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言葉。人間は誰しもが心…自分の自我を象徴する大切な言葉がある…少なくとも私はそう思います
例えば『正義』に生きる、『規律』を守る、必ず『勝利』する。というように自分の信念を形に出来る単語
それは親や恩人から与えられるかもしれないし、自分自身で見つける人もいるかもしれない。
とにかく。人間は誰しも生きる上で何かしら大切な言葉があると私は思います
そんな、大切な言葉を私たちは『ワード』と呼んでいます
そして、ここからは少し不思議な話。自分の『ワード』で戦うヒーローの話です。
といっても私では簡潔に『解説』出来る気がしないので全て見て貰うのが一番手っ取り早いでしょう
ということで、まずは始まりから。私、事乃葉 明が自分のワードに気がついたのは、ある出来事がキッカケでした
―――――――――――――――――――――――――――
「お兄ちゃん。そろそろ出ないと間に合わないよ」
「わかってる」
私は双子の兄である事乃葉 綴に声をかけると、玄関の扉を開いた
段々と温かくなってきたとはいえ、まだ少し冷え込む4月の空気が肌に刺さる
「いってきます」
「いってきます」
私達は今日から共に同じ学校に入学することになった高校一年生だ
「はぁーあ。眠い…」
「入学式で寝ないようにね」
「流石に寝ないよ…」
通学路が遠くなったことで朝のリズムが崩れ、少し寝不足気味だ
徒歩圏内ではあるので近い方ではあるのだけど、それでも中学校の2倍はある。これを毎日歩くとなると気が滅入る…
そんなことを考えながら歩を進めていると、同じ制服を着た人達がちらほら目に入るようになる
「同じ学校の人みたいだね」
「ね」
同級生かはわからないけど
「そろそろだね」
「あぁ。っていうかあそこじゃない?」
真新しい新校舎にその1/3程度の大きさの古びた旧校舎。そして広いグラウンドで構成された学校。ここが私達の目的地であり、これからの進学先である『誠実高校』だ
初めて潜る校門は何か特別感がある…実際特別なのだけど
「ここが誠実高校…」
「初めて来たような反応してるけど私達見学で何度か来てるよね?」
「まあそうだけど」
軽く装飾された門を潜り、歩を進めるとすぐに私達の同級生であろう人混みが目に止まる
「クラス分け掲示されてるみたいだよ」
「あぁ、見に行こっか」
ある程度人混みがはけるの待ち、掲示場所に近づく
細かい文字を目を細めながら確認していく
「あった!私はA」
「俺はCだね」
双子は同じクラスにはならない。なんて話はどうやら正しいようで私達はこれまで同じクラスになったことはない。
それは今回も同じだったようでお互い別々のクラスだ
確認が終わるとすぐに邪魔にならないよう人混みから離れる
校舎へ。そう言おうとした瞬間、突然誰かに腕を掴まれる
「ね、ねえ君!!」
「?」
「うおっと!?…どうされました?」
驚き腕を掴む人物に振り返る。特徴からして恐らく先輩だろうか?知り合いでもない見ず知らずの人だ
「えっと…明の知り合い?」
「いや…?知らないひ」
「ねえ君…名前何て言うの?」
私達の会話を遮るように男が突然問い掛ける
「…えっと事乃葉 明です」
「明ちゃんかぁ…」
「あの…なんの御用でしょうか?」
突然名前を聞いてきたかと思えば、馴れ馴れしく少し怖い
「その…!俺と付き合ってください!!!」
「はい…?」
「一目惚れなんです…是非!!」
その発言に一瞬頭が真っ白になる。兄の方もぽかん。だ
「ねえ!いいでしょう!?」
「ひっ!」
顔を強ばらさせた男に少し怯んでしまうと、兄が私の手を弾く
「ごめんなさい。ちょっと…先を急ぎますので」
「うん…」
「は?待って!ねえ!!」
兄に便乗する形でその場から立ち去る。この人混みだ。会話を聞いていた人は多くざわざわと、会話が聞こえてくる
「ねえ…あの人」
「気持ち悪…」
「てかあり得ないでしょ」
「泣いてるし…」
何か悪いことした気分…
