常識な相手に対して絶対の一撃を与える躾と一度入った相手を一定範囲内に捉える常識の範囲内。外れだ
彼の家庭はとてもマナーに厳しかった。故に彼自身も叱られ、叱られ、叱られつづけてマナーを会得した
しかし、両親との仲は非常に良好。彼も両親を憎んでいる
理由はマナーだ。厳しいマナーのせいで彼は自由に生きられなかった。故にマナーを知らない、守らない非常識な人間に腹が立つ
好物は蕎麦。今日も食べに行きたい
今の気分は最悪。ぶつかったくせに謝りもしないなんて非常識だ
これからまた仕事に行かなくては
「今の…何?」
今のは一体なんだろうか。突然彼の生い立ちが頭の中に解説された…。
いや、私の手に見覚えのないノートが現れている時点でこの事象の答えは一つしかないだろう
ワードだ
ノートについていたペンを手に取る。先程の情報から余分な部分を切り落とし、残った部分を分かりやすく修正する
好物、仕事、両親についての情報は必要がない。次に今の気分、ワード、マナーについて。
彼はマナーに厳しい。それが常識。
ノートに必要な情報を書き込み、足りない部分を考察し、肉付けしていく
彼はマナーに厳しい家庭に生まれた。その厳しい躾から彼はマナー違反を起こす人に過度な嫌悪感を抱き憎んでいる
しかし、それはマナーを守らないからではなく、他者への嫉妬。そう読み取れる
ならばあの化け物を崩す言葉は…
息を吸い込み口を開く
「あなたのそれ!!!ただの嫉妬じゃないですか!!!!」
「明ちゃん…?ってそれ!?」
痛む体を抑えながら思いっきり叫んでやる
「貴方のルールを他人に押し付けるなんて非常識は貴方だ!!!!!」
ぴしり…怪物の体にひびが入った
当たりだ
『チガウ…ボクハ…マナーヲマモラナイヒジョウシキな人間を…』
『僕が非常識…?あぁぁ…!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』
怪物の体が砕け散った
中から、若い会社員の男が倒れ出てくる
「事乃葉…それ…」
私からすれば何の変哲もないノートにしか見えないのだけど…同じ能力者からすれば分かってしまうのだろうか?
いや、そんなことよりも…
「相条先輩…話は後でひとまずこの人の治療を!」
「…!酷い怪我…!」
最初に『常識』に吹き飛ばされた男性の元へ案内する。幸い生きてはいるようで、相条先輩が治療する
その後私達は救急車を呼び、二人を連れていって貰った
勿論、ワードの事は話さずここにきた時には既に倒れていたことにしてだ
今は時間にして15時。随分と戦いに時間を使ってしまったがまだまだ時間はある
私は部室で先程の答えを話したい。と二人に場所を変えて貰うことにしたのだった
「往復2km+『常識』戦……良い運動になりそうね…」
「いやハードすぎるだろ」
部室に辿り着いて早々、相条先輩の発した言葉に鹿江先輩がツッコミを入れる
「何よ?2kmくらいハードに入らないわよ」
「いや『常識』戦の方だよ。っていうか暴走者との戦いを運動扱いすんな!!」
「あの…」
「あ、ごめんなさい」
「…やっぱあのノートはワードか?」
「…はい。さっき『常識』と戦った時に偶然覚醒しました」
「武器はあのノートか?」
「ペンもセットですね」
「二つ?珍しいわね」
「んで、肝心なワードは?」
「『解説』でした」
「予想通りだな」
「じゃあ『常識』の能力を見破ったり、言葉を否定させたのも『解説』の能力?」
「能力の方はたまたま…否定させた方は能力です。私の能力は合計3つ」
「3つ?もうそんなにわかったの?」
「?…覚醒した時に大まかな使い方は頭に流れ込んできました」
二人の反応からして本来は違うのだろうか?
となるとこれも『解説』の恩賜か
「一つ目は相手の情報を取得する能力。っといってもワードとか必要な情報だけじゃなくて、その人に関する情報が乱雑かつ大量に流れ込んできます」
「能力者との戦いにおいては破格の力だな。それ」
「って言っても条件があって、相手が能力を使用するところを見て、ワードを特定しないと使えないみたいです」
「にしてもだな」
「ええ、相手の過去を割れるんだから少なくとも、相手を知らなくて詰み…って状況は無くなるのよね…」
「二つ目は思考加速。その名の通り考えるのが速くなったりしますね」
「えっと…情報を整理するのに使うのかしら?」
「最後は言葉を伝える力」
「…どういうことだ?」
「どんな乱戦下でも必ず聞き取ってほしい相手に私の声を聞き取って貰える能力…みたいです」
これはまだ使ったことがないからよくわからないが
「まあストレートに解説する能力って訳ね」
「助けを呼ぶときなんかにも便利そうだな」
「以上3つが私の持つ能力です」
「ありがとう、貴方のワードのことはわかったわ」
「『常識』にはたまたま出会しただけか?」
「はい。全く知らないひとでした」
「つまり、私達と別れた直後に覚醒者と出会して、ワード覚醒で撃退って訳ね」
「ほんの数時間の出来事とは思えねえな」
「全くですね…」
「…怖かったでしょ」
「…そりゃもう。…でも」
「?」
「さっきは戦うのが怖くて返答を保留にさせて貰ったんですけど、いざ先輩たちに頼れない状況で暴走者と対峙したとき、昨日の『恋愛』ほど怖くはなかったんです」
「……」
危険度は昨日より上だったにも関わらずだ
「そこで気づいたんです。多分私は、覚醒者との戦いでまた身の回りの誰かが被害を受けるのが怖かったんじゃないかな?って」
ていうか、『解説』の力で自分の頭の中をまとめた結果なんだけど
「だから…私、現代文同好会に入ります」
また身の回りの誰かが被害を受ける前に、覚醒者を倒すために
「そうか…俺は歓迎するぜ事乃葉。」
「勿論私も!」
「…よろしくお願いします!」
俺は昔から学習が早かった
勉強して、知識を蓄えれば皆が褒めてくれる。だから俺は沢山勉強した。勉強が好きだった
分からないことは全て調べ、学び蓄えて己の知識にした
故に俺は自信をもって、分からないことはない。と言えた
なのに、分からなかった…分からなかった…分からなかった…。何も理解できなかった
完全なる非科学、学んだところで追い付けるわけがない
俺が学べない…そんなことあっちゃいけないのに