「えっと…まあ、変わった人もいるな…?」
「…うん」
兄の言葉にそう返す
「入り口はあっちかな?」
「みたい」
なるべく詰まらせないようそそくさと昇降口に入り、靴を履き替えると「じゃ」とひと声掛け兄と別れる
兄は新入生代表に選ばれており、事前に先生と打ち合わせだそうだ
「えっとA組は…」
「どうかしましたか?」
クラスの場所が分からず、地図を探していると突然男の人に声を掛けられる
「あっ、クラスの場所がわからなくて」
「何組?」
「A組です」
「アレ?河津ナンパ?」
「違うわ!クラスがわからなかったみたいで」
「声掛けられちゃったと」
「いや僕から掛けた」
「ナンパじゃん」
「だから違うっての!」
「冗談、冗談。相変わらずお人好しだな」
「まったく…ってあぁ、ごめんなさい。えっとAですよね…。だったらそこですよ」
先輩が指を指しクラスの場所を教えてくれる
「ありがとうございます!」
「いえいえ。それでは」
今時親切な人も居たものだなぁ。
と教えてもらった教室に足を踏み入れる
「おはようございます」
早速黒板に掲示された座席表を見て、自分の席を目指す
そして、鞄を机に置いたところで後ろから声をかけられる
「おはよ!」
「おはようございます」
どうやら後ろの席の女の子のようだ。
「良かった〜。前の席女の子で」
「同性だと話しかけやすいですしね」
「そうそう。私最後尾だから前の席男子だったらどうしようかと!あ、あとタメ口で良いよ?同級生だし!」
明るい印象の子でとっつきやすそうだ。これなら友達ができない…なんて事態にはならなそう
「私、小山奏!よろしく!」
「私は事乃葉明。よろしく」
「明さんどこの中学だった?」
「駅前のとこ」
「え?じゃあここ地元?」
「うん」
「ならなんかいい店とか知ってる?」
「この辺だと…」
なんてことを話している内にあっという間にチャイムが鳴り、扉がガラガラと開く
「おはようございます」
現れたのは制服ではなくスーツを身にまとった男性教師。私達の担任だろう
「えっと…じゃあ一番の…飯島。号令頼めるか?」
「あ、はい。起立」
「おはようございます」
「へい、ありがとう」
「んじゃあえっと…簡単に自己紹介させてもらうわ。」
「仙田 作治。37歳で趣味は…あーPCいじり。彼女はいない。よろしく」
どこかぶっきらぼうな印象だけど大丈夫だろうか…?
「なんか質問あるやつ居るか?……っていきなり初対面のオッサンに言われても困るか」
「で次は各自の自己紹介。と行きたいとこだけどまずは入学式だ。15分後には始まるから5分で支度済ましとけ。トイレはそこ右」
「10分前になったら飯島先頭に列になれ」
「じゃあ解散」
「…なんか不思議な先生だね」
「うん」
その後は特に何かあるわけでもなく、入学式が始まった。緊張した空気の中、これから3年間ここで過ごすのだという決意が改めて漲った
「じゃあね〜明さん」
「うん。また明日」
入学式が終わった午後。その日は授業もなくクラスでの自己紹介を済ませたら昼を食べることもなく下校だった
「悪い明。遅くなっちゃった」
「大丈夫。それよりお腹空いたしどっか食べ行こ?」
「うん」
校門から出ようとした時だった
「河津?…おい!河津!!」
「なんの騒ぎ?」
遠くから聞き覚えのある声が響いてくる
「河津…?」
「知り合い?」
「いや、朝クラスの場所教えてくれた人」
「おい!誰か救急車!!」
叫んでいるのは、途中で河津先輩に話しかけていた友達の人だろう
「大丈夫だといいね…」
「うん…」
「とりあえず行くか…」
「そうだね」
その日はご飯を食べて、家に帰って、両親にも入学を祝ってもらって、そのまま終わった。
普通ならば間違いなく人生で大事な一区切りの始まりの日。しかし、私達にとって本当の始まりの日は少し先だった
次の日の朝、兄が高校についた瞬間倒れた。
突然のことで何も覚えていなかったけど、抱き抱えようと触れた兄はとても熱かったことだけは覚えてる
救急車が来て、そして…
結局私はその日授業を受けることなく、兄と共に病院へ行くこととなった
診断結果は一時間もせずに判明。『異常なし』とのことだ。勿論熱が40度を超えているのだから、そんな訳はなく、院内の人達も瞬時に行動に移った。
両親は仕事場の関係で到着には時間が掛かる、一応メッセージアプリで状況を送ってはいるのだが…
結局兄はより精密な検査を行うことになった
扉の前で思わず顔を押さえてしまう。もしこのまま会えなくなったらどうしよう…
「恋の病。とはこの事ね」
「いや全然ちげえだろ」
そんな時だった。この二人に出会ったのは
―――――――――――――――――――――――――――
4月7日
『恋愛』
―――――――――――――――――――――――――――
今日も午前中授業だったのか、まだ午後になっていないにも関わらずすっかり人のいなくなった高校の敷地に足を踏み入れる
病院に現れた二人の男女と共にだ
何故こんな状況になっているのかと言うと二人は兄の病気を知っているらしい
医者ですら分からない病気を一端の高校生が知っているわけがない。
判っているのに…何故か二人の言葉が真実であるように感じられて…知りたいならば来て。という先輩の言葉に耳を貸していた
その結果、私は本校舎から離れた別校舎に連れてこられていた
「どうぞ入って」
「ここは…?」
「現代文同好会、部室」
「現代文同好会?」
「現代文の勉強をする部活ね…表向きは。ちなみに会員は私とこの人で二人、あと二人くらいはいれば正式に部活動結成になるわね」
怪しさが増してきた気がする…
「ところでそっちの男の先輩…」
「あー鹿江だ。そういや昨日会ったな」
「なに鹿江君ナンパ?」
「ちげえよ」
「すみません。早く本題を」
今の私に二人の会話を聞いている余裕はなかった。一刻も早く兄に関する手掛かりが欲しい
察してくれたのか二人も真面目な顔になる
「…というかなんで兄の病院の場所が分かったんですか」
「あー、それも病気のことも全部まとめて話すよ。相条が」
「全く…人任せね…」
「んじゃあ俺が話すか?」
「それだけはやめて」
「改めて私は相条 実よろしくね」
「俺は鹿江 習。」
「…事乃葉 明です」
「…じゃあとりあえず『ワード』の説明からしないとね」
「Wordって…言葉?」
「いえ、それを語源としたある特殊な力…平たく言えば超能力のことよ」
「は?」
「勿論冗談を言ってるわけではないわ?オカルトなんかじゃなく、しっかり実在する力よ?」
「いやオカルトではあるだろ」
「あの霊感商法なら私帰りま…」
席を立とうとした瞬間、相上先輩は左手を構える
すると一瞬の光と共にその手に包丁が現れたのだ
「なっ!?」
「驚くのも無理はないわ」
先輩の手に握られた包丁はいたって普通の包丁。折り畳めるだとか実は電動だとかそういったものではなく、鋼の刃に木の持ち手のそこらの店で買えるようなありふれたものだった
しかし、ありふれたものだからこそ無から生み出したりマジックで出せるような代物ではないことは見てわかる
疑う余地もなく、今この瞬間ここで生み出された物だ
「…驚きました」
「随分あっさり信じるんだな?」
「実際に目の前で見せられたら信じるしかないですよ…」
かといって内心は冷静ではない。あり得ない超能力を目の当たりにしたことへの驚愕、恐怖そしてある種の高揚感を感じている
本当はすぐにでも色々と質問したいし、観察もしていたい。しかし、私は馬鹿ではない。兄の病気の話から突然こんな超能力の存在を明かした理由。話の脈絡が飛んでいないのだとすれば、それが意味することはただ一つだろうと理解出来ている
それならば、今話を長引かせることは得策ではないと私は考えたのだ
それ故、今私に沸き上がるありとあらゆる思考や感情を押さえ込み話を進ませることを望んだ
相手もそれを察してくれたのか、私の反応には触れず次の話に進んでくれる
「『ワード』は人の大切にする信条や想いを一つの単語にしたものよ」
「その単語から連想されるものが、武器や能力として具現化される。それがワードの力よ」
「例えば何よりも正義感の強い人ならばそのまま『正義』がワードになると思う」
「ちなみに私のワードは『愛情』。具現化されたのは包丁。私にとっての愛情を象徴する物が包丁だったというわけね」
「…おっかねえよな」
「刺すわよ?」
短い説明だが必要なことは理解できた
「…つまりお兄ちゃんの病気は誰かの超能力…そのワードの力で引き起こされたものってことですか…?」
「そういうことよ」
やはり、私の考察はあっていた。しかし、それならば1つ。大きな疑問が生まれる
「…でもそれなら…そんなのどうしようも無いんじゃないですか?」
「超能力なんて病院じゃ直せないし警察も信じてくれない」
数分前までの私がそうだったように、こんな非科学的な現象は世間に全く浸透していない。話しても信じては貰えないだろう。
否、正確には私にしたように目の前で見せれば信じては貰えるだろうが、国の関係者一人一人に見せているのでは時間が掛かりすぎる。世間にこれが浸透し、何かしらの対処が確立する頃には兄は手遅れになっているだろう
しかし、それに対する答えはいたってシンプルなものだった
「あぁ。だから犯人をぶっ潰せば良い」
「え?」
「えぇ。『ワード』の力は使い手が気絶すれば消えるわ」
「ついでに犯人の目星もついてる」
「!?」
「犯人の名前は相廉 勝努。この学校の二年生…昨日貴方に告白した男覚えてる?アイツよ」
入学式前に私に話しかけてきた上級生。昨日のことであるし、あまりにも強烈だった故忘れることはなかった
「あの時の!?」
「ワードは『恋愛』。能力は病を操るで間違いないだろうな」
「さっきも言ったけど能力は基本ワードに関連した物。今回は『恋の病』から着想を得たのかしらね」
なるほど。しかし、それならそれでもう1つ疑問が生まれる
何故私にこのことを話したのか?だ
単純に金銭等の見返りを寄越せというのが一番あり得る線だが、二人の態度や様子を見るにそんな邪な考えではない。と私は思う
それならば次にあり得る線はこれだ
「状況はわかりました。そして、その先輩を倒すのに私が必要になる…。っということで合ってますか?」
「話が早いな…その通りだ。ちょいと理由があってアイツをブッ飛ばすのにお前の力がいる」
「金…はあんまり無えけど出来ることなら何でもする。勿論お前の兄貴も救う。だから頼まれてくれねえか?」
「なんでそこまでして…?」
「俺の友達がやられた」
その言葉でふと昨日の下校時の風景が蘇る
「それって河津先輩のことですか?」
「あぁ。なんだ見てたのか。元々俺等がアイツを追ってたのもコレがあったからだ」
「勿論危険は多いし、私達に協力したせいで取り返しの付かないことになる可能性もある。もし貴方が今断るのなら私達は別の方法をどうにかして探すわ」
だが、その別の方法とやらが成功する確率は極めて低いのだろう。でなきゃわざわざ私にあそこまでお願いすることはない。
どちらにせよ利害の一致?だ。むしろ私から願いたいくらい
「協力します」
私はそう答えた
ただでさえ馴れていない校舎で静まり帰った放課後となると最早ある種の不気味さを感じ始める
臨戦態勢というべきか、鹿江先輩も相条先輩もこの校舎に入ってからは静まり帰っている
やがて2-Aと掛かれた教室の前で相条先輩と鹿江先輩は立ち止まる
「恐らく今もこの中に能力者は潜伏しているわ」
「さっき言った通りお前は合図するまで隠れてろ。そんで合図したらさっき言った『言葉』を叫んでくれ」
私はコクりと頷く
確認すると、先輩達はがらがらと木製の扉をスライドさせていった
教室には見覚えのある男ただ一人がそこに座っていた
私を隠すように二人が前に経つと二人はその男…相廉先輩に声を掛けた
「相廉君」
「…君達は確かB組の」
少し驚いたような顔で反応する
「鹿江だ」
「相条よ」
「なにかようかい?」
「貴方、超能力って信じる?」
「……なんだいいきなり」
少し、言葉の前に間があった。動揺している証拠だ
二人もそれに気がついたのか畳み掛けるように質問を投げ掛ける
「例えば…病気を操るとか」
「……なにそれ?普通火とか雷じゃないのかい?」
尚もシラを切る相廉先輩に対して、二人は最後の質問を投げ掛ける
「…この子に見覚えは?」
「!!……事乃葉ちゃん…!」
「………」
先輩の目はまるで獲物を前にしたかのように大きく見開かれた。正直…怖い
「分かってんだろ?バレてんだよテメエの力」
「フッフフフフフ!!性格悪いなぁ…最初から分かってたのなかぁ」
アニメや漫画のような笑い方に反応。それに私は生理的な嫌悪感を感じていた
「性格わりいのはどっちだよ、クズが」
「…なんで河津君と綴君に能力を使ったの?」
「決まってるじゃん。明ちゃんを手に入れるためだよ」
「…!どういうことですか」
「僕をフッタのってあの彼氏のせいだろ?」
「………は?」
「僕の初恋だったのに…早い者勝ちで取られるなんてズルいじゃないか!僕より前から知り合いだったからっていう運だけで君と付き合えて…正々堂々大衆の面前で告白した僕が馬鹿みたいじゃないか!?」
この男は一体何を言っているんだろう。前提から過程まで全て理解できない
「何を言って…」
「ちょいと黙ってろ」
間違いを正そうとすると、何故か鹿江先輩に止められた
「…?」
「だから運だけのクソヤロウを消し去って、もう一度告白し直そうと思ってね」
「何か勘違いしてるみたいだけど、綴君関係なくフラれる可能性って考慮してないの?」
「は?フラれるってもう彼氏がいるからフルんだろ?彼氏が居なくなれば恋人になれた。それだけじゃないか」
支持滅裂で意味不明な発言。どう見ても正気ではない
まるでドラマなどで見た薬物を使ってしまった人間を彷彿とさせるような様子に、恐怖が私を支配した
「…じゃあなんで河津も狙った」
「?…僕の明ちゃんに色目使ったからに決まってるじゃないか」
気持ち悪い
そんななか鹿江先輩が私にそっと小声で話しかけた
「アレが『思い込み』だ。幼い頃からそうあれと信じてきた言葉の意味を疑いもしない」
「思い込み…?」
「あぁ、ただの思い込みじゃねえぞ?これもワードに関係することだ。まあ後で詳しく教えてやらぁ」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと2人に掛けた能力を解除しなさい。こんなことをして苦しむのは貴方よ?」
「馬鹿なこと?馬鹿なことって言ったのか?僕の恋を」
「違う。恋の話じゃなくて…」
「馬鹿なことと侮辱したのか!?」
突然の激昂に『思い込み』について考えていた思考から弾き出される
どうやら相条先輩のいった何かが彼の逆鱗に触れてしまったらしい。それだけは理解できた
「ッ!」
「あーあ。やっちまったな相条」
「…なにか説得を間違えちゃったみたい」
「間違えてはねえよ。アイツがおかしいだけだ」
責めたいのか、慰めたいのか良く分からない会話を終えた後真面目な顔でただ一言
「離れてろ事乃葉。流石にあぶねえ」
っとだけ私に呟いた
「来るわよ!」
「僕の恋を馬鹿にするなぁぁぁーーーーッ!!!!』
先程、相条先輩が作り出したようなオーラ。しかし、先輩のとは違い黒く邪悪な色をしていた。そのどす黒いオーラを一転に集めるのではなく、全身に広げていく。
そのオーラがまるで侵食するように相廉先輩の体を作り替えていき、オーラが晴れた頃には人間ではない、何か別の生き物が誕生していた
細長い、妖怪として知られる一反木綿のような布。ネクタイが近いかもしれない。それと人間が混じりあったような奇妙な生き物
「呑まれたか」
「アレ…ネクタイ…?」
「明ちゃん!?離れてて!!」
驚きのあまり隠れることを忘れてしまった私に声をかける先輩
しかし、その言葉が終わる前にネクタイの怪物がまるで触手のように、鋭くとがった布の一部を私に向けてきた
「あぶねえ!!」
「鹿江君!」
「あっ…」
私を守ったせいで布に拳を貫かれ血を流す鹿江先輩。しかし、次の瞬間、流れた血はオーラにかわりその拳に纏われる
それはやがてグローブを形作り
「痛ってえなぁ!」
『アァァァァァアァァァッ!!!』
私の背丈の2倍はあるであろう化け物をそのまま教室の壁まで殴り飛ばしてしまった
「なっ…なんて腕力…!?」
「鹿江君のワードの力よ」
「俺のワードは『復讐』。やられたことはやり返してやるだけだ」
随分と戦闘向けなワード…
「ていうかごめんなさい!」
「気にすんな、今度こそあっち行ってろ」
私は言われるがまま教室から離れる。けれど戦いは見れる位置で
『ァァァァァァ!!!』
その後すぐに化け物は再起。次の攻撃に移ってくる
「チッ!めんどくせえ…」
鹿江先輩は先程のノーガードとは違い、化け物の刺突攻撃に備えた
「待って!鹿江君!!」
しかし、それに対して相条先輩は警告を発する…けれど間に合わなかった
化け物は先程のように触手を伸ばすのではなく、謎のオーラをこちらに飛ばしてきたのだ
「ッ…!」
「う……」
先程と同じような攻撃を想定していた鹿江先輩は直撃。警告を発し、鹿江先輩に気を取られていた相条先輩も直撃してしまった
「こ…れは…」
「不味いわね…」
しかし、その結果には差があった。突然、先程のお兄ちゃんのように顔を赤くして倒れた鹿江先輩に対し、相条先輩は特に何事もなく立っているのだ
本人も不思議がる様子は無いことから、これも相条先輩の能力の一つなのだろう
そしてたった今あの化け物が使った能力こそ『恋の病』。アレの能力だろう
こうなると状況は最悪だ。見たところ相条先輩は鹿江先輩のような戦闘系の能力では無い。つまり有効打を失ってしまったことになるのだ
「そんなことはないわよ?明ちゃん」
「え?」
今声に出てた…?
「愛は全てを見透かすのよ」
もしかして、相条先輩は心も読める…?
「正解。だから今の解決策もわかる。『今よ』」
「え?」
「アイツに聞こえるように、貴方と綴君の関係を教えてやりなさい!」
「…!」
何故今?という疑問があるが、私はすぅ…と息を溜めると化け物に向けて大声で『合言葉』を叫ぶ
「あの人は…綴は私のお兄ちゃんです!!!!」
このカミングアウトになんの意味があるのだろう?そんな困惑は一瞬で砕かれた
『アァァァァァアァァァ…あ?』
『は?じゃあ…僕は本当に…間違てて……?」
「それじゃあ…あの言葉って僕の人生って……あ、あぁ…あぁぁぁ!!!!」
突然、先程までのように叫ぶだけの状態から理性を取り戻すと、化け物の中心にひび割れが起こる
そのひび割れは凄まじい速度で広がっていき、やがて全身に達すると、化け物はガシャリと、まるで割れたガラスのように砕けちってしまった
破片の中から相廉先輩が現れるとそのままバタリと倒れ込んでしまうのだった
「嘘ぉ!?」
つい声をあげてしまう。それだけ目の前の光景が衝撃的だったのだ
「先輩…?」
「あぁぁ…これはマジで死ねるわ」
それと同時に鹿江先輩が立ち上がる。化け物を倒したことで病が治ったのだろう………という事は…!
「えぇ。そのまさかよ。あとはこっちでやっとくから早くいきなさい。これは連絡先」
「…ありがとうございます!」
色々聞きたいことはあるが、まずはこちらだと、私は教室から飛び出していった
「元気な奴だな」
「でも見込みはあったでしょ?」
「いやわかんねえよ。お前じゃねえんだから」
「あらごめんなさい。言い換えるわ見込みはあったわよ」
「というと?」
「あの娘、私たちと話してる間明らかに思考能力が上がってたわよ」
「気のせいじゃねえのか?」
「まさか、あれは確実にワードよ」
「一番有り得そうなのだと『解説』か『学習』辺りかしらね」
「マジならなかなか強力な能力になりそうだな』
「まあ、確定ではないけれど魅力的な話でしょ?」
―――――――――――――――――――――――――――
「お兄ちゃん!」
「あぁ…明…」
時間にして半日も経っていないのに、とても久しぶりにあった気がする
私は元気に立ち上がる兄をみて思わず抱きついた
しかし、兄は困惑し恐怖した様子でただ一言
「化け物に襲われた」
とだけ口にするのだった